琥珀色。
じっと私を見ていた。目を覚ました私にあなたは目を細めて笑っていた。
何もかも、変わってしまった私と、あなたと。
もしも、何かが違っていたら、私達はこんなふうにはなってなかったのだろうか。
母親に連れられるまま、少女はこの街に訪れた。
マシロ市には戻れない、此処で暮らさせてほしいと母は言った。
天使やら変異体がそこら中に居る中を母と2人で歩き続けるのは幼い娘にはしんどいことだった。でも、母と一緒に居られるならそれでよかった。
「……初めまして」
薬師の背中に隠れていた女の子の、愛らしい顔を少女は幼心に綺麗だと思った。
それまでの疲労感なんて、全部吹き飛んでしまうくらいに。
どうやってもこの子を守ろうと、浅はかにも思ってしまうくらいに。
梧桐紫恵那と名乗った彼女が
琥珀の初めての友達だった。
人間なんて殆どいない空白の街並みの中、年頃の近い2人は自然と仲良くなっていった。
アザーバイドの事は少しばかり怖かったけれど、紫恵那が大切な友達だって言うのならその恐怖だって乗り越えられる気がした。
実際、彼らへの恐怖は幾分か薄れて行った。いつだって隣で暮らしていたから、慣れないとやっていけなかった。
「紫恵那、紫恵那、紫恵那は欲しいものはありますか? もうそろそろ紫恵那のお誕生日でしょう?」
「でもここで手に入るものは少ないわ」
「そうですけど……ううん、じゃあ、手に入る物で!」
この町で生まれ、育ち、この町だけを知っているこの子に少しでも外の事を教えてあげたかった。でも、教えてあげるには琥珀自身があまりにも幼かった。
「琥珀、これ、プレゼント」
何を上げられるかな、なんて考えていた時に、シェナがくれた誕生日プレゼントに思わず泣いてしまって。そんな琥珀を彼女は困った顔でおろおろとしていた。
「違うんです、嬉しくて……貴女にあげたかったのに、あなたの方から貰えるなんて思わなくて……」
しどろもどろにお礼を言って琥珀は大切に、大切にプレゼントを抱きしめた。
不揃いな懐中時計。ガワだけを真似た、針の進まない懐中時計――それは何よりも大切な宝物になった。
だから、どうしたってお礼がしたくて愚かにも琥珀は外に出てしまった。
アザーバイド、それは決して人間の味方などではありはしないのに。
小さな安全圏の外は、獣ばかりが住む場所であったのに――そんなことさえも忘れてしまうくらい、あの日々は幸せだった。
全部、全部、何もかもが不揃いに変わり果てて失われた後で、私は全てを理解した。
「――初めまして、紫恵那。自己紹介をしておきますね、私はアヴァリティア。
ただの強欲な女の子です! ところで、なんでこんなところに居るんですか?
外は危ないですよ。ほら、私みたいな怪物が沢山いるんですから!」
朗らかに笑って、私はあの子に銃を向けた。
あの頃みたいに私の名前で貴女の前になんて立てないから、ただ強欲な女の子として立ち塞がるのです。
そうして、せめて痛まないように――あなたの角を圧し折って追い返そう。
怯える貴方の顔が、身体が、なるべく痛くないように。
どうか、帰って。あの小さな檻の中にずっといて――私みたいにならないように。
ねぇ、シェナ。私、貴女のこと■■■■だったんです――私の宝石だったんです。
避けられていたって、怯えられたってそれは耐えられるんです。それは私が望んだ形だったから。
なのに、どうして誰かの色に染まってしまうの。
どうして誰かに導かれて外に行こうなんて思ってしまうんですか。
私以外で染まらないで。こんなに綺麗で優しい気持ちを育まないで。
どうか、傷つく事も嘆くことも、失うこともない、この行き止まりにずっといてよ。
でもね、シェナ。ほんとは分かるんです、だって、前の私も外に行きたかったから。
眩しかったのでしょう? 嬉しかったのでしょう? 楽しかったのでしょう?
その先に待ってるのは、いつだって怖いことばっかりなのに、どうしたってそこに行きたかった。
あんなにも恐ろしいのに、痛いのに、苦しいのに。
でも、外に出てしまったら、いつかは貴女の体は傷付いてしまう。
今はまだ、あの時に砕いた角の一本でも。無傷で生きていられるような世界じゃないんです。
それが、私には耐えきれないから……だから、どうか。何処にも行かないで、ずっと此処にいて。
貴女のことを守ってくれるこの行き止まりの中でずっと、ずっと、暮らしていて。
どれだけ私を恨んで、拒んで、怯えて、苦しんでしまうのだとしても構いません。
――それで、貴女が此処から出て行かないでくれるのなら。
それで、貴女の心を折ってしまうことになっても、この檻の中にいて欲しいのです。
ね、あの日にくれた、不揃いの懐中時計みたいに一緒に居て欲しいの。
外に出たら、知ってしまったら、私達は壊れてしまうから。
■■■■――そんな風に願ったって、もう私はそれを砕いてしまったのですけれど。
「ねぇ、劇作家。東京の願望器――それがあれば、あの子はずっと此処に居てくれるでしょうか?」
「どうでしょう! 貴女が望むのならばコスモスはそれに応えてくれるやもしれませんね!」
「……やも、ですか。なら私には不要な物です。そんなものがなくたって、シェナは此処に居てくれるはずです」
そう告げた私を見て、サーカスの女は愉快気に笑った。
不確定で、不明瞭で、不鮮明で――そんな可能性の話に釣られて外に出るなんて。そんな馬鹿馬鹿しい事をしてどうするというのでしょう。
あぁ、今更だ。
結局、こうしてあの子と彼らが出会ってしまって、新しい友人を得てしまったのなら。
何もかもが壊れて、時計の針が進んでしまうのなら――それが分かっていたら、私は。
「いえ、無意味な発想です……もうそろそろ、東京のゲイムの報告書があのサーカスの女から届くことでしょうか。
相模原の魔女も、諏訪の精霊も東京のゲームも――全部全部、どうでもいい。
私は唯、此処でシェナと一緒に暮らしていけていればそれでよかったんです」
たとえ、貴女が私の事を恨んでいたって、その綺麗な顔が、声が、心が穢れてしまうよりは、ずっとずっといいから。
だから、このお人形を彼らに贈ったってほんとは何の意味も無いのも分かってます。
ねぇ、この感情じゃ駄目ですか?
一緒に居るのは、この子達じゃ駄目ですか?
あの人達と一緒じゃないと、いけませんか?
もっともっと、他の感情を上げたら、持ってきたら。
貴女は私だけを見て、此処に居てくれますか?
――あぁ、この懐中時計みたいに、時計の針なんて止まっていてくれたらそれで良かったのに。
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール
