切り拓かれる未来
華やかな袖を振って歩く。年に一度の着物姿は、彼女――九重 セナ(r2p001747)にとってみればおよそ30年ぶりのものだ。
「マシロ市でも……現代でも用意出来てよかったわ」
こんな晴れ着は二度と着れやしないと、かのドゥームスデイの時には思ったものである。
人類の終焉を思わせるに充分な衝撃と畏怖が、あの三日間には詰まっていた。
しかしどうだろう。
赤い傘を傾け街並を視界に入れれば、年明けを祝い明るい顔で歩く人々が見える。
カッカッカッと小気味よい靴の音がして振り返ると、不動 優歌(r2p000603)が小走りにやってくるところだった。
「あはは、やっぱりこの格好じゃ走りづらいね!」
言葉の割りには楽しそうに笑う優歌の格好は、それはそれは見事な着物姿であった。
勿論走るようにはできていないので、優歌も若干息が上がっている。
彼女はハッとすると、息を整えて姿勢を正す。
「挨拶がまだだった。あけましておめでとうございます!」
「ええ、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
笑い合う二人に、拡声器越しの声がする。
『あけましておめでとうございます!! その様子ですと初詣ですね! お二人も神社へ行かれるんですか?』
迦陵羅・ルラ(r2p000241)だ。お正月を意識した可愛らしい着物姿だが、頭に可愛らしい帽子を被っている。彼女の信仰するシンボルを摸したものだ。宗教的シンボルなのに可愛いのがずるい。
「神社ではおみくじが引けるんですよ。それもかわったおみくじなんです」
そう自信満々に言い切ったのは幡宮寺 星(r2p000261)である。今から神社に行くつもりなのか、それとも神社でバイトでもするつもりなのか可愛らしい巫女服に身を包んでいる。
『おや。可愛いですね。頭のその飾りもなかなか』
「でしょう? と言うわけで初星光です!」
両手でピースサインをすると星はぺかーっと輝きを発した。
「わ、見てみてくるみ。綺麗!」
「あら。本当ですね」
水代 さくら(r2p000777)がイルミネーション気分で立ち止まれば、神代 くるみ(r2p000888)がほっこりした表情で同じように立ち止まる。
光ったまま身体ごと振り返る星。
「お二人もこれから初詣ですか?」
「それもあるけど、綺麗な巫女服を用意したから巫女さんのバイトをしようかなって」
「お揃いですねえ」
にっこりする星に、くるみもこくりと頷いた。
「その後は二人で新年会のパーティー会場にも足を運ぼうと思いまして」
「場所は中華街だったよね。例年より盛大になるんだって」
さくらの言葉にくるみは頷く。
「今年は私達フレッシュの大量出現で人口も増えましたし、なにより横須賀の作戦が成功したすぐあとですから」
横須賀の名を聞いて、皆の表情が少しだけ引き締まる。
「あの戦いは、得たものも失ったものも大きいからね」
古多恵 花見(r2p000256)がおっとりとした表情で会話に入ってくる。
気付けば、彼女たちは神社の前に到着していた。大きな赤い鳥居をくぐって大勢の人々が参拝しにきているらしい。
あの中には、あの作戦で家族が戻らなかった者もいるのかもしれない。投入されたパールコーストを含む大規模なレイヴンズ部隊は数百という死傷者を出したと聞いている。およそ他人事ではいられない数字だ。
それでもこうして新年を祝うという選択をしたのは、これが人類の手にした大いなる勝利であるからだろう。
マシロ市というモラトリアムの中だけで平和を享受していた人々が天使たちに支配された外界へと出撃し、ついにはその拠点の一つを奪い返すまでに至ったのだ。いつか勝利をと願った人々にとって、これほど嬉しい――希望ある話はない。
立ち止まった甲斐 つかさ(r2p001265)が同じように鳥居と人々を見る。
「あたしたちフレッシュ世代の知らない間に、あの場所ではいろんなことがあったみたいだしね」
いろんなこと。中でもパールコーストの人々にとって記憶に深く刻まれているのは2027年9月にあったという横須賀撤退戦だろう。基地を放棄し民間人を守りながら撤退する中で、どれほどの被害があったか。当時はまだマシロ市は立案段階で、人々も安全な場所を求め恐怖と不安に身を小さくしていたことだろう。
「それが今、こうして平和の中にいる」
つかさは両手を腰に当て、堂々と胸を張った。
「知ってる? K.Y.R.I.E.は人類研拡大に伴って、磯子と金沢区の整備計画が始まったんだって。あの辺りの天使はあたしたちがやっつけたからね。マシロ市は整備の手を入れるには充分だって判断したみたい」
「ああ、それは聞いたよ。氷取沢と金沢区周辺の防衛を行って、簡易基地も設立するらしい。私の所にも仕事の通知が来てる。皆もだよね?」
花見が振り返ると、これから神社に入ろうとしていたセナたちが頷いた。
「いよいよって感じね。長年マシロ市に暮らした人達は、どんな気持ちでいるのかしら」
「それこそ、『いよいよ』じゃない? 特にパールコーストの人達はさ。防衛はパールコーストが主体になるんでしょ」
確かに、パールコーストの者たちからすればいよいよだ。多くの犠牲を払い生き延びて、また多くの犠牲を払いながらも取り戻した。彼らが戦ったのはいずれも民のため、そして未来のためだ。
その『未来』が、いま目の前にあるのだ。
優歌が言うと、ルラと星が顔を見合わせる。
『確か、アーコロジーに頼らない農地運用も視野に入れているんでしたっけ』
「私達に限らず、アーコロジーに暮らす人々が衣食住に困らなくなるのは良いことです。フレッシュの大量流入で将来的には土地も食料も逼迫するかもしれなかったのですから」
さくらとくるみもフッと視線を空に向けていた。
「整備するなら設備も色々作ることになるのかな」
「そうですね。中継基地や病院が作られることもあるかもしれません。残党狩りや潜んでいたサヴェージの駆除も必要になるでしょうね」
「そういうこと。これから『勝った後の仕事』が待っているというわけ」
花見がそう締めるように言って、ぱちんと手を合わせた。
「作戦の話はここまで。さ、まずは今を楽しもうか」
「そうしようそうしよう!」
つかさも上機嫌に歩き出し、皆は大きな鳥居を潜った。
かつての犠牲があり、大いなる勝利があり。
そしていま目の前には切り拓かれる未来がある。
前途は広く、そして明るかった。
この景色を切り拓いたのは他ならぬそう――あなたなのだ。