2052年 - Part4

●これまで、これから
「……お疲れ様でした」
 定時を終えた涼介・マクスウェルに進んで話しかける人間は然程多くは無い。
 日中、仕事中の人当たりの良さ、丁寧さが嘘のように冷徹なマシロ市長は夜の時間にその本質を覗かせるからだ。
「あまりかぐら様を苛めるのはおやめ下さいませ」
 自室のソファに座った涼介の目の前にリースリット・フィアル・ミルティス・フュステリエル(r2p001804)が居る。
「うん? リースリットは私が何かしたとでも?」
「彼女はマシロの重要人物です」
 彼女は涼介のふざけた返しを無視して言葉を重ねた。
 その様は慣れたもので、涼介は小さく肩を竦めて嘆息する。
「碌でもない仕事なんだし、少しの役得位は認められるべきだとは思わないか?」
「……認めている心算ですけれど」
「君が言うならそれは確かだ」
 冗談めいた涼介は愉快気のその先を続ける。
「今日だけでも随分と色々あったみたいだよ。
 私個人の話をするだけでも――かぐら君に随分な疑いを頂戴したり。
『良く分からない宣戦布告』をされたりね。市長という職分も大変だ」
 opéra(r2p001590)から聞いていたかぐらとの『会談』は中々に酷いものだった。
「人の集合意識が自壊を望むので、そのように行動する」と言い捨てたuɐɯ ǝʇı̣ɥʍ(r2p001865)には流石の涼介も予期していない。
「『市長は大変だね』」
「そうですね」
 手招いた涼介に応じて、リースリットは彼の横に座った。
「ですが、『疲れたら癒してあげる』とも言われたのでは」
 淡々としたリースリットの口調から感情を読み取るのは多少難しい。
 尤も十年以上も『色々な意味で』付き合いのあるこの二人には然して当てはまらない話ではあるのだが。
「私が子供の扱いが上手いタイプに見えますか?」
「いいえ、ちっとも」
 嘆息した涼介が脳裏に思い描いたのは玄葉 四白(r2p000211)の笑顔である。

 ――大丈夫? マーくんお仕事ますます大変になりそう?
   お疲れの時は言ってねー、ボクがいっぱい癒やしたげるよ★

 成る程、母親である玄葉 三蓉から託された娘だが、屈託のない彼女はこの悪魔には眩し過ぎよう。
 構わないリースリットは実に慣れた手付きで彼の傾けるグラスの次の一杯を用意している。
「ああ、でも――」
 ふと思い出したように涼介は宙を眺めた。
 これまでのやり取りよりは少し興味深そうな顔をした彼にリースリットは小首を傾げる。

 ――きみは、きみだけは絶対に許さないから!

 涼介の脳裏に過ぎったのはローズ・アミシア(r2p000753)の嫌悪と憎悪に満ちた顔だった。
 旧時代(アーリーデイズ)で二、三度言葉を交わしただけの少女は確かに自分に好意的だった筈なのだが。
 そんな彼女の顔を座標消失(ロスト・コード)の先に見つけてみれば、御覧の有様である。
 ローズからすれば自分の仕える家を『見捨てた』涼介は許せる相手ではないという話なのだが、当然彼は今それを知る由も無い。
「リースリット君」
「はい」
「手を出した記憶もない娘にいきなり嫌われるケースに思い当たる節はありますか?」



 マシロ市を騒がせた『最も長い一日』はゆっくりと幕を閉じる。
 これより始まる『更に厄介で刺激的な日々』を予感させるかのように――誰の心もまだ凪とは言えなかった。

 執筆:YAMIDEITEI