シーズンテーマノベル&ピンナップ『拝啓、未来の君へ』
桜が咲く季節に、君は何を描くだろうか?
真っ白なノートには規則正しい罫線が並んでいた。
これからの話? それとも、なんともないような過去の思い出?
綴ったのは誰の名前だっただろう。
それじゃあ、一言目から始めよう。
2024年の私達より。
拝啓、未来の君へ――
(illustration:watakumo_yuge)
商品概要:シーズンテーマノベル
商品 | 説明 |
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発注可能クリエイター
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基本価格 100RC~ |
商品概要:シーズンピンナップ
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発注可能クリエイター
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基本価格 350RC~
本商品は期間限定ピンナップ商品です。 |
景品
シーズンテーマノベル限定アイテム:『タイムカプセル2024』
シーズンピンナップ 限定アイテム:『2024年3月の消印はがき』
サンプルSS:『いつか大人になった君へ』
登場NPC:忍海夏帆(r2n000020)、嘉神ハク(r2n000008)
指切りを交わすのは何時ものことだった。大それた約束ではないくせに唇は何時だって誓いの文言を求めるのだ。
ただの児戯であると知っていたとしても、口にするだけでそれは一等特別になるのだ。
夏空で一番に見付けた星のような、読み返し続けた事で擦り切れてしまった絵本の裏表紙のような、幼い頃から抱き締めてきたテディベアのような、他の誰が聞いたって全く以て変哲のない事柄が一気に特別に仕立て上げられる気がした。
だから、これも特別なのだ。
大桜とあだ名されたその樹は例年、他の桜よりも早く開花することで知られている。
刻陽生はコンビニで菓子を買って花見に興じる者も多く見られた。例に漏れずに、夏帆もその一人だ。
コンビニで購入してきた1リットルパックのフルーツウォーターに長いストローを差し込んで、菓子を頬張りブランコに腰掛ける。
約束の時間まではまだ早い。ついつい気が急いてこの場所にまでやってきたのだ。
――産まれてくる妹が大きくなったときに向けて、手紙を書きたいんだ。
それは何気ない幼馴染みの一言だった。年の離れた妹の誕生を心待ちにする彼はまるで実の父親のように育児書を読み耽り、命名ランキングと睨めっこをし、友人達にも名前案を募集し始めた。
ノートに整列した文字列は規則正しく、几帳面な彼の性格が良く現れていた。
「なら手紙を書いてタイムカプセルに入れようよ。折角なら皆も誘ってさ」
生徒会長を務める少年は目安箱をひっくり返し、似たような提案を数枚握り締めて教員室へと飛び込んだ。鬼気迫る勢いで許可をもぎ取りこの大桜の下にタイムカプセルを埋める手筈となったのだ。
普段は優柔不断で何処か困ったような笑みを浮かべている彼らしからぬ行動だった。そんな様子を思い浮かべて夏帆の頬が緩む。
ぎいぎこ、ぎいぎこ。鳴らすブランコと共に彼の訪れを待った。
タイムカプセルにはちょっとした期待を込めた。
大人になったら結婚をして、子供を産んで、それから――なんて、幸せな将来予想図は設計書にしては稚拙で、誰が見たって笑ってしまうものだっただろうけれど。
もしも、子供を授かったならば『幸』の字を名前に入れてやりたいのだ。うんと幸せになって、何時だって笑っていて欲しい。
その願い事は手紙に書いて将来に届けて貰おう。大人になった自分が見れば夢見がちめ、と指を差して笑ってしまうかもしれないけれど。
「夏帆」
「ハク、遅かったね」
「全然? 時間通りだと思うけれど」
腕時計を確認してからハクは「焦ったぁ」と間延びした声を出した。気の抜けた声音と共に胸を撫で下ろした彼は次に攻め立てるような表情を浮かべるのだ。
そんなやりとりだって十分に重ねてきた。相手が何も言わなくったって言葉の続きも、仕草も、想像できる。
だからこそ、最近の彼は――妹のことばかりの彼は知らない人のようで少し寂しかったのだ。
「意地悪言っただけだよ。楽しみにしてたんだ。お花見がてら来ちゃったし」
「またお菓子買ったんだ? 太っても知らないよ」
「よく動くから痩せるんです」
嘘だあ、と彼は笑う。意地の悪い言葉だと彼の腰を突けばやめてよと次は非難がましく叫ぶのだ。
ほら、何時もの君になった。
「ね、早く埋めようよ」
「穴を掘らなくっちゃだよ?」
「頑張れ男の子」
「……動くんじゃ無かったの?」
そんなことを言いながら用意したシャベルで土を掘ってくれる。ハクは「夏帆は女の子でしょ」と言い出すのだ。
いつから、性別なんて気にするようになったのだろう。
時間は風のように吹いて、沢山のものを攫って言ってしまうから。
ざくざく、掘り進む音と共に一際強い風が吹いた。ざあざあと桜の枝がクレームめいた音を響かせる。
さざめいた風が桜の花びらを遠く、海へと運んで行くのだ。
あの花びらはあんなにも自由だというのに、自分たちは子供から大人になって、次第に手を繋ぐこともなくなるのだ。
大人は不自由だ、と夏帆は思った。
もしも背中に翼があったなら、自由自在に飛び回り花びらのようにまだ見ぬ場所に向かう事が出来ただろうか。
幼い少女であったならば、空想し、妄想し、具現化を願うようにスケッチブックにクレヨンで白い翼を描いただろう。
大人と子供の瀬戸際に立った少女はそれ程夢見がちには居られなかった。
「夏帆」
名を呼ばれてから夏帆は抱えていた箱を仄暗い穴の中へと閉じ込めた。
君はこれからうんと長い時間を過ごす。けれども不安にはならないでおくれ。
素晴らしい時間旅行を楽しめるはずだ。セシウム時計4個分の発信周波数を利用するとまでは行かないが、まだ見ぬ素晴らしい世界が待っている筈だ。
これは預言ではなく希望だけれど。
「どうか、楽しい未来で待っていてね――それじゃあ、また」