なだらかな丘陵に降り注ぐ春雨が花弁を攫って行く。
この多摩中央街にも雨が降る。恵みの雨が降り注ぐのはこの場所だけではない。隣接する東京も、マシロ市も、例外なくこの穏やかな雨が降っていた。
Barソムニウムの窓から外を眺めるノエ(
r2n000225)は心ここにあらずと言った様子だ。
「ノエ」
呼び掛けられてから青年は困り切ったように振り返った。
「大丈夫です。シェナの探索は続けていますし。南街に見られるウーアツァイトやエーデレッセンのデータも集めている。
……それよりも、K.Y.R.I.E.の皆さんの方が心配だ。東京は、大丈夫ですか」
「大丈夫大丈夫じゃないと言えば状況把握が完全な訳じゃねぇな。
この俺が言うのもなんだが、趣味が悪ィのは確かだろしな。まあ、大丈夫だろ、K.Y.R.I.E.なら」
「そう、ですか?」
ノエは根拠のない雀居 影臣(
r2n000218)の答えに首を捻った。
窓ガラスを叩く雨水はぽつぽつとリズミカルだ。二人の間に落ちる静寂など何も気にする必要はないとでも言いたげな響きを感じさせる。
「まあ、安心してろよ。お前はシェナちゃんのこと考えていようぜ。あの素晴らしさが失われるのは人類の損失だからな。
それにK.Y.R.I.E.だって
素晴らしさは負けてなかった。マジで人類にとっての楽園だとか最後の砦だとか言われてたけど楽園だった。
俺も驚きすぎて夢まで見たんだぜ。
良い夢……そんな顔、すんなって……」
影臣は肩を竦めた。揶揄いをその言葉に含んだのは否めない。気落ちする友人を励ましたかったという理由はそこにはあったが。
――だが、影臣とてよく理解している。状況は然程に良くはない。
あの海に存在していた
海の災禍を倒し、漸くの事で日本の中枢府東京に辿り着いたは良いが第九熾天使派の
上位天使が奇異なゲイムを持ち込んだという。
優勝景品欲しさに引き寄せられる参加者たちは多くいるが、K.Y.R.I.E.想定していない
脅威が紛れ込んでいる可能性があるのもまた事実。
そして、ノエがいる多摩だって、彼自身が情報収集を続けているが、拐された
悟桐 紫恵那(
r2n000219)の行方を捜しながら感情宝石の確保やエーデレッセンの確保に奔走する事となっている。
「そう言えば、カゲオミさん。K.Y.R.I.E.から何等か他地域の情報とは出ていないのですか?
……皆さんの疲弊も気になる。出来れば、休息を挟んで欲しくはあるのですが、そうも言っていられないのでしょうか……」
「マシロ周辺の事でいや、まあ、龍華会が手広くやり始めたって感じだな。
横須賀も落ち着いて来たなら周辺航海を続けて駿河湾当たりのサルベージって気持ちだろ。まあ、小田原は現状維持……としか言えないな」
「小田原は、あなたにとって関わり合いの在る場所では」
「
あった。利用しただけだし、今の俺が関わるべきじゃないと思っている。
まあ、それは横に置けば、御殿場のあたりは橋頭保設立で
境界線が出来上がってんだろ。
甲府に行けばアガルタが頑張ってるって聞く。んで、諏訪だ。あっちはちょっと動きがありそうだとも聞いているが――」
ノエは「諏訪」と唇に含んだ。もとより異国の出であるノエにとって諏訪とはどのような場所であるかは想像もついていない。
諏訪。神域とも名高き神の地。八百万の神々はその場所で何を思い、何を願うのか。
K.Y.R.I.E.の目的は三種の神器たる
八尺瓊勾玉を手に入れる事であったが、それも元々は
東京に存在していた筈だ。
神祇院は適切に大破局前まではそれらを管理し、八咫鏡は伊勢へ、天叢雲剣は熱田社へ。
東京で管理されていた八尺瓊勾玉がその存在を消してから久しく、ついに発見されたかと思えばその行く手を神々が阻んでいる。
「まあ、春だ。春。言ってる間に夏も来る。
諏訪と言えば俺はさ、御神渡りって言うのの印象があるんだけど、それも季節外れだろ。
神様ってやつが悪戯しない限りそうはならない。もし、冬が来たら笑い飛ばしてやろうぜ、なあ?」
楽し気にジョークを交えた影臣にノエは頷いた。だが、その表情は暗い。まるで、今この春を彩る紅雨を降らせる雲のようだ。
口惜しい。もしも多摩の抱える問題が解決していたならば。
口惜しい。感情宝石なんてものを奪われなければ能力者達に負担を強いらなかった。
ノエは俯いてから嘆息した。視線を揺らがせてから、彼は再び自身の持っていた端末を手にする。
「……ノエ、続き遣るぞ。調査、調査」
「はい。……今日は、まだ、雨止みませんね……」
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール
