「お手柔らかに……とはいかないわよねえ」
通信の向こうで肩を竦めたリーゼロッテにアレクサンドラは眉根を寄せて困った顔を見せていた。
西欧に薔薇園と称される拠点を築いたリーゼロッテと、東欧から中央アジアに陣取るアレクサンドラは
戦争におけるご近所さんといった所だ。
元々、然程仲の悪くない二者ではあるのだが――このゲイムにおいてはそんな事を言える間柄ではない。
「そう思うなら下の連中位躾けておきなさいな」
「あの子達なりに一生懸命なのよ」
「それはそうでしょうね。貴女の所は
マザコンばかりでしょうから」
痛烈に皮肉ったリーゼロッテの口の端に酷薄な嘲笑が浮かんでいる。
但しその表情は見る人間が見れば幾分かの苛立ちが滲んでいる事は分かるだろう。
(……やり過ぎちゃったみたいね、最初から。
あの子らしいけど注意はしておかなくちゃ)
微妙な苦笑を浮かべたアレクサンドラが脳裏で描いたのは麾下の天使――
ジークリンデの顔だった。
東欧の西端で第三熾天使と第六熾天使の麾下が激突したのはつい最近の出来事であった。握手した人物を笑顔で殺せる彼女は、あの朗らかな笑顔のまま、きっと
無茶苦茶をしたのだろうとそう思う。
「
カルミア、
ミエーレ、それに
イレーネも出向いたわ。お陰でお茶会が退屈になった位」
「……そう言えば、うちも
キーテや
サラエルが駆り出されていたような」
「
取り敢えず小競り合いで済んだのは幸いだったみたいだわね」
最下層の天使級と大天使級を主体とする
軍勢の激突は幸いな事にそれより少し上の階級連中の尽力により、エスカレーションを防いでいた。
尤も、先にアレクサンドラが心配したジークリンデ辺りは止める所か加速する側の動きを見せていた訳だが……
何れにせよ、アレクサンドラには
黄昏を勝ち抜かねばならない強い理由がある。絶対の動機がある。
そうでなければどうして――
我が子達を戦争等に送れようものか?
万物の母がどうして誰かの犠牲を許容出来るだろうか?
(勝たないと、いけないわ)
そう考えればリーゼロッテも最終的に敵であるには違いないのだが、各地で熾天使達が蠢く現状では隙を作るのは得策でない事は確かだ。
閑話休題。
「リズちゃんは話を聞いた?」
「話……ああ、フレアの?」
まさに戦争の渦中、その真ん中に居る両者だが――容易く感情を露にする程に
小物ではない。
長らく気の置けない同僚であった二人の会話は時折刺激を挟むものの基本的には穏やかであり、平静を保っているように見える。
「お話になりませんわね」
リーゼロッテはフレアの話が出るなりせせら笑ってそう言った
至高の美貌が意地悪く煌めいている。どんな表情をしても圧倒的に美しい彼女だが、やはりその本質は嗜虐的に寄り過ぎている。
「手を取り合ってマリアテレサに対抗する? ええ、それは合理的でしょうとも。
そうしなければマリアテレサは中々難しい、そんな事は誰でも分かっている。
でも理解しているでしょう、アレクサンドラ。
あの女を前に
熾天使は誰も先陣を切らないわ」
「……まぁ、ねぇ」
「
自分で無い誰かをけしかけようとするだけ。
本質的意味で私達は勝ち抜け一人のゼロサムゲームに参加しているんだもの。
誰も積極的に貧乏くじを引こうだなんて思わないでしょう?」
熾天使同士に信頼関係がない以上、その状況は道理である。
つまる所、組んだ所で睨み合いの形が変わるだけ。それだけならばまだ良いが……
「変な動きを見せてテレサちゃんが痺れを切らしたら、ね。
エデンに引き篭もってくれている今は或る意味で一番マシだもの」
フレアが
良い子である事を知るアレクサンドラは心苦しそうに先の提案を評価した。
詰まる所、ゲイムの形質に大きな変化を加える事は
ゲイムマスターの関与を呼び込みかねないリスクにもなるという事だ。
リーゼロッテの言う通り、それが本質的な意義に繋がらないのなら逆効果も否めまい。
同盟がマリアテレサを確実に排除するのなら一考の価値はあろうが、その判断は余りにも尚早だ。
「それよりはまだ、日本の
あの子にちょっかいをかける方が楽しそうじゃない?
ふふ、可愛い子らしいから――個人的にも興味はあるわね」
「リズちゃんらしいけど……ああ、それで一部の天使を日本に差し向けたのね」
「そうなりますわね」
「……ねぇ、リズちゃん」
「うん?」
「リズちゃんは最終的にどうしたいの?」
「さあ」
リーゼロッテは口角を持ち上げる。
「
そんな事は勝ってから考えますわよ。
第一が、私が誰かに敗れるなんて――そんな劇、実に醜悪ではありませんか」
戦争中とは思えない程に刹那的な快楽を追求する享楽的なお嬢様は悲壮な決意を帯びる母とは逆の性質だ。
我が為に世界を侵す我欲の
女が勝るか、誰が為に世界を壊す
母が勝利するのか……
全く熾天使の戦いというものは皮肉に哲学じみてもいる。
「ともあれ、そういう事になります」
リーゼロッテは静かに宣告した。
「フレアのおままごとに付き合う気はない。
けれど、出来れば貴女とも早晩に事を構えたくはありませんわね。
まぁ……それはそちら次第になるかも知れないけど」
統制の甘さを揶揄されてアレクサンドラは困った表情を浮かべていた。
アレクサンドラ麾下の天使達は他の派閥に比しても圧倒的に彼女の事を
愛している。
彼女の敗北等絶対に許せず、彼女に危害を加えんとする誰をも許せまい。
今回の暴発も含めて、偶発的なエスカレートはアレクサンドラ側にこそ爆弾がある。
それは同様に麾下に崇敬を集めるリーゼロッテとは真逆の性質だ。
彼女の麾下は基本的に彼女の意向に決して、微塵も逆らわないから。
「
気を付けるわ。でも、やっぱり戦争っていうのは好きになれないわね……」
しみじみと言ったアレクサンドラにリーゼロッテは小鼻を鳴らした。
それは軽侮と言うよりは、長年の知己である彼女が本心からそれを言った事を理解するが故の少しの同情にも思われた――
※世界各地で熾天使同士の戦いが始まり、マシロ市近辺でも各派天使の動きが活発化しているようです……!