「お呼びでしょうか、お嬢様」
真白き全身甲冑に身を包んだ
Herr N.N.が少しくぐもった響きでそう言った。
欧州、旧ドイツ。
当地の人類圏である
Baroqueからは数百キロ離れたその場所は、滅びた地上に似つかわしくはなく高度に手入れされた美しい庭園の姿を保っていた。奇跡の青と称される――不可能の象徴とも呼ばれた事もある見事過ぎる青薔薇に囲まれた白いテーブルではこの場所の主人が優雅なティータイムを愉しんでいる。
「ああ、来ましたか」
一挙手一投足、全ての所作が異常なまでに洗練されている。
美のクリファを有する熾天使の六番は今日も侍る誰もが納得し満足する程に彼女らしさに満ちていた。
「何なりとお命じ下さい。至高の青薔薇」
「わたしが――わたし達の讃美歌が必要ならば、何時でも。幾らでも」
to What?と
WisteriaがHerr N.N.に続いてリーゼロッテに跪く。
共に行動する三人は『青薔薇聖歌隊』を自認するリーゼロッテの近衛天使である。
彼女の意思を汲み、その命に従う事を至上の喜びと感じる筋金入りだ。即ち、この聖歌隊にとってみれば
呼び出しがあった事それそのものを最高の栄誉としても問題はない。
「そろそろ、頃合かと思いまして」
「……頃合?」
甲冑の中の表情は窺えないがHerr N.N.が問い返す。
「相変わらずね」
リーゼロッテは小さく嘆息した。
Herr N.N.は一を聞いて十を知ろうとするような
不敬には及ばない。
リーゼロッテの鈴鳴る声は天上の音楽のようなものだ。彼女が具体的に指し示す道こそが価値になる。
故に役目に想像がつく事とそれを口にする事には隔絶された壁がある。
「まぁ、いいでしょう。呼び出したのは人類圏への圧力を強めなさい、という話よ」
to What?とWisteriaが目を輝かせた。
第六熾天使一派が地上に顕現して数か月以上が経っている。
一先ずリーゼロッテが過ごす薔薇の庭園こそ設えたが、これまでは大きな戦いは起こしていない。それは無論、中央アジアに顕現したアレクサンドラや他熾天使一派に隙を突かれぬ為の備えであり、リーゼロッテに限らず今の熾天使達が余儀なくされている睨み合いを理由にしている。
マリアテレサは兎も角として、或る程度戦力が拮抗していると考えられる熾天使同士の戦いに
不純物等混ぜれば何が起きるか分からないから。
(……考え過ぎだとは思うけれど。
それでも彼等は十一番に加え、
あのアレクシスを退けている。
まぁ、永い時間の末の決勝だものね。誰も彼もたかだか数か月でリスクを背負いに行くような真似はしないという事でしょう)
馬脚が露になるまで、或いは鍍金が剥げてその地金が見えるまで。
この地上の人類勢力はリーゼロッテにとっても一応警戒対象である事は間違いない。
だが、しかして。
「……様子見、しなくてもいいの……じゃない、いいんですか?」
Wisteriaの言葉はもっともであった。
これまでのリーゼロッテの命令は陣地構築と周辺の探索、そして準備。特に欧州圏は
座天使級さえ撃滅し得る人間がいるというのは既に調べがついている事実だ。
リーゼロッテが前線に出れば全ては解決出来るかも知れないが、先に言った通り軽挙にそんな真似をすればどんな横槍を喰らうかも分からない。
つまる所、彼女は実に彼女らしく優雅にお茶会を続けていた程度だったのだが――
「今回は違う、と」
to What?の言葉に「何故」を感じ取ったリーゼロッテは咎める事なく言葉を続けた。
「これも或る意味で他の熾天使のかけてくれた面倒なのだけど――
極東日本エリアでコスモスと呼ばれている願望機が力をかき集めています。
まぁ、単純な出力は主天使程度――貴方達には兎も角、私に脅威になるレベルとは言い切れませんけれど。
問題なのは例の人間達がその獲得に動いている、という点です」
「!!!」
「ディオンがタラリアという
座天使に命じて状況を掻き回しています。
欧州に居座る
Baroqueがコスモスに手をかけたら……
そうですわね、私以外の天使は全て
射程圏になりかねない。
ええ、ええ。彼等はひ弱だけれど、力を扱う技術には長けている。
知っている限りでも『
疾く暴く獣』と『
金髪の野獣』或いは『宝石の森の鴉殿』この辺りにコスモスを渡すのは悪手でしょう。
もっとも、今回入手に動いているのは『疾く暴く獣』だけだとは思うけれど」
聡明なリーゼロッテは彼我の戦力差を良く理解している。
自分自身が残っている限りは圧倒可能な筈なのだ。
さりとて、彼女は状況を侮り眺めているだけの女ではない。そんなものはマリアテレサに任せておけばいい――
「本気で打倒する必要はありません。
それは
座天使や
智天使の失陥を覚悟する必要がありますからね。
でも、Baroqueを自由にして良いかどうかは別問題です。
圧力を加え、極東の兵を引き戻させなさい。ふふ、彼等は自信家みたいだけど、片手間であしらわれる程貴方達も弱くは無いのでしょう?」
「無論。御意に」とHerr N.N.は頷いた。
圧倒的に美しく、強い。何処までも聡明である。
まさに奇跡の青薔薇のような主人に聖歌隊は深く深く感激した。
「……ああ、お嬢様」
「うん?」
「一つだけ。
お嬢様はあの薄汚いディオンめの思惑を察していらっしゃるのでしょうか?」
ディオンが態々
腹心を日本に派遣してまで悪趣味なゲイムを展開した理由。
コスモスなる厄介な願望機を景品にぶら下げて
日本の人類圏と戯れねばならぬ理由。
そして彼の一つ一つの行動がどうにも解せない裏を感じさせる理由――
「ああ」
リーゼロッテは皮肉な薄い微笑みを見せた。
「
大体ね。まぁ、それ自体は私にも利するかも知れない。
アレの計画が予定通りに進むなら文句は無いのだけれどもね」
※イラストオプションに『祇化』が実装されました。(用語説明:呪創/祇化)
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