昏き星の天蓋が何処までも広がっている。
星は遠く、そして近く。
時間の流れすら曖昧で。
夢の中だと定義するならば、其れは否定することが出来ないだろう。
嗚呼、けれど。
此が夢ならばと願わずにはいられない。
ここは星の隠道。
星の導きに招かれた者だけが訪れる事が出来る道の果てだ。
「――やあやあ! 久しぶりだねぇ!」
目映い光と共に降って来た声に『星導逆行』ウィリアム・ペンスフォード(
r2n000022)は嫌悪感を示す。
「すっごい嫌そうな顔してるねえ、僕はこんなに君のことを愛しているのに!」
ウィリアムの目の前に居るのは星の光。
ペンスフォード家が『星の導き』と呼ぶ偉大なる天の声だ。
目映さにウィリアムは目の前の光から視線を逸らす。
「……何の用だ」
「えぇ、つれないなぁ。最近はここに『おいで』と言っても来ないし……僕の事が嫌いになっちゃった!? ねえ、ねえ?」
星の導きはウィリアムの顔を覗き込んだ。
「昔はあーんなに僕のこと信じてくれていたのに……僕の言う事ならなーんでも聞いてただろう? 幼なじみのマーティを崖から突き落としたり、クラスメイトのジョシュアを助けるふりして車の前に押し込んだり」
「うるさい、黙れ……」
ウィリアムは憎しみを込めて星の導きを睨み付ける。
「マーティもジョシュアも敵だった。君を殺そうとしてたんだ。それは君が自分で確かめたことだろう? それを僕が不慮の事故として扱えるように導いてあげたんだ。君もそのときは感謝してたじゃないか! ねえ?」
頬を撫でる白い流星をウィリアムは払いのけた。
「日本への留学で、
『一番星』に導いたのも僕だ。結斗と過ごす日々は幸せだっただろう? 君は本当に満ち足りた時間を送ったはずだよね? 大破局という厄災は起こったけれど、
代わりの女を捜してあげただろう? 結斗にそっくりの女だ。美夢だっけ?
それがどうして……こんなに反抗的になったんだい?」
「…………」
長い沈黙の間に星の隠道には流れ星が瞬いた。
「ふふ、少しぐらい反抗的な方が可愛げがあるけどね。ああ、でも
あの女と子を成してくれたのは良かったよ。可愛い
ソフィーリアが生まれたのだから」
ウィリアムは怒りで拳を握り締める。
「……
あの女を生かす為に、ゲイムに参加しているんだよねぇ?」
星の導きは問いかけるようにウィリアムへ星屑を降らせた。
「そんなにあの代わりの女が大事なのかい? こそこそと延命の小細工をしているみたいだけど、君にはあれは不要だろう? もうソフィーリアも居るし、結斗も戻ってきたんだからいいじゃないか」
ウィリアムの瞳が昏く淀む。
目の前の『星の導き』は人ならざる者。
イングランドの深き森に棲まう大妖精だ。人の理など通用する相手ではない。
「まったく、強情なんだから。君の祖先のリチャードはそれは素直に僕の言う事を聞いていたものだけれど……何百年も君たちペンスフォードに祝福をあげている僕の言う事だよ? 聞いた方がいいと思うけど?」
ペンスフォードが魔術師の家系たる所以、代々受け継いできた
大精霊の祝福。
それを、ウィリアムは『呪い』だと気付いてしまった。
「それにさぁ、ゲイムになんか参加しなくてもよくない?」
星の導きはゆらゆらと不服そうに明滅を繰り返す。
「ああ、でもあの
タラリアとかいう天使と約束しちゃったんだっけ? あーあ、何で僕に相談もなく勝手にそういうのしちゃうのかなぁ? 星の導きたる僕の声に従っていれば……あ、待てよ。でもでも、ソフィーリアに「
パパなんか大嫌い」って言われてる君は、すっごく可愛かったなぁ!」
「黙れよ!」
「癇癪起こすなよ、それでも父親か? あーあ、ソフィーリアも可哀想に。こんな軟弱なのが父親なんてね……ウソウソ、冗談! 起こってる顔も可愛い♪ けひひ!」
けらけらと笑った大妖精はその場でくるくると回ってみせる。
「さてさて、お手並み拝見。ウィリアムは何処まで面白いものを見せてくれるかな?
まずは、『チップ』を集めるんだっけ?」
――――
――
肩を揺さぶられウィリアムは意識を現実へと戻す。
先程までの昏い星の空間ではない。
割れた窓と灰色の瓦礫、東京の廃墟となったビルの中だ。
心配そうに顔を覗き込むホムンクルス達が見える。
「何時間寝てた?」
身体を起こしたウィリアムは傍らのホムンクルスを見遣った。
「マスターは時間通り3時間の睡眠を取られました」
「敵は?」
「偵察からの情報では、動きは無いようです」
立ち上がったウィリアムは周囲に張り巡らせた術式へ意識を集中させる。
ホムンクルスたちも全員健在のようだ。
「……出るよ。準備して」
「了解しました」
ウィリアムは灰色のビルの窓から地上へと降り立った。
灰色の瓦礫は延々と続き、焼け朽ちた建物が蔦に覆われる。
30年という月日の流れは残酷に、この東京を置き去りにしてしまった。
「この辺は来た事あったっけ……」
ウィリアムはひび割れた道路を歩きながら、平穏だった時代を思い出す。
「結斗と一緒にこの先の公園に来たんだよね」
傍らのホムンクルスにウィリアムは語りかけた。
「まだ結斗の髪は黒くて。マスクもしてたし、ちょっと暑そうだった」
何でも無い記憶が、今は宝石のように輝いて見えるのだろう。
「……幸せ、だったのかな」
当時の感情を思い返せば、『一番星』と居られて幸せ以外浮かんで来ない。
けれど、今となってはそれが苦しいのだ。
「あの感情は『
あいつ』に植え付けられたものなんじゃないかって、疑ってしまうんだよ」
ウィリアムが厭う星の導きはペンスフォードの魔術の源である。
イングランドの森の大妖精からの祝福。
それをウィリアムはペンスフォードの呪いだと気付いてしまった。
「……マスター、見つけました」
「うん、じゃあ始めようか」
天使タラリアとの『約束』から始まったゲイムを。
「……大願は必ず果たすよ。だから待っててくれ」
昏く澱んだ青い瞳でウィリアムは苦しげに紡いだ。
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