
なんでいっしょにしんでくれなかったの?
息が切れている。
ぜぇぜぇと。
当たり前だ。
必死に。必死に戦って。
必死に。ここまで逃げてきた。のだから。
「……あれは」
と、声を上げる=兎神 ウェネト(r2p000078)。
「あれは! なんでござりゅか!」
叫ぶ。そうしなければ、頭がおかしくなりそうだった。胸の内に渦巻いた、恐怖にも近い何か。本能的な忌避の感覚と、本質的な陶酔の感覚を同時に引き起こす、それは本能に刻まれたデストルドーのささやき。
つまり、アレは、死である。
彼らは見た。そして、遭遇した。鎌倉の地下――厳密に言えば、連綿と流れる清水がたどり着く果て、由比ヶ浜地下大空洞。その地にあった、あまりにも悍ましい、組木細工の箱。そして、その周辺に生まれおちた、無数の屍の怪物たち。
「まて、ひとまず、アイリシア嬢の無事を確認してからだ」
天堂 烈(r2p001084)がそう言う。アイリシア(r2p000981)を抱きかかえてみるに、顔色は著しく悪いが、なるほど、死んではいない。実際のところ、ほどなくしてアイリシアは目を覚ました。ぱちぱちと目を開いて閉じて、それから、は、と息を吐いた。
「……しっぱい……だっ……た……?」
「いいや、成功ではある。事前にアイリシア嬢が単独捜査を行ったおかげで、地下通路はスムーズに踏破できた――とはいえ。代償は……君も見たようだが……。
ウェネト嬢の他にも、見たものはいるようだな」
「地獄、というものがあるのならば」
ウェネトが言う。
「あれ、なのでござりゅ。
それほどまでに――」
恐ろしく、悍ましい何かだった。
レイヴンズたちは、鎌倉の地下でそれに遭遇し。
ひとまずの撤退を選択した。
一日。鎌倉にて戦いと探索を繰り広げ疲労したレイヴンズがどうにかできる相手ではない。それは、シュヴァル・クノッヘンと名乗ったスパイの判断でもあり、レイヴンズたち全員の判断でもあった。
「シュヴァル嬢。どう見る?」
烈が、傍らにたたずむ女スパイ――シュヴァルに尋ねる。
「……まず。わたしの予想通り。
あれが、『産土神・天地躯』なのは確かです。
改めて解説します。大昔のどこぞの馬鹿野郎が生み出した、外法禁術の類。
子を取る呪いの箱にも似た呪具を使用し、その内部に天地楽土を築き、周辺にて死んだ人間を取り込み永遠の安らぎを約束する、一度はいれば出ることはできない永劫楽園の呪術シェルターです」
「何度も言うでござりゅが。あれは楽土ではなかったでござりゅ」
ウェネトが言う。アイリシアも同意したように頷いた。
「……あれ……は……たぶん……地獄……だと……思う……」
「わたしは皆さんみたいに、あれを覗く勇気はありませんので一概には言いません。
が、わたしは皆さんの事が大好きなので信じます。あれは、喧伝されているような楽土の呪法ではないのでしょう。
……そもそも。わたしは逃げの手を打つ奴が嫌いなんですよね。特に、責任も取らずにケツまくって最初に逃げる奴がね!
というわけで、わたしの解釈違いってのはあれなんですよ。
わたしは、すんなり、さっくり、綺麗に終わるのを望む。
あれは何ですか。死んでも死なずにロスタイムって。その先が地獄だろうが、本当のパラダイスであろうが、どっちでもいいんです。その態度が気に入らない。
死ぬならサクッと死ね。そして綺麗にエンドロールを刻め。
――というわけなので。スパイ・シュヴァルちゃん、もうちょっと皆さんに協力することにしました。
手始めに――」
「……天地躯を……どうにかする……」
「その通りです! ですが――多分なんですけど。手遅れです」
「手遅れ?」
烈が声を上げるのへ、ウェネトが頷く。
「……あれは、まさに爆発寸前の爆弾のようでござった。
下手に刺激をしたら、まさに何かが生み出されるかのような――」
「おそらく。偽神の顕現です。それが、鎌倉のものが祀っている『おおいなるもの』=天地躯そのものなのですが。
参りましたね。完全顕現すれば、『メルカバ級激神災害』――要するにこれ、旧時代に何体か発見されたっていう、『イレイサーが使う非イレイサー生体兵器』の事なんですが。多分それに匹敵しまして。
で、今メルカバ級激神災害が発生した場合。多分今のマシロ市の戦力では勝てない、と思います」
「……手は……ありますか……?」
「なくはないです。
というか、つまり完全顕現させなければ、勝ちの目はあります。
となると――」
ふむ、と、シュヴァルは唸った。そして、嫌そうに頭を掻いた。
「頼るか……きいてくれるかなー。
いや、多分大丈夫、でっしょ。あの人、未だ人類おもろそうだし」
はぁ、とため息をついて、それから、レイヴンズたちへと向き直った。
「状況を伝えます。今すぐマシロ市に戻って、KPAの七井あむっていう面白野郎に伝えてください。
佐伯シルビアが助けを求めてる。
そして事情を全部話してください。
それでまぁ……やばさは伝わると思います。
そんで、用意してもらいたいのは――釘です。なるべくぶっとい奴ですね!」
そう。
告げた。