第一戦区
台場が紛争地帯に変化し――そのまま
チュートリアルバトルが開戦したという情報はすぐ様にタラリアからの放送で通達された。
東京都を十一の戦闘区画に分けて行われるこのゲイムでは、各地で不定期な戦闘が勃発することがある。
しかし、繁華街地区では
収容規模の大きめのゲイムを期待されているのか、未だ開戦はしていなかった。
「あはーん、にゃぁ~るほど。期待の新人クンさんって第一戦区なのね。
だから慌ただしく開戦か。マジで期待されてんじゃん。何? コスモス狙うならあれとぶつかる可能性高め?」
唐突に抜き打ちテストが行われた時の学生のような、げんなりとした表情を浮かべた彼――もしくは彼女、だ。性別は分からない――は気だるげに手にしていたバッドに張り付いた血を振り払った。
「そいや、
ティティフィティアの……やべ、名前忘れた。ま、いっか……うん、コホン、向こう行くんだっけか」
夥しい数のデバイスをぶら下げた子供は第八戦区
渋谷を歩き回り、そしてたった今、参加者をバッドで殴打した所だった。
「んー? 台場ってどこだっけ、案外近い? 遠いっけな、知らね~」
台場からは丸の内地区を挟む為、
期待の新人との接触はないだろう。
カタルモイに
参加するとなればデバイス装着が義務付けられる。この参加とはコスモス取得の権利がある、という意味だ。
ならば、この不可思議な子供はどうだろうか。真っ白な雪色の髪は襟足に向かって青に染まる衣服に無理やり安全ピンで装着した
無数のデバイスがじゃらりと音を立てた。
「他、何処でチュートリアってんだっけなー。んーはは、北部の方と、世田谷? 忙しそーじゃんね」
そう言いながら足元に転げていたビギナーを見下ろす。その体から無理くりデバイスを奪い取ってから「良いデザインじゃーん、かーわい」と子供――
冬青は笑った。
「ど、して……」
「んぁ? なんてぇ? あ、どして盗るだって?
おまえ、ボーナスチップ持ってるし。狙い目でしょ。
あと、ボクさあ、弱い者いじめが好きなんだよね。でも、やりすぎたら人死ぬし、誰殺したか覚えてらんないっしょ。
これ全部他人のデバイス。ぶち殺して奪ってんの。覚えておいてやるためってのと、可愛いから」
冬青はゆっくりと振り返る。チュートリアルが開始されても途中参加者や乱入者は付き物だ。
もしも
強敵が来るならばその前にボーナスチップを狩りとっておかねば酷い目に合う。特に、あの
K.Y.R.I.E.は要注意か。
「……ま、そゆわけで。これ貰うわ。んじゃ、おやすみなさ~い」
静寂の中で奈落のプリマ(
r2p007406)は顔を上げた。
「……もう、ジュールヴェールは行ってしまったのですね。あの公演が素晴らしいものになればいいのだけれど」
ころころと笑みを含ませたプリマは不可侵区域となったある領域を見た。コスモスは、外部干渉を避けるために
彼女と共に鳥かごの中にある。
愛しい眩金の姫君。彼女はこの現状をどう思っているのだろう。
きっとあの萌える若木の瞳は憂いているだろう。楽しいばかりではないゲイムが始まってしまったのだから。
プリマも思った通りだった。海に棲まう怪物をも乗り越えてきてしまった観客たち。きっと、彼らは
姫君の脅威にだってなる。
「……ジュールヴェールの気持ちは、分かります。姫君の害になり得るならばゲイム・マスターだって倒したい。
彼はわたしたちの事なんてきっとどうでもよいでしょう。姫君だけを南瓜の馬車に乗せて攫ってしまうつもりだもの。
……ええ、それを防ぎたいと願うなら、私たちはコスモスを手に入れるべきですもの……」
プリマは緩やかに電波塔を見た。へし折れてしまったランドマーク、その上に丸くなって今は眠っている怪物。
彼の眠りが安らかであれば良いのに。期待のルーキーと呼ばれた彼らはこのゲイムの権利をはく奪され、姫君の元より去ってくれればよいのに。
――ああ、そうやって憂う時間も勿体ない。ゲイムは動き出してしまった。
ならば、ここからが
戦争だ。生き残る為に、誰もかれもが願っている。
「絶対に勝たなくちゃ」
日向 絵麗奈(
r2p008437)は真っ直ぐな声でそう言った。
「勝たなくっちゃ、ね?」
「そうだね。……ボーナスチップはランダムに個人に配られる。特に
弱者にね。
ただ、それを狩る無法者もいるだろうし、持っているだけで手に余ることもある。不運だった、なんて言いたくはないけれど」
静かに、 栞 咲願(
r2p008061)はそう言った。射干玉の髪を揺らがせた素行不良青少年はポケットの中に入れっぱなしになっていたメモを握りつぶす。
さぁちゃん、行ってきます、と。
プシュケーに加入した二人のこどもがそんな書置きを残して台場に向かったのだ。
「そんな強いんだっけ? あの、えーと、き、きり……キリミ」
林 燐(
r2p008432)が言えば武良井 仁菜(
r2p008414)は「K.Y.R.I.E.」と優しく彼女の言葉を正す。
「そう、それそれ~、わっちらみたいな不法占拠者が参加者なのはわかるけど、K.Y.R.I.E.って人らはエグめのイカ倒したとか噂されてたけど」
「えぐ……め、か。まあ、そうね。でも、所詮は
社会の犬でしかない。
人間寄せ集めて数の暴力でぶん殴ってるだけでしょ。今平和に生きてますって甘い蜜啜ってる奴らが強豪ってイカれてる」
「えっ!? イカだけに!?」
百鬼夜継 鈴蘭(
r2p008409)はその大きな瞳を瞬かせて声高に言った。
じらりと仁菜が鈴蘭を見遣ればけらけらと彼女が腹を抱えて笑い始める。
「そんな怒らないでくださいっすよ! ほらほら、へりくだってる! ねっ!?
🦑らないで」
「
🦑ってるじゃん」
楽し気な絵麗奈と鈴蘭の声を聴きながら咲願はふっと笑みを零した。
新宿カブキチョー。小さな場所に、寄せ集め。ただの悪ガキたちの蒼褪めた春。
きっと、油断をして居たら誰かに狩られる。だから、ここからは狩らねばならない。
いつ、戦場になるかも知らない。偵察や巡回に多区画に出掛けた仲間は戻らないかもしれない。
いや、今もボーナスチップを手に入れてしまったという幼い少女が台場地区に
自殺に行った。
「咲願?」
「……考え事をしてた。皆、
生き残れたらいいね。最後まで」
咲願の唇は、ただその言葉を吐き出してから閉ざされた。
拾い物の時計がちくたくと音を立てている。足早に、止まることなく誰にとっても平等に進んでいく。長い長いモラトリアム。馬鹿みたいに笑って転げ合った日々が別れを告げるようにこちらを見ている。
咲願は目を伏せた――ああ、きっと、もうすぐ。春が終わる気配がした。
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール