「生い茂る草木のアーチを抜けた先に広がっていたのは歯車と蒸気機関の街でした――なんて言われても驚くわよね。
分かるわ。私だって同じ感想抱くもの。何じゃこりゃあって。気持ちは同じよね、ふふ」
揶揄うようにそう言ったのはナース服に身を包んだ女だった。すらりと背が高く、美しい桜色の瞳をした彼女は悟桐 紫恵那(
r2n000219)――シェナと名乗った。
「でも、多摩地区が全部あの光景と言うわけではないの。
今、皆が来てくれたこの中央に蒸気機関もなければ、歯車の気配も、あの
厭になるほど汚れた空気も無いわ。
ここは旧時代の面影があると思う。大地の魔素が高いから勝手に建物が増殖修復しちゃう以外は」
肩を竦めた彼女はバーカウンターに手をついた。それから、顔を上げて黒いマスクの青年に視線をやって頷く。
「改めて、ようこそ。Barソムニウムへ。
此処は空白地帯多摩――人類が引き上げ放棄した場所に
異界の住人達が自身らの文明を持ち込んだ土地。
南はご覧の通り。汚染された土壌と空気でのみ生きていけるアザーバイドが持ち込んだ文明が蔓延って人類は生きていけない。
だから私たちの拠点はこちら。
中央街……南とは水と魔力の障壁で隔たれた、人類にとっての止まり木よ」
朗らかに微笑んだシェナがつい、と青年の白衣を引っ張った。
「ほら、先生。黙っていないで。皆さんに自己紹介をしてよ」
「……ああ。このBarソムニウム――中央街で人類が生存するため、そしてアザーバイドとのよりよい共生の為の
代行政府を取り仕切っているノエです。
南の様子を見て貰ったでしょう。天使による介入もたびたび見られてね、その為、我らはレジスタンスを名乗って彼らに対抗している次第です」
ノエは穏やかな微笑みを浮かべて能力者達を見回した。
レジスタンスと呼ばれていたのは人類がこの地域で生き残る為に対抗策を講じているからなのだろう。
Barソムニウムには幾人かの人類の姿は見られるがコロニーと呼べる程ではない。見回す視線に気づいただろうシェナは「こんな場所に残るのは余程の物好きか、
理由有りだけよ」と揶揄うように言った。
「違いない」
大きく頷いたのは
魔術仕掛けの手枷をつけられた雀居 影臣(
r2n000218)だった。
終鐘教会に所属した
元終末論者――マシロ市に対しては聖釘による被害を巻き起こした男は能力者の一助により活かされ、今現在はその知識を存分に生かせと協力を義務付けられているらしい。
「違いない、違いない」
彼は何度も頷きながらシェナを――いや、シェナの胸元を――見ていた。
その後頭部に銃床を押し当てるように殴りつけた春名 朔(
r2n000031)が嘆息する。
「そもそも、貴方が特例で活かされ、特例で協力者として歩き回っていることをお忘れなく」
「分かってるって……」
ぼやく影臣はしゃがみ込み何とか両腕を後頭部に当てている。大丈夫かと同じように身を屈めて視線を合わせたシェナに「勿論」と答えている真剣な表情とは裏腹に、その双眸はやはり胸元に注がれていた。
「……すみません。此方の人間は、本来ならば死亡しているか一生を牢で過ごす人間でした」
「いえ。終鐘の
聖釘についてはある程度は。その技術を一人で作り上げた人間だというならば知識を絞らせる方が生存の意義があります。
良く理解していますよ。首輪や手枷で逃亡を阻止してらっしゃるのだと、思うのですが……どうやら、逃亡の心配もなさそうですし……」
ノエはシェナと影臣の様子を眺めてからおかしそうに肩を竦めた。朔の表情だけが渋くなったのは仕方があるまい。
「こちらから東京へと抜ける事は難しいというのは聞いています。黒い風の影響だと、も」
「東は星辰の影響を受け、明けぬ夜に包まれた区画です。が、その外周に吹く風は周辺を塩化させる極めて危険なものです。
そこを通り抜けられたのはやはり天使達のみ……サーカス団などはそちらを抜けて東京へと向かってしまった者も多くいるかと思いますが……」
ノエ曰く、それ故に東京側から何らかのアクションが行われた際に自身らは未然に防ぎようもない状況に置かれているのだと告げた。
黒い風は薄らと光をも伴い、吹き荒れる。行く手を阻むそれに触れ続けたならば人体は瞬く間に塩へと化してしまう。
やはり、東京側に行くならば
海の暴威を退けねばならない――が、出会ったというならばここで左様ならとも別れを告げるのも薄情だろう。
「もしも、宜しければですが……我々の置かれるこの
空白地帯という環境を見て回ってやくださいませんか。
南の天使は皆さんに対して何らかのアプローチを行ってくる可能性もあります。
何かがあれば我らも力を貸せるはず。それに……行き止まりの地です。少しばかりの止まり木として過ごしてみては」
彼はそう言ったが、本題は南の天使という事だろう。
「勿論」
――影臣が安請け合いをした。
彼と視線を合わせて、しゃがみ込み不思議そうな顔をして首を傾げていたシェナはゆっくりと立ち上がってからその頭を指さして。
「……ねえ、先生。刑事さん。この人、頭を強く打ったから少しバカになってしまったんじゃない?」
本当に心配そうな顔をしていた。
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