――そうして、人類は荒波を越え、凶腕をも退け平穏を取り戻し、幸せに暮らしましたとさ!
「というのはどうだろうか? 我ながら名ナレーション。
愉快なことに彼ら横浜の人類残党は相当しぶとくて諦めきらなかった。私としては、幾人かはエスコートするのはやぶさかでは無かったのだけれどね。
それはそうとして、主の為にしっかりと任務遂行をするべきかと思って帰って来たんだ。なんて、素晴らしい忠誠心――と、どう思う?」
「どうも、思わないわ」
不機嫌そうな声を発して少女は視線を逸らして見せた。
眩くも光を編み込んだかのような金の髪、美しく優美な色彩を帯びたエメラルドの瞳。白く、大きな翼。
絵画に描かれる
天使の像があったならばまさしく彼女のような姿を思い描くのであろう。その頭上に光り輝く茨の
天冠が彼女がエンジェルではなくイレイサーであることを表していることを除いたならば、だが。
「随分とご機嫌なのね、タラリア。帰って来たと思ったらシャワーを浴びたいって怒っていたと思ったのだけれど」
「はは。青い鳥にでもなって四葉のクローバーを運び幸福をプレゼントしたいくらいには上機嫌だとも。
ああ、でも、青い鳥と言うのは
彼のようで嫌だな。ケツァールにでもなろう。素晴らしく美しい鳥だ」
「それって、なあに?」
首を傾いだ少女――
メイに男はにんまりと笑って見せた。第九熾天使ディオン麾下の
座天使、その一人であるタラリアは大仰な仕草で「知らないのかい」と驚いて見せる。
「ならば是非見せてやりたいな。私は案外知識には貪欲でね。
この世界の事をよく調べておいたから図鑑で確認をしていたのだけれど。
そう、あれは、どこに居たか……ああ、確か、
第四熾天使と
第七熾天使の近くか。
私はあまりそちらには近づきたくはないのだけれど、どうかな。私が君をエスコートしたい場所にはワオキツネザルやアカエリマキキツネザルなどが居るけれど」
「……どうでもいいわ」
「そう言わずに。君の興味を引く為ならば踊ったって構わない。フラメンコでも踊ろうか?」
「いやよ、フラメンコ太郎さん。静かにしていて」
今居るかも分からない動物に会いたいからとこの場を離れるほどメイは浅慮ではない。
いや、言い換えよう。もしもメイが軽率であったとしても、彼女にはこの場所から離れられない理由があった。
――東京。
日本における中枢の地であり、マシロ市が奪還を狙う首都である。
その場所を拠点とする主天使の娘は
それを抱えたままではこの場所を動くことが出来ない。
それが彼女の抱えた事情で在り、制約で在り、
権能でもあるからだ。
嘉神 メイというのは少女の出生名だ。少女は大破局の日に生まれ、その後、
天使となった。
彼女が抱きかかえた
光の繭はそろそろ
時間制限がやってくる。
そのリミットを前にして東京には様々な天使や終末論者達が集い始めていたのだ。
曰く、その卵には―――――――
「メイ」
「……なあに」
「フラメンコ太郎と言う呼び名は案外気に入ってしまったので使ってもいいだろうか。
ふふ、君が私に着けたあだ名だから、ラベルシールにでもして貼ってアピールすることもやぶさかでは無いな」
タラリアはそっとメイの頬にその指を添えた。じっとメイは男のかんばせを眺める。
この人は、自分を迎えに来たらしい。第九熾天使の寵姫の一人となるためにカボチャの馬車に乗れと彼は言う。
「クラーケンを倒した人たちは、わたしの所に来るの?」
「ああ、来るだろうとも。君の
光の繭は育っている。
リミットまでに彼らが何とかしなければ、それは爆発して、そうだなあ、鎌倉? と言う所まで飲み込む可能性があるからね」
「ふうん。大変ね。人間って、死んでも生き返らないから」
ははは、とタラリアは乾いた笑いを発した。彼女には倫理観の
りの字もない。
死に関して理解をせず、死んでもその辺りで勝手に生き返るものと思っている。人形遊びでもしているような、他愛もなさで「あの人死んでる」と指さして、「寝てるわね」と蹴り飛ばしている様子を見た時には流石のタラリアも教育をしてやらねばならないと考えたほどだった。
「まあ、いい。来たら君の素敵なサーカス団たちで歓迎してやればいいとも。
ああ、そう言えば……メイ、君には兄がいるんじゃなかったかな?」
「おにいちゃん?」
ぱちくりと彼女は瞬いた。兄というのは同じ親から生まれたとされる存在で、且つ自分よりも年齢が上のものをいうのだったか。
メイは首を傾げてから面倒だとでも言わんばかりに嘆息した。
「――いないわよ、そんなの」
