PM2:38
残存人類勢力が決戦と位置付ける横須賀基地攻略作戦は二時間程前からその激しさを増していた。
各局面での戦闘は状況次第といった感だが、剣の権能を有するラファエラの力により各所の戦力は大幅に増強されている。
司令部に入ってくる情報は人類側の奮戦を伝えるものも少なくは無かったが、最終的には押し潰せるというラファエラの想定と読みに変更は無かった。
現時点で仮に一進一退だとしても、消耗戦は決して人類側に利さないのだから当然だ。
だが、青天の霹靂は意識の外から訪れる。
「……何だと?」
その報告を聞いた時、『天槍の乙女』ラファエラ・スパーダは自身の耳を疑わざるを得なかった。
「あの方は人類圏――マシロ市に匿われていたようです」
ラファエラの前に在る気配は揺らめいており、人型のフォルムをした靄のようであった。
――貴女があの子を見つけられないのは人為的な作用が働いているからです――
(まさかとは思ったが……保険が上手くいくとは)
白く長い指先の、艶やかな爪をラファエラは無意識の内に噛んでいた。
権天使アベラエルド――それはラファエラが先の至高との謁見以降に念の為人類圏に派遣した偵察であった。
天使としての能力を秘匿と隠蔽に特化したアベラエルドはラファエラの期待に応え、マシロ市であの方を発見したという。
(……しかし、何時から……?)
繰り返すが、ラファエラは俄かにその情報を信じられなかった。
あの方を長期間完全に隠蔽する事が人間の神秘に可能であろうかと再度考えた。
否。やはり神秘の濃度が強すぎる。少なくとも力天使たるラファエラ・スパーダに出来ない事を簡単に強欲な調整を受けた人類が達成出来るとは思えない。
ならばこの発覚は時系列的な問題か? 昨日今日、偶然に彼女を確保したという事であればアベラエルドはすぐに目標を補足した事になる。
否だ。横須賀基地の勢力はあの方の捜索を最上位に置き続けていたのだ。
人類が偶然発見出来るような隙があったのなら、少なくとも捜索の網に何らかの情報が引っ掛かったと考えた方が自然である。
「間違いは無いのだろうな?」
「はい。間違いなく。但し、既にあの方はマシロ市を出立しました」
「出立だと? アベラエルド。所在地は抑えた上でここに居るのだろうな?」
「無論。傍受の可能性を考え、御報告には直接上がっております。
……この先も、ラファエラ様には、予想外の情報になるやも知れませぬが」
「……どういう事だ」
「あの方ともう一人、人類側の指揮官と思われる悪魔が先程横須賀に到着しました」
「……は?」
珍しく間の抜けた声を上げたラファエラは思わずアベラエルドを凝視した。
アベラエルドという天使は非人間的なフォルムの割にかなり使いやすい従順な天使だった。
真面目な性格であり、能吏である。問い掛けはしたもののラファエラは彼を疑う気にはなれなかった。
……正直な本音を言えば、例えばあの能天使スティーリア等よりは余程こちらの方があてになる。
「二人は現在人類側の布陣の後方に位置しています。
私は彼女等の移動停止を確認した上で基地へ急行したという訳です」
「……と、いう事は最新情報は直前か。時間的誤差を考えても現在位置も横須賀至近である事は間違いないな」
第一が二人は敢えて決戦の地までやって来た位である。
何らかの目的がある事は確実で、用も果たさずに更なる移動をしたとは考え難い。
「如何なさいますか。前線の部隊を動かしますか」
「いや。バランスが崩れれば徒に乱れよう。それで敵に隙を見せれば本末転倒だ」
「御身の出撃は……有り得ませんな」
「あくまでこれは戦争だ。予想外に多角的な局面は迎えてしまったが、な」
二人の位置は激戦エリアの向こう側だ。
天使軍は何れ勝利するがそれは今この瞬間ではない。
人類側は予想外の奮戦をしている。戦線はまだ崩壊の様相を呈していない。
即ち、この時間帯はラファエラ・スパーダにとって最も動き難い状況となっている!
「アベラエルド。お前は再び目標の監視に付け。状況が変わったら即座に報告しろ」
「――はっ!」
目前より下がった権天使。
問題は小さい。小さい筈である。
秘匿に特化したアベラエルドの能力はその点だけを見るなら能天使をゆうに超える。
そして彼を振り切らないその限りは目標には絶対に逃げ場が産まれない。
貼り付けておくだけで後は問題ない、その筈なのだが――
「……………」
ラファエラの表情は気付かぬ内に険しいものになっていた。
「……あの方ともう一人、悪魔……」
仮にあの方が餌だとするのなら何故人類が天使の目的を知っているかが気に掛かる。
しかし彼女を伴って現れたのがマシロ市のトップであるとするのなら、状況はいよいよ分からない。
もし仮に単にラファエラ・スパーダを誘き寄せようと考えているのなら、指揮官という駒を傍らに置くのは全く解せない。
あの方の価値、或いは天使側の狙いが分かっているのなら人類側は高確率であの方と指揮官を失うリスクを取っている。
その一石二鳥は天使側にとって余りに都合が良すぎるというものだ。
「それとも、それ程に私を外に出したいのか」
出る筈がない。人類側が大敗戦をすればその後は消化試合だ。
仮にこの戦いの流れで補足が難しくとも、人類の指揮官は指揮官であるが故に拠点に縛られている。
この決戦で敵側を破ったなら、攻略先が分かっているのなら、やはりそれはイージーだ。
「何を考えている、人類共――」
動かせる能天使以上の駒は手元には無い。
激戦を展開する人類と天使の後背で悪意の魔法は密やかにその牙を研いでいた。