こいこがれ


 梅のつぼみが綻びはじめ、空風に仄かな色が乗る。
 一番星が見えたから、今日はいいことあるかもね。
 夕刻。渡り廊下を歩く宮羽 恋宵の足取りは軽い。
 きっとマシロ市に居るあの人たちも、同じ星を見ているだろうから。
「この想い、届くかな~、とーどーけー☆」

 恋宵はこの日、いつものように鎌倉――仙泰宮せんだいぐうのお役目をこなしていた。
 なんの意味があるのかなんて、考えたことはない。けれど――
 ――神様が見ているよ。
 幼いころに誰かがそう言った。
 だからずっとずっと、良い子でいようと心がけている。

 仙泰宮がマシロ市の――K.Y.R.I.E.の能力者を招くらしい。
 きっとよい子にしていたから、願いが叶ったのだろう。
 そういうことにしておく。
 だって良い子らしい考え方だと思ったから。
 本当は
 けれどでは、そんなことを口に出すわけがない。
 恋宵は良い子だから、時間と場所と場合というものをわきまえる。
 だから今日も今日とて、こうしてお役目をこなしていた。
「でも不思議なんだよね、私なんでこれやってるんだろうね~」
 本来の仕事は自警であるはずだ。恋宵は少しは――マシロ市のあの人達ほどじゃないけど――戦える。けれどそんな仕事はほとんどなくて。こういうことをさせられる。
 大きな木の棒を押して、水車のようなものを回す。結構な重労働だ。
 これをしていると地下で河童か何かがさせられているイメージもある。
「やだなあこのお役目、あの人たちに河童女とか思われたくないし」
 それから鈴をならすために、ぶら下がっている大きな縄を何度も振る。
「なんか恥ずかしいけど。でもがんばるもんね、私は良い子だもん☆」
 ほかにもあれこれ、色々と。
 水を何杯もくみ入れたり、火をおこしたり、そういうやつ。
「でも河童女は割と真剣に嫌だな~刻陽学園のあだ名になったら嫌だもん」
 これを一日に何度か行う。それがお申し付けであり、お役目だ。
 面白みのない風習、意味の分からない習慣、古臭い儀式。
 正直にいえば、巫女の人たちがすればいいと思う。
 いつか自身も巫女になるのだろうか。
 面倒くさいなと思う。
 それでもいいか、とも思う。
 恋宵は良い子で、だからそれをこなすのだから。
 神様のためだから、みんなが喜んでくれる。
 神様なんてどうでもよくても、みんなの為ならいいかなと思う。
 仙台様も、佐竹黄蓮様も、巫女の人達も、鎌倉のみんなが。
 そうしていれば、いつかきっと、マシロ市にも行けるかもしれない。
 噂に聞く刻陽学園にだって通えるかもしれない。

 ――私は良い子。

 けれど、今日も、ううんいつだって焦れてる。
 まだ見たことのない、あの場所、マシロ市へ。
 なによりも、あのキラめいている――へ。