――もういつの頃からだろう。
この拾い物のライフルに触れていないと、眠ることさえ出来ない。
(あれ、今日って、何月何日だったっけ)
破滅の日からは、幾ばくかの月日が流れていた。
滅びのラッパのような、けたたましいサイレンの音を聞くたびに、背筋が凍り付く。
そのたびに、天使の群れがやってくるから。
いや、本来の因果関係は逆だ。
天使の襲撃に対して、この国の防衛機構が、ちゃんと生きている証左だからだ。
(しっかり、しっかりしなくちゃ)
それは
ありがたいことなのだと、
思わなければならない。
(がんばらないと、私ががんばらないと)
気力を振り絞って、
堕天使――
綴坂 えるさは立ち上がる。
(だって、私は、
先生だから)
そして難民キャンプのような有り様の教室から、廊下へと出た。
「えるさ、大丈夫? ひどい顔してるけど」
「全然平気、今日は割と眠れたし。てか怜理こそじゃない?」
「そうかな」
「目の隈すごいよ」
「あはは、化粧できなかったしな」
ライフルを背に、えるさと怜理は校庭へ駆けた。
――
この学校は戦場です。
数年前、まだこの世界が平和だった頃。新任教師として初めての教鞭を執ったとき、教頭先生から頂いた叱咤激励を、ふいに思い出す。受け持つことになった都立
黑殘小学校は、教頭曰く
戦場らしい。
セレブタウンの公立学校だから、覚悟はしていた。
生意気な子供揃いなのだろうが、腹はくくったつもりだった。
努力もしたし、失敗もあった。
けれどそれなりに上手く出来ていたとも思う。
教え子の父が大手ゲーム会社だったら、そのゲームをやった。
アイドル事務所に教え子がいれば、アイドルだって覚えた。
なんだってやったと思う、その自負はある。
幸いにも人間関係には恵まれていた。先輩の先生方は個性派揃いだと思ったが、教育研究会ではさまざまな議論を戦わせ、オープンな技術共有が出来ていた。中でも
祖水 怜理は、大学時代からの同期で、親友と呼べる間柄だった。同じ小学校に赴任したと知った時には、ハイタッチで喜び合ったものだ。それからも互いに良く支え合ったと思う。まずは互いに別々のクラス担任として、子供たちを中学校へと巣立たせたかった。
けれど描いた未来は、思わぬ方向で――物理的に消え去ったのだ。
天使の出現によって、学校は本当に
文字通りの戦場になってしまったのである。
今居るここは港区の黑殘小学校ではない。多摩方面の別の学校で、要するに避難所である。子供のいる家族連れが多かった。学校というのは存外に丈夫なもので、本来の学び家が、今や半ば要塞となっているのは皮肉なものだが、それはさておき。
ここには避難してきた黑殘小の子供たちも居るが、もう知らない子たちのほうが多い。
だが黑殘小の教諭たちは合流し、教材をかき集め、天使の襲撃がない時はどうにか子供たちへの授業を行っていたのだ。
例えどんな状況でも、義務教育は受けさせなければならない――だなんて。
そんな勇ましい謳い文句は教頭の受け売りに過ぎず、偶然にも能力者となり戦場へ向かうえるさの足取りは、いつだって重かった。
シンプルに怖いのだ。
天使との殺し合いが。
それでもえるさは、戦場へと足を速めた。
その背を、たくさんの声たちが押し支えてくれるから。
「えるさせんせの背って、私と同じぐらいしかないのに、つよくってすごいね」
この有名女優の娘、親と子役を鼻にかけたクソガキだったのにな。
「先生、大好き」
このIT社長の息子だって、あの頃は授業なんか一度も聞いてくれなかったくせに。
黑殘の子は、だいたいみんなが、有名私立小を落ちた子たちだ。
様々な意味で課題を抱えた子が多い。
挽回は狙っているけれど、みんながみんな、中学受験に取り組める子ばかりじゃない。
それでも次は高校受験、大学受験。親が何度もチャンスを用意してくれる。
正直に言えば、うらやましいとも思っていた。
けれどもう、今はそうじゃない。
あの子の親は行方不明で、こっちの子のは死亡が確認されていて、この子は目の前で兄弟を失っていて――みんなの人生がもう満身創痍の死に体で。どうにもできなくて。
「先生、いつも守ってくれてありがとう」
あの子、黑殘の子じゃないのに、先生って呼んでくれるんだよね。
「先生! 頑張って!」
この子もいい子で。
ああ、もう。
がんばれ、がんばれって。
子供だからって、気軽に言わないでよ。
嫌だよ。私だって怖いよ。
死にたくない。今すぐにでも逃げ出したい。
平和だったころ、しばらく何年か先生を頑張ったら、そのうち婚活でもしようと思ってたのに。子供は欲しい方だったのにな。
教職はきついとは思ってたけど、今よりは大分マシだったよね。
そりゃ教え子だって、なんだかんだ、みんな可愛いよ。
大事だとも思う。
けど、最終的には教え子って、結局は知らない子なんだよね。
別に家族とかじゃないのに。
なのに私、なんでこんなことしてんだろ。
私にだって親とか居るんだよ。
私のお父さんもお母さんも、いまどこで、どうしてるのかも分かんないのに。
生きてるのかさえ、知らないのに。
みんなには言えないけど、先生はね、普段はこんなこと考えてるんだよ。
「えるさ先生、私ね、先生のこと大好き!」
なのにみんな、そんなこと簡単に言っていいの?
私なんかを、信用するなよ、ガキ!
「先生! 頑張って!」
「うん、先生、頑張りますね!」
反射的に、強がりが口に出る。
でも、そうだ。頑張らなきゃ。
子供たちの前で、弱音なんて吐けない。
私が頑張らなきゃ。
先生、大好き!
頑張って! 先生!
先生頑張って! 先生かっこいい! 先生!
お願い! 先生! たすけて先生!
先生、ありがとう!
――あれ、誰に何を言われたんだっけ。もうよく思い出せないな。
♦ ♢ ♦
あれからおよそ三十年ほどが経過した。
「本日はお忙しい中、お集り頂きまことにありがとうございます」
廃校舎に五十体以上の天使が集っている。
教室で、いずれも子供用の椅子を並べて円陣を組むように座していた。
ほとんどが大天使級で、それ以上の戦力も混じっている。
いずれもこの派閥の主力メンバーであることは疑いようもない。
円の中心で天使識別名
クワイエットドールが丁寧に腰を折った。
「ナリタ先生、ササナミ先生、キド先生、モリリン先生、ナナシノ先生方――は、ご欠席でしょうか。他は大体いらっしゃっていただけたようで、大変恐縮です。では教頭先生、始めさせていただいて、よろしいでしょうか?」
「結構です、ツヅラザカ先生。よろしくお願いします」
「では都立黑殘小学校教育研究会の緊急会合を始めさせていただきます」
クワイエットドールが、朽ちた黒板に小さな石灰塊を走らせた。こんな場所に、もうチョークなんてありはしないから。
「まず私たち黑殘教研は、この
命空骸戯において危機的状況にあります」
ゲイムの進行は急速に進んでおり、現在の局面において、これまで様子見の多かった都立黑殘小学校教育研究会は、ありていに言えば出遅れていた。
「ならばどうすれば良いのか、私なりにではありますが、かなり考えてみました。それではお手元の資料をご確認ください」
教師――天使共が一斉に手元の資料をめくる。
「私達のデバイスは、どうやら
私達用にチューニングされていることが分かっています。だって他の派閥とずいぶん仕組みが違うようですから。なんか不利なんですよね、私達。たとえば能力が減らされることもそう。数字は適当ですけど、人間が十の能力を半減されたら五ですよね。でも私達天使が百だとすると、五十ですよ。十倍ですよ十倍。あまりに不公平ですよね。あと勢力ごとのデバイスの違いだってそうです。私達が撃破された時には、次の専任者にチップを伝えるというものらしいのですが、そのたびに新たなボーナスが出る……という仕組みのようでした。ですので私達はこれまで、ワタヌキ先生やコサカ先生、次は私ツヅラザカ……というような順番を取り決めてきました」
「……」
「でもね、私これだって不公平だと思うんですよ」
「何か異議でも?」
「だって最後に残るのは教頭先生、あなたですよね」
「ええ、それが何か」
「はい、この場で最も地位が高いのですから当然と言えば当然です」
「どんな御不満がおありなのか、説明願えますか?」
「私ね、一点だけ、致命的な事に気が付いてしまったんです」
「――ッ!?」
教頭の胸を、クワイエットドールの手が貫いた。
「それはね、教頭先生。
あなた弱いんですよ」
「ば、かな……こと、を…………」
「これまで私を教え導いていただき、ありがとうございました、教頭先生」
教頭が崩れ落ちる。
天使たちが一斉に立ち上がろうとした瞬間。
「
着席!」
クワイエットドールが杖で床を鋭く突いた。
鈴が鳴り響き、天使たちは椅子に縫い留められたかのように、動く事が出来ない。
強烈な重圧――クワイエットドールの術式が彼等を完全に縛り付けていた。
「ええ、そのまま、どうかご着席ください。
まずはきちんと説明させてくださいね。
私もね、良く考えてみたんです。
皆さんの教育方針や、その生き方。
おっしゃりようは、どなたの分も良く覚えております。
だから、それでね。
私達はこれから、きちんと協力しあうべきだと思うんです。先に旅立たれたコサカ先生ならきっとそうおっしゃるでしょう。
それからね、今亡きワタヌキ先生なら、きっとこうおっしゃると思うんですよ。
私達にとって、弱者はもう必要ない、って。
ですので、
強い先生だけ残って欲しいんです。
そして弱い先生方が持ったチップは、
私がちゃんと管理しようと思うんです」
集った天使たちは口を開くことも出来ないでいる。
「ソスイ先生なら同期のよしみですし、分かっていただけると思うんですが。私達はこれまで辛い思いも、未来への展望も、ずっと共有してきましたもんね。だからいいですよね、分かってくれますよね」
「……」
「私、頑張らなくちゃいけないんです」
杖が水平にひらめき、ソスイの首をはねる。
「ソスイ先生、今までありがとうございました」
クワイエットドールはそのまま、その場
ほぼ全ての天使を
殺し尽くした。
「ツヅラザカ48♪ あ、これKILL数ですよ、念のため」
クワイエットドールがぺろりと舌を出す。
「それでは、これにて会は終了とさせていただきます。お疲れ様でした」
そしてクワイエットドールは首を大きく斜めに傾けた。
「あ、ロクリュウ先生、いらっしゃったんですか。会はもうおしまいですよ」
――それでは残った皆さん、最後かもしれない良い授業を。
※カタルモイ参戦派閥『都立黑殘小学校教育研究会』で何かが起きたようです。
※イラストオプションに『祇化』が実装されました。(用語説明:呪創/祇化)
ラリーシナリオ『ミッション・エンドレスリーパー Bonus Time!』が始まりました!
同時にリミテッドクエスト『ミッション・エンドレスリーパー』が開催されています!
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