貴方の腕の中で
樹木の匂いに囲まれ、朽ち往くだけの教会に残照が差し込む。
大部分が崩落した躯体の片隅で、仄かに輝くのは青き燐光。
霜枯れの黒ずんだ床に描かれた魔法陣だ。
弱々しく光る円の中には金色の髪の男が座っている。
「……美夢。まだだよ」
腕の中に青白い肌の女を抱えて『星の魔術師』ウィリアム・ペンスフォード(r2n000022)は息を潜めていた。
吐いた息は白く、悴んだ指先は冷え切っている。
されど、腕の中の『夢の終わり』美夢・ペンスフォード(r2n000053)の身体はより冷たく、鼓動も薄弱だった。
「まだ……死んじゃだめだよ」
アレクシス麾下の『黒騎牙』ジルデ・ビターダが散り、疲弊したレイヴンズの元へ天使共の大群が押し寄せた。
それを引き受けたのがウィリアムと美夢であった。
攻防を繰り返し、流れ着いた先の廃教会で、とうとう美夢が力尽きた。
ウィリアムは教会の片隅に魔法陣を敷き、其処で美夢の回復を優先するも、僅かばかり流れていた霊脈の力が枯渇してしまったのだ。
それはこの所騒がれている海の怪物の仕業だったのかもしれない。
ウィリアムは美夢の『保全』に舵を切った。
見つからぬよう最小限の魔力で幾日も幾日も耐え忍んだ。
――限界だった。
何日経ったかも分からない。
ウィリアムが魔法陣に魔力を注がなければ美夢は直ぐさま崩壊してしまうだろう。
美夢の身体は本来戦闘に耐えうるものではない。
大破局からの長い戦いの中で損傷し、ウィリアムの魔術で何とか生活できるだけの機能を保っている状態なのだ。
しかし、美夢は自らの意思でウィリアムの調律を解除し戦闘を続けた。
ウィリアムが美夢の身体に掛けていた魔術分を回収しても尚、天使の大群との戦いは熾烈を極めた。
「ふふ……」
美夢が笑った。
今まで殆ど動かなかった美夢が目を細め笑うのだ。
「夢の、通り……」
美夢は時々夢を見た。
大切な人の腕の中で星になる夢だ。
「貴方の腕の中で……死ねるのね」
青白い顔で心底嬉しそうに笑うから、ウィリアムは「まだだ」と叫ぶ。
「まだだよ! 諦めちゃだめだ! 絶対に誰かが来てくれる!」
美夢はウィリアムの頬に指を添えた。
凍える程冷たい、死に往く者の体温だ。
「私、とても嬉しいの。ウィリアムと、二人きりで……最後を迎えられる」
待ち望んだ瞬間がやってきたのだと美夢は口角を上げる。
「ケイティちゃん、真珠郎ちゃん、三四郎くん……ソフィーリアを頼むわね。まだちょっと甘えん坊だけど、頑張り屋だから大丈夫」
ソフィーリアは前を向いて歩いて行ける子だと胸を張れた。
何たってウィリアムと自分の子なのだ。
たとえ、自分で産んでいなくとも。
「ウィリアム、ありがとう……ずっとずっと、愛してる」
「美夢、だめだ! 諦めるな」
ウィリアムは美夢の身体にありったけの魔力を注ぎ込む。
其れでも美夢の身体が崩壊する速度の方が速い。
「私は偽物だった、貴方をこの世に縛り付けた」
結斗そっくりの自分を利用した。
身代わりでも構わなかった。
だって、生きていてほしかったから。
「今度はちゃんと『本物の一番星』を追いかけて」
「美夢、美夢ッ!!」
「……しあわせ、だったわ」
するりと美夢の指先が頽れて、地面へと落ちる。
コツリ――
足音が間近で聞こえウィリアムは総毛立った。
顔を上げる事さえ躊躇う程の魔力の塊。
其れが、目の前に居る。
逃げなければ。
逃げなければ。
逃げなければ――
今すぐ美夢を連れて逃げなければならないと本能が告げた。
ウィリアムの背に冷や汗が流れる。
「……フフ、面白いもの、みぃつけた」
※ウィリアム・ペンスフォードと美夢・ペンスフォードが帰還し、行方不明が解除されました。

