青空が見えた
――14:58。
電子時計の表示は単調なものだった。
潮騒は遠く、さざめく風は全てを覆い尽くしてしまう。
マクスウェルの魔法だなんて、そんな言葉で覆われた彼の策略は能天使級スティーリア・キノスには何ら効果はない。
とどのつまり、能天使級は能力者達自ら越えねばならぬ障害であり、災いの一つであったのだろう。
氷獄と呼ぶに相応しい能天使の領域に亀裂が走ったのは、きっと、彼女の願いであり、彼女の祈りであり、彼女の愛だった。
「全員一緒に帰りましょう」
微笑む白雪 涼音(r2p000037)の周囲にふわりと妖精が踊った。花の香りが氷獄の中で主張する。
恐怖に飲まれずに立ち向かうことを勇気と呼ぶらしい。蛮勇、だなんて決して言うなかれ。
人は誰しも前を向き、絶対的な奇跡と意思を持って歩いて行ける。
少女の覚悟は確かなものだった。引き際だって弁えているつもり、だったけれど。
――でも、それは彼のためだった。私が退かないと彼は残ってしまう。彼は、誰かが此処に居るならば護りたいと手を伸ばす。
「全員、一緒に、帰りましょう?」
繰返した言霊に、それを越えてしまうほどの願いがあった。
これまで天使に良いようにされてきた善い子の自分達にだって奇跡やプレゼントがあったって良い筈だ。
だから。
このまま氷に閉ざされて全てがなくなってしまうくらいだったら。
奇跡というモノだって上手く使うことが出来るはず。
「ソラくん、星は見えますか?」
幼い頃、幼馴染みを照らして、しるべとなり、傍に居る星になりたかった。今ならきっと、それに成れるはずだから――
だからこそ、祈り、願い、求める事が出来た。
――モノづくりの妖精に愛された。まるで糸車の針に指先を突き刺して眠りに着いた姫君のように。
運命はからからと音を立てて転がって、有り得なかった願いさえも変えてしまうの!
「ねえ、先に何があるのかしら。仲間へと勝利を送り届けることは出来る?
我儘だなんて、笑ってしまわないで。女の子はとびきり我儘で、それから泣き虫で、愛情深い方がかわいいのよ」
妖精は、ひとときの願いを聞き届けてくれただろう。
妖精は、微笑んで手を貸してくれる。妖精に愛された少女は善い子であったから。
ぴたり、と風が止まった。音が消え失せた。少女の指先が、可能性を掴んだ。
「だから――死んだって、欲しいモノがあった、それだけだったの」
『能天使』スティーリア・キノスの領域が罅割れた。暗澹とした空の隙間から青空が見えた。
瞬く間にそれは広がり、光となる。祝福と奇跡が残したのは、彼女の纏う花の香りと――ただの一つ、勝利へ繋がる星だった。