
夏月落日
「ご協力ありがとうございます。おかげで、この周辺の陰の気に関しては問題なくなりました」
『月の神霊』真月里(r2n000190)の言葉通り、この周囲に漂っていた怪しげな黒い靄は消えていた。
陽の気。楽しく遊ぶことによって発生するというそれが効果的であったのは確かなようだ。
となると、この場所の安全は確保できた……ということなのだろうか?
「ええ、お察しの通り、この島の周囲に関しては安全と考えて大丈夫です」
光の結界改め、光の領域。
その中心にあるクジラ島は真月里だけではなく、正気を取り戻した精霊たちも飛び回っている。
確かにこれほど安全な場所は他には無いに違いない。
「外の状況も聞きましたけど、色々大変みたいですね」
実際、海遊びにも気をつかう時代だ……遠泳や潜水など、望むべくもない。
それだけではない。波打ち際で遊ぶだけでも何が寄ってくるか分からないのだ。
海は人類の手を離れている……プールには「安全圏」という、そんな重要性がある、そんな時代だ。
それは絶対に忘れてはならない事実。
しかし、だ。この光の領域内であればそれが出来ると、真月里はそう言うのだ。
「勿論、完全というわけではありません。このクジラ島から離れた場所では、かつての怨念が実体化してる可能性もあります」
この光の領域という精霊の力に満ちた場所特有の現象とでもいうべきか。
精霊結晶と呼ばれる不可思議な石が存在しており、それらが、かつての怨念……天使に殺された人々などの思念のようなものと結びつき、邪精霊と呼ばれる存在を生み出すことがあるのだという。
これらは幸いにも倒せば精霊結晶を残して消えるが、クジラ島まで回収すれば真月里が精霊力に変換し、安全な状態に戻してくれる。
「あたしが動けなかった間の管理不足といってしまえばそれまでですけど、このクジラ島以外の島に行くときは気を付けてくださいね」
そう、この光の領域は予想以上に広大だ。
地殻変動や光の結界生成時の影響などで、かつて房総半島にあったものが此処で見つかるかもしれない可能性をも秘めている。
それはさながら宝探しのようでもあるが……そんな難しい話を皆で考えなくてもいい。
何しろ今は夏なのだ。
そしてこの光の領域には安全で綺麗な海と、真っ白でキラキラ輝く砂浜がある。
ならば、そう。今年はマシロ市のプール開きだけに留まらない。
去年同様の多少の海遊びや、横須賀キャンパスの開放もあるだろう。
勿論、このクジラ島の探索も楽しいかもしれない。
そんなことを考えるあなたに、真月里は一枚の地図を取り出す。
「そうそう。もし島を探索するのであれば、この地図を見るといいですよ」
これは……光の領域の地図、だろうか?
しかしなんだろう、妙に可愛らしいというか……いや、どうにも描かれたばかりな感じはするのだけれども。
何より、差し出している真月里の顔は、非常にどやあ……っとしている……!
「頑張って描いたんですよ。たとえばこの月神神社ですけど、そもそもは上総国にかつてあった国幣社でして、主神は神霊が依り憑く巫女と呼ばれた女神とされててですねー、まああたしだったんですけども。神霊そのものだよー、とは言いませんでしたが。その辺はほら、人って自分の理解の中で解釈をするといいますか……」
何やら長い話が始まってしまったが、要はこれは真月里の手書きのクジラ島の地図ということらしい。
……やけにリアルなクジラの骨の絵も描かれているが……これはそこにある月光鯨の、つまり「前の真月里の身体」の骨の絵……だろうか?
チラリと骨を見るあなたに、真月里は「あっ、今見てたでしょう?」と照れるような表情になる。
「あたしのことを知りたいという気持ちは嬉しいんですけど、そんなにじっくり見られると照れちゃいます」
照れる。何故だろうか、骨なのに……今の身体でも、人体でもないのに。
「昔読んだ本にあったんですよ。君のこと全部知りたいとかってやつ。それでしょう? やー、もう。今は違うとはいえ、骨格まで知られちゃうのは中々気恥ずかしいものがありませんか?」
……君のこと全部知りたいで骨を知りたがる恋愛作品の類はないはずだが……さておいて。
これがあれば、色んな場所への冒険も捗るだろう。
しかしまあ、そんな難しい話ばかり考える必要もない。
今年は光の領域での例年とは違う海遊びというのも、楽しいものだろう……!
「思ったよりえっちなんですねえ。そんなに好きなら骨、ちょっと触ってみます?」
まずは、此処から逃げることから始めるべきだろうか……!