カチン、と紅茶のカップがソーサーに置かれた。
小鳥のとぶ春のガゼボで、白いテーブルを囲んで。
「それで、聞いて頂戴。あの人ったら他の女を連れ込んで。ワタクシはなんだったっていうのかしら」
「そんな人はひっぱたけばいいんです。できるならその女性も」
「嫌よ。あの人が悪者になるじゃない」
「それでは貴女が悪者になるではありませんか、
トレサリス様」
アリシア・フルーネア(
r2p004183)がティーカップを持ったまま眉尻を上げる。
トレサリスは椅子にもたれて胸を張ると、上品ぶって髪をかきあげてみせた。
「ワタクシ、悪者になるのは慣れてますの。どんどん任せてくださいな。批判も罵倒もかすり傷ひとつ負いませんのよ」
「また、そうやって……それでも愚痴は言うんじゃありませんか」
「それは言うわよ。だってワタクシたち、友達でしょう?」
野原に花が咲いている。
赤に、黄色に、青に、桃色。パステルカラーの花園の空には、おなじ色のクラゲが沢山飛んでは空へ昇っていた。
「ワタクシ、いい年をして初恋だったのよ。ひどいじゃない」
「相手の男性がですか?」
「このワタクシの恋愛遍歴がよ。ああ、新しい恋がしたいわ。早く塗り替えてくださらないかしら」
「友人から男性をご紹介しましょうか?」
「おやめないな。アナタの友達を独り占めしてしまうわよ」
「その分トレサリス様を独り占めしますので」
「それじゃあワタクシが恋をできないじゃない!」
アリシアが笑って。
トレサリスが笑って。
涙が出るほど笑って、二人は――。
「回収はこれで最後だよ、ほかに応急処置が必要なひとはいない!?」
ティニー(
r2p001615)が嵐の中で声をはる。
「彼女をお願いします」
仙道・琴里(
r2p000460)は自らもまたボロボロだというのに、アリシアを抱えてやってくる。
うっすらと目を開いたアリシアが、身体の痛みをこらえながら上半身をおこした。
「あ、目さめた? どっか痛いとこ――わっ、翼焦げてる! 大丈夫!?」
大慌てでティニーが魔術式の応急治療セットを飛行機械のボックスから取り出すかたわら。月之瀬・レナ(
r2p000688) が自らの上着をアリシアにかけながら囁いた。
「あのあと、救急搬送チームが来てくれたんです。味方は全員回収できました。味方に死傷者はいません」
『味方』という単語にひかかりを覚えていると、鮫嶋 五喜(
r2p006033) の叫び声が耳にはいった。
「離せよ! まだあそこにいたんだよ! 捨ててくってのかよ!」
「その通りだよ。
天使の死体は回収しない。していたらキリが無い、する意味もない」
織緒・チェレスタ(
r2p000094)が低いトーンで囁くと、五喜が血を吐いたばかりの口を拭ってにらみ付けた。
「意味――」
「意味は無い。
この戦いで犠牲者を出さないと決めたんだ。一人だって許さないと。沈みゆく船から君たちを助け出すために、私達は全力を尽くす。
そこに、天使を含まない。例外なくだよ。仮に希望をかなえたとして、何人分の死体を運べば良い? 100? 200?」
きつく問い詰めるような口調に今度こそ怒鳴りかけた五喜は、開いた口を閉ざしてあたまをがりがりとかいた。
「悪ぃ……」
「構わないよ。気持ちが分からないと言ったら、嘘になるからね」
「だからってよ、わざと嫌われるような言い方すんなよ。俺がダセェじゃねえか」
「感情のはけ口を作ることには、意味があるからね」
是非とも頼っていいんだよとわざとらしく両手を広げる織緒に、五喜は小さく頭をさげた。
「誰も責めたりしませんよ」
琴里は短く告げると、海にむけ剣を立て敬意を示す姿勢をとった。
誰にむけたものか不明だったが、聞くのは野暮だろう。
「私達が全力を……あるいはそれ以上を尽くしたのと同じように、あちらも全てを支払ったのでしょう。お互い、交わり争うことこそあっても、共に歩む道はない。それが、今の現実でした。
ならば、道を進む権利を勝ち取るしかない。私達は、勝ち取りました」
「……」
そのやりとりの意味するところを、アリシアは頭の理解から外していた。
だが、理解しなければならない。
レナが荒れる海を見る。そこにはなにもないように見えたけれど、確かに『それ』はあった。
今まで彼女たちが乗っていた船だ。盾の名を持つ人工浮島アイギスといえど、『蒼きオルニエール』の軍団長トレサリスとの激闘には耐えかねたらしい。ビスケットをハンマーで割ったみたいに、船は海の底へと沈んだらしい。
乗組員含め、味方は全て回収済。死傷者はなし。
ただしとこに、
天使は含まない。
「ぁ……」
アリシアは自らの手に、温もりを幻感した。
最後にとってくれた、その手に。
嵐があってよかった。
雨が涙をごまかしてくれる。
風が泣き声をかきけしてくれる。
ああ、願わくば。
「貴女と一緒に、泣きたかったのです……」
ボロボロのアイギスが何機も。一度後方へとさがり、治療と再編成が行われるらしい。
ひとつの戦いを終えたとしても、また別の戦いが待っている。大海の暴威を体現したかの如き怪物も、荒ぶる海の神も、まだ暴れている最中なのだ。
「お、元隊長無事やったん?」
「お疲れっすー元隊長」
「名前覚えて貰いました元隊長?」
「自分らこそ俺の名前忘れとるやないかい。一人でもええから名前呼んでや」
後退してきた部隊員に当真 暁斗(
r2p000997)がもまれていた。
軽口をたたきながら、眼鏡にかかった雨粒を布でぬぐう。
「ほんで名前は? 一矢報いる言うてはりましたやろ」
「それは、もうええねん」
なにもない海を振り返って、暁斗は
瓶底眼鏡をかけなおした。
「もう、ええねん。充分や」
一方、同じように戻ってきた部隊員の高橋が大きく手を振っている。
日野原 晃輝(
r2p002534)と白雪姫 エクエス(
r2p004375)たちに向けてである。
「お二人ともご無事で。いやあ、次も帰ってこなかったらどうしようかといましたよ」
「問題無い。無事だ」
口元を影のマスクで覆った晃輝を見て、高橋はエクエスを見た。『このひと冗談通じないでしょ?』という顔である。
なので、エクエスは晃輝の肩を若干強めにこづいた。
「そういう時は言う台詞が違うだろ」
「……?」
本気でよくわからないという顔をしたので、エクエスが自分の顔を指さして見せた。『マネしろ』の合図である。
「ただいま、高橋」
顎で次を示すと、晃輝はマスクを外し振り返った。
「ただいま」
「おかえりなさい。ヒーロー」
「あーあー、まーたヴァルハラに行きそびれたぜ」
サジー(
r2p003507)が大の字になって寝転がっている。装甲板の天井に包まれ医療班が集まる特殊仕様のアイギス内部。負傷者用ベッドの上で。
「ま、一番槍はいただいたからいいとするか」
「一番槍だったかあ?」
「あちこち同時にぶつかったから……何本目かの一番槍は貰ってんだろ」
「何本もあるんじゃねえよ一番槍がよ」
サジーと全く同じテンションの『砕く斧隊』の隊員達が周りで騒いでいる。誰もヴァルハラには行かなかったらしい。
彼等だけではない。無数の
ジェリーシップと権天使級たちによって構成されたトレサリス中央艦隊への迎撃作戦において、少なくとも今見る限りで死傷者は出ていないという。
医療班や救急搬送チームが良い仕事をしたのだろう。
「あっ、お姉ちゃん来てたの!? 言ってよー!」
地上 真珠星(
r2p001838)が姉の前でぴょんぴょん跳ねている。
対する姉は別の意味でぴょんぴょんはねた髪の毛をゆらして首をかしげた。
「アイギスに搭載した兵器のデータをとりたくてね。どんな状態?」
「あー……」
真珠星はちょっとだけ虚空を見上げた。
「『春の照り焼きチキンピザLサイズ二枚目無料』のこと?」
「わたしの兵器にピザ屋のキャンペーンみたいな名前つけるのやめてね?」
「だめだよおねーさん、すっぴーのネーミングセンス終わってるもん」
「私達なんて二郎系ラーメンにされかけたんだよ」
「カロリー高くてつよそうじゃん!」
「コレが無ければ最強に可愛いんだけどなあこの子」
真珠星がむきーといって両手を振りかざす。
彼等彼女等が明るいのは、なにも全てが終わったからじゃない。
むしろ
未だ終わっていないからだ。
俯く暇もなければ、痛みや悲しみに泣く暇だってない。
『こんな時代』に産まれた子供達であればなおのこと、それをよくわかっていた。
学校の休み時間のごとく過ごし、毎日くり返すあたりまえのことみたいに、彼女たちは天使や怪物との殺し合いをするのだ。
そうしなければ、止まってしまう。
「ほら、柊志さん」
小鳥遊 凪(
r2p000422)が、怪我をした箇所に包帯をまいた小机 柊志(
r2p001082)に水のペットボトルを差し出した。
それを受け取り、顔を見返す柊志。
どんな言葉をかければいい。
わからずに黙り込む柊志の顔を見て、凪はなんともいえない笑みがこぼれた。
『あの子』はきっと、この顔を見たんだろう。
だから、あの子は、
嘘吐きになることにしたんだ。
それが自分の心に余るほど重かったとしても。
凪は暫くそっぽを向いてから、自分の手元にあったボトルを飲み干した。
「柊志さん!」
目一杯元気に、明るく笑って。
凪は堂々と胸を張ってみせた。
「ボクは、まっすぐに生きるからね!
返事も、まだ貰ってないんだから」
ぎょっとして目を見開く柊志。
だが、すぐに苦笑をした。
いつもの彼だ。優しい苦笑だ。
「そうだな。待たせて悪いが、俺も……」
また会おう。そう告げた。
天使と人間が同じ場所へ逝くかはわからないけれど。
いつか。
ずっと先の、いつかのこと。
あの子とただ笑って話せるように。
「この海と共に、まっすぐ生きるよ」
トレサリス率いる『蒼きオルニエール』を壊滅させ、部隊は再出撃の準備を進めている。
クラーケンとの激戦は、未だ続いていた……。
ロストアーカディア二周年!