『約束の場所』で待っていて


 鎌倉市、由比ヶ浜。激しい戦いを終え、一度後退したレイヴンズたちは髑髏兵士たちが未だ闊歩する廃墟街を離れようとしている。
 ここ仙泰宮に秘められた呪術や禁忌が次々と花開き、鎌倉市はそれまでとは比べものにならないほどの不穏さで満たされつつあった。しかもそれが、途中経過に過ぎないというのだ。
 ルチル(r2p000057)は黒々と染まる空や、今にも何かが這い出てきそうな海を見つめた。
「ほんとうなら。ここで逃げたり、おおきくてわるいものに立ち向かったりするところなの。るーも、そうしてたの」
 けれど知ってしまった。
 出会ってしまった。
 歪みきった愛を抱き、それが叶わぬ妖刀の物語に。
「鎌倉にとって意味のあることなのか、わからないけど……」
「意味ならあるって」
 ボロボロに刃こぼれを起こした刀を、やけに古びた鞘へと収める如月 一(r2p000271)。
「『鬼哭刀・銀月』は死をため込んだ妖刀なんだろ? このまま仙泰宮の手に渡ったら確実に『おおいなるもの』とやらのエサにされちまう。滅茶苦茶昔からため込んだそのエネルギーがどれほどのモンかは知らねえけど、えげつないパワーアップをさせるハメになるだろうな。それを阻止するだけでも、銀月を俺たちが『殺す』のは意味があるんじゃねえの」
 理屈の通ったことを言っているように聞こえるが、かくいう一の目はおよぎっぱなしだし、口調はずっと早口である。へたくそなデートの誘い文句みたいだ。
「本音は♥」
 鳴砂・上総(r2p004470)が耳元で囁くと、一がカッと目を見開いて声を張った。
「俺はまだ銀月の住所も電話番号も聞いてねえ! ここでデートの約束とりつけといてすっぽかす男がいるかよ!」
「正直でよいぞ♥」
 上総はくつくつと笑い、ルチルもつられたように笑った。
「その通り。私達は約束をしたのです」
 Violeta machinacruse(r2p002330)が自らの胸に強く手を当てる。
 ――あなたの愛を受け止める。
 ――それが互いを殺し合い血を流し合う歪な物であったとしても。
 ――だから絶望することはない。
 ――心から、全身全霊で、愛し合おう。
「たとえばこのあと私達が握手とハグを交わし合って、銀月さんとお友達かなにかになって、痛みのない物理的に満たされたマシロ市で未来永劫平和に暮らすとして……あの人は、決して満たされませんし、
 愛し殺しあうことだけが。
 殺し愛しあうことだけが。
 彼女を満たす、唯一の方法なのだ。
 それに応えると、約束してしまった。してしまったのだから、行かねばならない。
 誰かはきっとこう問うだろう。
 約束をしたとして、どこへ行く?
 現実で出会ったのは一度きり。場所も時間も定めずに別れたというのに?
 けれど、彼女たちは知っていた。
 『約束の場所』を知っている。
「あそこだな」
「あそこですね」
「あそこじゃな」
「うん」
 顔を見合わせ、その言葉を口にした。

 肩口から血を流し、土に膝を突いた中年女性が顔を上げる。
 翼と天冠をうっすらと浮かべたその姿は、いわゆる『なりかけ』の天使というやつだろう。
 彼女は、憎々しげに声を漏らした。
「御刀様……今更抜けるなどゆるされませんよ! あなたは今日この日のために封を解かれたのです。存在する意味を、お役目を、全うされませ――『鬼哭刀・銀月』!」
「赦されるとも」
 対して、つまらなそうに刀の血を振り払った女は鈴を転がすような声で言った。
 甘い音をたてて鞘に収まる刀身。背を向けていた女もとい銀月は、身をひねって振り返る。
 朱をさした唇がいびつに笑みを形作り、その全身から……いや刀身から死の力を溢れさせていた。
「のう、醜いじゃろう? 忌まわしいじゃろう。そして、そなたらにとっては喉から手が出るほど欲しい力なのじゃろう?
 こんなわらわを、愛しいと言ってくれた捻くれ者がいたのじゃ。
 そんな者と愛し殺し合えたらどんなに満たされるじゃろう」
 頬を赤らめる銀月に、女は吐き捨てるように笑った。
「ご冗談を。あなた様が欲望のままにくらいつけば、人など簡単に死んでしまうでしょう。あなた様の愛は殺しすぎるのです。人のことわりの上でなど、生きられるはずもございません!」
「大いに結構! わらわを好いてくれるのじゃ。愛し殺し合ってくれるのじゃ。人のことわりなどとうに飛び越えて、わらわを待ってくれるじゃろうよ。
 わらわのを喰らってもなお愛し殺し合ってくれたなら――」
 うっとりと目を細め、銀月は刀を強く抱いた。
「わらわは
 産まれた意味も。
 殺した数も。
 この歪んだ欲望も。
「待つ? 一体どこで待つというのです。あなた様の居場所などとうにないでしょうに」
「いいや、必ず待っておるよ」
 銀月はもう、女を見ていなかった。
 どこか遠く。遠く遠くを見つめる瞳に、熱をもつ。


 そして、場所を越え時を隔て。彼女たちは同時に囁いた。
「「――赤い橋の上で」」