「きれいね」
白いヴェールを揺らしながら、彼女はそう言った。
まっさらなシルクに包まれているかのような、
色彩のない天使はその指先でそうと
感情宝石を摘まみ上げる。
「きらきら、美しい
感情ばかりだもの。どれをとったって知らないものばかりだわ」
天使ミーティアはうっすらとした笑みを浮かべていた。人の心と言うのは奇々怪々、どれもこれも、不可思議な色をしている。
フォーカポーカ達が愛するこの文明の大本は錬金術であったという。かの学問は石に纏わる研究であるともされた。この感情宝石は、大きく変容していき
ひとの本質なる真理へと辿り着くのかもしれない。
ただ、こころはそこにあるだけでは無駄だ。エーデレッセンの餌でしかない。
「美しい色ばかりだけれど、それでも……何かをするのでしょう? イーリロス」
「勿論だよ。親愛なるミーティア。君の世界を彩る事も素晴らしかったのだけれど、
賢者の石には届かない。
死者を蘇らせることも、死を克服することも出来やしない。万能薬とも言えやしない。
それでもね、心と言うのは僕たちにとっての
歯車だ。ならば、ただの人形にくれてやればどうだろう? ねえ、ファドリン」
そっと振り返ったイーリロスの視線を受け止めてからファドリンはその薄い唇に笑みを湛えて見せた。
「勿論だよ。喜んでくれると思って、頑張ったんだ。
ケーナの時、しっかりと試しておいたから。ボクたちの
お人形はたくさん用意しておいたよ。
どうかな? イーリロス。嬉しくなった? 嬉しいならいいなあ。
この子たちも喜んでいると思う」
どこか朗らかな様子で告げるファドリンにイーリロスは「勿論」と彼に、分かりやすく、大仰な仕草で、頷いた。
その足元ではファドリンの傍でいつも遊びまわっているフォーカポーカの個体が「おりゃ~」と言いながらイーリロスの洋服を引っ張っている。
「この子は天真爛漫だね。ファドリンがずっと傍に居たからかな?
ふふ……K.Y.R.I.E.はどう、感じたかな。僕たちの行いを非道だと責めるだろうか。それとも……」
「どうして、非道だなんて言うんだろう? 空っぽの
人形に心を与えてやっているだけなのに」
俯いたファドリンにイーリロスがくすりと笑った。
――理由なんて簡単ではないか。
彼らは互いを愛している。実に人間らしい考えで他者を慈しみ大切に、大切にしているのだ。
「その人が持っている感情が変われば、其の人じゃなくなるみたいな言いぐさでしたしね。
……そんなことないと思うんですけれど? シェナはシェナですし。
大事であることには変わりはありません。ね?」
朗らかな微笑みを浮かべたアヴァリティアにイーリロスは「ウーアツァイトにシェナの
心を渡したら、君はどう思う?」と問いかける。
「シェナが二人になるか……それとも、その居場所を奪い取るかの話ですか?
どうでしょうね。余りに彼らがしつこいのであれば、ウーアツァイトを渡してシェナを大切にしようかと思いますが」
悩ましげな表情を浮かべたアヴァリティアは「まあ、栓無き事ですね」と楽しげに笑った。
「どちらにしたって、東京に彼らを向かわせてあげるならば、それまで私たちは思う存分に踊って居ればよいだけです。
それに、イーリロスだって、彼らの心を抜き取っておきたいのでしょう? もう
多摩なんて忘れて欲しいでしょうし」
「そうだね。僕は
ノエ先生が彼らに微笑むだけで許せやしないから。
――どうして、そう思うのかは分からなくなってしまったけれど、彼らが此処を忘れてしまったならばもう一度閉ざすことが出来る。
……苦労したんだ。サーカスにも東京にもいい顔をして、散々な目に遭いながらも僕らはこの場所を得たんだ。
フォーカポーカ達だって、抑え込むのに必死になって……今更、突然飛び出してきたような奴らに、何も取られたくはない」
忌々しげにつぶやいたイーリロスにエルシャーがぱちぱちと手を叩いて微笑んだ。彼の仕草と共にゆらゆらと猫の尾が揺らいでいる。
「然様でございます。実に実に感服至極! イーリロス様の仰る通りですとも!
なんぴとたりとも己の心に正直であるべきなのです。我々天使であってさえ。なんと素晴らしいことでしょう!
エーデレッセンが感情を舐めとり穿たれた
石座に填め込まれることでジュエリーのごとく機構は完成されるのです!
取り出された心の宝石はさしずめ、賢者の石のイミテーション。神ならずとも万物に代替する可能性を秘めた石と呼ぶべきでしょう。
それがウーアツァイトに嵌まることで、――きっと
石は意志を持ち、心があると叫びたがるのです。
是非
お手伝いをさせてください! 私は万事お役に立ってご覧に入れますよイーリロス様!」
「あの
交ざりものの天使を使って?」
色のない問いかけに、エルシャーはきゅうと目を細める。黄金色の瞳がよりその光を増したように見えた。
「エロスマリス様ですね。あの方は実に慈悲深く善意と好意に溢れていらっしゃる。
愛し合うものたちをひとつにする、そのために。心身を尽くしていらっしゃるのです。私はその
お手伝いもしているのですよ。ええ、ええ、まさに石座に宝石を嵌めるがごとくです。
そうして出来上がった
交獣たちは、きっとイーリロス様の、いえそれどころか皆さんのお役に立ちますよ。どんなものがご入り用ですか? 仰って頂ければなんでもご用意いたしましょう!
人間とサヴェージを交ぜましょうか? それとも天使と天使を交ぜ合わせましょうか。エーデレッセンと人攫いを交ぜてしまってもいいですねえ!」
楽し気に告げたエルシャーにイーリロスは「君のような友人が居て良かったよ」とそう言った。
掌で弄んだ石は誰のものだっただろう?
彼らは互いに思いあうのだから、きっと、
誰のものかなど、説明せずとも分かるだろう。
まだ人間にもなりきれぬ
人形たちが言葉を発したならば――きっと、誰の心を貪ったかさえ分かる筈なのだ。
「妬けるね」
ぽつねんとイーリロスは呟いた。
「……あの人は、僕のことなんて、何一つわかっていなかったのだろうから。羨ましくなるよ」
→K.Y.R.I.E.茫失者名簿が作成されました
