瑠璃色の天蓋は色彩を変えて、群青に染まる。外界を染めた茜色の灯火が逢魔時の闇を連れてくる。
「……兄様」
射干玉の髪の下、紅玉のような美しい瞳を細め、廻月 薇(
r2p008636)はそう小さく呟いた。たった二人の家族は今、戦場に立っている。
彼と薇とどちらが此処に残るのかとそのように相談したのはつい先刻の事だった。
此の地に訪れた
滅びの予言たるあの神が、宣戦布告のような物を投げかけてきたのだ。
「――やあ、人類諸君。勇ましい子も、可愛らしい子もいて実に素晴らしいね。
初めまして。私を知っているかな? 廻月堂の諸君に言わせれば、『滅びの予言』、あるいはクソったれな神様だ。
随分と沢山の繰り返しを解消してくれたようで、ご苦労様」
あの男は電源の落とされたテレビに干渉して気さくなまでの挨拶を残した。
「諸君の頑張りを評価しよう。いや、実に素晴らしいよ。私は君達の事が嫌いじゃない。
なにせ、私の為に神器を2つともこの町に持ってきてくれたんだから。でもまぁ、すこしばかりやりすぎだ。
君達が頑張ってくれたおかげで私のお姫様が少しばかり希望を持ってしまった。
まぁ、御姫様と遊んでやるのも良いだろうと思ってね――少しばかり前に新しいループを始めたよ。
間に合うかもしれないし、間に合わないかもしれないね? ふふ、たっぷりと愉しみ、たっぷり足掻いてくれ」
此方の行いを嘲り笑うようにして、一方的な宣戦布告をしたならば、それに対処するのは廻月堂の者として当然のことだった。
懸命に修行と努力の日々を重ねていた兄は薇を危険な目には合わすまいとでもいうかのように、己を置いて最前線へと向かってしまった。
「兄様……わたくしだってこの町を守るためにいるのです」
そう独り言のように呟いて、薇は小さく息を吐いた。今回ばかりはどちらかが残っているべきだと、そう言った兄に頷いた。
けれども、そうやって守られているばかりではいらない。滅びに抗う巫女として、あの方の未来を護るため、どうあってもいつかは前線に立つ日が来る。
神様に近づけば、いつかは殺せるはずであるのだから――今はまだ、戦場に赴いた彼らの戻ってくる場所を守り抜くのが薇の仕事であるのだろう。
「薇さん、大福を3つとお抹茶を頂けるかしら?」
青玉のような瞳の娘が月白の髪をさらりと落として首を傾ぐ。
月下 更紗(
r2p009192)、「水渡り」の力を持つ一族に生まれ落ちた娘は同じように守護に務めるべく此の地に残った一人。
嘗ての始祖神、
水神とも伝わる龍神の守護が為に使われるその力を今の彼女は守護防壁程度にしか使えぬらしい。
日常と呼べるものを愛する娘はそれでも、今の御津那海の在り方を良くないものとして、どうにか正そうとしている。それは廻月堂の考えとも一致するものだ。
「気を張りすぎていてもいざという時に此処を護れなくなってしまうんじゃないかしら?」
「ええ……ありがとう。そうさせてもらいます……隣に座っても?」
「構わないわ、一人で食べても美味しいけれど、二人で食べた方が美味しいものね」
じっと、薇の事を見つめて言う更紗に、微笑みを返して注文された抹茶と大福を一緒にもっていこう。
瑠璃色の空をじっと見つめていた更紗は薇が持ってきたお菓子を見て「ありがとう」と笑う。
「K.Y.R.I.E.の能力者というのよね。外の人達に負担をかけてしまっているかしら」
「そう、かもしれません。けれど彼女達がこの町にやってきてから、この町は良い方向に動き始めています。
……この戦いも、きっと彼女達が共に戦ってくださるのならきっと良い方へ向かうでしょう」
「それは……巫女としての託宣かしら?」
「いいえ。わたくし個人の希望です。きっと、現実になってくれると信じています」
首を傾げた更紗に小さく首を振って薇は抹茶を一口飲み込んだ。
「……この町の外でも、色々な事が起こっているそうね。彼らはそちらにも目を向けないといけないそうよ……大変ね」
同じように空を見上げた更紗が言うのに、薇は「ええ」と短く頷いた。
「東方では多摩という町があるそうです。そこから相模原という場所に関する調査を行なってもいると、
友人が言っていました。
彼女は、相模原で遭遇した花人という者達に親近感を覚えているそうです」
大破局の後にこの町で生まれ育った薇も更紗も、多摩や相模原と呼ばれる町の事を知らない。多摩の南部は歯車と蒸気の町、相模原は湖に沈んでしまい、花々の舞う場所であるのだという。
「不思議ね……御津那海とはきっとまるで景色が広がっているのね」
「ええ、きっと」
そう言う更紗にこくりと薇は頷こう。
「薇さん、この大福美味しいけれど、食べたことがない味ね? もしかして新作かしら?」
「ふふ、そうなのですよ。マシロ市からやってきた方々のお話を聞いて新しく作ってみたものです」
口元を抑え「気にいったわ」とそう続けた更紗に薇は微笑み大福を食む。仄かな甘みが口の中に広がった。
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