この街は、美しかった。異文明により作り上げられた赤煉瓦の街並み。
鋳鉄製のバルコニーに飾られていた花はどんよりとした雲の下では萎れてしまっていたがそれでも美しいことには変わりはない。
タイルの張られた外壁へと伝う蔦の一つもなかったのはこの場所は毒に塗れていたからなのだろう。
囂々と音を立てるのは水ではない。相模原を包み込む花咲く都市と比べればこの場所は淀み切った停滞に溢れていた。
――ここは
行き止まりの街だった。
天使の権能影響を受けたように舞い踊る塩は、
願望器の影響を受けて未だに死へと人々を至らしめる。
行くも戻るも恐ろしく、ただ、淀み続けるだけに閉じていく。この街に住まう者たちは何時しかきっと自滅に向かうのであろう。
僕も、貴方も。君も、彼女も。
誰も彼もが、澱みと眠りの淵に立ち、馬鹿げた子守歌を聞きながら朽ちて行く筈だった。
こんな場所に夢もなければ希望もない。理想も朽ちれば、未来など以ての外。
だった、筈だっただろう――
「君達が居たから、僕は」
「貴方達があの子を変えてしまったの」
僕達は、誰かに責任の所在を求めなくてはならない程に自分が分かっていなかった。
「ノヴェルは、もう僕だけのものではないんだ。君達が、連れ出そうとするから」
「シェナは、ただこっちを見ていてくれたらよかったんです。誰も見ないで、私だけを見ていてくれたら」
僕達は、我儘ばかりを振りかざす子供でしかなかった。
「僕は」
「私は」
何も叶わないなら壊れてしまえばいいのに。
「――――
」
馬鹿げた夢の終わりがやってきた。
伽藍堂 夢窮斎(
r2p004822)は人の心を救うためにこの場所へとやってきた。嘗て、ノヴェル・アルベルトゥスと呼ばれた青年を、そしてもはや天使にまでなり果ててしまった哀れなる少年を。
「いつまでも一緒に居たかった、守りたかった。今更とか言うんじゃあないぞ。今だからこそ、手を伸ばしたまえ!」
――幼い頃にそうできていればよかった?
手を伸ばせないならば、その手を引っ張ってやろう。エレス・イルレーウェ(
r2p000469)が望むのは心を喪わぬこと。
ハンス シュミット(
r2p004621)が教えたいのは愛するという、その意味。
何方も、きっと知っていただろうに。感情宝石として差し出してしまったならばそれは何処にも残りやしなかった。
「どうか、少しでも良い結末を。いつか煙る街にだって虹がかかるような……そんな明日を願えるように」
一つずつ、心にリボンをかけたなら。幸せだと笑ってくれる顔が見られたのだろうか。
雪永 千詠子(
r2p001295)がそうと手を伸ばす。その手を握るマンジュリカ・クォーツ(
r2p005379)の声音はきっと震えていた。
「独りじゃないんです。貴方の前に、彼はいます」
何が大事だったか、きっと憶えているでしょう。瀬田松 柚(
r2p002336)の囁きは、夢想の国に誘うようで。
「ねえ、手を伸ばして――? からっぽは、くるしんだよ」
春の野を駆けずり回って笑うあの顔を。
夏の陽の下で瞼が陽に溶けてしまいそうだとおどけたあの日を。
秋の眠りに手を引かれたように紅葉の下に転がったあの時を。
冬のざわめきに、大丈夫だと繋いだあの手を。
ノヴェル・アルベルトゥスは忘れてはならなかったのに――イーリスだって、忘れやしなかった筈なのに。
「おやすみなさい、良い夢を」
アヴァリティア。あなたを呼ぶ。
三文字の名前。
琥珀、琥珀。愛おしそうに、彼女が呼べば、世界は瞬く間に色付いた。
縫月 星夜(
r2p000033)には全てをぶった切るしかできる事はなかった。
だからこそ、貴女へと私は全てを使って辿り着いた。貴女が琥珀になるように。
その先に至るのが
奇跡と呼ばれるものの連続だったとしても、我儘で強欲な子供を素直にするには必要なことだった。
「……幸せそうだった、と思う」
ニーナ・モロゾフ(
r2p003427)が望んだのは自分の望む未来を引き寄せることなんかじゃなかった。
ただ、
シェナが望む未来を見て、もう一度が出来たのならそれでよかった。
武器であろうとしたしろ(
r2p007926)が武器ごとに斬り裂いたのは、きっとあの我儘な少女の心にあった最後の意地だった。
「シェナちゃん。えへへ、良かったのです。仲直り出来て!」
橘 むぎ(
r2p008085)はどこか遠くを見る
友達に言った。
沢山の友達に囲まれて、戻ってきた彼女は笑う。
欠けていたものの全部を取り戻して、お友達との随分と長かった喧嘩だって仲直りで終わったのだ。
お友達で、お姉ちゃんで、苦しそうだったその人は最期は嬉しそうに笑っていたのだ。
心を取り戻した人がいた。取り戻さないことを選んだ人もいて、それは彼女達の決断だった。
それでも、今こうしてシェナが笑っている。これからは皆と一緒に、止まっていた時計の針は進んでいく。
まるで幸せな夢だったみたいな、その現実に。
窓の外で燻る世界を白烟が全て包み隠してしまう。
「琥珀」
立ち上がったシェナが、駆けだした。シェナと呼ぶ
友達の声を置き去りに、彼女は只、走りゆく。
あの場所に、彼女を置いて来てしまった。外の世界を教えてくれる、はじめての友達。手を引いてくれる小さなお姉ちゃん。
「琥珀……ッ」
脚が縺れた。シェナの身体が石畳に叩きつけられる。膝を擦り剥き、掌が硬い地面を藻掻くように掻いた。
世界が白く、白く変容していく。まるで何もかもを消し去ってしまう様な。
『ロウ博士が、フォーカポーカの毒がトロプフェンに反応して、一気に蒸発してるって言ってる。近づくな――!』
KPA-SasaK01-fAドローンがそう言えど、シェナは止まらない。
ならば、尚さらにあの子を連れ戻さなくてはならない。優しい友達、大事な、愛おしい――何をしたって、それは変わらなかったあの子。
「ッ、こは」
シェナ。シェナ。大切なあなた。
愛しています。何よりも。イーリロスがノヴェルに向ける愛より強かったんですよ、なぁんて。
朧げに、彼女が囁いてくれたことを思い出す。煙に飲まれるようにシェナの姿が掻き消えた。
「シェナ……! 待ちなさい。シェナ……! 紫恵那!」
ノエが呼べど、彼女は戻らない。そこに
天使アヴァリティアが倒れていた筈なのに。
煙が取り払われたその場所には――もはや、俯きながら歯車を抱きしめてなく一人の娘の姿しか残らなかった。
何もかもが風に攫われ消えてった。煙に塗れ、毒に溶かされ、夢想の瞬きの如く消えていった。
「私も、大事だったの」
――さようなら、ヴィーケンリート。
君の心に別れを告げよう。全てを煙に巻いてしまうようなこの街で、君という存在でだけ呼吸が出来ていた真実に向き合いながら。
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