パウダーパープルの薄雲が広い空に浮かんでいる。
そこに青空は無く、代わりに白光を抱く薄紫色の空が広がっていた。
陽光は幾ばくも遠く何処か物悲しさを纏う風が吹いている。
時折見える光の粒は地上に落ちる星屑のように煌めいた。
広大なその空間は多摩西街にある巨人の中庭であった場所だ。
憩いの場だったかもしれないし、公園のような遊び場だったかもしれない。
巨人たちが居なくなった今、その場所は『
薄灯郷』と呼ばれていた。
――――
――
「……こちら『ラインファング』。目標を補足しました」
機械仕掛けの魔導具を覗き込んだ男は映し出された青黒い化け物を睨む。
「同じく『レールガルド』。目標の
幻雫を捉えた。作戦を実行に移す」
術式による通信を受け取った相方は木の陰から化け物を覗き込んだ。
幻雫と呼ばれたのは黒い体躯に青の焔を纏わせた狼のようなモンスターだ。
ホルスターから機械仕掛けの銃を取りだしたレールガルドは立て続けに二発、化け物へと弾丸を撃ち込む。
化け物の胴に当たった弾丸を起点に青い錬成陣が空中に浮かび上がった。
錬成陣は化け物を囲むように展開し、内側へ電撃を迸らせる。
「――――!!」
化け物の絶叫が木々の間へ響き渡った。
「これで動きを封じたぜ」
口角を上げたレールガルドは相棒であるラインファングへ視線を上げる。
「油断しないでください!」
銃を構え険しい顔でラインファングは化け物を見遣った。
拘束されているにも関わらず、化け物は青い焔を吹き上がらせ、今にも錬成陣を破らんとしている。
「くそっ……一筋縄では行かないか」
マントを翻したレールガルドは腰に下げている薬品を化け物に投げつけた。
体表が焦げる痛みに化け物が咆哮する。
「レールガルド、伏せてください!」
「おうよ!」
練り上げられた巨大な錬成陣から先の尖った大きな岩が現れた。
それは一直線に飛んで化け物へと突き刺さる。
憤怒の形相で抵抗を続けていた化け物の重心がぐらりと傾ぎ、大きな音と共に地面へ倒れ込んだ。
「よし! よくやったラインファング!」
「はい、これで研究が進みますね。大きな成果です」
マントを翻し二人は化け物を仕留めた勝利に酔いしれる。
「……其処で何をしている」
酷く冷たい声が二人の耳に届いた。
凍てつく氷刃を喉元に突きつけられたみたいに身動きが取れない。
冷や汗がどっと背中を流れ、息をするのも憚れる。
「聞こえなかったか? 貴様らは何をしているのだ……」
闇を纏った男は鋭い眼光で二人を睨んでいた。
答えを間違えれば、殺される。そう思わせる程の冷たい視線だ。
「お、俺たちは
幻雫を倒してたんだ。こいつらは人の『
灯火』を喰らう。そんなヤツらを野放しにしていいものか!」
レールガルドは果敢にも男へ声を張り上げる。
闇を纏った男は指先をレールガルドへ向けた。その瞬間青白い閃光がレールガルドの左腕を吹き飛ばす。
「が、ぁ……!」
「レールガルド!」
男に銃を向けながらラインファングはレールガルドを背に庇った。
二人を冷たい視線が見下ろしていた。男の瞳は氷の如く凍てついている。
「……その黒の装飾、お前はまさか……セルカの守護者『境刻伯』か!」
「私の事を知っているなら話は早い。自身の運の無さを呪うがいい」
境刻伯と呼ばれた男の手から黒い泥が溢れ出す。それは黒い尖晶となりてレールガルドとラインファングに襲いかかった。
「ひっ!」
「やめろ……! やめろぉ! リクリスタ様、た、たすけ……て……」
男達の悲鳴が黒い尖晶へ反響する。
何十ものガラスが砕ける破砕音と共に男達の悲鳴もそこで途絶えた。
「此所では私が秩序であり、法である、心せよ――」
――幻雫舞い踊る『残照悲歌』シリーズ開幕。
→K.Y.R.I.E.茫失者名簿が作成されました
