ほんの一瞬、少しだけ熱かった。
たくさんの光と熱で体を射抜かれたような。撫でられ、焼かれたような感覚があった。
「うへ、こんなことなら夏服を着てくればよかったかも」
眦を下げてうんざりした声で花蔭 明依(
r2n000056)がそう呟いた。
あたしよりもずっと修羅場と呼ばれるような場所を経験してきた女の子は、襟口に指を掛けてぱたぱたと仰いでいる。
「明依ちゃん、無事でよかった」
月雲 千星(
r2n000150)はそんな後輩の女の子の姿にほっと息を吐いた。そんな千星の様子を見た明依はなんてこともなさそうに首を傾ぐ。
「それより、此処って……?」
じれた様子で上着を脱ぎながら、彼女は言う。
「分かんない……気付いたらみんなとも離れ離れになっちゃったみたい……」
そんな彼女へと、千星はふるふると顔を振ってそう言うしかなかった。そもそも、目の前に広がる光景が千星には殆ど一つとして理解できなかった。
左右に立ち並ぶ建造物はマシロ市でも特に古くからあるような物ばかりだ。
すんすんと鼻を鳴らせば、近くの飲食店からと思われる香りと、排気ガスの匂いが入り混じる。
がやがやとした人々の話す声、其方を見れば駐車場から出てきた車が何処かに向かって車道を走り去った。
空を見上げればきらきらとしていながらも仄暗く、太陽の光は雲の切れ間から覗くようにぼやけて見える。
「……まるで、あの頃みたい」
ぽつりと、そう隣で明依が呟いた。
「あの頃?」
「うん。大破局が来るよりも前――今は旧時代って言われてた頃」
「あの頃」
じっと風景を見つめる明依に千星は反芻するようにそう呟いた。あの頃、旧時代、もう戻れないはずの場所。
現実感のないその言葉に、ざり、と踏みしめた大地は煉瓦か何が敷き詰められている。
「たしか……私達はK.Y.R.I.E.の先遣隊として八重ちゃんと一緒に諏訪湖の氷の道を通って御津那海町にやってきた、よね?」
そんな千星の様子にどこか優しく笑って、明依が言う。こくんと千星はそれに頷くばかりだ。
八尺瓊勾玉を求めて諏訪へと訪れた千星達K.Y.R.I.E.は、その他に住まい或いは守ってきた神霊達との交流を続けてきた。
勾玉の中に蓄積していた陰の気配を神霊・フナドノサエが代わり受け、吹き荒ぶ冬は能力者達の手で春を過ぎ、夏に至った。
きっと眠りに就かれたフナドノサエ様とも、またいつか会うことはできるはずだ。
「……なら、此処は御津那海町、なのかな」
ぽつ、ぽつ、と明依が言う。覚えているのは揺らぎを通り過ぎて、きらきら輝く町並みを遠くに見た所まで。
分からない――だって、現実感の無いこの町並みは、千星の知らない時代で、場所で。
それでも明依の言う通り、それ以外には考えられもしなかった。
なぜならば――視線がそこを見て、止まる。
御津那海町商店街――アーチの向こうには、人の姿も見えている。
「こう言う時はあんまり動かないほうがいいけど……ねぇ、千星ちゃん。少しだけ、冒険してみない?」
千星は思わずそんなことを言い出した明依を見た。ふわりと笑う少女は冗談などではなさそうだ。
「此処の事を調査するのも私たちの役目かなって」
「え、で、でも」
此処は御津那海町、千星達にとっては、初めての場所。
何があるかも、何が起こるかも、何が居るかもわからない――そんな場所。
「多分、何かあると思うよ。面倒事なのかも……でも、此処で立ち止まってても意味がないもの。
それに、八重ちゃんは何方にせよ此処に案内してくれようとしてたはず。それなら――行ってみても損はないよ、きっと」
ふわりと笑ってそう続けた明依に、千星は圧されるように「う、うん」と頷いた。
「……風景だけじゃなくて、暮らしてる人たちもあの頃みたい」
ほう、と明依が小さく呟いた。千星の知らない時代を知っている少女には、その景色が旧時代のままに見えるのだろう。
商店街というだけあって、たくさんの人が歩いている。これ以上迷ったりはぐれたりしないように2人で手を繋いで、その中を歩いていた。
「見てみて、千星ちゃん。これ美味しそう」
「ほんとだ、美味しそう」
手を引かれるまま立ち止まった店頭には食品サンプルが並んでいる。
しゃがみこんだ明依の指さす先にはパフェのサンプルがあった。タワー状になったソフトクリームは実際に食べようとしたら溶けたり折れてしまわないか心配だけれど、とても美味しそうに見える。
「んん~……でも、どうしようね」
少しだけ困った様子で明依が言う。
「あ、っていうか、この辺りでもお金、通じるのかな? 旧時代のお金とか持ってきてないよ」
顔を上げて顧みた明依が首を傾いだ。
「そういえばさー多治見市の方で天使が出たんだって。怖くね?」
「まぁこの辺りは廻月堂の道者の人らが守ってくれてるから大丈夫っしょ」
「廻月堂なぁ、格好いいよね。なんかこう、魔法みたいな。そういえば、当主様みたことある?」
「もち、なんか若くね?」
「イケメンっしょ。ウチら、あんひとに守って貰えてるとか役得じゃね? お近づきになれたりしないかな」
「いやいや、無理っしょ、私ら一般人よ? ってか、あんた彼氏いなかったっけ」
「それとこれとは別でしょ~」
そんな会話をしながら近づいてきた女子高校生の2人組が千星たちの隣を通って店内へと入っていく。
「千星ちゃん?」
「うーん、何でもないよ……通じないかも」
少しだけ困ったようにそう言うと、明依は「そうだよねぇ」と呟き立ちあがる。
「まぁ、いいや。でも、どうしよう……何か情報を探すのにも、お金ないとお店に入れないよね。難しい」
立ち上がりながら、明依がそう言った。ぐぐっと身体を伸ばして、小さく、「んっ」と呟いた少女は小さく息を吐く。
「中華街みたいに露店みたいなところあるかな……」
「そうだね、探してみよう」
ぽつりと呟いた千星に、明依はふわりと笑って頷く。
「――疲れたね」
「うん」
車が入って来れないようにするためだという、鉄製のアーチに腰を掛ける明依に千星はコクリと頷いた。
空が夕焼けの茜色に染まっている。それを見ながら、力なく尻尾を揺らして千星はこくんと頷いた。
隣に居る明依以外、友人も知り合いもいない――知らない町の知らない場所。
それはどうしようもなく心細く感じられて、小さく息を吐いた。
「あたし達、このままなのかな」
「ふふ、大丈夫だよ、きっと。思ったよりも広いし、人も多いけど――きっとね」
ふわりと、変わらず明依が笑う。その姿が少しだけ羨ましかった。
※――花蔭明依、月雲千星が御津那海町の何処かに居るようです。
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