「きひ、きひひ、残酷ね」
戦争はなんて残酷なのだろう。血の繋がった兄妹を切り離し、血の繋がらない家族の絆を結ばせてしまった。
何も知らず、知れず、無知なまま、無垢なまま、お姫様は今日という日までやってきた。
遠く楽園からやってきたそっくりのお兄様は彼女の為したい事を望んでいるのだろう。
遠く楽園からやってきた代理人は無垢な乙女に無垢なままに在って欲しいと祈っていただろう。
それでも、姫は己の願いを得た。無垢であった乙女が初めて抱いた願いはこんなにも
しょっぱい雨を降らせる。
「きひひ。残酷よね」
姫の為に道化を演じたサーカス団の長は今や怒り狂い、ピエロの少女は怯え、作家は感傷に浸るばかりでその命を燃え尽きさせた。
彼らの夢は彼女の退屈を紛わせ穏やかな眠りの縁に静めることにあっただろう。
「きひ」
歪な願望器を廻る戦いはいよいよと佳境に向かいつつあった。
局地戦的な戦いの多くはその結果も決まり
K.Y.R.I.E.はその独走を更に強めたことだろう。
「親友で、幼馴染で。そうやって懸命に生きてきた二人の魔法少女はとっくにバラバラ。
まあ、ほんとのところなんてあたしは興味ないナイなわけだけど? あんたらがどんな風に生き切ってみせよーなんていうのかはエンタメになるじゃん」
プシュケーとティティフィティアは嘗ては同じプシュケーだった。生き残りたいとティティフィティアの連中は言っていた。
誰もが安全に生きていける場所で生きていたいから、なんて言うのは何とも俗物的で狂花は好きだ。
K.Y.R.I.E.に宣戦布告してみせたプシュケーの連中がこれからどうなるかも含めて娯楽として眺めるには面白い。
ティティフィティアと手を組み現れた天使達は不気味な雰囲気を持っているが、今のところは放っておいてもいいだろうか。
この期に及んで自分達が贄となるとは欠片も思っちゃいなさそうなゆめかわ軍の連中は流石に
天使らしい。
ブレンダーズの天使共はそもそもが派閥と言えるほどの結束は持ち合わせちゃいない。
多摩から転がり込んできたやけっぱちの
不運な天使共もどうなる事やら知れたものではない。
「きひひ――きひひ――残酷ね、とっても残酷よねぇ! そう思わない?」
笑う狂花はそこで初めて
彼を見た。天使である。この町をこんな風にボロボロにしてしまった連中に
成り果てたただの人間だ。
捥いだ翼から散らばった羽は新鮮な赤色に濡れたまま瓦礫に散らばり、衣装の所々には風穴だって開いている。
「きひひ。ほんと、残酷ね。あんたみたいなつよつよに目指してた大天使だって、デバイスの恩恵があれば殺しちまえるんだ。
まぁ、あ? 結局はこのカタルモイの中でイキってるだけの雑魚だって話ではあんだけど、さ!
……ねぇ、聞いてる? 聞いてないか、そりゃそうな。死んでるもん、きひひ」
削り落としたライフポイントが自分の物になっていく感覚は全能感にも似ていて、狂花はまた笑みをこぼす。
「
あたしらは敗者だ。どいつもこいつも卑屈ったらないね。
ロジックを読み間違えてうっかり自分の首を絞めちまった奴、第五戦区での敗残処理にさえも失敗して決勝戦に否応なしに巻き込まれた奴。
未だにコスモスの確保を狙ってこんなところから起死回生の一手を望む奴、十把一からげにするには多種多様にも程があるってもんだ」
タラちゃんサービスチームなんていう、ふざけたネーミングの付けられた派閥。それは十把一絡げに纏められてしまった可哀想な連中だ。
都立黑殘小学校教育研究会も、どうぶつさんファミリーも、その残党の幾らかはその辺に紛れているだろう。
マシロ市の能力者達から狂花達に来たのは協力をしようなんて言う甘い言葉であった。
破れかぶれに現れた多摩の残党共でさえ、集団としては狂花達なんかよりもずっとずっと大きく強力だ。
敗残兵の塊の中の人間達は、それに食いついていく事だろう。
「きひひーー
サイアクでサイコーな提案だろぉ? きひひ。だからこそオモロな感じになりそうじゃねー?
んなことをすればゆめかわ軍やら天使の連中はあたしら敗残兵を積極的に狙いだす。弱っちい人間はあっという間に食い物さ。
きひひ、甘い甘い花の蜜に食いついちまった人間達は頑張るだろうね。ゆめかわ軍なり天使なりを狩って無事に逃げ切り分まで溜まればいいねぇ。
そんなことをしたって上位3チームを蹴落とさなきゃ、逃げ切り分を溜めきれない奴はさよならバイバイってわけだ。
いやあ、天才的だねぇ。サイテーでサイコー、大好きだぁね。それで敗残兵共が殴り合えばK.Y.R.I.E.は安泰ってわけさ」
物言わぬ骸を見下ろして「じゃ、あたしはこの辺でさよなら。ポイントごちそーさま」とだけ呟きくるりと身を翻す。
「あたしは、あの願望器が欲しい。
あれを壊そうなんていう連中になんて、わたせるもんかよ」
あれがほしかった。
何としてでも、どうなってでも。
絶望的な挑戦であることなんて、最初から分かっていた。
その為になら悪魔に魂を売ろうが、天使に魂を売ろうが、魔術師に魂を売ろうが構わない。
――だから、売った。
その代わりにようやく手に入れた超人的な力は、あたしを人間じゃなくしてしまったのかもしれない。
でも、だからどうしたというのだろう。それでも構わないと折込積みの事だった。後悔なんて、する必要も時間も無かった。
プシュケー、ティティフィティア、2つの大きな人間の派閥。それらの願いはたった一つの事。
その願いはきっと尊いもので、貴いもので、狂花の持つちっぽけな願いなんかに比べたらずっと優先されてしかるべきなのだろう。
――だったら、諦めてしまっていい理由になるわけ? 他人の尊い夢の為になら、たった一人の夢は追いやられていいってか?
ちまちま、ちまちま。
矮小な人間らしく、細々とポイントを稼ぎながらやってきた。
誰かと共に歩むことのできない利己的な夢、そうするしかなかった。
天使達を狩り、人間を狩り、塩の天使達を相手に荒稼ぎして、それでも
圧倒的な多数にちっぽけなひとりじゃ勝てない。
そんな事は分かってた。そのくせ、表彰台で叶えたいことは弱っちいたった独りの人間の夢だ。
「あたしは、あたしの夢の為にあんたら全員利用させてもらおーね」
悪魔に、天使に、魔術師に魂を売って――あたしは、あたしの為にあんたらを食い殺してやる。
K.Y.R.I.E.との契約はK.Y.R.I.E.とは事を構えず、天使だけを狩る事。
K.Y.R.I.E.以外の人間と事を構えることまでは取り込めていない。
――待っててね、ゆうちゃん。敗残の底から這いあがってみせるから。
「あたしは敗北者だ、みせてやろーじゃん。敗北者なりの、ジャイアントキリングってやつ? 覚悟決まった鼠は怖いんだ。きひひ」
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