「ア、アー、ゴチソ、マ」
「そう。ごちそうさま」
「チッサマッ」
「うん、ごちそうさま」
まるで赤子に言葉を教えているように、繰り返し、繰り返し。
微笑みを崩さないリノン(
r2p008435)はよしよしとアーケダマル(
r2p006335)の頭を撫でる。
「リノッ」
「うん、アーケダマル」
「リノンッ」
「うん、うん」
かわいそうな子なのだ。リノンはそう認識している。丸々とした可愛らしい肉体。常に腹を空かせ、母を探すようにと彷徨い歩いている無垢で残虐な天使。リノンという唯一の庇護者に飼い犬の様に懐く姿はとてもじゃないが知的生命体には程遠い。
大きな大きな体を揺らしてリノンに甘えているアーケダマルは「ゴハンッ ゴハンッ」と何度となく繰り返した。
「うん、大丈夫。K.Y.R.I.E.のひとがいっぱいいっぱい来るようにいろんな道を閉ざしておいたから……。
でも、残念だったね、アーケダマル。新宿の子たちは、逢いに来てくれなさそうだった。バンダースナッチが暴れん坊だからかな?」
「バレッ?」
「うん。……やわらかい子供のお肉がすきなのにね、アーケダマル。いいこ、いいこ」
優しく頭を撫でるリノンはアーケダマルが欠伸をしたことに気が付いた。くああと大きな口を開いてアーケダマルが欠伸をしたものだからリノンはかわいいねと褒めて優しくその体を抱きしめる。
「リノンッ」
「うん、ずうっと一緒だよ、アーケダマル……だから、眠っていいよ、いいこ、いいこ」
歌声はずっとずっと聞こえてくる。どこからか、遠く、響くようなその声を聞きながらゆっくりとリノンは振り返った。
「
שאולも、目が覚めたのかな」
椅子に繋がれ、くたりと体を倒している一人の天使がいる。愛らしく結い上げられた金の髪、閉ざされた瞼を縁取った長い睫毛が僅かに振るえるだけで答えたか。
שאול(
r2p006732)と、彼女は呼ばれている。東京23区、カタルモイの行われている区画の地下、その地下鉄の
支線の先に拠点を設けた洞の主。
ある異教の教祖の娘として蝶よ花よと育てられた神の子は、打ち捨てられたようにこの場所にずっとずっと、佇んでいる。
「おはよう、シェオル」
「――………」
視えず、聞こえず、話せず、動けず。されども、彼女の傍遣えの人形が軋むように挨拶を一つした。
ともだちの挨拶を無視するほどにシェオルは冷たくはない。リノンは「今日はね、お客様が来る予定だったんだ。アーケダマルも、寝てしまったから丁度いいかな?」と首を傾げる。
シェオルが操る無数の
人形達が恭しく来客を招き入れ、リノンは「こんにちは」と来訪者へと向き直った。
「やあ、元気だったかい? これはお土産に持ってきた私の手作りのカカポ人形だよ」
「うん、ありがとう。タラリア。あとでアーケダマルの玩具にするね」
ずんぐりむっくりまんまるとしたカカポの人形からは仄かに甘い香りがする。怯えた様子もなく目の前の
ゲイムマスターを見つめたリノンはにんまりと微笑んだ。
「それで、どうしたの? シェオルとアーケダマルに用事でもあった?」
「ああ、ふふ。ゲイムが随分と進んだからね。各地で
決戦を開始しようと思う。
――それに、モイッセオっていう素晴らしいゲイムでプシュケー諸君が大活躍してくれたものだから、ボーナスチップを配布したんだ★
これでね、彼等も戦場に出てくる。戦功点を稼がないといけない彼らは、戦う場所が狭まって行けばおのずと出てくるしかなくなるからね」
「ああ、だから……シェオルとアーケダマル、それにバンダースナッチや走り回っているあの
ポッポーで地下を滅茶苦茶にしたんだ?」
彼等が
地下を伝って移動するとき、多くが崩落している事だろう。それは地下道を根城としているリノンとて見て来た。
まだ地下を彷徨い歩いている彼らがどの様な動きを見せるかは分からないが、タラリアはこの
第四戦区でも一波乱があると踏んでいるのか。
「戦えって事? そろそろ、……シェオルもアーケダマルも遊んでいる場合じゃないって」
「そこまでは言っていないよ。ただね、メイ過激派が私の狙いをK.Y.R.I.E.にばらそうとしていたりするし、勘のいいティティフィティアの子供たちも察した情報をK.Y.R.I.E.に伝えようとして、酷いんだ。酷くない? 酷いよね。私の気持ちをバラすとか、クラスメイトがやったら学級会さ!」
「……うーん……?」
「ゲイムバランスが最初から人類に寄っていたのはそうだろうとも。コスモスと言う景品があったのも、ルーリングにさまざまな穴や抜け道を作っておいたのも。ただ、私はちゃーんとコスコスをプレゼントしたいという一心なのに……」
「胡散臭いからじゃない? 顔が」
「こんなに、イ❤ケ❤メ❤ン❤なのに!?」
驚いた様子で仰け反ったタラリアにリノンはくすくすと笑った。
――どうするの?
シェオルの
合図を見てからタラリアは「とりあえず、浴衣でも着てパーティーでも楽しむかい?」とうきうきとした調子で問い掛ける。
――どういうこと?
「マシロ市の人々がね、祭りを行うという話を聞いたんだ。私もメイと浴衣を着て屋台なんかを回りたいものだよ。
できないけれどッ、まあ……そういう余興を楽しんでもらうだけの心の優しさはあるとも。プシュケーのみなにも用意をしてもらわないとだしね。
私も色々注目しているんだよ。岐阜の方の、大きな穴、ほら――
第八熾天使サマ絡みじゃないか! ネ~?」
「……熾天使のひとたちのいざこざはよく分からないや」
そう呟いたリノンは「アーケダマルにも、伝えておくね。遊んで居られなさそうだよ、って」とそう言ってから寝息を立てている大きな大きな友人を抱きしめた。
「じゃあ、わかったから、もう帰って。煩い。寝てるから」
「はいは~い★」
手を振って去っていくタラリアの背を見送ってからリノンは息を吐いた。
このこは、可哀そうな子だから、幸せになって欲しかった。満たされない腹が少しでも満たされたらよかったのに。
ボクはなりそこないだから、きっと、キミを幸せにしてあげられない。ごめんね、ごめんね。
キミの全部を抱きしめてあげられるなら良かったのにね――ボク、キミになら食べられたっていいんだよ。
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール
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