八重欠ける、その八重垣よ
東京では命骸遊戯と呼ばれるゲイムの体を取った第九熾天使麾下による願望器争奪戦が執り行われている。
K.Y.R.I.E.はその中でも第二戦区:浅草と第三戦区:東部へと進出し、東部においては缶蹴りという名の命の取り合いを含む予選が行われている。
その予選の結果によって、本選でのボーナスチップが付加されるのだという。
終鐘教会やネオフォボス、テオフィロといった終末論者達は三種の神器を求めている。
その内の一つは諏訪において冬を呼び、一つは分かたれた半身となって諏訪に至り、最後の一つはさらに西に存在しているのだろうか。
彼らは再び諏訪に至り、勾玉を得んと動き出すだろう。
一方、八尺瓊勾玉より溢れ出した冬の陰の気によって、諏訪は冬へと逆戻りしてしまった。
生み出されてしまった枯茨と呼ばれる呪詛の如き妖は人々に印をつけるように創をつけ去って行く。
その諏訪の地で、能力者達は一人の少女と出会った。
――わたしは八重、八重垣剣。
あなた達が良く知る名前で言うなら、草薙神剣、それか天叢雲剣、かな。
あぁ、東京の形代じゃないよ。わたしはほとんどずっと、熱田に居たもの。
夜に鎖された、夜に生きる神霊達の神域の中で出会った少女、八重は自らそう名乗った。
「いやーまさか、本当に八重垣剣だったとはね!」
鉄扇で口元を覆いながら『神ヒモ』時頃田 ツバメ(r2p000108)は息を吐く。
カマをかけるつもりで言った伝承に伝わる草薙剣の別名はその少女の名前の由来であったのだ。
――でも今はただの八重。ただの半身、折れてしまった片割れ。
――わたしは草薙剣の剣身、斬り祓う力。力を制御できない今、八尺瓊勾玉を助ける為に力を使ったら、助けるどころか壊してしまう。
「剣を守護する精霊ではなく、剣そのものだったのですね」
セレーネ・ローザ・フォレスティ(r2p000402)はそう呟いた。救いたくとも救えない、その苦しみはどれほどのものだろう。
助けてと、そう言いながら己を呪った茨も同じように苦しいのだろうか。
「八重さんにとっては友達を助けられるかどうか……多分、とても歯がゆい気持ちでいるんだろうね」
そう言う桜木 結永(r2p000944)は枯茨に捕まれた腕に触れながら言う。
「それに……草薙剣が折れていたとは思いませんでしたね」
今にも泣きだしそうなくらいに八重が顔を歪めたのを『砕けぬ盾』田沼 縁(r2p000424)は間近で見たのだ。
だから、助けることも出来ない自分の代わりに、八尺瓊勾玉を、友達を助けてあげてと、八重はそう続けた。
それが出来るのは、諏訪の神々に認められるつつある能力者だけだからと。
「廻月という何某か等は草薙剣に八重という名前を与え、人として遇することで彼女を狙う者達から守ってきたのでしょう。
神祇院と手を組んだ何らかの組織であるという可能性もありそうですね」
それはなるほど、理解の出来る方法論であった。『氷月蓮華』瀬那 悠月(r2p000299)は八重が言った言葉を思い起こして言う。
「八重殿は神祇院は彼女を守ろうとしていたとのことでござりゅ。けれど、そうしきれなかった。
その理由を考えるのは、今はおいておくべきでござりゅな」
憂うように眦を下げて困り眉で笑った八重の顔を『神祇院の娘』兎神 ウェネト(r2p000078)は思い起こす。
その理由を聞き、知るためにも――今は彼女を助け出す事からだ。
「勾玉も、それに関わる方も、八重さんも救います。
そう言った時に、みせてくれた笑顔を私は偽物とは思えません」
たしかに八重はそう言った『生命繋ぐ聖祈』Fleurette Lesoleil(r2p002742)に嬉しそうに笑ったのだ。
――さぁ、八重。この街を夜に鎖しましょう。
アーカディアⅧの連中からも、厭離衆からも、大祝からも――K.Y.R.I.E.からも。
私は貴女を攫って逃げてしまう……けれどそれは、きっと彼ら全てにとって都合が悪いわね?
穏やかな夜に覆われた神域の下で天使・霧原 夜宵が告げたのは諏訪という地に集った全てへの宣戦布告にも等しいものだった。
彼女のテリトリーであると思しき夜の神域はその宣言と同時、俄かに拡大を始めた。
勾玉を自らの者とせんとする多くの勢力の影で、もう一つの神器諸共に攫ってしまおうとでもいうかのように。
まるで、自分という脅威を誰かに示すように。
「ねぇ、夜宵さん。どうしてあんなことを言ったの」
俄かに拡大を始めた夜の神域は、冬日の優しい日差し追いやり、冷たく世界を閉ざそうとしている。
今こうして拡大が始まった以上、ちゃちゃまるという名のアーカディアⅧ麾下の天使も、テオフィロも、厭離衆も、伊佐々派の者達もその意味に気づくだろう。
草薙剣を奪ってどこぞへと逃げてしまおう、という目論見は諏訪の地にいる、夜宵以外の全てを敵に回すことに他ならない。
「ううん、やっぱりいいや」
八重を見る天使の瞳は昏い光を帯びている。明確に何かの目論見を以て動いている人の、意志の強さを感じる瞳だった。
「ふふ、内緒よ」
ほら、やっぱり、思った通り、その真意を教えてくれやしないのだ。
「……弥栄ちゃん」
だから、八重は夜宵から意識を逸らして、友人の事に想い馳せることにした。
唯一無二、掛け替えのない同格の存在だった友人は、今も軋むような痛みに嘆いているのだろう。
それは耐えられるものではなかった。所詮はただの半身に過ぎない身で諏訪の地にやってきてしまったのは、八重が自由に動ける方の半身だったからだ。
これ程に酷い状況で、これほどに多くの神霊から慕われているとは思っていなかった。
もしもこの身にある力を解き放つことで全てが良い方に傾くのなら、力を使うことは厭わない。
その結果を八尺瓊勾玉が望まないだろうということは痛いほどに分かってしまうから、こんなところであの子を見守ることしかできない。
「――どうか、お願い。あの子を、弥栄ちゃんを助けてあげて」
誰かに祈りを聞く側であった己の願いを、誰が聞いてくれるのだろう――







