マシロ市へ


「ふう。ここまで来れば一応安全かな?
 しかし、大掛かりな脱出ショーだったね。観客が居ないのが残念な位だよ」
 嘯いた黒森・秘蜜(r2p000247)の言葉は彼女らしく余裕めいていたが、冷たい外気にも汗ばんだ肌はその本心を言葉よりも正確に伝えていた。
「いやはや全く。本部のオーダーも大概です」
 疲労感を強く滲ませたビオウ(r2p000231)の苦笑も無理からぬ事だろう。
 人類圏に残された抵抗の特異点と思しきの調査と、急転直下の状況変化による
 敵の正体すら知らないまま始まった今回の任務は遭遇戦めいていたが、飄々とした彼にそんな顔をさせる程度にはものだった。
 襲撃の首魁が力天使バルトロであった事は誰にも寝耳の水の衝撃事態であった。
「ともあれ、欠けずに逃げ切れたのは奇跡的でした。
 ……全てを救えれば最良だったのですが」
 イーグレット・ブランデュベルツ(r2p003312)は少し口惜しそうにそう言ったが、一行がベターを選び取れた事は少なくとも間違いない。
「あー、危なかった! 絶対寿命が縮んだ! ぜったい!!!」
 朝賀 よるがお(r2p003456)の言葉は緊張感を欠いていたが、それは彼女が彼女らしいだけだ。
 実際問題、葉山島より駆け抜け、パールコーストの支援部隊と合流し。塩の海を越え、一路マシロ市目掛けた撤退行を進めた数十分――これは息も吐けぬ緊張の時間そのものだった。
 その末に今、一行が人心地をつけているのはここに居る全員の尽力と、大本自ら犠牲になった一菱門下生達のお陰でもある。
「……」
「平気か? 結構重い怪我してるみたいやけど」
 逃走劇の最中も押し黙ったままだった紫乃宮 たては(r2n000023)を心配そうな顔をした南馬 トバリ(r2p002374)が癒し手らしく気遣った。
 バルトロと長い戦闘を続けていたたてはが傷んでいるのは明白だったが、死の追跡者に追われた時間はその彼女をゆっくりと休ませられるものでは有り得なかった。
「……………」
「大丈夫? その、門下の人達は……残念だったけど」
 軽い雰囲気の割に生真面目な所――というか他人を慮る善性が強い二階堂 朱鷺(r2p001201)がおずおずとそう問うた。
 確かに葉山島の救援は赴いたパーティとこのたてはを救い出す事には成功したが、現場に残されて散った男達はたてはにとっての身内である。
 付き合いは極短いなりに彼女がそれを謗るようなタイプであるとは思わなかったが、気にしない程冷淡にも見えないのは確かだった。
「……けど」
「ん?」
 薄い唇から言葉を漏らしたたてはに朱鷺は思わず聞き返した。
 少しの沈黙の後、逡巡した顔でたてははもう一度それを言った。
「……礼なんて、謂わんけど」
 少し視線を逸らしたたてはは唇を少し尖らせてそう言った。
 余程悔しかったのだろうか、アメジストの瞳には強い疲労感と敵への強い怒りが揺らめいていた。
 
「礼なんて不要だ。俺達は俺達の都合、つまり任務で来た。
 そこに貴女が居たのは――重畳な偶然に過ぎない」
「それに」とハンス シュミット(r2p004621)は言葉を繋げた。

 つまり、救われたというならお互い様という話にもなる」
「……………」
「助けに入った身で助けられ、か。本当に、見事な散り際でした。
 これでは返礼にもなりません。次こそは、先にこそは必ず」
 敬語の祠堂 一葉(r2p000216)は珍しいが、それは彼の偽らざる本音であった。
 返礼叶わず尚も与えられた自分を師匠はどう思っただろうかと考えていた。
(……いや、褒めては貰えないだろうけど。きっと俺と同じだな)
 
「……礼なんて、謂わんけど。あんな連中、汗臭いし、大嫌いやったけど」
 ぽつぽつと言ったたてはの瞳は揺れていた。
「……………あん家はうちの旦那はんの家で、あん連中は旦那はんとこの弟子で、身内で。
 うちは紫乃宮で、旦那はんの許嫁で、あん連中よりずっとずっと強かったのに。
 強かったのに、あん連中だけ……ようけ生意気にあんないけずな事言うて」
 たてはは吐き出した不器用な言葉は素直からは程遠い彼女の気質を良く表していた。
 戦いの中に身を置く一同は彼女が何を考え、何を失ったかを良く知っていた。
「……堪忍。えらいしんどい」
 最後の言葉は消え入るように小さかった。
「……」
「……………」
 掛ける言葉はすぐには浮かばず。
 同時に何かを言ったとしてもそこに救いは無かっただろう。
 だから。
「……マシロ市へ、行こう。
 トバリはせめてそう言った。
 たてはは正式にマシロ市の仲間ではない。
 ただ彼は――彼等はもう彼女を捨て置いて良い他人には思えなかった。


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