諏訪の町並みはひっそりと静まり返る。今のこの地に生きるのは、クナトやチマタと呼ばれる神霊、精霊達だ。
大祝へと立候補した神霊・フナドノサエは甲府方面からやってきた能力者達を認め、街へと立ち入ることを認めた。
クナト達はフナドノサエと共に能力者を試していた。チマタと呼ばれる精霊達は能力者に助けや協力を求め交流を続けてきただろう。
能力者達の望みは諏訪湖の向こう――そこに在るという三種の神器がひとつ。
――八尺瓊勾玉。
東京にあり、けれど転移してきたそれはフナドノサエにより守られてきた。
能力者達が神霊との対話を根気強く続けてきたこともあってか、フナドノサエやクナト達は態度を多少ながら軟化させた。
諏訪にある結界は性質を変え、八尺瓊勾玉を護るためにだけ張り巡らされているだけに変わっていく。
「……
弥栄ちゃん」
諏訪へと張り巡らされた結界の前に立ち、
少女が
それに優しく撫でるように触れた。
弾かれることも、通り抜けることもなく、ただそっと。
「ごめんね、痛いよね、苦しいよね、辛いよね……もしかしたら、
東京でも同じようなことがあったのかな」
能力者達はそれとの対話意思を以て甲府側から踏み入った。天使達の一部はそれに拒まれている。
紅色の髪をした少女は
それに寄り添うように目を伏せて呟いた。
「ごめんね――今のわたしじゃ、あんまり役に立てないかもしれない。
ほんとなら、わたしじゃない誰かが来た方がいいんだろうけど……誰にもあなたの事を任せられないよ。
それに……あなたが対話を求めている人達に、会わなきゃいけないの」
だから、通して。そう呟いた少女は一歩を踏み込んだ――そうすれば、彼女の身体は何の抵抗もなく、すっかりと結界の内側に入り込む。
それを待っていたかあのように、或いは察していたかのように現れた無数の影。
それらは誰かの恨みを、妬みを口走りながら少女に近づいて――触れることもなく消し飛んだ。
「これ、
枯茨……ごめんね、幽石に囚われないように祓うしかないや」
嘆くようであり、悲しむようでもある声でそう呟いた少女はふるふると顔を振る。
「……進まなきゃ。アーカディアⅧ麾下にも、厭離衆にもテオフィロにも見つかるわけには行かないもの」
きゅっと眉を顰め、覚悟を決めたように言って少女は走り出す。
「ふふ、何処に行くって?」
そんな少女に声を掛けたのは――喪服に身を包んだ女だった。星型の天冠と黒い翼は彼女が何者かを物語る。
「初めまして、お嬢さん。でも闇雲に動くのは危険だと思わない?」
くすりと微笑んで彼女は首を傾ぐ。
「――天使!」
咄嗟に手を伸ばした少女を女が制止する。
「別に貴女に危害を加えるつもりはないわ。それに、それを抜いて困るのはきっと貴女でしょう」
「……お姉さんは誰?」
「私? 私は夜宵。霧原 夜宵――しがない天使よ」
「やっぱり天使――どうして天使が此処に居るの」
「私もマレビトとして訪れただけよ――私の友人の精霊と一緒に。ふふ、貴女の名前も聞いていいかしら?」
「…………
八重」
「そう、八重。ふふふ、そう。そういうこと」
夜宵は微笑するままに視線を少女に向けて首を傾ぐ。
「勾玉は此の地の大祝が護りたいと願うもの。彼に言わせれば、彼女は一度、身の危機に晒されている。
如何にヒトの子らが立ち向かう力を得たとしても、容易に渡すことは出来ないそうよ。
それでも、ヒトの居ない此の地を護っていたのは出会う人の子らの愛おしさやその心優しさによるものだったのでしょうね」
「だから助けに行かないといけないの……早くしないと駄目なの。早くしないと――そうしないと、
冬が来ちゃう」
言葉尻からたっぷりの焦りを感じさせながら、八重は叫ぶように言った。
「それなら。私と手を組んでみる? 厄介なアーカディアⅧの部下や天使、不届きな泥棒共と――それにK.Y.R.I.E.も。此処に居る全てから追われちゃうかもしれないけれど」
微かに首を傾いで夜宵が続ければ八重は両目を瞬いた。
「あなたは、天使なのに……どうして」
「ふふふ――貴女にも神璽にも、アーカディアの戦争にも興味がないだけよ。
少なくとも――いえ、最悪なことに、あのけったいな天使が此処に立ち入ったりしなければ、貴女を隠してあげられるわ」
意味深に微笑んで彼女はぱちりとウインクをした。
――その前に、
あの子達に見つかれば、きっと貴女の望み通りになるでしょうね。
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール
