歩く墓上のプシュホローギシェ


 フォーカポーカと透明な硝子板でできたテーブルに、ワイングラスと瓶が置かれる。
 外観からは真っ黒にみえがちな多摩南街も、ひとあし室内に入ってみれば鮮やかなものである。
 シックな壁紙。木目のフロアタイル。サヴェージと人間を交獣化したソファ、天使を交獣化させたスタンドライト。
 かすれた喉からタスケテとコロシテしかいわなくなったソファに腰掛けて、エルシャーは糸目のまま顎肘をついた。
「思っていたより座り心地がよくありませんね」
「なぜです」「素晴らしいものでしょう」
 即座に否定の言葉をなげたのは、部屋の半分を占領するかのように『鎮座』している天使エロスマリスであった。
 真っ白に脱色された、女性型の上半身と男性型の上半身。しかし下半身はまるで樹木のように複雑に交ざり合い人間の姿からははるかにかけ離れている。
 この姿は、彼女――いや彼女等の価値観そのものといっていい。
 女性型と男性型の上半身が交互に話し始める。
「この者たちは孤独だったのです」「誰かと繋がり満たされたかったのです」
「なにもこの者たちだけではありません」「誰もが孤独に乾き他者を求めています」
「それが友であれ敵であれ」「知ろうとし理解しようとし、手をとろうとします」
「それはたいへん尊いことです」「私達はこの者たちを称賛します」
「だから叶えているのです」「だから交ぜているのです」
「解り合いたい」「交ざり合いたい」
「ひとつになりたい」「ひとつになりたい」
「「その愛情欲望を形にしているのです」」
 朗々と語るエロスマリス。
 エルシャーは感服したかのように帽子を脱いで、黄金色の瞳を僅かに見せると、ぱちぱちと強く拍手をしてみせた。
「なんと素晴らしい! 高尚なお考えにこのエルシャー、涙が止まりません!
 さすがは、交ぜ合わせた天使!
 是非エロスマリス様のをさせてください!」
「手伝いですか」「もう充分しているでしょう」
「交獣を作る素材を集めてくれました」「交獣をいくつも作ることができました」
「彼等はきっと満たされました」「より理想に近づけました」
「とんでもありません。例えば何でも願いがかなう卵などいかがです? その力をもってエロスマリス様の理想はより完璧な形で実現することができるでしょう」
 『涙が止まらない』などと言いながら、エルシャーの目尻には雫ひとつ浮かんでいない。
 代わりに黄金色の瞳の奥で、この天使をどう利用しようかとギラついた光が流れていた。
「素晴らしい力です」「まずは何をすればいいのです」
「まずは多摩を手に入れるのです。あそこにはフォーカポーカやエーデレッセンに留まらず、多くの者が存在しております。交獣の材料が更に増えるに違いありません!」

 ――そう、語ったのは、一体いつ頃のことだっただろうか。
 エルシャーは高い塔の上に立ち、眼下の『異様』を見下ろす。
 上品な灰色の猫耳、知的な丸眼鏡、高級そうな燕尾服。ちょっぴり不揃いな長靴。エルシャーの姿は、エロスマリスと初めて出会った時から何も変わっていない。
 対して、エロスマリスは――。
「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」「ずっと一緒」
「「「「「多摩のみんなとも『ひとつ』になろう!!!!!」」」」」
 夥しい数の腕と足を生やして歩き、数え切れない数の『上半身』を生やして賑やかに。
 粘土をこねくって作り出したこの模造品たちは、まっすぐに多摩の中央街にむけて進んでいる。
 と生涯一緒に居続けるためだけの力を得た女は、いまやそのオリジンすら忘れつつある。
 きっと『卵』の話もすっかり忘れてしまっているのだろう。欲求だけが、エロスマリスを突き動かしている。
 この『巨大な墓標』の行進は、きっと自力で止まることはないだろう。
 立ち塞がる多摩中央街の者たちは、その協力者のK.Y.R.I.E.たちは、はたしてこれを止められるだろうか。あるいは、殺され飲み込まれ『ひとつ』になってしまうのだろうか。
 いずれにせよ、この過剰に膨れ上がった欲望と暴走は、決して少なくない破壊を齎すに違いない。
「ヒトは、その欠落が大きいほど、過剰に多くを求めるものです。
 私はただ、そのがしたいだけ。そうすれば、私にもいずれは、あの方々のような欠落が、欲望が、愛情や憎悪や夢や絶望が、理解できるやもしれません……」
 とはいえ。とエルシャーは懐から大きな筒を取り出した。懐から出てくるにはあまりに大きすぎる筒だが、彼の神出鬼没にいちいち理屈を求めても仕方が無い。
「さて、タラリア様。あなたのもこれで必要充分でしょう」
 今まさに東京都心を舞台に死のゲイム――『命空骸戯カタルモイ』の真っ最中である使を想う。
 チュートリアルオーダー終了の間際、各勢力が次の動きを見定め決める緊張の中で、多摩がこれだけ激しい攻撃に晒されればK.Y.R.I.E.も対応を迫られる。
 イーロリスやアヴァリティアたちは動いてくれた。きっとコスモスなどなくとも、彼等は己の『欠落』ゆえに動いただろうが……。
「ひとまずお手伝いはここまでです。タラリア様。続きは生きていたらお聞かせしましょう」
 そう言って筒を開くと、中から二本足のダイコンが飛び出した。重力に逆らった謎の走行で塔を駆け下りていく。伝書鳩ならぬ伝書大根であった。
「それはそれとて、特別にご招待したK.Y.R.I.E.の皆様は、どう動くと決めたのでしょうね。第一戦区の台場からであれば……浅草か丸ノ内かあるいは……。
 他の派閥も気になりますねえ。どの派閥がどのチップを得るかで、勝ちやすさは変わってくる。勢力次第では積むことすらありうるでしょう。できることなら、ご一緒したいものですねえ……。
 ですが、その前に」
 パチン、と手を叩き不可視のカーテンをひいて姿を消した。
「観客の皆さん、お待たせいたしました。
 これより始まるのは夢か現か愛と幻想の物語。
 どうか拍手でお迎えください。
 さあ、ショーの始まりです!」





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