多摩南街には、ひとときの静寂が流れている。
倒壊したビルや派手に破壊された道路。そして大量の交獣の死体を除けば、平和……に見えなくもない。
なにせ、この一帯を破壊しながら進んでいた強力な天使エロスマリスが倒されたのだから。
「ええっとお……負傷者多数、怪我人山盛り。けど死亡者ナシ! カンペキ! みんな生きてて偉いじゃん!」
来光寺 ビビアン(
r2p007557)がやりとげたという顔で汗を拭った。
「医療部隊が頑張ってくれたおかげだね。こっちも、人型の交獣は捕獲できた。この人達、すぐに元の姿に戻してあげられればいいんだけど……」
回収班が中央街へ搬送していくのを眺めながら、硯 ミレイ(
r2p001077)はベースギターを下ろす。
「ミルクティーを紅茶と牛乳に戻すみたいな? 研究続けて、いずれはって感じじ?」
「ん。だね」
彼等は殺してと願った。絶望と苦痛からの願いだった。けれど、ミレイたちは助けることを選んだ。長い長い時間をかけることになるとしても。そうしたいと願ったから。
何といっても、交獣を作り出す大元であるエロスマリスを倒す事ができたのだ。これ以上くり返されることはないだろう。
「交獣……本当に、おぞましい存在でした。数え切れないほどのアザーズが交ぜられ。そして、殺すしかなかった。いずれにせよ、あれらは皆敵でしたけれど」
篠崎 花梨(
r2p005384)は手にした槍をさげ、ゆっくりと歩いてくる。
おぞましきパレードを作り出していた交獣の群は、彼女たちによって鎮圧・排除され、南街は一時的にだが静けさを取り戻している。
あくまで、エロスマリスを中心とした戦場は、ではあるが。
「他の所は、まだ結果が分かってない」
花厳 葵(
r2p002708)が重々しく言うと、シトリー・セーレ・ハーゲンティ(
r2p004983)が頷いた。
「作戦の大多数は成功しているようだけれど、大規模作戦に関してはようやく結果が出始めたといったところでしょうね」
この先どう転がるかは、分からない。
だが……。
「取り戻すべきは、取り戻した」
「それが一番の成果、かもね」
紫崎 天子(
r2p001137)がどこかほっとした様子で目を閉じた。
天使、エロスマリス。
模造品たちの人形劇。
奪ったいくつかの感情宝石や、あるいは死者の模倣によって作られた
集団は、誰もが笑顔で解り合う、誰も傷付かない
集合体だった。
けれど、あれが『解り合う』ということの完全回答だなどと、誰も認めはしなかった。
メルクーリア(
r2p001287)は手の中で石の感触をたしかめながら、ふと黒煙の空を見上げた。
「『アレ』は、羨ましかったのでありましょう。相棒が、恋人が、家族愛が、絆が、あるいは言葉にできないような複雑な想いが。
ただ亡くしたものを形ばかりで取り戻したがために、己が本当に持つべきものを見失ってしまった。
だから、『外』に求めたのでございます」
「ったく、天使ってのはどいつもこいつも」
アンヘル(
r2p000049)は舌打ちをしながらも、右耳のカラベラ人形を抑えて『わかってるよ』と小さく呟いた。
「なあ、本来だったら……あいつはただの、彼氏と人形劇をするだけの天使で済んでたってこと、だよな」
「そう。本来なら。ね」
月音 涙(
r2p000814)が手の中の黒い石を見下ろす。
天使エルシャーが、戦いの終盤。エロスマリスへと押し込んだ石だ。
「エロスマリスのありかたは一貫していたけど、明確に狂っていました。一番最初の歯車が抜けたみたいに。噛み合っていませんでした。それを『抜いた』存在がいた……ということかもしれません」
「ねえ、それが誰か、皆もう分かってるんじゃない?」
早吸 真砂美(
r2p000166)の言葉に、皆が振り向く。
彼女の手には、絵本がひとつ握られていた。
作戦前にいつのまにか送り込まれていたという絵本とは、別のものだ。
絵本の巻末には、エルシャーのサイン。そしてへたくそなタワーの絵。
天使エルシャー。
黄金の瞳をもつ、灰色猫の天使。
お手伝いが生き甲斐だという、ブーツをはいた天使。
神出鬼没で、嘘吐きで。そして……。
「『お手伝い』が生き甲斐だなんて言っていたけど、エルシャーの目的はそんなものじゃない。
取り入って、利用して、私達にぶつける。当人が本来の目的を見失ってしまうほどに暴走するように仕向けて」
「二つの共通点は、『からっぽ』ってところかな」
碧葉 クゥ(
r2p005487)は瓦礫のひとつに腰掛け、足を組む。
「ボクからみたエルシャーは、からっぽの天使だった。言葉も行動もからっぽで、自分の中にだって何もないと思ってる。
エロスマリスもそう。形だけを作って、中身をどこかへ忘れてきてしまった天使だった。だから、付け入ることができた」
勢いを付けて立ち上がると、ある方角へと目を向けた。
「『次』に会う時があったなら、本当の中身が見れるのかな」
となれば向かうべきはやはり東京か。多摩の天使たちに接触した
彼も首を長くして待っていることだろう。
嗚呼、だがまずは他の戦場がどうなったかを見届けなければ――クゥは視線を巡らせて、向こうから走ってくる人影を見た。
「あれは……」
――三羽 那珂(
r2n000118)とアルデルス・アルベルティナ(
r2p005760)の姿だ。
「こっちの状況を確認しに来たんだ」
「あ、えと、こっちも決着がついた、ってことで、だ、大丈夫そうでしょうか、ね……!?」
戦いが終われば先ほどまでの威勢はどこへやら。アルデルスはどもりながら視線をあちらこちらへと巡らせる。
頷いてそちらは、と返せば二人が顔を見合わせた。
「こ、こちらも……ミーティア、そしてロールガーの討伐まで成りました。い、いくらかのエーデレッセンやウーアツァイトが逃げてしまったのと、そ、その、あの、ええっと……」
「……逃亡した奴らに、何人か感情を盗まれた」
言いにくそうに言いよどむアルデルスの言葉を那珂が引き継ぐ。そこにいたレイヴンズたちがぎゅっと顔をゆがめた。
天使たちは討伐されども、全て終わってはいないか。小鳥遊 宇宙(
r2p002350)、楊 鈴花(
r2p004385)、リナーリア・ステラ・グレイ(
r2p000796)、榠樝(
r2p004598)、それから鏡見 真(
r2p005796)。彼らの感情宝石も早いところ捜索隊を編成し、取り返しに行かねばならない。
幸か不幸か、感情宝石をとられた者は奪ったモノの位置がわかるという。そう長い捜索にはならないだろう。
(感情宝石、か……)
奪われている間は不思議な感覚だった。まるで紗がかかったかのようにぼんやりとその感情や想いが認識できなくなる。ミーティアもそうだったのだろうかと、那珂は先ほどまで戦場となっていた方向へ視線を向けた。
「――ミーティア君」
消えてしまった骸に黒緋 三四郎(
r2p003226)はぽつりと零した。ロールガーも同じように砂となって消えてしまったのだとナタリア・トゥオーノ(
r2p000741)が言っていたか。
あちらは激戦の末、天使は満足した面持ちだったそうだ。しかしこちらは『ミーティアと友達になりたかった』という者もいるが故に誰も彼もが喜べているかというと複雑である。
「……最後、どんな感情を持って行ったのかな」
甲斐 つかさ(
r2p001265)は彼女に吸収されていった感情宝石を思い出す。絶望を秘めたそれは、希望へと転じただろうか。神代 風生(
r2p001741)もまた死んでいったミーティアの心について思いを馳せた。
「響心曲……伝わったかな」
「伝わったよ、きっと。ううん、絶対!」
音峯・紗菜(
r2p001554)はつかさの言葉にそうだといいな、と淡くはにかんで。
そしてその後方では、今回感情宝石を取り戻せたものが、否、取り戻せた者自身よりも案じていた周りが喜び勇んでいた。
「これからも相棒としてよろしくな」
ジェイ・フォールド(
r2p000598)とガロウズ(
r2p002543)は拳をかわしあい、日和田 和子(
r2p003462)は良かったと深く深く息を吐き出す。ああ、新汰・フィモールト(
r2p005365)の罪悪感が戻ってきて、本当に、本当に良かった。
決していい感情ばかりでなくとも、喜ばしいことに変わりはない。エクスセリア(
r2p001259)はその身に戻ってきた芯にほうとため息をつけば、涙ぐむ仲間たちに囲まれてその身が見えなくなる。
アシュリー・ツヴァイク(
r2p000416)もまた昂平の取り戻せた感情宝石に安堵する一方で、来世 界(
r2p005762)は動かなくなったウーアツァイト――岡田 昂平(
r2p004112)を子供にしたような人形を静かに見下ろしていた。
ここには多摩の者たちに欠けていた感情が色彩豊かに満ちている。残る二つの戦場はどうなっているのかは、情報が入るまで暫しの時間が必要か――。
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