「こっちよ、みんな!」
新人類圏――マシロ市から調査や掃討作戦を行いながらも居住可能域と認定された場所だ――はマシロ電鉄が延伸し、今やマシロ市からのんびりとした車窓の旅を楽しむことができるようになった。
氷取沢橋頭保を乗換地点とし、横須賀キャンパスへ繋がる路線と鎌倉へと繋がる路線に別れる。
鎌倉からは更に富士橋頭保へと延伸し、2052年では考える事が出来なかった風景を眺める事が出来るようになったのだ。
その途中駅のひとつ。
――湘南。
「海開きよ!」
多摩中央街代行政府の一人であり、多摩南街での問題解決後、遂にその外へと出る事となった一人の女が笑みを浮かべている。
多摩で産まれて21年、初めて広い世界を見る事となった
堕天使は広い海に心を躍らせていることがよく分かる。
悟桐 紫恵那(
r2n000219)は暑がりだ。日を避けるためにと用意をしてもらったカーディガンに自身の好みに合わせた黒いビキニルック。
水着は少しばかり
条件付きであはったのだけれど――
「シェナちゃん。砂浜で走り回ると躓く可能性があるぜ」
「ふふ、大丈夫よ。私ってこう見えても運動神経は良いんだから」
後ろからやってきたのは少々おちゃらけたサングラスを身に着けた雀居 影臣(
r2n000218)だった。
その首から下げられた旧時代にも馴染みあるデジタルカメラはKPA-MS-008・オフィーリアを作成する際に水中装備の研究資料集めに使用していたものだ。
今、影臣がシェナ達と取り組んでいるのは相模原地区の水域に存在する
花蝕障についてである。
この海開きを通して能力者達の様子を眺めながら、KPAは新たな水中、水上装備の研究をしようと計画しているのだ。
だが、パッと見れば如何にも
女性の好みに煩い彼が撮影という無礼を働いているようにしか見えない。
「それにしたって暑いな。湘南に停車駅を用意したってだけでも驚いたのに、海開きなあ。
まだ近郊掃討は続いているらしいがこの辺りは利用可能なんだろう。宿泊学習用施設もあるし、電車に乗れば箱根で温泉も楽しめる」
「ええ、いろいろと楽しめるのよね。それに、影臣が前に過ごしていた小田原、も?」
「……ああ。まあ、普通は小田原の奴らは俺に利用されてたって思うもんだから俺の事は忘れてのびのび過ごしてほしいけどな」
揶揄うようにそう笑った元終末論者にシェナは「そんなものかしら?」と首を傾げた。
今の影臣は終末論者グループ『グルガルタ』のリーダーや終鐘教会の一員という振る舞いをしていない。ただのマシロ市の協力要員で、KPAの協力者で、多摩地区の住民のようなそんな心地なのだろう。
アザーバイドだろうが何だろうが受け入れる土壌で育まれたシェナとて影臣の過去は気に留めていない。
今、多摩地区で戦った天使やアザーバイド達の内、難を逃れるように東京へと移動した者の動きも見えている。
カタルモイへの参加があると聞けばシェナとて無視はできなかったが、そちらはK.Y.R.I.E.に任せて相模原の関連調査を優先している現状があった。
「ねえ、……みんな。少しの間だけ海で楽しい遊びの時間とか、過ごしてくれないかしら?」
「シェナちゃん?」
シェナは影臣をちらりと見遣ってから笑った。影臣も彼女が言わんとすることに気が付いたのだろう。柔らかに頷いている。
「私、心配なの。みんなは無理をするでしょう。だから、少しでも体を癒してこの夏が楽しいなって思って貰えたら……。
なんて、我儘かしら? 私、初めての海なの。だから、教えて頂戴?
何が楽しくって、何が危険で、それから何が一番好きなのかを!」
――2054年、マシロ市にも穏やかな
夏のひとときがやってきたのだった。
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