血の繋がった兄という人がいるという。
そもそも、生まれてこの方そうした存在との関わり合いは無いに久しかった。
血縁者というだけで無遠慮に踏み込み、大切にするべき存在であると押しつけられる。
わたしは彼を知らない。
彼も
本当のわたしを知らないだろう。
ただの産まれてくるはずだった妹と言う記号を愛しているだけに過ぎない筈だ。
「でも、人の心と言うのは面白いものだね。
限りある命には善性というのが存在するし、私の持論だけれどそうした個体にはやはり心や魂と呼ばれる概念が宿るのではないかな」
「よく分からないけれど」
「彼らにとって、少なくとも優先するべきは司令官クンだったという事だよ。
その心を保護してやりたいという庇護の欲も、力になってやろうという扶助の精神も尊ぶべきなんだよ。
ほら、私が君の髪を梳いて愛らしく装うとしているのだって君と言う女性を輝かせようとする支援の心だと理解してくれ」
「いやよ」
唇をつんと尖らせたメイは視線をそうと逸らした。周囲に光の蝶が飛んでいる。自身から溢れ出た力は制御の難しく、直ぐにこうやってあふれ出してしまうのだ。
それをタラリアが掴んでは蝶々へと変化をさせ、遊びまわっている。
「彼らは何処に向かうかのルート選択の最中。まあ、どこの陣営も今は様子見をしているから――」
「何処、行くと思う? バンダースナッチは
空が拠点でしょ。
だから……そう、地下には来ない筈。
デカい毛玉がいるけど……あれさえ避ければ東京って街は地下鉄っていうのが
あの子を避けるに適するもの」
メイは叫び声をあげ、時折はその存在をアピールする様に声を上げ続ける怪物を見た。
「可愛いだろう」
「あれ、わたしのペットって呼んでた?」
不機嫌そうに告げるメイにうっすらと笑ったタラリアは「可愛いと言ってあげて」と囁いた。
またもタラリアの指先からメイから毀れた力の残滓で作り上げた蝶が飛び立つ。
蝶々は時に、
魂と捉えられることがある。それは、魂で在り、心で在り、息吹である。
その背に翅を有する者たちはそうして人々の心と心を飛び回るのであろうか。
メイはタラリアが手遊びめいて行うそうした創作が嫌いだった。自分は持ち得るべき親愛など失くしてしまったとでも言われているようだからだ。
それっきり黙ってしまったタラリアをメイはちらりと見た。存外に、この娘は好奇心が旺盛で退屈を厭う性質がある。
「……ねえ、何か準備してるの?」
「じゃあ、これは子守歌として聞いてくれ。
多摩って知ってるかい? 此処の少し隣り合った場所、空白地帯だなんだと呼ばれている場所だ。
あそこにね、住むアザーバイドが居るんだ。フォーカポーカって言うんだけれどね……元より住んでいた世界は土壌汚染が進み、
名前のない毒に塗れていた。
それを吸い、蓄え、吐くようになった生物はそれがなくては生きていけない。彼らの幼体は次々に容体が悪化し、王たる種族の長は時間がないと考えたらしい」
多摩地区は東京に踏み込む前にK.Y.R.I.E.が
陸路を模索して辿り着いた場所だった。
幾人もの能力者に見られる茫失――感情を奪い取るというアザーバイドと、その感情に寄生するアザーバイドが今やあの地区内を闊歩している。
「そして、彼ら能力者の感情に寄生をしたウーアツァイトは自分の心臓の如く、その宝石を徐々に取り込み姿をも変え――その人間の如く振舞い始めたらしい。
そうして、足りないものを彼らは探しているんだって。まるで成り代わりのようにね」
「怖い話?」
「そうだね、怖い話だ。感情がその人間足らしめるなら、喪った感情に寄生し、それらしく振舞った人形は真っ赤な他人って言えるのかな?
足りないものを探すウーアツァイトに生き残る為に侵略を目論むフォーカポーカに。
そして、
東京のゲイム勧誘を受ける天使達。此処で、スパイスを一つまみ」
タラリアはわざとらしく指先をこすれ合わせてからメイを見た。
「欠けた部分は別のもので補おう。
幸いね、イーリロスもアヴァリティアも
欠けていた――もう、時間がないんだよ、と囁いて、心のボタンを掛け違えて見よう。
操り人形は踊り出してしまうだろうからね。K.Y.R.I.E.はそちらの対応にだって追われることになる。
彼らは忙しない時間の中で、一つの選択をして、これから誰と出会うんだろうね」
「物語を見ている気持ちなの? 気味が悪い。
……でも、そう、多摩は、わたしも気になるの。だって、サーカスが遊んでいたでしょう」
蝶を一匹メイは摘まみ、翅を捥ぐ。地に落ちていく前に霧散して消え失せて、またもふわりと周囲を漂う靄となった。
「だと思った。だから、君の為だよ。メイ。ショーは楽しんでみなくては、ね?」
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