(聞いてたのと状況が大分ちげーな)
苛立たしげに、女は電子・シーシャの吸い口に噛みついた。吸い込んでみれば、ストロベリー・ミルクの甘ったるい香りが、いらだちを抑えてくれるような気持ちもする。
いらだちと言っても、女の胸の内に渦巻いていたのか、もはや怒りだけではなかった。すべての感情を宝石に変えて、怒りのままに振舞っていれば救われたモラトリアムは終わった。吐き出した煙は、あのすべてを煙に巻いて消えた街の、残滓のようにも見える。
アンラッキー・ラクーン。ある意味自虐的ともいえる名を冠した集団は、この女、サリィ・ザ・ラクーンを首魁とする、
多摩からの敗残兵で構成された一団だ。先の戦いにおいて、残存した一部のアザーバイド、イレイサーを引き連れた彼女は、サーカス団の勧誘を受け、一縷の望みをかけて東京入りししたわけである。
「ナヤンデるな! アライグマ」
ギャハハ、と、足下の
人攫いと呼ばれていたアザーバイドが言う。他の人攫い達よりも、些かだけ賢いそれは、サリィの副官ともいえた。エッジ・ジ・エッジと名乗ったその人攫いは、配下の人攫い共をどうにかまとめて、この地で早速の
略奪を開始していたところである。南部の戦線は、比較的緩やかに変遷していた。第二戦区や、第三戦区のそれに比べれば、随分と
温いものであっただろうか。だがそれは、集団を立て直す時間もあったアンラッキー・ラクーンにとっては、僥倖であるといえた。
「おかげさまでな。
エルシャーがケツ持ってくれるのかと思ったら、変わらず好き放題だ。
よっぽど呆れたんだろうよ、
クリーガーはサーカス団の方に行っちまった」
ふむ、と指折り数えてみれば、多摩からのどうにか逃げ延びたイレイサーも、そう多くはない。
ティア・グレースはこちらのチームに残存しているが、形式上、ブリーダーとしてとどまっているだけで、サリィの配下というわけでもない。というか、あくまで当座の頭目として振舞っているだけで、権力的な話としては、サリィは絶対的なリーダーとして振舞っているわけでもなかった。
「ジンボウがナイな!」
「言うな、泣けてくる」
「そうなの? だめだよ、わらってわらって!
わらってれば、そのうちいいことがある~、って、この間死にかけてた金髪の子が言ってたよ!」
そう、けらけらと笑うこいつも、サリィの当分の悩みの種でもあった。
「まだいたのか、サーカスのピエロ」
「えーっ!? 未だこっちになれてない皆の案内役をしてね、って、団長に言われたから来てあげたのに~!」
そう、ケラケラと笑うピエロは――メリィ・メルゥ・メイルゥと名乗った――は、ほっぺたに人差し指を当てて、にこにこと笑ってやった。
(ヨクイウ! カンシか、イザとなればセナカをオシて、テキにけしかけるんだろう!)
エッジがギャハハ、と笑いながら、内心でメリィをそう評価していた。サリィも同様の評価である。今更サーカス団が、こちらに仲良くアピールしてくれるとも思えない。
――というより。このゲイム、とやらが変なのだ。それは、サリィにも充分に理解できていることであった。
(……いまさら、このゲームとやらが、
ルールの規定されたゲームだと思っている奴は阿呆だろうな。
そもそも、このデバイスとやら)
首元につけられた、首輪のようなそれをなでる。
(
こんなもんは本来必要ないんだ。誰がコスモスを手にしても良いならば、それこそ
さっさとゲームを閉めるためにも、強力なイレイサーの戦闘能力を減ずるシステムを作る必要は無い。コスモスは、主催者にとっても爆弾だからな。
ならば、これが必要になった理由を考えるべきだ。戦闘能力を平均化して、得する奴は誰だ?
……そう、これはむしろ、
弱い奴が強い奴と戦うための処置だと考え得る方が自然だろう。
そうなれば――こうなって得する奴は、限られてくる)
サリィは、ため息をついた。自分に感情を取り戻せと迫った
タヌキと、勇敢にも自分に立ちはだかり続けた
クソガキの姿を思い出す。
(……これは、奴らのためのゲームなのではないか?)
ふと、そう思う。だが、なんのために? イレイサーが、人間に肩入れする理由はなんだ?
おそらく、
ティティフィティアとか言う連中も、それに感づいているのだろう。何度か遭遇した奴らは、マシロ市は信用できないと言っていた……だが……?
「なになに? なやみごと? そうだんにのるよ~!」
そう、メリィが顔をのぞき込んで来たので、サリィは思考を中断した。こいつは、おそらく……マシロ市のメンバーに遭遇した事のある自分達が、何らかの真実に到達することを防ぐための見張り役でもあるのだろう。
「いや。
電子・シーシャを仕入れてくれた身内が死んだんでな。在庫がなくて困ってる。
なんかなぁ、やたらとこいつを壊したがるタヌキとクソガキがいてな……」
ごまかしつつ、サリィは少しだけ思考を巡らせた。
マシロ市の人間は、南部へと進行してくるのか。もしそうなった場合……どう対処すべきか。
混沌とする戦局に、悩んでいたのは、何も人間達だけではないようだった――。
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