神意を受け長くその花を開く桜は散り時を忘れているかのようだった。
春和景明の諏訪湖は様変わりしていく。深々と眠りに誘いように降り注いだ白雪は季節をぐるりと二つ忘れてしまったよう。
人の気なく、神の領域と変化していた諏訪市街は寒気凛冽、まさに冬が始まったと言わんばかりの空気に包み込まれている。
「……これ、って……」
黒衣のマントを揺らす月雲 千星(
r2n000150)は思わず息を飲んだ。その青い瞳が不安に揺らぐ。
今、千星たち始めとした諏訪へと派遣されていた人員は拠点として設立されている富士より甲府を経由してこの諏訪へと至っていた。
活動中にも人々を
客人と呼ぶ神霊や精霊、つまりは神意司る存在による妨害は存在していた。
往く手塞ぐクナトと称された者たちも、千星たちを歓迎してくれたチマタと存在する者たちも、この地に住まう神の一柱として過ごしていたことがよく分かった。
「唐突やな。諏訪の結界内部だけが冬になって行く……。まだ、全てが全て真っ白やあれへんけど、時間の問題か」
ぽつねんと呟く古月 せをり(
r2n000108)に千星は頷いた。
この地の精霊が三種の神器である八尺瓊勾玉を守護しているのは確かな事。
その中心に
フナドノサエと呼ばれた精霊がいる事も確かだ。人が失われ、されどもこの地を護るが為に大祝の座に君臨したとされたまつろわぬ神の一柱が使命の如く勾玉を守護しているのは彼らの使命感が故か。
――勾玉は一度、東京よりその姿を消している。
人類は勾玉を護りきれなかった。守護を行っていた神祇院には確かな情報なこっていないが、あの時も小規模な
冬が起きたとも記されていた。
「千星ちゃん。この冬はうちらを拒絶する意味やあれへんとおもう。
此処にいる神様たちは、うちらを試すことはあれど本気で拒絶し、剰えここで冬に飲まれて死ねなんて言わん。
……何や? まだ、調査が必要か……冬……陰の季節……?」
悩まし気にぽつぽつと呟いていく
巫の娘に視線を送ってから千星は周囲を見回した。
確かに、自身らをここまでして拒絶する意味はない。山は笑い、散り忘れの桜も美しい季節を保っていたのはこの神域の主が自身らを受け入れていたが故。
――弥栄様が嘆いていらっしゃる。八重様
達がいらっしゃったならば。
――おひいさまをもう眠らせてさしあげなくては、とこしえに。その方が、きっと、ああ、そう、いいのだ。
この冬は、
八尺瓊勾玉の中に溜め込まれてしまった陰が顕現したものだと周囲の精霊たちが囁き始める。
その影響を受けたように立ち上ったあやかしは、凩によって形作られ、妬みや嫉みの如く輪郭をも帯びていく。
枯茨と呼ばれたそれらがゆらりゆらりとその身を揺らし唇を開いた。
『どうして――助けてやくれなかったの』
鏡は映し、導くもの。剣は燃ゆり、断つもの。そして勾玉は繋ぎ、容れるもの。
まるで呪術の如く、勾玉が拾い集めた悪しき気が実態を得たように目の前に揺らめき始めたか。
「どうやら簡単には勾玉の本丸には活かせてくれんようや、な――」
かぁん、と軽い音が響く。幾度もかぁん、かぁんと響いている。千星が顔を上げれば結界の――いや、
天蓋ともいえる部分に奇妙な犬の着ぐるみが張り付いていた。
「い、いぬ……? 大きくってかわいい……着ぐるみ、の、天使……?」
「忙しい時にそんな奇妙な奴おる? それが結界
殴いてるってどういう話や、一つずつ落ち着いて来ぃ」
思わず吐き出したせをりに千星が苦笑を漏らした。毒吐きたくなる現状はよくわかる。
何処からか破られた結界より天使や不可思議な石を有した者たちが入り込んできている。冬と化したことで結界が脆くなったのだろうか。
「勾玉への道を探しながら、外から来てる悪い人にはお帰り頂こうか。……少しでもうちらが此処の神々にとって認められておかなあかん」
「そうですね……! 火事場泥棒には先に帰って貰わなくっちゃ」
ちら、と千星は湖を見る。淡く光を帯びた山紫水明の湖。その上に少しだけ氷が張られていく。
神へと至る道を作り上げるのはきっとフナドノサエだ。彼は未だ人間を信頼していない。
一度、東京で深く傷ついた勾玉をもう一度人の手に渡らせても良いかと。
この冬は確かに勾玉の嘆きだが、彼も神。人の子をこの嘆きに巻き込みたくはないと考えているかもしれない。
「認めてもらいましょう。その為に、もうひと頑張りです……!」
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール
