昏く空が移り変わっていく。
貴女がその色を好きだと教えてくれたのは、私たちが友達と言えるような関係になってからすぐのことだった。
霧原 夜宵は八重垣剣を
護り、奪い去るようにして諏訪の全土に牙をむいた。
その真意は解らないが、そこに在るのは悪意では無くもっと純粋な気持ちのように思えた。
冬の荒神となったフナドノサエは愛を持って八尺瓊勾玉を守るために自らを逐降させようとしているだろう。
そこにアーカディアⅧ派や、厭離衆という知らない名前の勢力も加わって、諏訪での日々は決戦を迎えている。
「……夜宵さん」
綺麗な人だなと、花蔭 明依(
r2n000056)はずっと思っていた。
最初は、私の小さなのミスだった。夜空が好きな貴女が夜に散歩をしていた時、私は貴女に見られちゃいけない姿を見られてしまった。
それでも貴女は見ない振りをして、その事実を
覆い隠してくれた。
そうだ、今にして思えば――貴女は、夜宵さんは、あの頃からそうやって護ってくれた。
あの頃の
日常と、あの頃の
非日常と、その狭間で揺れ動いて、それでも日常のまま彼女は接してくれた。
黄昏に傾いた教室で、いつものように貴女は茜色に染まった窓辺で本を読んでいた。
本を――貴女が読むような小説を読むなんて最初は慣れてなかったけど。
ぎこちなくも読むようになって、面白いと思えるようになったのは貴女がそれを好いていたからだった。
その日々が私も幸せだった。かけがえのないものだった。
「でも、なんでだろうね。お友達を殺さなくちゃいけないのに、不思議とそんなに気分は悪くないの」
幼い頃から日常と非日常の境界を守るために命を取り合う日々を過ごしてきた。その中で怪異に侵された友人を殺すしかなかったこともある。
そうしないと、日常が崩れてしまう。その方が辛くて苦しくて、怖いから、友達を斬ることも飲み込んできた。
けれど、そのどれとも違って、貴女を斬ろうとしている今は、不思議と気分が悪くない。
ぼんやりと空を見上げたところで「花蔭さん」と明依を呼ぶ声がした。
「なぁに、紫珠香さん」
仮想モニターの映像に目配せしながら、半透明の画面越しに目が合う。
明依を見つめるルームメイトの瞳は、どこか心配そうに見えて。
「ふふ、大丈夫だよ。もしかしたら、私は……夜宵さんを送ってあげたいのかも。
夜宵さんは神様じゃないけど、あの人がそれを望んでいるのなら」
「それなら……いいのですが。ところで、ご存知ですか? もうじき多摩の報告書が上がってくる頃です」
ほんの微かに口元に笑みを作って櫻瀬 紫珠香(
r2n000100)が言う。
それはきっと、気分を夜宵から逸らさせてあげようという、紫珠香なりの思いやりであったのだろう。
「ほぇ……あ、そういえば」
諏訪の事にかかりきりで、旧時代とはまるで違う光景が広がるその町に明依は未だ行ったことが無かった。
「紫珠香さんは、多摩の事が気になるの?
蒸気と煙の煙、アンティークの街――戦いが終わって皆が無事だったら、行ってみたいけど」
「そうですね……エーデレッセンと呼ばれるアザーバイドによって感情を奪われる方や奪われた感情を核として、成り代わりを狙おうとでもするかのようなウーアツァイトも居たそうです。
正直に言うと、心配していないと言えば嘘になるでしょう……それに」
キーボードを動かしていた手を止めて、紫珠香が息を吐いた。
「多摩南街の有力な天使であるイーリロスやアヴァリティア、それにフォーカ・ポーカと言うアザーバイドは、生き残ったのなら東京のゲイムに乗り込もうとしているそうです」
「東京って、カタルモイに?」
こくりと紫珠香がそれに頷く。
「そっか、東京か……そうなんだ。そういえば、紫珠香さんは東京に行きたいんじゃなかった?」
「えぇ、まぁ。ですが……今はそれよりも花蔭さんの事が気がかりですから」
視線を上げて明依を見つめた紫珠香に明依は首を傾げ――そんな様子に紫珠香が小さく息を吐いて「何でもありません」とだけ呟いた。
「ともかく、皆が無事に多摩から帰ってきたら……その時は、此処を目指す日も近いかも知れませんね」
そう続けた紫珠香に促すような視線を送られて、明依は仮想モニターを覗き込む。
そこにはマシロ市が把握している新しい周辺の地図が表示されていた。
諏訪も、甲府も、多摩の東西南北中央の空白地帯も――塩の領域と海を隔てた東京の一部も。
「私たちのいる諏訪が此処、甲府が此処で、多摩が此処――ほら、分かりますか?
私たちの知らない、行ったことも見たことも無い空白の場所」
「――相模原?」
「えぇ、多摩での戦いが無事に全てひと段落したら、此処を見に行くことも出来るはず。
甲府と、多摩、二つの方向からこの町を望めるかもしれません。
――もしもそこに、町と呼べるほどのものがあったとしたら、ですけど」
「楽しみだね。そういえば多摩での戦いの中で何回か
相模原の魔女って出てきてたかも」
「魔女、ですか」
「うん……でも先ずはその前に――」
「えぇ。南街の報告書が無事に届いて、友人達が無事であるように祈りましょうか」
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