君が生まれた日の事を覚えている。
春の日差しの中で若葉が芽吹く、清々しい日だった。
まばゆき太陽に祝福されし愛しき子。
その聡慧により、星の導きと共に人々を照らす光輝たれ。
宿命の定めたる一番星より尚、愛しき者。
――ソフィーリア、生まれて来てくれて、ありがとう。
溢れる感情は、今まで感じたことの無いあたたかさと慈愛に満ちていた。
ソフィーリアはこんなにも小さな身体で、精一杯生きている。
何よりも大切で、か弱い存在が、目の前にあることが奇跡に思えた。
眦に熱がこみ上げてくる。
人差し指の上に乗る小さな手は、人形のようにか細く、簡単に壊れてしまいそうで。けれど確かに、生きていた。
「ウィリアム、可愛いでしょう?」
「ああ、可愛い。こんなにも……嗚呼、どうしよう。気持ちがいっぱいで、何と言っていいのか」
ウィリアムはソフィーリアを抱っこする美夢ごと抱きしめる。
ぼろぼろと涙が零れてきた。
「だめだ、こんな……こんな幸せがあっていいのか」
「いいのよ。ウィリアムが幸せで私が幸せでソフィーリアが生きている。それだけで十分じゃないかしら? そうでしょう? ウィリアム」
愛おしい。
愛おしい。
こんなにも、愛おしい。
何があろうとも必ず守りぬくと、父親であるウィリアムは誓ったのだ。
「パパ! だーいすき!」
四歳になったソフィーリアはウィリアムの足下に抱きついた。
生まれた時に感じた愛おしさは、年を重ねるにつれて大きくなっている。
「僕もソフィーリアが大好きだよ」
ウィリアムはソフィーリアを抱き上げ頬ずりをした。
「ママは?」
「ふふ、ママも大好き!」
「いっしょ、ね!」
ソフィーリアはウィリアムの顔に腕を回し、ぎゅうぎゅうと抱きつく。
「あらあら」
それを見守っていた美夢がふわりと微笑んだが、みるみるうちに顔色が悪くなり重心が傾ぐ。
「美夢!?」
ソフィーリアを抱えたまま、ウィリアムは美夢に手を伸ばした。
されど、全てを支えることは出来ず美夢はその場に倒れ込む。
辛うじて頭を打つ事は避けられたが、顔面は蒼白であった。
「美夢しっかり!」
「ママ? ママ……!」
ウィリアムが動転しているのを感じ取ったソフィーリアは、美夢に大変なことが起こったのだと震えながら抱きつく。
「……だい、じょうぶ。何時もの、やつよ」
「ああ、すまない。気が動転していたよ。魔力循環を調整しよう。ソフィーリア、少し大人しくしていてくれるかい? ママが元気になるおまじないを掛けて来るからね」
「う、ぅ……ママ」
ソフィーリアは美夢から離れる。
四歳という年齢の子供が『正しい行動』が出来るのは、星の導きの教えがあるからなのだろう。
「ママ……」
けれど、正しい行動は必ずしも、正常な心の動きではない。
ソフィーリアはきっと寂しがっている。
不安に押しつぶされそうになりながら、涙をいっぱいにためて、両親を見送る幼子はひどく悲しげに見えた。
――嗚呼、ソフィーリアが寂しがってる。
「マスター、ターゲットを捕捉しました」
「ああ」と短く答えた『星導逆行』ウィリアム・ペンスフォード(
r2n000022)は家族の事を思い返していた。
傍らにいるホムンクルスは
『一番星』と同じ姿をしている。
星の導きが定めたる一番星、その抗えぬ因果において、ウィリアムは『藍玉の揺らめき』石動 結斗(
r2n000024)を
東京より追出する他なかった。
大願の為には結斗が邪魔だったからだ。
嫌われてもよかった。嫌われた方が楽だった。
マシロで大人しくしていてくれれば、それでよかったのだ。
もし、結斗を人質に取られるのなら、星の導きは、其れの奪還を最優先する。
ウィリアムはそう動いてしまう。
たとえ、ソフィーリアや美夢を犠牲にしてもだ。
星の導きはそういった呪いの類いだ。
断じて、許されるものではないとウィリアムは歯を噛みしめる。
「……狩るよ」
ウィリアムはホムンクルスたちを引き連れてターゲットの元まで移動した。
ターゲット――ティティフィティアの青年たち――を見つけ、表情の無い顔でウィリアムはホムンクルスに合図を送る。
「うわ!? 何処から出て来たお前ら!?」
ホムンクルスが注意を引きつけ、その間に背後から別の個体が心臓を貫く。
数人のホムンクルスが連携してティティフィティアを追い立てた。
淡々と。
「ま、待ってくれ。デバイスならここにある……」
命乞いは無視して。
「チップがほしいんだろ? な……ぎゃあ! やめろ!」
淡々と。
静かに。
速やかに。
デバイスを奪うために、手を掛ける。
大願のため。家族のため。ソフィーリアのため。
「やめて……助けて」
何人かからデバイスを奪ったあと、最後に残った少女に術式を向ける。
ソフィーリアと同じぐらいの少女だ。
――ごめんね。
謝る事は、許しを請うこと。
彼らにとってその許しは意味の無いものだ。
だから、ウィリアムは口に出さない。
ただ、凶刃を持って命を奪うだけ。
「止めてぇ――!!」
叫び声と共に、ウィリアムの術式が横から弾き飛ばされた。
「……!」
ティティフィティアの少女の前に、大剣が突き刺さり盾となっていた。
これは少女が突き刺したものではない。
「パパ! やめてよ!!」
『夢星の魔術師』ソフィーリア・ペンスフォード(
r2n000028)の声が戦場に響き渡った。
「その子、助けてって言ってるんだよ!? 何でそんな酷いことを!」
ソフィーリアは少女を庇うように立ちはだかり大剣をウィリアムに向ける。
「どいて、ソフィーリア」
「どかない!!」
眉を寄せたウィリアムはソフィーリアの周りに魔術障壁を張り巡らせた。
「な!? どうなってるの!? 出してよ! パパ!」
四方を障壁に覆われたソフィーリアは大剣で内側から攻撃するもびくともしない。
「やめて、パパ! やめてよ!!」
障壁を叩きながらソフィーリアは叫び続ける。
「助けて」
「……」
淡々と。無表情に。
ウィリアムは少女の胸を星の魔術で撃ち貫いた。
真っ赤な血が障壁に飛び散る。
「そんな……、うぅ」
横たわる少女からウィリアムはデバイスを奪い去る。
「酷いよ、パパなんか、パパなんか……大っ嫌いッ!!!! こんなの父親のすることじゃない! もう、あなたなんかパパじゃない!! ひどいよ!!」
ソフィーリアの声に僅かに顔をしかめたウィリアムはそのまま踵を返した。
ウィリアムが見えなくなったあと、魔力障壁はゆっくりと消えていった。
――それでいい。君はそれでいいんだ。ソフィーリア。
感情のまま、正しくないことを、正しくないと言っていい。
君の正しい道は、この身で購ってみせるから。
其れが僕の『
大願』だから。
必ず、君を星の導きから救ってみせるよ。
愛してる。
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