――今日より明日が1番に輝く日になりますように。
歴史の教科書でしか恐ろしい事は知らなかった。
世界は当たり前に壊れていて。嘗ての世界何て何も知らなかった。
昔は良かった、だなんていわれるけれど。きっと、素敵な場所なんだね。だから、わたしも見てみたかった。
平凡な人生だったよ。だって、わたしは
何処にでもいる様なロストエイジだったから。
匂坂 愛(
r2n000011)は何処にでもいる様な平凡な少女であったはずだ。
刻陽学園高等部三年生。乳児院、孤児院で育ってきて寮生活を送る普通の少女だ。
――そう、両親の顔を知らないのだって、この時代ではよくある事。マシロ市では何ら特別な事じゃなかった。
大破局以前の事は愛にとっては教科書の世界だ。マシロ建造計画が終わった頃に生まれ、動乱と呼ぶべき時代は知らない。
ただ、
天使と呼ばれる敵が居て、それを倒すのは人類にとって必要不可欠な使命であると理解していた。
親を殺すのはいけない事だという。けれど、羽化や告解をしてしまった親族を打倒すのは致し方がない事だ。
肉親は大切にした方がいいという。けれど、こんな時代だ。相手が終末論者や天使であればそれも致し方がない事だ。
人を殺してはいけないという。そもそも、
天使を殺し続けてきたのだ。
そんなことを言われても、苦笑するしかない。なら、自分がこれまでやってきた殺生は罪ではなかったのか。
そんな問答何て、きっと無意味だ。
匂坂 愛は明確に今、殺さねばならない相手が居た。
それが、譬え人間であっても。終末論者であっても。父親であっても。
「――いかなくちゃ」
匂坂 愛はどうやら自分を本来愛するべき父親という存在に無価値であると扱われていたらしい。
どうにも知る由もなかったが自身は神祇院にその名を連ねる血筋の生まれで在り、本来であれば神のよりましとなるべき力を持つべきだったのだろう。
そう思えば、何となく腑に落ちた。
17年もの間生きてきて両親の事も何もかもを知らなかったのだ。
乳児院で世話を焼いてくれた
せんせいは何も教えてくれなかった。
彼女も早くに亡くなってしまった為に聞きそびれただけだとも思っていたが、言わずにおいたのだろう。
匂坂 愛は捨てられたのだ。
ちかと名付けられた少女は、何の力も持たないただの人間として生まれた。
だからこそ、
千鹿と、神の名をあてがって贄となるべきだと父はそう言ったのだろう。
「わたしのお母さんだけは、わたしを護ろうとしてくれたんだろうね。
……へへ、お母さんだけはわたしを愛してくれたのかもしれないね。
だから、愛って字をプレゼントしてくれたのかもしれない。それはきっと、最初で最後の家族からの贈り物だね」
母の顔を知らない。それでも、自身が手にした
武器を握り締めたら分かる事があった。
結と名付けられたそれは母が嘗て手にしていたものだった。
母は、もういない。父は、
友達を傷つけた。
愛が成すべきは、彼らを食い止める事。母の愛した大切な人が罪を犯さぬ様に罰を与える事だ。
それが、愛という名をくれた母への恩返しになるとそう思った。
思い込んだ。
「お母さんの大切な人は、ちゃんとわたしが止めるよ」
ゆっくりと、匂坂 愛はその道を行く。
諏訪の湖に作り上げられた氷道を駆けあがり
穴へと転がり込んだ。
「わたし、どこまでも追いかけてあげる。覚えていて、お父さん。
あなたは娘を殺し損ねたから、あなたにとっての呪いに、わたしがなってあげる」
そうして、彼女は眼下にその街を見下ろした。
美しい、大きな穴。旧岐阜県に開かれたその街の名は。
――
御津那海。
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