●2024.0401
 0334 預言者
 2024/04/01(月) 2:13:14
 世界は今日滅びます!
 まあ嘘なんですけどね!!!
 
 0335 つまんねー
 2024/04/01(月) 2:18:25
 ほんと使えねえな。お前
 
「――来やったか」
 深夜の闇の中に蠢いた闖入者とはまるで違う気配が現れた事に老齢の剣士は小さな呟きを漏らしていた。
 異形の数々を悉く切り裂いた名刀の血糊を虚空に払い、彼は言葉を続ける。
遅かったじゃないか、梅泉・・・・・・・・・・・・
「既に一暴れしておいて良く言うわ」
 返り血を浴びて部屋の中央に在る。
 痩せており、小柄である。
 修羅道を征くにはまるで足りない身体が発する悍ましきまでの殺気はその持ち主を幽鬼のようにさえ思わせる――
「相も変わらずよな、親父殿は」
 障子を開けた一菱梅泉は父親である桜鶴に呆れた声を上げずにはいられなかった。
「ひい、ふう、みい……うむ、原型を留めぬから数も良く分からぬな。
 いい加減に衰えぬものか? まあ衰えぬのじゃろうな、化け物なれば」
「大した相手じゃア無いだろ」
「……それにしても酷く丁寧に丹念に良く殺したものよ。
 ま、この程度ならさもありなんじゃが。正体不明の羽付きも親父殿に掛かれば形無しじゃな」
「丁寧に、丹念には誉め言葉にゃなりゃせんなあ――」
 長い黒髪を僅かに揺らし、血溜まりに平然と足を踏み入れた梅泉むすこ桜鶴ちちは云う。
「お前ならもっと雑にいい加減に仕留めるさ。
「ふむ?」
「翻ってあたしゃそんな自信は無いんでね。臆病に丁寧に殺しもするさ」
「親父殿はわしより手練れであろうに。親父殿の理屈はいよいよもって分からぬな」
「歳を食えば勝手に理解わかる。
 技の冴えと力の本質は並び立たぬもの。精々知るまで長い旅を怠りなさんな」
 肩を竦めた梅泉は「それにしても」と話の本題を切り出した。
「一菱の館を襲うとは、一体何者かと思うたが。その様子では親父殿にも見当はつかぬのか?」
「さァてね。少なくとも商売敵の仕掛けでは無さそうだ。
 ……しかし、人外の類を相手取った事は初めてじゃないが、どうにも此奴等は特別に見えたね」
 自分に確認を取るような父の言葉に梅泉は「そうじゃな」と頷いた。
 多少の例外こそあれ神秘魔性の強さはそれの持ち得る歴史の長さに左右される事が殆どである。
 必然、万世一系の歴史を有するこの旧き日本は界隈でも特に強力な存在を抱えた場所であった。
 その日本の――首都を臨む関東で最大級と言っても過言ではない厄ネタタブーがこの剣鬼親子を有する一菱であるのは間違いない。
 彼等は裏世界で暗殺を請け負う殺人剣の流派だが、その武名は関西の紫乃宮と並んで国内の裏世界に轟いているのだ。
 桜鶴や梅泉の見立て通り、同業者が突然に喧嘩を売ってきたとは思えない――
「紫乃宮の鬼蜂さんにも連絡してね。まァ、寝耳に水の大騒ぎだ。
 ……こら、梅泉。露骨に厭な顔をしなさんなよ。
「親父殿等が勝手に言うておるだけであろうが」
 親子は似ている。先程の梅泉と実に良く似た所作で肩を竦めた着物姿の老人は良くその物騒さを微塵も感じさせない好々爺の振りをする。
たては嬢・・・・
 おまえの事を気にかけていたようだよ、梅泉」
「こんな時にふざけてみせるその神経もやはり親父殿よなあ」
 何の事は無い。桜鶴は唯一例外になる国内大手の紫乃宮とは既に情報の共有を取っていたという事だ。
 その線が完全に消えている以上、
「……では、これは突発的な異変の方か」
「そうなるねェ」
「二時過ぎ程か。突然に天使が現れ、あちこちを襲撃し始めた――
 
「だが、どうにも現実だ。小雪や舞花から既に報告は貰って来たのだろ?」
「どうも異変はこの邸内だけではないな。街中で羽付き共が暴れておる。
 西が騒がしいという事はこれは日本中という事なのだろうなあ」
「或いは世界中かもね。この家にテレビの一つもありゃア良かったんだけど」
 桜鶴の言葉に梅泉は一つ頷いた。
 少なくとも現在進行形で生じている事件は勢力の小競り合い等で片付けられるものでない事だけは確実なようだった。
 状況から察するにこの日本――或いは世界は過去例を見ない程に大規模かつ凄惨なの襲撃に見舞われているのは恐らく確実な情勢である。
「どうする、親父殿」
「どうするもこうするも――
 政府の連中はだってサ。
 ……まったく、あたし達は別に正義の味方じゃア無いけどね。
 縄張りで訳の分かんないのが暴れてりゃ、そら黙って見てもいられないでしょ。
 舐められたら終わりの剣客商売で――こうして家まで押し掛けて貰ってるンだ。
 責任は一つと謂わず、十でも百でも取って貰わなくちゃ嘘ってモンだよ」
 頷いた梅泉がその先を言うのより早く――
「――センセー! 家も外も大騒ぎだよ!? 大丈夫!?
 あ、大丈夫に決まってるね!
 桜鶴様も――って、もうやっつけちゃったの!? 流石!」
 育ちがやたらにいい梅泉がそっと障子を開けたのと対照的にズバンと引き戸を大きく開け放った少女がそんな声を上げていた。
「……」
「……………」
「あれ? どうかしたの? センセー達。
 兎に角、大変だよ。屋敷の中の天使は門下で始末したけど外はそうでもない。
 これから有志を募って討って出ようって思うんだけど、問題ないよね?」
「……」
「……………」
「あー、でもこういう話ならまずはセンセーだよね。
 センセーも来るよね。大変は大変だけど、久々にセンセーと一緒に戦れて嬉しいのもあるかも……」
「言っとくけど、サクラ。そう無理はしなさんなよ」
 釘を刺す桜鶴にサクラは「はい!」と実に素直な返事をした。
 
 人に教えるに長けない梅泉はそれを認めていないが、一門の当主からしてこれなのだからその扱いは知れていた。
「すぐ支度するから先に行ったりしないでね。約束だよ!」
 念を押してバタバタとその足音を遠ざけたサクラの姿を見送って桜鶴は酷く意地悪い笑みを見せる。
「モテなさんなあ、梅泉は」
 苦い抹茶を噛んだ時のような顔をした梅泉は実父に「戯け」と吐き捨てる――
 
●2052.04 II
「有難い言葉を頂戴したけどね」
 かぐらは澄ましたままの涼介に実に冷淡な反応を見せていた。
「実際の所、涼介・マクスウェルは何者なんだろう?」
「何者、と問われましてもね」
「自称マクスウェルの悪魔
 内閣危機管理監――旧世代アーリーデイズでそう定義されているのは知っている。
 マシロ市の成立から今に到るまで、二十五年間市長を務めているのも知っている。
 私は二十年と少し前に君に招聘されたんだから、恐らく付き合いは誰より長い一人でもあるからね」
「はい。言葉の意味を少し掴みかねておりますが」
「裏なんて殆ど無いよ。ない
 ただね、これだけの事態を目の前にしてまるで通常営業の涼介君の態度には少し疑問を感じずにはいられないんだ」
 かぐらはそう前置きをして言葉を続ける。
「君はドゥームスデイの前からこの国の政府に接触していた」
「はい」
「幾つかの預言を当て、日本政府の信頼を勝ち得た。
 時の時村総理大臣に働きかけ、ドゥームスデイの初動でこの国の被害を驚くべき位に軽減した。
 忘れもしない2024年の4月1日、午前二時過ぎだったか――
 天使の初動に対応した政府自衛隊の動きは――政府が繋ぎをつけた神秘的勢力の防衛協力は何処よりも迅速だったからね。
 関東は一菱、西は紫乃宮。それだけじゃない。も大活躍を見せていた」
「かぐらさんとかね」と応じた涼介に「私はいいんだ」とかぐら。
「兎に角重要なのはね。
 越え
 これがどんなに例外的な事か分かるかい、涼介君。いや? オルフェウスの君には分からないかも知れないが。
 この国はずっと昔から有事に弱いってレッテルを貼られがちでね。だから君の為した事績はそれだけで余りに大きい」
「話の筋が掴めないな。

「……はい?」
「思えば長い道のりだっただろう?
 最初は何もかも足りなくて、見渡す全部が滅茶苦茶で。
 あんなもの投げ出したくならない人なんて居なかったさ。
 でも君はマシロを作った。最悪の状態から少しずつ積んで重ねて、最悪の上にもう少しマシを塗り重ね続けた。
 そうしてマシロは少しずつ発展して、ああ。特に小金井女史がマシロスタジアムを完成させた時は皆大喜びだったな。
 この街にはいい思い出が沢山ある。同じ位に思い出したくも無いそれも、ね。
 ……ハッキリ言うけど、君はあまり私に共感していないと思う。
 君は、元来そんなに情が深いタイプじゃないんだ。
 自分で言う通り、恐ろしく優秀。自分で言う通り、恐ろしく合理的。
 ……恐ろしく優秀で合理的且つ酷薄なオルフェウスが三十年もマシロ市長を続けた理由は何だろう?」
「何度も申し上げておりますが、私は市民の皆様を愛しておりますので――」
「――すぐ傍まで迫った破滅の前触れを見ても、そんな風でいられるのに?」
 マシロ市の流民――人口爆発は下手を打てば数万、或いは数十万もの市民に犠牲が生じかねない惨事の手前である。
 成る程、涼介の様子は三十年も市民の為にマシロに留まり、無辜の市民を守ろうという善意の人には思えない。
 完璧な彼の失敗は相手がかぐら故に気を抜いていた事だろう。
 
「腹案はあるのです」
「へえ」
「はい、ありますとも。ですから納得頂きたい。
 適切かつ合理的な方法でこの危機もきっと乗り越えて見せましょう。
 それで十分でしょう? 他に何が必要でしょうか?」
 涼介はデスクの上の冷えた珈琲に軽く口を付けた。
 彼も彼女も一定のリズムで抑揚も同じく。やり取りはまるで五分の様相を呈している。
「私の事績が素晴らしいものだったなら、私の市政が妥当なものだったと云うのなら。
 一体何をそんなに問う必要があるでしょうか?
 人にはそれぞれ目的がある。悪魔にもきっとそれがある。
 例えば苦しい時代のマシロ市でも特別快適に生活したいとかね――唯、それだけの事とは思えませんか?」
「それは嘘じゃないだろうね。
 君は案外俗的だ。食にも着るものにも、環境にも拘る」
 かぐらは笑う。

 例えばこの楽園ディストピアに分不相応なこのオフィスも、選挙に拠らず絶対的な権力を掌握している事もね。
 君は強権的で権力をまあ程々に私物化する。している。旧時代ならさぞや怒られた話だろう。
 だが、業績は完璧だ。業績に正しい評価を与えるのはこの時代の正道だから私はそれを完全に肯定する。
 能力者レイヴンズが格別な待遇を得るのと同じように、
「ご理解頂けて恐縮です」
「だけど」
「だけど?」

 かぐらの言葉には熱が籠っていた。
「君は強大なオルフェウスだ。君はマシロ無くとも恐らくその程度の欲望は叶えて見せる。
 だから、君には素晴らしい市政やちょっとした贅沢可愛い不正何かよりもっと重要な目的があるんだよ。
 
 ……私はね、涼介君。この街を愛しているし、残った皆を救いたいんだ。
 だから、こうなった以上君をもっと知らなくちゃならない。
 好悪別にして二十年以上も一緒にやって来た私にもひた隠す君の真意を捨て置けない。
 こうして重大局面を迎えた以上、K.Y.R.I.E.の責任者として話して貰わない訳にはいかないんだよ」
「本当に困った人ですねえ。根拠位は提示して欲しいものですが」
「あるよ、根拠」
「お聞かせ下さい」

「……………絶対に言うと思いましたとも」
「諦めて。この世界じゃ悪魔メフィストフェレスってのは大体理不尽な目に遭うものなんだ」
 涼介はかぐらの言葉の切っ先に初めて少し困ったような顔をした。