ゲイム・ハック


「コレ――思った以上に終わってない!?」
 平素の口調はそのままに、平常よりは圧倒的に色濃い焦りを滲ませる本能寺 狂瑠璃の声が乾いていた。
 朽ちたコンクリートのジャングルはもう何年もプシュケーの庭だったのに、そんな当たり前はこの数か月――いや、数週間で変わってしまっていた。
 タラリアなる天使が宣言したゲイムの始まりは庭に猛獣が解き放たれた合図で、裏切った日常は少なくとも元凶を取り除かない限り戻る事は無いと知っていたけれど。
 ……知っていたけれど、それでも目の前の光景は即座に飲み込むには難しい。
「面白い技だが、が足りん。もっと気を入れて撃てば良かろうものを」
 もうもうと立ち上がった粉塵は今まさに狂瑠璃がブチ撒いた弾幕の副産物だ。
 異世界人アザーバイドから譲り受けた光線銃ガトリング・レーザーは並の天使級等であれば瞬く間に蜂の巣にしてしまう位の威力を持っているのに。
 あろう事か埃を掻き分けるように巨体を揺するはその悉くの直撃を受け入れたに関わらず首をコキコキと鳴らしてピントのズレた評論を述べていた。
オレが奇妙か?
 さもありなん。
 邪仙とはいえ仙道を修めた身故。敢えて若者に講釈を垂れるなら、人体にはが巡り、その操作如何では硬にも堅にも到るといった所だが――」
「――聞いてないわよ、そんな話。誰もきっと」
 朴訥と語った極聖の背中からひょいとアレクシアが顔を出した。
「アタシはあんなの喰らうの勘弁だわ。珠のお肌に傷が付いちゃうもの。
 まあ、正直を言えば――ガンマンとしては貴方の相手はアタシだってしたくないけどね」
「そうか。だ」
 鉄火場には鉄火場とは思えない位に気楽な談笑が咲いていた。
 一方で蒼褪めた狂瑠璃はじめプシュケーの面々にはそんな余裕は無い。
「こ、この人達も敵……ですよね……?」
「残念ながら天使の方が幾分かマシだと思いますね」
 妙同 まどいの言葉に清光寺・聖架が応じた。
「あー! 嫌だね! 嫌だ嫌だ。あたし様、今日の運勢最悪だっけ!?」
「ごめんなさい……」
「何がだい。何だって謝る必要があるんだい!?」
「……………ごめんなさい」
 頭を掻く罪滅星 ダナエに何処か申し訳なさそうに桂木 琴葉が視線を逸らす。
 誰かの為の死にたがりの琴葉からすればような気分かも知れないが、実際の所台風だの竜巻だのは人の制御の領域にはない。
 つまる所、プシュケーの斥候チームがBaroqueの外回り当番と出会ってしまったのは運命の配剤に過ぎない。
 いやさ、Baroqueは獲物を探していたのだからそれは人為性を帯びた結果だが、それがこのチームであった事は偶然に過ぎないと言った方が正解か。

 ――タラリアのゲイムが、命空骸戯カタルモイが引きこもりを赦すルールだったなら誰も危険な外には出なかっただろう。

 だが、悪趣味なデス・ゲイムを用意するような悪辣な人格がそんな展開を赦す筈は無い。
 ミッションを無視すればやがては詰もう。
 陣営の強化が出来なくても情報が不足しても同じ事。
 ただ、それでもマスターデバイスを有する栞 咲願は仲間に全てを語らない。
 彼女の性格からして、誰かに死んでくれなんて言える筈も無い。
 だが、実際の所を言えば共に過ごすプシュケーの仲間達も愚かではない。
 し、彼女が前線に出れない以上、それぞれのメンバーが生き残りにしようとしたのは当然の決断と言えよう。
 答えは無いが、その答え自体を探す事すらも仲間達が求めたものかも知れなかった。
「戦わないと……怖いけど、みんなの、カブキチョープシュケーの為に……!」
 この場に居るプシュケーの総数は幼気なその姿に似合わぬ気を吐いた堅城 フィアとガタガタと震える+枩山ややと八道きたのを加えた実に八人である。 各プレイヤー陣営がそれぞれの思惑で動く東京が既に風雲急を告げているのは知れていたが、だからこそ彼女達はチームを組んで――事に当たったのだ。
 
 ……それなのに、現実は悲惨であった。彼女達は一目見るなり強烈なまでの恐怖と絶望をのんびりと会話を続けるに覚えていた。
 ……どうしようもない程の格の違いを思い知ってしまっている。
「一先ず、第一関門はクリアね」
 アレクシアと共に極聖を盾にしたアイリーンが咳払いをしてそう言った。
「東京って言っても広いからね。レーダーでもあるなら別だけど、エルネストでも用意にはもう少しかかるでしょう。
 それに現状でするにはカブキチョープシュケーの連中は一番丁度いいわ」
「……実験……?」
 怪訝に問うたまどいに「ええ、実験」とアイリーンは応じた。
「もう撃っちゃってる関係な訳だし……お人よしに答えてあげる義理も無いんだけどね。
 私達、カタルモイっていうの? このゲイムの造りをあんまり評価していないのよね。
 分かる? 有体に言ってこのゲイムは穴だらけで酷く恣意的なのよ。
 計算高く作られた知的ゲイムって言うより……
 ……そうね。クソガキが思い付きで作ったようなさ。
 だけど、ルールはルールなんでしょう?
 知ってる通り進行する用意はあるんでしょう。
 それなら、は重要よね。
 ちゃあんと把握する必要があると思わない?」
「思わない!」と声を張り上げられたらどんなにか良かった事か。
 長広舌の蜘蛛女アイリーンは機嫌良く自身のプランを披露する事を辞めはしない。
「だからね。私、のよ。
 復活可能な程度の殺害レベルは?
 復活までの時間的サイクルはどう? リスポーンにルールがあるか。
 それから。所属員の疑似死亡が積み重なれば復活の為のチップは減るわよね?
 捕まえた――こうして遭遇した連中をその内敵は全滅するんじゃないかって。
 試してみたい仮説は十分に用意出来るわ。
 一定数とやらが幾つかは知らないけど、説明に嘘が無いなら何十回か何百回か殺した時点でそれもその内分かる事でしょ?」
「スオルが居なくてラッキーねって思ったけど、蜘蛛女軍師様が居たら一緒ね」
 総毛立ったプシュケーの反応の一方でアレクシアがけらけらと笑う。
「アタシ達のテストの為に諦めてくんないかな?」
 NOを見越したアレクシアの問いは優し気で嗜虐性の強い猛毒そのものだ。
「誰が――」
 得物を構え直そうとした狂瑠璃の両手両足を迸る魔弾が正確無比に撃ち抜いた。
 遠くビルの窓で魔弾の射手カロル・フライシュッツがVサインを見せている。
「スナイパー!?」
「ご名答。でも誤解はしないでね。勝つ為とかそんな理由で用意なんてしてないわ。
 アタシ達、基本的に手加減が苦手なのよ。それにそんなに大勢だと逃がしちゃうかも知れないからね。
 多分、頭だか心臓だか残ってれば大丈夫そうだし、両手両足潰して芋虫ちゃんにしとくのが安全かしらあ」
「やはり童を弄るのは趣味では無いな」
 飄々と言うアレクシア、嘆息した極聖に構わずプシュケーの面々は乾坤一擲の賭けに出た。数の差を生かして攻勢に出る。或いは逃げようとする――その全ての行動が蜘蛛の巣の上の獲物のようにアイリーン・アドル・アルケインというに絡め取られている。
「……っ……!」
 臍を噛んだダナエは事これに到って覚悟を決めざるを得なかった。
(皆で生き残るなんて不可能。
 一人でも離脱出来れば奇跡に近い。それなら、こんなもの)
 綺麗事で何か一つでもしたいとは思わない。だが――
(――あたし様は強い。この中で一番強い!)
 ならば、自分がしたいようにする――したいように救いたい、仲間の為に賭けられる命は自由が故に存在する。
 チャンスは一瞬。何せ目の前のバケモノ連中は自分達を敵と見做していない。獲物としか思っていない。
 その高慢な横顔を思い切り張ってやれるチャンスは一度きり!
(アレなら!)

 ――爆破の刻印呪法ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・ます

 《強く》《重く》《燃え》《砕け》《爆ぜろ》の五画を対象に『刻む』事で発動するダナエ最大最強の超火力は大天使級さえ容易く屠る。
 ならば、相手が人間である以上は――決まりさえすれば。
「まさか」
「デカいの! 勝負しなよねえ!?」
 察した琴葉に構わず声を上げたダナエに極聖が視線を向ける。
 同時に舌なめずりしたアイリーンが動きかけたが、その腕を極聖自身が掴んでいる。
オレを指名だ」
 計算は一先ず当たった。
「手出しは無用」
「……出したら?」
オレの相手が望外の女に昇格するな」
「ですって! いやあん。こわあい!」
 アレクシアが笑う。
 やはりこの中でこの男だけが異質なのだ。
 女二人の悪辣さをこの男は持ち合わせていないのだ!
「無茶苦茶ですよ」
 琴葉は傍らのダナエに苦笑いを浮かべて呟く。
? きっとあの男が一番圧倒的に強いのに!」
「分からないでか。黙って見てなよ、琴葉。そんなもん誤差だ、誤差。
 要はあたし様に任せたらどんな奴だってイチコロだっつーことだからねえ!」

 ――強烈な爆発が朽ちた東京を舐め洗う。
 混乱の中、Baroqueの鳥籠から逃れ得た人影はたった二人だけだった。


 ※第四戦区域で命空骸戯カタルモイの遭遇戦が起きた模様です……



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