鎌倉守護結界『防衛』
――横須賀をも攻略した皆様であらば簡単でしょうとも!
「と、相手方はいとも容易く我々が力天使を撃破したように語ってくれたようだけれど。
此処までの話を聞くだけでも私はどうしようもない程に知った顔がちらついて仕方が無かったよ。
都市を治める責任者であり、敵か味方か定かでは無い相手の前に堂々と顔を出す強かさ。
それに、どうにも胡散臭い。まさに信頼は出来ない相手だ」
「しかし、信用に値するかを品定めしている、と。
何方でしょう。かぐらさん、貴女の頭に浮かんだ相手というのは」
「君のとても身近な人だよ。例えば零距離位にね」
涼介・マクスウェル(r2n000002)はそんな言葉に「世の中にはそんな方が」と薄ら惚けてそう言った。
さして気にも止めていないのだろうが、それはそれで些か腹立たしく感じられたのは王条 かぐら(r2n000003)の軽口に対して彼がなんら興味も抱いていなかったからだろう。いや、それこそ蛇足でしかない話ではあったのだが。
「本題だ。鎌倉に対してだが、私は相手方の提案を呑む方が早いと考えているよ。
前段階として――
もしも鎌倉に人類が生存しているならば、マシロ市から見て目と鼻の先に人類によるコロニーが存在して居ることになる。
その場合、あちらが味方であるというならば、我々と手を組み人類圏拡大の一助とするべきだ。
けれど、湘南台等の調査では終末論者達の移動やアプローチが見られたとも聞いている。味方だと断言は出来ない」
「ええ、勿論。神秘拠点の防衛のためとは幾らでも言えましょう。
それでも人類の生存圏として都市構築計画を打ち出したマシロ市と長らくの間、断絶していたならば何らかの理由がある筈だ。 何せ、我々は軍事組織ではなく、魔術結社のそれでもない。
マシロ市というのは一般的な人間がある程度の水準で生活できる都市としての立場を確立している」
涼介を一瞥してからかぐらはその通りだとも肩を竦めた。
そうだ、マシロ市は天使特別対策室K.Y.R.I.E.を擁するが軍事的組織ではない。
学術機関や商業施設、都市機能を万全と備えた堅牢なる城塞都市であり、非能力者と呼ばれた者達を庇護することの出来る前時代水準の生活を確立した都市そのものだ。
「相手に考えがあると?」
「それはあるでしょうねえ」と涼介。
「私にもありますしね」 「うん、まあ魚心あれば水心と言うか。君に言われると説得力がものすごい。
そりゃ、神秘重要拠点と言われた鎌倉だ。鎌倉には神祇院が定義した重要神秘拠点が存在して居たけれど。
八百万の神々への対応だ、対処だ、神秘的事案の解決だと言っても其れ等全ての秘匿は大破局で悉くが崩れ去っている。
彼等はそれはそれは有り難い拠点の防衛を行なって来てくれたし、鎌倉という拠点を重要視する意味だって分からなくはない。
分かる、けれどね――マシロ市が派遣した遠征隊は碌に帰って来なかった。
味方であればという言葉はどうしたって、厭な前提文句として付き纏う」
かぐらは自らの考えを纏めるように敢て、全てを言葉にした。
恐らく誰が何と言おうと涼介の中での結論は固まっているのだろう。
佐竹 黄蓮と名乗った男が横須賀撃破の一報を聞いた上で鎌倉結界内部へと能力者を招き入れる為に試し行為をするというのはかぐらにとっては頂けないことではあるのだが。
ひょっとしたら涼介はそれさえも気に留めていないかも知れない。
それでもK.Y.R.I.E.の指揮官として判断を下さねばならないのは確かだ。
黄蓮の態度に反感を覚える者も居るだろう。かぐらとて同様の心地であったのは確かだ。確か――なのだが。
「さっきも言ったけど効率を考えるなら話を聞くのが一番早い。
結界内部に入らなくては得たい情報は得られない。このままでは門前払いだからね。
結界の内部に入るだけ、というのは敢て言えばそれ事態は罠ではないと私は考えて居るのだけれど。
……けれど、横須賀に関しての情報を早々に有しているのはどうしたものかな。
あまりに早すぎるし、何よりも人類同士で手を取り合うというのに簡単と言いながら厄介な仕事を押し付けられたようにしか思えないんだよね」
「お相手はその為に引率と称して神職や巫女を派遣したようですが――
そうしてでも相手が此方の力量を測りたい理由があるか、もしくは、面倒な外敵駆除を押し付けたい理由があったか」
かぐらはじろりと涼介を睨め付けた。目を眇めた彼女に「折角の美人が台無しですよ」などと軽口を交えてくる。
いけしゃあしゃあと彼は言う。外敵駆除に対して相手方に何らかの利があるとでも言って居るかのようでは無いか。
「……まあ、仕方が無いね。君も賛成のようだし鎌倉側の提案を受入れよう。
石橋を叩きすぎたって問題は無い位だけど。ヴェールに隠されて何も見えちゃ居ない場所に踏込まなくてはならないんだから」
「おや、かぐらさんは思い切り殴り付けて壁なんて壊してしまえとでも言うのかと思って居ましたが」
「君は時々私を暴力的な人間に仕立て上げたがるけど。
そんなことをした事はなかっただろう? 君の眼鏡のフレームがまだ無事なのが証明さ。
そう思って居るK.Y.R.I.E.の能力者はいるだろうけれどね」
笑みを崩さぬままであった涼介がふと明後日の方向へと視線を遣ってから何かを考え込むようにおとがいへと指先を遣った。
それから成程と独り言ちて、「かぐらさん、一部のみ別働隊として戦力を貸して頂いても?」と問う。
「……勿論、と言いたいけれど、何に?」
「いえ、少し野暮用が――
厄介事は他人の都合を待たぬものですからね。
少し、鎌倉以外の興味事にも――ああ、様子見ておきたい程度ですよ」
「もう少し分かるように言いなよ。コミュニケーションして?」
「かぐらさんが今夜付き合ってくれるなら」
全容を語らぬ男へ咎めるように視線を遣ってから「君の肝入りだと伝えて、召集はしておく」とかぐらは告げて席を立った。
――鎌倉守護結界の防衛。
それが鎌倉側から結界内部へ入るための条件として言い渡された内容だ。
能力者達には一先ずは相手方の提案に乗るようにと通達がなされる。
「それでこそ、K.Y.R.I.E.でございます」
だなんて、媚びるような声音でわざとらしく煽ててみせる黄蓮は幾つかの討伐任務を能力者へと提示した。