「実に」
無極聖は朴訥淡々とした彼なりに珍しく幾ばくか熱の籠った調子で呟いた。
「実に気骨の一撃であった。褒め認めよう、娘」
白い女の手を取って――真っ直ぐに前を見つめたままそう言った。
彼の間合いで決死渾身の爆呪を刻んだ女の姿はない。
手首から先だけを残して彼女の痕跡は此の世から消え去っていた。
「びっくりしたあ!」
相変わらず逃げ足早く咄嗟に極聖を盾にした
アレクシアが声を上げた。
罪滅星 ダナエの
乾坤一擲は結果として直撃させた極星の肌を焼き焦がし、衝撃で貫いていた。
賞賛の言葉は煤けた彼が受けた予想以上の打撃に対しての正当な報酬だっただろう。
「一人は復活所じゃないわね。で、見た感じ
転がってるのは五体か」
嘆息したアイリーンが無線機のスイッチを入れた。
「――
カロル、全員仕留めたの?」
ざざ、と短いノイズの後に通信機が可愛らしい声を吐き出した。
『ごめんなさい。二人逃がしました。あの爆発で煙が凄くて』
「
フライシュッツの魔弾が煙ねえ」
『……………』
「貴女、ちょっと同情したでしょう?」
『……そういう訳でもないんですけど。
確か最初の予定では二、三人捕まえればいいって話でしたよね』
「五人も残ったなら十分ですって?」
「最高の狙撃手が十分働いたと言っているのだ。構わないではないか」
蜘蛛の暴食を見せるアイリーンを制するように極聖が言った。
「娘の気概を称える意味でも悪い結末では無かったと思うがね。
この
己を滾らせた結果が徒花では格好も付かぬ。沽券も赦さぬ」
「……はいはい。仰せの通りに。
ま、肉体労働頑張って貰ってるからね。それならそれでもういいわよ」
溜息を吐いたアイリーンはお手上げとばかりに肩を竦めてそう言った。
確かに彼女のプランより現状は
上振れている。
実験用に二、三体の心算が思いがけず五体も
殺す事が出来た状態だ。
一人は結果として
自爆、二人逃がしたとしても大した問題はない。
それに、考えようによっては――
(逃げたお嬢ちゃん達が本体に泣きついてくれたら、それはそれで面白い事になるかも知れないしね)
ダナエの健闘によるイレギュラーは流石のアイリーンにも計算外であったから、二人が蜘蛛の巣から逃れたのは確かなのだが。逃げた結果が必ずしも良い方向に転がらないのも人生の妙味の一つというものであろう。
「この後は予定通り?」
「ええ。
野営の用意をしないとね。
復活のサイクルがどれ位の時間を要するのかは知らないけど、最低でも次のリスポーンは
ここになるでしょうし。
次起きた時、連中を拉致ってそうしたらもう完全に手の内になるんでしょうけど」
ゲイムの
欠陥を容赦なく突くアイリーンは薄い唇を舐めて毒々しく笑った。
やはり逃げた連中なんて誤差そのものだ。
それはそれとして――カロルにはちょっとお仕置きが必要だとは思ったけれど。
「どうしよう」
歯の根がガタガタと音を立てていた。
安全圏に逃れて尚、生きた心地がまるでしていなかった。
「どうしよう……」
枩山ややと八道きたのは見知らぬ
東京のアスファルトにへたり込み、まさに凍り付いていた。
ダナエの決死の一撃で現場に大混乱が起きたのは確かだ。虚空を切り裂いた魔弾はややの頬を掠めたまでで。
他の仲間と違って二人だけがあの魔人達から何とか逃れ得たのは確かな事実だった。
だが、そこまでだった。
ややは最初は歌舞伎町に戻りプシュケーの仲間に報告しようと考えた。
出来なかった。
きたのは言った。「皆やられちゃうだけだよ」。
然して戦い慣れていない彼女等だからこそ恐怖は余りに濃密だった。
プシュケーの中でも腕の立つ
あたし様が命がけで仕掛けて
ここまでだったのだ。
まだ余力十分に遊んでいるように見えた――あの連中に仲間と遭わせてはいけないと思うのは当然だった。
「どうしたら……どうしよう、きーちゃん」
「……一つだけ、手はあるよ」
恐る恐る言ったきたのにややが縋るような視線を向けた。
表情を強張らせた彼女が手にしていたのは珍しい通信機だった。
それはフィレイナが彼女達に渡した
K.Y.R.I.E.用の装備である。
「あの人達に……連絡するの?」
「助けてくれるかは分からないけど」
二人の見立てではK.Y.R.I.E.は明らかにプシュケーより戦い慣れていた。彼等ならばあの危険な連中と渡り合えるかも知れないという儚い望みがそこにはあった。
……いや、もう少し
正直に云うのなら。
きたのがプシュケーを巻き込むよりは彼等を巻き込む方がマシだと思った、という事実ばかりは否めない。
浅ましく、弱く、生臭く、身勝手で――薄汚い。
大人に頼らないプシュケーで、
まるで大人めいた卑怯さを自覚したきたのは苦笑いを禁じ得ない。
だが、彼女は恐怖の中でも現実を強く見据えていた。
蜘蛛女が言った通りだ。捕まって殺され続けたならもう助ける事は叶わない。
ならば、時間は一刻を争う筈だ。
「……勝てるかな?」
「分からない。でも、もう他に手は無いよ」
ややの大きな瞳が不安に揺れる。
きたのもスイッチに掛けた自分の指が震えている事を自覚していた。
都合のいい願いが届くとは限らない。
彼等がどんな反応をするかなんて――分からない。
でも、やるしかない彼女は何度かの逡巡の後にスイッチを押した。
小さなノイズの後、応答の声が響く。
「……けて」
きたのは絞り出すように言った。
「助けて。私達を、友達を――助けて!!!」
※第四戦区域で命空骸戯の遭遇戦が起きた模様です!!
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