花過ぎ行きて、雲流れ。萌える木々は長雨の雫を弾き露濡れた。
麻蒔く季節に花鎮め、来たる平穏を恋しがるや神の在り方よ。
「ふんふん……」
神子が
徒人へと天降ったその刻に授けられし贈物は、愛し子へと向けた神の心であっただろう。
祖は中津国を往く子をいみじう愛でさせ給ひけれ。かの地を護り給へと神代よりかむながら言祝ぐ地なりて。
「――なんてぇ?」
ちゃちゃまるが首をぐにんと曲げながら首を傾げた。
その手に握っていたのは
御津那海町に関する情報を収集した部下の報告書であった。
「ちゃちゃまる、こういうの苦手中の苦手なんですけど……これ、
厭離衆の人が持っていた奴ってことですか~?」
大きな大きな犬の着ぐるみ。中には明らかに人の子が入っているだろうサイズ以上にふっくらとまん丸としたフォルムをしている。
それでも巨大すぎる印象を与えないのはちゃちゃまるの背丈がそれなりにコンパクトだからなのだろう。
その声音も少年少女と思わしいまだ年端のいかぬ子供のものだ。
彼――もしくは彼女――がアーカディアVIIIに仕える天使であるというのは彼らの陣営に幼子が多いという点からも納得が出来ようもの。
「どうせ、御津那海には諏訪の事が終わったら引き返す事にはなるんですどぉ……。
困ったものですね。廻月堂はこうしている間にも道者達を使ってアレをコレしてドレしようとするでしょうし。
厭離衆の方々も、アレでコレですし……何なら、テオフィロって言う
怖い人類いますし……。
ふえ~~ん、早く色々解決して京都に戻りたいですよぉ……どこに行ったんですか、草薙剣~……」
がっくりとしたちゃちゃまるは周辺警戒に行ってしまった
部下達とのんびりとした食事を楽しみたかったのにとぐすぐすと泣いていた。
東京では第九熾天使派が盛大にパーティー中。多摩と呼ばれる地も一応注視している。
このふざけた外見の天使は、その外見とは裏腹に主人思いだ。憂慮事項は出来る限り把握して、物語における語り部の立場になり得るように何時だって尽力していた。
だからこそ、早くその傍に参じたかった。喉が渇いたと言うとリ=ルが皿に水を注いで愛でてくれる。エイ=ルが困った顔をする様子だってちゃちゃまるにとっては大切で、大切で、愛おしい時間だったのだから。
そう、早く。
そう思っていた、その時だ。ひゅうと風が吹いた。こんな季節に似遣わぬ
凩が。
「さっぶゥッッ! 待ってください、何で、今は春! 春でしたよねぇ……!?」
――その地は雪に閉ざされる。吹雪く風が全てを覆い隠してしまうように。
神域に根付き美しく長く咲いた桜の花は雪に塗れて花を散らすかの如く。春と冬が混じり合い、急激な寒さがその身を包む。
本来ならば夏とも見紛う燦燦たる旭日が皮肉な事に巨大な着ぐるみの体力を奪って言った筈だった。
だが、今は違う。唐突に諏訪が冬に閉ざされていく。ちゃちゃまるは結界の中に確かに一人の少女を見た。
まるで燃える焔のように揺らぐ紅の髪。艶やかな、それでいて静けさをも感じさせる深蘇芳の瞳。
身に纏うのは可愛らしい洋装のワンピース。儚げな少女のその身に似合う朧花色のワンピースを身に纏う彼女の姿。
「八重ちゃん!」
いた。
――されど、彼女は冬に隠される。
諏訪湖。神在りし地は冬によって閉ざされた。その理由をちゃちゃまるはまだ知らない。
ただ、ちゃちゃまるにとっての目的である、只の一人を――
八尺瓊勾玉にとって唯一無二の友人をその内側に隠して。
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール
