
シーズンテーマノベル『風のように通り過ぎて』
――燦々と降り注ぐ太陽の下、僕達は日々を生きていた。
地球は丸いのかなんて可笑しな議題を掲げてみれば、見果てぬ青の先がどうなっているかが気になって。
子供染みた冒険心は黒く塗り潰された地図の果てにお気楽な未来を描いてみせるのだ。
降り注いだ蝉時雨の向こう側、あっけらかんと太陽のように笑う君と過ごした一日は風のように通り過ぎて。
商品概要:特別テーマノベル
商品 | 説明 |
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基本価格 100RC~ |
景品
シーズンテーマノベル限定アイテム『夏色ソーダ』
サンプルSS:『風のように通り過ぎて』
登場NPC:妃野原 いばら(r2n000109)、藤代 柘榴(r2n000030)
「あ、あ~~~あっ、あが~~~あああああばあああ~~~~」
「汚ねぇ発声練習だな」
揶揄うように笑ったいばらを見詰めてから柘榴が眉を吊り上げた。
部活棟の一室、アイドル研究会を掲げたその場所に今日は二人きり。K.Y.R.I.E.の任務のために訓練所に向かう学生の方が多いだろう。
テーブルの上には楽譜に作詞ノート、それから衣装案スケッチが並んでいる。それもこれもこれからの為に用意したものだった。
「てか、先輩は衣装決まった? 早く決めないと夏フェス用フリフリ衣装にするからね。
ほら、これとかビニール素材のジャケットとビキニで爽やか可愛いし、ショーパンとロングブーツとかありよりのありでしょ?」
「あたしがんな可愛いもの似合うと思ってんのか?
つーか、柘榴はいいじゃん。これ檸檬でビタミンカラーにして、髪にも檸檬とか飾れよ」
「先輩はどうすんの? あー、先輩檸檬とか似合わないもんね」
「あ? 誰の爽やかさが足りねぇって?」
眉を吊り上げてそう言ったいばらに柘榴が可笑しそうに笑う。だって、仕方が無いではないか。
彼女は青よりも赤が似合う人だった。檸檬なんか爽やかで直ぐに弾けてしまいそうなものよりも、もっと深みのある味わいが似合う。
もしも柘榴がいばらの衣装をデザインするならば、ショートパンツじゃなくてミニスカートにするし、上半身もビキニなんかじゃない。
大きなリボンなんか似合わない。ネクタイでクールに決めるし、セクシーに寄せることも必要は無い。歌で、パフォーマンスで確かな人気が取れるアイドルだと認識しているからだ。
「……何考えてる?」
「いや、先輩って顔面が怖いなあって」
「あぁ?」
「ドスが利いてる声、アイドルらしくないよ」
テーブルをとんとんとリズミカルに指先で叩いたいばらが嘆息する。
これは怒っているわけではなくて、可愛らしいアイドルになりたかったという彼女が心を鎮めているだけなのだ。
――きっと、ロックパフォーマンスが似合う人だ。彼女はないものを欲しがる子供の様な所があったから、本当になりたいアイドル像とは乖離してしまっていたのだろうけれど。
「お前は可愛いからいいよな、柘榴」
「うわ、褒めてくる……」
「うるせぇな……」
彼女がそっと目を逸らしてから「本音だよ」とそう言った。その言葉が何よりも嬉しくて「先輩って素直じゃないなあ」なんて笑って見せる。
静まり返った部室の中、彼女がテーブルをとんとんと叩く音だけが響いている。
その振動でグラスに注いだ飲みかけの麦茶がゆらゆらと揺らいで居た事に気付いてから彼女がその指の動きを止めた。
「先輩」と呼べばそのまま吊り上がった瞳が柘榴を見る。「なんだよ」と何時ものお決まりの返しだけがやって来た。
「ねえ、先輩さ。コレ終わったらプールとか行かない? てか、今日歩き?」
「チャリ」
「荷物載せて」
「……やだ」
鞄の中に乱雑に放り込まれた作詞ノート。中は何時だって見せてくれないけれど、時々こっそりと覗き見たときに彼女の本音が並んでいるとこを知っている。
その中に、夏の遊び方を書いている詞があった気がした。アイスクリームが食べたいだとか、かき氷が冷たいだとか、夏はやっぱりぎらぎらした太陽の下で歩いて暑いと馬鹿げたように笑って居たいだとか。
そんな先輩の細やかな願い事位、後輩として叶えてやらなくてどうするものか。
「先輩、やっぱりプール行こうよ。んで、プールサイドでアイス食べよ。アイス。アガルタミルク味」
「柘榴の奢りなら良いけど、どうする?」
「ええ……そこは先輩がじゃないんだ」と柘榴が唇を尖らせれば「荷物持ちもこっちなんだろうが」といばらが眉を吊り上げた。
「持ってくれるって優しいなあ、先輩は」
「持たせるの間違いだろ。ほら、片付けろ。プール行くんなら早く行かないとじゃん。お前に着いていってやるんだから、さっさと準備をしろ」
慌ただしく下校の準備を始めたいばらの後ろ姿を眺めてから相変わらず素直じゃないな、ともう一度柘榴は笑ったのだ。
そんなに慌てなくっても一緒に過ごす夏はまだまだ沢山あるだろうに。こんな世界ではあるけれど、漠然と未来なんてものは続いていくように感じていた。
春も、夏も、秋も、冬も。遣りたいことが作詞ノートに沢山込められていた。この人は歌声に乗せて、しあわせを、夢を、希望を教えてくれる人だから。
「先輩、忘れ物してないか見なよ~。あ、てか水着取りに帰らなくっちゃ」
「チャリで行くから一瞬。ほら、行くよ、柘榴」
「へーいへい」
「はいって言えよ、態度の悪い後輩だな」
「態度が悪いのはどっちだよ」
――そんな日々は、風のように通り過ぎてった。