「あ」
ぽつねんと、そう呟いたのはラトリ・サンミット(
r2p007891)であったか。
アガルタの植物学者であるラトリが甲府観測所設立などで忙しなくしているシェス・マ・フェリシエ(
r2n000067)からこの第三植物改良所を預かって暫く、漸く実を結び始めただろう新種植物に成った小さな赤い果実が音を立てて落ちたのだ。
失敗であったかとその表情に少々の苦さを滲ませていたラトリはカレンダーをちらりと見遣る。
もう夏至の頃、夏の足音が聞こえ始めれば地下実験区アガルタにも雨が降る。
嘗ての日本の四季をしっかりと再現されたこの実験区の蒸し暑さは毛皮を有するラトリにとっては耐えがたいものだったか。
「ラトリちゃん、どうです?
赤くて小さな果実の様子……って聞いちゃいけないタイミングだったですか」
少々困惑した様子で告げるのは幼稚園児程度の背丈で書類を腕一杯に抱えていたアステリア・ハイデルベルグ(
r2p005587)だった。
ふわふわと柔らかな栗色の髪が揺らぎ、雨と湿気にごわついているのだと不服そうな表情を浮かべている。
「ああ、アステリアさん。そうなんですよ。何故か今さっき実が落ちてしまって……」
「ううーん、まだまだ改良が必要なんですかね?」
あくまでもマシロ市では平穏であるように。
アガルタ研究所は日常を貫いている。諏訪から氷の道を辿り岐阜へと辿り着いた能力者が
不慮の時間旅行を繰り返す異空間に飲まれたという噂も、相模原からじわじわと広がる魔力汚染が土壌へと影響を与えている事実も、そして何より――
「そろそろ、東京についての続報ってあったかしら?」
ひょこりと顔を出したラーナ・シルバー(
r2p005577)にアステリアは「あ、そ、それです!」と抱えていた書類をテーブルへと勢いよく置いた。
「ラーナちゃん、ありがとうなのです! それでここに来た理由を思い出したのです!」
「いいえ。東京と言えば
墓守ゲームなんていう悪趣味なゲイムが開催されていたよね?
そろそろ、そちらの状況も連絡があればと思ったのだけれど……巻き込まれている能力者も多そうだから心配していたの」
ラーナは自身が育てていた新種改良植物が自我を持って走り出しそうになっているのを両手で押さえていた。
きいきいと叫ぶそれを見つめているアステリアが「あ、ああ、っと……」と困惑した様子でラトリを見遣る。
「ラーナさん。それ、預かるよ。それで、アステリアさん、教えてくれる?」
「はい。東京の墓守ゲームが終わったら、第二戦区も動きがあるんじゃないか、とのことでした。
岐阜側の事もありますし、相模原の土壌汚染の事もあるのでアガルタ職員は待機をしながら回復薬のもととなる薬草などの備蓄をお願いしたいそうなのです」
「……はい、了解。相模原側も、アガルタとして調査に赴く用意をしておかなくてはならないね」
「そうね。あちらは多摩とも連携するのでしょう? 持って帰って来てもらった花蝕障の調査結果も早く結論を出さなくっちゃ。
でも、これだけは解っているわよ。水場のようだからKPAに魔力汚染を受けにくい水上船の用意をお願いしておかなくちゃね」
ラーナはテーブルの上に並んでいる書類をとん、とんと指先で叩く。
東京で行われる歪なゲイム。まるでデスゲームを思わせる様な外郭の内側には何らかの儀式めいた思惑があると推測が成されている。シェスなどは「デスゲームがしたいなら最初から犠牲を出し続ければいいだけだからね」とまるで
敢て長引かせるているような元凶に違和感を唱えていたか。
「何が起こるか、分からないけれど。長雨もさっさとからりと晴れてくれればいいものね」
「……そうだね、この雨が草木を潤してくれるものだけであればいいのだけれどな」
彼らは
日常の象徴としてこの場所に生きている。
――何時だって「ただいま」と告げてくれる
彼らの無事の帰還を、ただ、ただ、祈りながら。
命空骸戯 - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール
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