横須賀を出立し、東京都へと到達――というのは短い航海だ。
然程の距離があるわけではない。点と点を繋ぎ合わす事だって容易な程の距離だった。
目と鼻の先とまでは言わずとも、到達にはそれほどの危険も伴わず、K.Y.R.I.E.はお台場地区へと辿り着いた。
「……東京に、案外さっくりと……」
そう呟いたのはソフィーリア・ペンスフォード(
r2n000028)だっただろうか。星を散らせた長い髪を揺らがせた乙女は周囲を見回した。
旧時代映像では巨大な展示場が存在していたという。今もその特徴的な建物は健在のように思えた、が、周囲は瓦礫が広がっており、彼方も内部がどうなっているのかは定かではないか。
「ええ、ここまでは簡単だろうと想定していました。しかし、ここからです。
念のために持ち込んだマシロ市との通信も今現在は何らかの妨害を受けているのか切断状態です。皆さん、ここからは気を付――」
端末状況を確認し、自身の仕事道具であり武器の一つである電子タブレットを手にしていた嘉神 ハク(
r2n000008)それ以上の言葉は紡がれなかった。
唐突に誰かに肩をぽん、と叩かれたからだ。
「や」
まるで古い友人のような、廊下ですれ違ったクラスメイトのような、そのような気安さで
彼が立っていた。
「お前……ッ」
忍海 幸生(
r2n000010)の声は不安と驚愕に濡れていた。
そこに立っていたのは
あの荒れ狂った海で見た天使だったのだから。
派手なサングラスをかけ、豪奢な衣服に身を包んだその男は楽しげな笑みを浮かべてハクの肩を掴んでいる。
「お前って呼ばれるのはそれほど嬉しくないな。ああ、けれど名乗らなかったのか。
約束通り東京に来てくれて有り難う。私の名前はタラリア。素敵な名前だろう? 気軽に呼んでくれ」
「タラ……リア……」
「鱈? ああ、そうだ。鱈という魚がいると聞いたことがある。肉食性のある底生魚だったかな。
海水魚の一つだったかい。日本ではムニエルやかまぼことして利用されているか。バカラオと呼ばれる塩漬けは美味しいのかな」
いけしゃあしゃあと彼は無駄口を叩いている。自称を情報通。
熾天使達が諍いを始め地球に降臨した際に彼は確かにこの地に降り立って、気にかかったすべてに対して知識をつけようとしたのだろう。だが、彼の人となりなどどうでもいい。どうして唐突にK.Y.R.I.E.の――この場へと訪れたのか、だ。
「歓迎するよ。日本の人類残党諸君。その中でも特にK.Y.R.I.E.と呼ばれる能力者の集団。
私はね、君達には少し興味があったんだ。君達にも悪くはない話だから聞いていってくれるかな」
「脅しですよね。この場の司令官は僕です。その僕の肩を掴んで
上位天使としか思えない貴方が立っている」
「お利口で素晴らしいよ、嘉神 ハク君。君が聡明だから血の繋がった妹君も聡明で美しいのだろうね。面差しがよく似ている」
ハクの表情は変わらなかった。まるでつるりとした能面のような表情を浮かべた彼は「それはよかった」と乾いた声を返す。
「ふふ。私は第九熾天使――ディオン様のお力を借りてこの東京で大規模なゲイムを開催することにした。
参加者は何も君達だけではない。古今東西様々な場所から天使やアザーバイド達が派閥など関係なく集まっているとも。
理由は簡単だ。このゲイムの優勝者には報酬が与えられる。君達には利があり、そして放置すれば害のある報酬がね」
タラリアはにこにこと笑いながらハクの持っていたタブレットに指先を添えた。
唐突にタブレットは白い外装へと変化した。画面表示が切り替わり謎の文字列が浮かび上がってくる。
「カタ――ル、モイ?」
そして、腕には電子デバイスが装着されたか。ソフィーリアが「何」と叫んだのは唐突に自らの首に
拘束具が権限したからだろう。それは幸生も同じだ。
「君達にはゲイムに参加してもらう。それはデバイスだ。ハク君、君が持つのは統合デバイス――つまりはK.Y.R.I.E.の全てを管理してもらう。
そして、ソフィーリア・ペンスフォードちゃんだったかな? 君達につけられた個別デバイスは君たちのデータを保持収集する重要役割がある。どうしてそんなものを付けたかって? 普通にセクシーだからだ。ああ、安心してくれ
ゲイムエリア以外では消え失せるよ」
朗らかに告げる彼をソフィーリアは恐怖に歪んだ表情で見つめた。
第九熾天使の
権能を借りたと言ったか。
――こんなにも大規模な、奇妙なゲイムを開催できるほどに?
「ただの情報ツールですか? それとも、何かのフックがあり、死が隣あるとでも」
「せっかちだね。まあ、そうもなるか……まずは順番に。このゲイムには報酬があると言っただろう。
可愛いプリンセス・メイが今現在所有者になった
願望器がある。天使の位階が上がるだとか、時間を巻き戻せるだとか、ね?
何処からか彼女が手に入れてしまったその歪な願望器は願いを叶える代わりにさ、対象者がその
重みに耐えられなくなれば暴走してしまうというデメリットがある」
「……」
饒舌な男は言う――「桜木町、川崎市、その辺りを塩に変えたのも彼女の持つ願望器さ」と。
「塩化の権能を持った彼女に、あんな爆弾を持たせてはいけない。次はマシロまで飲み込むような巨大な爆発を起こすだろう。
つまり、ゲイムに参加して、彼女の持つ願望器――
コスモスの所有権利を君たちが得なければマシロ市はさようならだ!
それとも、他の天使に任せても構わないとも。ああ、そういえばあっちに居たのは京都の……ああ、そうだ。京都に降臨された熾天使様の配下だったかな?」
脅しだ。完璧に、彼は戦わずにK.Y.R.I.E.が退いたならば後に更なる脅威が待ち受けているという。
「どう……」
「けれど、どうかな。ここで君たちが手にすれば京都の熾天使様でも、ひょっとすれば、ひょっとしてしまうかもしれない!
タイムリミットはあるさ。メイが堪えきれなくなった時。其れより先に君たちはこのゲイムを攻略しなくてはならない!」
「そんな言葉だけで頷くと思いますか?」
「思わないから、強制したんだ。それが君達の身体に装着されたデバイスだ。
可愛いだろう?
首枷、
腕枷、
指枷、
耳枷。
君に似合うものを選んだつもりだけれど、どうかな。
――親愛なる参加者 、君が喜んでくれたのなら嬉しいのだけれど。
ああ、そうだ! これはサービスだ。あの展示場、要塞のようだろう?
旧展示場要塞、という事で君達の拠点にしてくれても構わない。という訳で、立場は分かったかな?」
彼は有無も言わさぬような速度で、こういった。
拒否権などないとでも言うような、明るい微笑みを浮かべて。
ルール説明は
今から行おうとまるで友人に言い聞かせるように。
――さあ、
命空骸戯を始めようか?