横須賀海岸線奪還作戦


 ――静寂。
 かつては人々の生で溢れていただろうが、今や欠片屑程の気配もありはしない。
 静寂こそが大地の支配者……いや。

「人間。あぁやはり、我らのいる此処に向かってきますか。
 なんとも愚かしく、なんとも健気で――可愛らしいものです」

 支配者の定義に正確を期するならば『天使』こそが――と言うべきだろうか。
 横須賀方面。闇夜の中にて彼方を見据えるは『揺籃の天使』エストダールだ。
 翡翠の如き美しき髪色を宿す彼は、近頃この辺りへと姿を現している人間達へと思案を巡らせている。それは気配を感じているが故に。そう、彼らがこちらの方に向かってきている……という気配をだ。
 恐らく止まるまい。あぁ彼らの胸中にはきっと希望が宿っているのだろう。
 穴倉より出でて太陽の暖かみを知ったのならば。
 もう奥底には戻れない。
「連中は『調子に乗っている』って所だろ。
 こっちはこっちで最中だってのに、なぁ?」
「ラグナエル。貴方にとってのは、少々以上意味合いが異なる気がしますが?」
「ハッ! もあれば文句はねぇだろ?
 大体お前も似た様なもんじゃねぇか。どの口が言ってんだよ」
「否定はしませんが」
 言を紡ぐは『神の入り江』ラグナエル(r2p002520)だ。
 大破局の折から行動している彼は人間――否、『少年』を愛している。
 ただしその愛とは絶対的な加虐性によるもの、だ。
 幼さ。あどけなさ。その喉の奥底から発せられる苦悶の悲鳴こそが彼にとっての至高。
 使だ。
 対してエストダールは天使という存在そのものを好む。
 美しき絵画。煌びやかなる宝石の如く。
 故に人間達を天使にのだ。
 告解。天使へと至る過程へと……必要ならば手足をもぎ取り心を折らんとしてでも。
 二十五年前。とある少年――残念ながらあの時は失敗したが――蜜月の一時を何度となくエストダールは想い馳せよう。好む少年を連れ去り、己が業によって天使へと昇華させるラグナエル。天使そのものを愛するエストダール――
 些か方向性が異なる両名である、が。その仲は険悪ではない。
 むしろ悪友と言うべき程度には親しい。なんたる存在共であろうか。
「とはいえ、此処にまで来るのなら我々も些か『真面目』になる必要があるかもしれません――その時は貴方も務めを果たすべきでしょう」
「分かってるさ。だが、ま。オレの興味をそそる奴がいるかどうか、だがな」
「――ラグナエル。我々にも自由意志は許されている。
されど使命を忘れる事は許されない」
 その時。『あぁうるせぇ奴が来た』などとラグナエルが言を零せ、ば。
 そこにいたのは長い金髪。白衣を纏う、美麗なる女性型の天使。
 両の目を閉ざすように眼帯をしている――『白鍵の天使』アドネティエルだ。
あの方ラファエラは言われた。
 我々には与えられた役割がある、と。
 それを成す事こそが至上であれど……同時に人らを滅す事も天使の役割」
「疎かにすれば、それもまた天使の役割を放棄しているという訳だな――?
 興味ややる気の類で動くべからず、と。
 我にとっても耳の痛い話だ。諌言痛み入る」
「……アチャラナータ。心にもない事を述べないで頂きたい。
 或いはそう言うのならば、もっと『らしい』ように感情の発露を」
 アドネティエルはエストダール達と比べれば大分天使らしい天使だ。
 天の言葉に従う天使。現在は己らが上位であるラファエラ・スパーダの意思を尊重せんとしている、が――困った事にそう言う者達ばかりではないものだ。それは例えばアドネティエルの言に続いて姿を現した『侵掠すること火の如く』アチャラナータ(r2p005117)もまた顕著。
 彼は、戦闘狂の類たる性質を宿した天使だ。
 彼は強者との戦いを好む。故、弱者には興味がなく見逃した事もある。
 そういう意味では人類掃滅の役割を果たしているとはいいがたい。
 まぁ尤も……天使にもそれぞれに意志がある。人形という訳ではないのだ。
 100%天使たる役割にだけ徹している者などどれ程いる事か。
「そうか。次に覚えていればそうしておこう。
 だが天使の役割云々でいうのなら、そこなハハシアも――だな?」
「――――」
「フッ。相も変わらず言が通じているのか、分からん奴だ」
「――――ぼくは、ぼくのままに。死から救うだけだよ」
 更にはいつのまに場にいたのか中性的な容姿を宿す『癒音の天使』ハハシア(r2p002523)の姿もあったか。『癒し』を天使にもい人にも齎す彼は……死の匂いがあらんとする所へと現れる。
 そうして癒すのだ。天使も、人も。
 ――だが。その治癒は、大概の場合人が耐えられるものではないのだが。
 何事も過ぎれば毒となる。
 と、その時。

「雑談結構。で? 此処にいるのは人間達を殺してやる面々って事でいいんだよね?」

 やや苛立ったような様子を見せながら。
 『凍土の天使』スティーリア・キノスは言を紡ぐものだ。
 隠されもしない不機嫌さはラファエラ・スパーダの態度に伴うものだろうか。
 探しものにご執心で人類を後回しにしている彼女が気に入らないのだ。
「天意志からの役目は健在。されどここに来るのなら放置もできますまい」
「だろうね。まぁ、なんでもいいさ。人間共が来てるというのなら結論は一つだ。
 あの女ラファエラは『そんなものより指令を優先しろ』などと言うだろうが――
 ぼくにとっては知ったこっちゃない。
 というか人類を根絶やしにしてやれば家出娘を見つけやすくもなるだろ」
 アドネティエルの言に続き。スティーリアは己が顔を覆うようにしていた翼を開く。
 されば閉ざされていた容貌が世界に開かれよう。
 あどけなさを感じうる容姿ながら、同時に天使としての殺意が内包されており。
 その瞳には――己がルーツの一端であるヘイローが刻まれていようか。
 燦燦と輝くが如く。口端に笑みの色を灯せば、スティーリアは号令を下す。

「悉くを殺せ」

 人間共に、天使という存在の本質を――思い出させてやれ、と。