
西進函嶺・ダウンタワー
西方調査。
鎌倉より西に対する偵察作戦は順調に成功を収めていた。
各地で散発的に天使との戦闘は生じえたものの――しかし上手く撃退する事も叶っていた。天使とは別に蛇蝎化現なる敵対的存在もあった、が。能力者達の奮闘はそれすらも乗り越えて西への歩みを進めていた。
そして――
「――まさかな。箱根山中に連中が陣取ってるのか」
「はい。皆さんが西への道を切り開いてくれたおかげで偵察が叶いました。結果として……敵勢力の拠点と思わしき地になっている事が確認されたとの事。大量のオベリスクが配置されており、当然ながら天使の敵影も」
「完全に陣地化されてるって事か。厄介だな」
来栖 正孝(r2n000072)と嘉神 ハク(r2n000008)はK.Y.R.I.E.に齎された報告書を精査していた。その結果としてK.Y.R.I.E.は更に西へと撤退する天使達を追い……連中の拠点が箱根山中にある事を突き止めたのである。
が、厄介な事も判明した。箱根山はどうやら敵の陣地と化しているのである。
今までと違って散発的な戦闘で攻略できるような地ではなさそうだ――ただ。
「ただ――箱根山中で確認された敵影は鎌倉襲撃時程では無いようです」
「ん。ていう事は……思ったよりは多くない、と?」
「そう言う事になります。文字通り手薄という事です。もしかすれば今出払っているだけ、という可能性もありますが。西方調査の各地で接敵しましたからね。広く分散しているのかも」
「……だが好機ではあるな。敵の陣地を叩き潰せるって事だろ」
「ただオベリスクの影響はあります。
隅々までしっかりと丁寧に調査が出来た訳ではありません。
もしかすると我々の観測していない予想外の戦力が潜んでいるかも……蛇蝎化現の事もやはり気になりますしね。箱根方面に逃げていった蛇がいるという情報も挙がって来ていますので。
それと――無視できない地があります。小田原です」
「――そっちも話は少し聞いたが、終末論者の姿が確認されたって?」
「えぇ。雷の領域で目撃されたカゲオミなる者も」
続け様ハクがモニター上の地図で指差したのは、小田原である。
鎌倉の西。箱根から見て東に位置するかつての都市。
そこはどうも終末論者が巣くっているらしい。何故終末論者だと分かったか。それは……かつてマシロを悩ませた『聖釘』に関わるグルガルタのメンバーが確認されたからだ。カゲオミなる男がいたと――情報が入っている。
雷の領域でも目撃された奴の事を覚えているレイヴンズもいるだろう。連中は小田原を根城としていた訳だ。
となれば……当然彼らの配下も、かの地に多数いると見て間違いない。
――敵の数が少ないと思われる箱根は可能な限り早めに攻略したい。
しかし位置関係上、終末論者が大量にいると思われる小田原を無視するのは非常に危険である。もしも箱根攻略中に小田原に潜む勢力から背後を突かれればどうなるか。
「……もしも天使と手を組んでいる様な事があればまずいな」
正孝は顎に手を当て、思考を巡らすものだ。
時は金なり。焦りは禁物だが、されど機を逃せば再び鎌倉襲撃のような危機が訪れないとも限らない。天使達が再びの大攻勢を仕掛けてくる前に連中の情報を探り、可能であれば戦力も削っておきたい。
であればやるべきは、二つ。
「小田原を抑えつつ、本隊で箱根に攻めあがる、か」
「はい――それしか無いでしょう。小田原は攻略する必要はありません。
抑える事さえ出来ればいい。
それさえ出来れば万一の事態が生じても退路は確保出来ます」
「……人類の生存圏が拡大してるのは良い事なんだろうが。
しかし広がれば広がる程、懸念もまた増えるもんだな。
箱根まで行くとマシロから大分遠くなっちまう」
後頭部を掻く正孝。鎌倉の危機は、退路を断たれていたという点が大きい。
再び同じ状況にならぬ様に万全の注意を払っておきたい所だ。
――が。人類の活動領域が増えれば増える程、それも困難になる。
どこまでカバーできるか。
しかし亀のように縮こまっていても事態は一切好転しない事だろう。
……やるしかない。
「ええ。それに、今回はかぐらさんも出撃する事を決められたようです」
「!? 室長が……!?」
先述の通り、箱根山中の全域の調査が行えた訳ではない。
しかし情報の取得がゼロであった訳ではなく――なんと、かつて出現した大敵、力天使バルトロの存在を確認出来たようなのだ。あんな奴を自由にさせておくわけにはいかないと、かつて奴と戦闘した経験のある紫乃宮たてはにも話を通した上で――出撃が決まった。
これは本気と言う訳だ。
「かぐらさんも……リスクがある事は承知の上です。
それでも成さねばならない事があると判断されたのでしょう」
「……やれやれトップが出張るなら、俺達も出来る限りの事はすべきだよなぁ」
人類は横須賀で、鎌倉で。天使を相手に勝利を収めた。
それでも未だ滅びの瀬戸際にいるのに違いはないのだ。
だから――忘れるなかれ。これからも人類は只管に全力を尽くしていくべきなのだ。
敵の思惑があろうと障害が在ろうと、全力で踏破せよ。
懸命に戦い抜こう、生き抜く為に。此度もまた勝利をこの手に掴もうじゃないか。
神様に与えられるのではなく、今を生きる人の力で未来を切り開こう!
各員の奮闘に期待する――K.Y.R.I.E.の新たな作戦。
西進函嶺『オペレーション・ダウンタワー』が実行されようとしていた。

