楽しいが、大好き!


 東京、第二戦区でのこと。
 天使をトップとした派閥『どうぶつさんファミリー』の園長リーダー、リフィネ・ボニカ・ゼファリュバン・ヴォルティネーゼ・アルマフィオーレ・デル・シロコ・イ・レンティア(通称リフィネちゃん)は楽しいことが大好きだ。
 楽しければ楽しいほどいい。
 東京をブラついていたのも楽しいからだし。
 カタルモイというゲイムに参戦したのも楽しそうだからだ。
 だから『ほもさぴちゃん』をぺちゃんこに潰すし、動物さんをいっぱい連れて行進するし――
「第一戦区知ってる? クセつよなほもさぴちゃんがね、い~っぱいいたんだよ、旧展示場エリア。動物さんたちも絶好調だったし~、リフィネちゃんめ~っちゃくちゃ楽しかったな~! あっ、もちろん『ばとる』はリフィネちゃんが勝ったよ。ゲイム? あ、そうだっけ、らったんタラリアの説明長いからわかんなかったや。リフィネちゃんって二行より長くなるとわかんなくなっちゃうんだ~。あれ、聞いてる?」
 フェネックの耳をぴこぴこさせて、ふわふわトーンなファッションで、リフィネは可愛らしくその身体をくにゃんと傾けた。
 相手は潰れていた。
 物理的にである。
 場所は、大きな駅前の公園だった。
 第二戦区は浅草とも通称されるが、墨田区や墨田区もその範囲に含まれている。その中で一番浅草らしいエリアといえば、やはり台東区かもしれない。
 そしてこの第二戦区はひときわ『今らしくない』スポットだ。
 信号機こそ消えているとはいえ、雑草にも浸蝕されず倒壊すらおこしていない、旧時代をそのまま思わせるような駅前ロータリー。
 公園の中に並ぶ美術館やホールは、もしこの時代を知る者が見れば懐かしさすら覚えるほど『あの時のまま』であった。
 そんな場所のまんなかで、三人ほどの男女が厚さ数センチほどの肉塊に変わっていた次第だ。
 このゲイムに参戦したという、シュヴァルツェフェーデルンと名乗る小規模グループ。小規模とはいえ少数精鋭。並の相手には負けないと豪語した彼等は、もはや勝敗以前の状態にあった。ここまで肉体が破損すれば、仮想死亡ルールを通り越して死は確定的だろう。
 乗っていたゾウさんの鼻を滑り台がわりにするーっと降りて、リフィネはY字のポーズでぴょんと草地に降り立った。
 グループ最後に残った一人が剣を両手で握りしめ、かたかたと震えている。
 ゾウが、ウサギが、シカが、マレーバクが、目を光らせて彼を取り囲んでいたから。
 更に形容不明なサヴェージたちが群れを成して、彼を取り囲んでいたから。
 更に更にそれらをとりまとめる『飼育員』と呼ばれる天使やアザーズたちが彼を取り囲んでいたから。
 更に更に、何よりも、彼等全てをとりまとめるリーダーであるところのリフィネが、目と鼻の先にまで迫っていたから。
 リフィネは両手を腰の後ろで組んで、鼻歌交じりに歩き出す。
 剣の間合いに入り、息がかかるほどの間合いに入り。
 小柄な身体で、相手の瞳を上目で覗き込む。
 幼い彼女の瞳の内は、ただただ、キラキラと輝いていた。まるで家族と一緒に動物園でゴールデンウィークを過ごす子供みたいに。
「もう『ばとる』しないんだ?」
 剣の間合いに入ってもただ震えるだけの男を見上げたまま、問いかける。
 挑発のニュアンスも、敵意のニュアンスすらも感じられない。
 公園でたまたま出会った子供同士が『もう帰る?』と言い合うときのような、あまりにも無邪気な問いであった。
 男の息が荒くなる。
 恐怖か。焦りか。あるいは仲間達がぺちゃんこに潰された絶望からか。
 それとも、肉体より先に潰されかけている己のプライドを守るためか。
 だが、リフィネにはそのいずれも興味が無いらしかった。
「しないならいいや。みんな~、かえろ~?」
 くるりと背を向ける。
 無防備すぎる背中だ。武器を持っていないなんてものじゃない。小学校帰りの子供のほうがまだ用心深いと思えるくらいに、なんの警戒もしていなかった。
 だからかもしれない。
「――!」
 声にならない声を上げて、男は剣を振り上げ飛びかかる。
 斬り殺せる間合いだ。仮に相手が天使級であったなら、上段からの袈裟斬りによってすっぱりと切断し二度と立ち上がれないようにできただろう。
 が、男の剣は激しい衝撃によって打たれ、大きく軌道を曲げられる。
 リフィネの頭上を飛んでいたコンドルが目にもとまらぬ速さで男の剣を弾いたらしい……とわかった頃には、『飼育員』の一人が男の襟首を掴みあげ、猛烈な突進をしかけたイノシシ型のサヴェージが彼の脇腹を牙で抉り、吹き飛んだところを、それまでぼうっと立っていただけのゴリラが高く掲げた平手をうちおろすという動作ひとつで男を地面に叩きつけた。
 つまりは、答え合わせである。仲間達と同様に、男もまた道路の真ん中でぺちゃんこになったのだった。
「な~んだ」
 背を向けたままだったリフィネが、ぺちゃんこになった男を振り返る。
「まだ続けるつもりだったんじゃん」

 台東区の西側。駅前に広がる巨大な公園は東京の中でも有名なスポットのひとつであった。
 景色こそ当時のままだが、当時ここで働いていた人々や、生きていた動物たちは、いまはいない。檻から放たれ野生に帰ったり、どこかのタイミングでサヴェージ化して繁殖していたり、ここばっかりは当時のままではいなかった。
「けどやっぱり、リフィネちゃんはここが好きだな~。なんだか一番楽しい気がする~」
「動物園があるからですか?」
 『飼育員』の一人が話しかけると、リフィネは『にゅ~ん?』といって振り返った。
わかんない。だっそうだよ。だっててあそこもう動物パパとママと一緒さんいないじゃんに行った所だもん
 リフィネの声が二重に聞こえが気がして飼育員は目を瞬いた。
 建物を抜け、公園を歩いて行く。
 そのあとに続いて歩きながら、飼育員はあちこちで自由にくつろぐ動物たちを見回してみた。芝生で寝転ぶウサギ。ベンチに座りバナナを食べるゴリラ。ホールの屋根で休憩するコンドル。水浴びするゾウ。高速で反復横跳びを繰り返すヨシゴイ。
「私は最近『どうぶつさんこのグファミリーループ』に加えてもらったばかりなので、よく知らないのですが……この動物たちは違うのですか」
「ちがうよ~。から来た子たちだもん。あ、ほら」
 リフィネは自分のポケットからシール帳を取り出すと、ペリッと一枚剥がして放り投げた。シールが燃えるように消えて、『ゲート』が現れる。
 まさに、ゲートだ。何かの施設への入り口を思わせるようなゲート。
 そこからヤギとツチブタがちょこちょこと歩いて公園へと出てくる。
 これらがただのヤギやブタでないことは、先刻の戦闘で証明済だった。リフィネの召喚する『動物さん』は、総じてサヴェージ並の戦闘能力を有している。珍しい所では大天使や権天使級の強さを発揮する個体もいるが、基本的にはその『群』の力で相手を圧倒するのがリフィネの強みである。
 そしてその群を彼女が飼育員に任命した仲間に分け与えることができる。リフィネが『園長リーダー』と呼ばれるゆえんであった。
「園長どのー」
 間延びした声と共に、天使がひとり空から舞い降りる。
「偵察の鳥さんたちが人間のグループを見つけましたよー。南側にダッシュしてたんでー、第一戦区に向かってるんじゃないですかねー」
「お、いいじゃん~。ばとるの感じ? それともおいかけっこ?」
 リフィネが足を止め、指を一本ずつ立てて問いかけると、天使はその一方をツンとつついて行った。
「『おいかけっこ』ですよー」
「や~った! 楽しそう!」
 リフィネはぴょんと飛び跳ねて、手を振りゾウを呼んだ。どすどすと歩いてくるゾウへ飛び乗ると、周囲の動物さんや飼育員たちへと声をあげる。
「みんな~! おいかけっこが始まるよ~! 捕まえたひとには100万リフィネポイントをあげちゃう!」
「「イエーッ!」」
 それまでバラバラかつ自由にくつろいでいた飼育員たちの揃ったテンションに、新人飼育員も一拍遅れて続くのだった。



新ラプラスの箱『東京凱旋・塩の都を取り戻せ! モイモイ★フィーバー!』が開催されました!!




命空骸戯カタルモイ - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール

旧展示場要塞内「カタルモイ」専用ツールアクセス