シーズンテーマノベル『ようこそ!K.Y.R.I.E.へ!』
2052年――あなたが此れから過ごすこの場所は、どんな所だろう?
無機質な音と共に扉は開かれた。その先の日常があなたの事を待っている。
だから、我々はあなたに告げるのだ。
――ようこそ、K.Y.R.I.E.へ! 能力者!
(illustration:くらい)
商品概要:シーズンテーマノベル
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基本価格 100RC~ |
景品
シーズンテーマノベル限定アイテム:『K.Y.R.I.E.案内図』
サンプルSS:『おいしいはこわい?』
登場NPC:花祀 あまね(r2n000012)、蓮見 凪紗(r2n000013)、八雲 レイジ(r2n000015)、龍宮寺 蛍(r2n000027)
――爽やかな風吹く五月。K.Y.R.I.E.の作戦会議室で新世代の能力者が顔をつきあわせる。
テーブルに置かれた投影マップはマシロ市近郊地域を映し出していた。
「で、作戦を立てる訳だが……課外実習だよな?」
「勿論。学校行事の一環だろう」
何を当然の事を、とでも言いたげな顔をした蛍にレイジは眉をピクリと動かした。
幾人かでチームを組んで刻陽学園の課外実習課題をこなす機会がある。
刻陽学園では年齢や区分に関係なく、能力者によるチームを編成し、どの様な状況でも対応出来るようにとカリキュラムが組まれることがあるのだ。
ちょこりと座ったあまねと堂々と地図を指差す蛍には年齢差がある。レイジから見てもあまねは後輩の一人だ。そして――「無理な作戦は駄目だよ?」
苦笑を浮かべる凪紗は引率教員の一人でもあった。養護教諭である彼女が引率する理由は単純だ。「お腹を壊しそうだから」という蛍というトラブルメイカー対応でもあった。
「それ、無理め」
「そうか」
「うん。そっち、行ったことないよね。死ぬよ?」
「……そうだろうか。しかし、この変異体はあの辺りに拠点があると報告書があっただろう?」
悩ましげな蛍にあまねは「ここ、死ぬよ」ととんとんとマップを指差して首を振った。
蛍はと言えばお目当てのお肉の存在する位置が授業の一環での外出可能領域を外れる事に対して葛藤しているようだった。
肉を求めるならば多少の無茶は否めない。だが、授業の一環である事を考えれば外出可能領域を出てしまうのは問題だ。
しかもその責は今回の引率教員の凪紗と最年長の蛍にやってくるではないか。
「しかし、食べたいだろう。和牛」
「和牛……」
「ああ、霜降り」
「霜降り……」
ごくり、とあまねが唾を飲み込んだ。さも当然の様子で「美味しいだろう」と胸を張った蛍に凪紗は渋い笑みを浮かべることしか出来まい。
「なっちゃん先生」
「なあに?」
「……和牛、食べる?」
俄然乗り気になってしまったあまねに凪紗は「あー……」と震えた声を漏した。
さて、如何した事か。凪紗から見てあまねという少女は非常に後ろ向きでナイーブな生徒ではあるがそれ故に危機予測を得意としていた。だが、人間の精神とは何とも脆く和牛の前では儚くもそうした危機予測は消え失せるのだ。
「うーん、でも、美味しそうだね」
「美味しい。それは保証しよう。違う変異体の研究結果だが、それなりに良い肉質であったという。
アガルタでの品種改良を行えば和牛を毎日食べる事も夢では無い」
「ステーキ」
「ああ、すき焼きだ」
「……ローストビーフも……?」
凪紗の心が揺らいだ。なんたって2024年で食べられていたあのお洒落なローストビーフ丼を食べる事が出来るかも知れないのだ。
新世代である彼女達にとって大破局前の食文化は夢のまた夢。まるで物語の中で語られる有り得ざる料理の数々なのだ。
余りに凪紗は食事への憧れを抱いてしまっていたのである。
「いや、待て」
ゆっくりとレイジが椅子に腰掛けて息を吐いた。
三人が不思議そうに彼を見る。先ずは息を吐き出してからレイジは彼等に向き合う事にした。
「今回は課外学習だ。授業だ。分かるな?」
「あっ……」
思い出した凪紗が思わず唇を押さえた。レイジは「なっちゃん先生はクリア」と心の中で唱えた。
「それに、危険予測地帯が隣接してる。学生だけの領分での進軍可能領域を越えるだろ? 死ぬだろ?」
「ああ……」
あまねはK.Y.R.I.E.の能力者としてだけではなく学生としての身分での進軍可能領域を越えることこそ死へと身投げするようなものだと気付いた。よし、クリアとレイジは次に唱えた。
「確かにK.Y.R.I.E.での仕事だ。そりゃあ、そうだ。何せ課外学習は能力者じゃなきゃ課題が与えられねぇ。
これは能力者として依頼を受けて、様々な能力者との連携を意識しろって言う授業だ。分かるな?」
「ああ」
蛍は当然理解していると言った様子で頷いた。その整ったかんばせには余りに当たり前に理解していますよと言いたげな表情が張付いているのだ。
「なら、和牛はなしだ」
「ん?」
蛍は首を傾いだ。まだ脳内の回路が繋がっていない。
「そもそも、同種の牛とは限らない。というか、変異体だろ?
その場で食うのが間違いだろ! 腹壊す! 当たり前だろ!? なあ!」
「ん?」
「食うなって話しだよ! 腹を守ってくれ、な?」
「いいや、食える」
ぱちりと瞬く蛍にあまねが「死ぬよ」と囁いた。一休みしようとお茶を淹れた凪紗も「お腹は大事だよ」と笑っている。
「死ぬんだって!」
青年の悲痛なる声音はただ、響いているだけだった――