4月1日 - Part2


 ――目が冷めたとき、何もかもが理不尽に溢れていた。
「痛い」
 両足を動かした。腕は上がらない。地が抜けている感覚がする。
「やめて」
 くすくすと誰かが笑った声がする。
「誰か」
 誰にも届くことはないままに八束 牡丹(r2p001119)はその身が直面した終わりを感じ取る。
 ふと、何かの声が聞こえた気がした。囁くそれは『牡丹』の聞いた最後の、声だっただろうか。
「本物の天使だ! 僕も天使みたいになりたい!」
 瞳を輝かせた房 月星(r2p002146)はそれらしく振舞う事にした。人間を蹂躙しているのは何かの間違いかも知れないが、嘘のような本当の話、漫画の世界のような奇天烈な出来事に月星は模倣せずに居られなかったのだ。
 その背中には翼があった。天使症候群。人類はあるときより一斉にその奇妙な病に罹患した。月星はそれが不運であったようにと間違えられ最悪に身を投じることになったのだ。
「何、これ……」
 中華料理屋の二階に自宅がある。野ノ上 祢々(r2p000364)の自室は外が見える良い環境だった。だからだろうか、いち早く外に気付いたのは。
 だからだろうか、何かの予感がして廊下に出たのは。だからだろうか――屋根が崩れおち、隣室で眠っていた両親は死んだが自分は生き残ったのは。
「……う、うう……」
 祢々は蹲った。『幼馴染み』のミサンガだけが見える。あの子は元気だろうか。向こうに見えた影が、幼馴染みだったら良いのに。祢々はゆっくりと立ち上がる。
 その日、斉賀 雅寿(r2p001845)は姿を消した。取材を受けて東京に新規開店予定の美容サロンの予定地を巡る打ち合わせの日だ。
 昔からファンだったファッションデザイナーと共に新しいブランドを立ち上げる予定も出来た。順風満帆な日々である。
 子ども達には「帰りは遅くなる」と伝えていた。渋滞に巻込まれてからというものの、深夜1時を過ぎた事に気付いたのは喧噪の気配に顔を上げたからだ。
(あの子達、ちゃんとご飯食べて寝たかな? 夜更かししてないといいけど……特に京雅)
 父は、子ども達に顔向けする事無く姿を消してしまったのだ。彼の子ども達は父の行方を知ることは無い。
 ――長谷道 知己(r2p000514)が覚えていたのは爆音、それから轟音に次ぐ悲鳴。瞼を押し上げるよりも先に吐き気と痛みに襲われてから何もかもを忘れてしまった。
(……)
 知己は翼を広げる。手を伸ばせば銃がその姿を現した。羽音より重々しく、羽根よりも軽い引き金に、知己は愛しい人を探すように周囲を見回して。
 1999年に世界が破滅しますだなんて、莫迦みたいな終末論があったと聞いている。
 炎髪大将・ジャナ(r2p001193)は終末論を指示していたわけではないけれど――こうして世界の崩壊を見ていれば「遂に」と呟きたくなろうもの。
「親友のあの子を助けに行きたいけれど……。
 今の俺にはかわいいレッドドラゴンズの部下たちがいるからあいつらの面倒見なくちゃいけねぇ。だからごめんな」
 何を選び取るか――判断は直ぐに為さねばならなかった。
 故に、直ぐさまに災害対応を行なうべしと言う出動を受けて臆することなく根来 大和(r2p000189)はやってきた。
「――被害全容はまだ分からないが、超広範囲と見るべきか」
 4月1日。深夜。それが全ての始まりだった。釦を掛け違えるようにして大和は『兄』と道が別たれてしまう。
 それを知らぬ儘「日向」と兄の名を呼んだ。有り得ないことが起こっていても、兄も人の為にと駆けるのだ。
 双子なのだ。分かって居る。行く先は、定まっていたのだから。
 何が起こったのか分からなかった。
 息を切らしてナイト(r2p003165)は走る。恋人の呼ぶ声がした。「怖いよ」と。大丈夫だよ、僕が君のナイトだから――
 暗い影が覆い被さった。クロウ フェザードラゴン(r2p003167)はよく知っていた。
 がしりと少女を掴めば、ナイトが恋人の名を呼んだ。手をぐっと伸ばして掴もうとする少年に『触れられるかも知れない』程度に近づけてからクロウはそっと離れた。
「ッ――!」
 擦れ違った指先に絶叫。ああ、なんて――なんて、心地良い響きなのであろうか!
 恐ろしい光景ばかりが目の前に広がっていた。セレーネ・ローザ・フォレスティ(r2p000402)は息を呑む。
 何も出来やしない。お前は聖女になるのだと、そう言われてきたって。無力だった。
(……お願いします。お願い……。どうか無力な私にこの混乱を収めるだけの力をお与え下さい。
 エレナのように力を持っているなら誰かを守る事ができるのに。友人を守るだけの力があれば……)
 セレーネはただ、怖れるように指を組み合わせた。
 力は、誰しもが持ち得る者ではない。だが、この危機的状況を前にして新たな力を手にする者も居た。
「ボクは父さんや母さんみたいには戦えないけど……それでもできることはある!」
 稲葉 玉斗(r2p000125)は新たな力を手にした。それは、後の世で大破局ドゥームスデイと呼ばれた全ての始まりの日に得たものだ。
「食べ物を食べなきゃ生きていけないもんね! それにこんな時だからこそ美味しいものを食べてほしい!」
 簡易的な食材を臼に入れてつけば餅になる。栄養価は餅そのものだが調理の必要なく食べられるのならば、今を凌げるはずだ。
 中華街――『神龍会』の烙・夏月(r2p001749)は頭を抱えていた。突如として構成員は異形と化した。
 自らを守り抜く為には、それらを処分しなくてはならない。外についてはこの際はどうでも良い。しかし、ルオの当主として役立たない者を生かしておく必要はないか。
「夏月様」
 呼び掛けたのは烙・彩蘭(r2p001752)であった。彼を支える彩蘭は渋い表情を浮かべていた。
「こんな時に、どこで何をしているの。お前に何かあったら、後継者が――」
「あれがいない、か……」
 眉を顰めた夏月は「放っておけ。烙家の名を汚すような者は、端からこの家に不要だ」と静かに行った。
 この騒ぎが終わったならば、厳しく躾る。だが、ではないと彩蘭は気を取り直した。
 代りは幾らでも居る。非情な決断を女は下したのだ。


「これは……夢? なら……すいむもアレをやっつけられる」
 こてんと首を傾いだ空蝉 すいむ(r2p000894)。水泳部の友人として、万葉院 舞奈(r2p002322)の邸宅に山神・水音(r2p002326)と遊びに来ていたのだ。
「飛騨、其方は任せました!」
 舞奈は声を上げた。執事長である飛騨、それから家人達が天使に応戦している。
 指揮能力を有した舞奈の事を眺めて居るすいむはぱちりと瞬いたのだ。ただ、怯えた様子であった水音も友人を支えなくてはならないと、そう認識していたか。
 すいむがこの時目覚めたのは偶然だった。
「がんばる……」
「ええ、参りましょうっ! 角材が折れたなら、鉄パイプで殴ればいいじゃないっ!」
 堂々と立ち振る舞う舞奈とすいむを支える為に水音も、今立ち上がった。
 喧噪に瞼を押し上げた。火事だろうか。何かが起こっている。一ノ瀬 湊(r2p002381)はゆるゆると体を起こして。
「なあ」
 湊は祖父や母を起こしに行った。先に起きていた妹は「髪の毛どうしたの」とぽつりと呟いたのだ。
「は?」
「何時染めたの?」
 莫迦みたいな問答だった。意味が分からないと湊が眉を顰めた時――外から叫声が響く。何かが起こった。けたたましい叫声に背を押されるように避難をしようと決めたのはそれから直ぐのことだった。
「クックック……今宵も月は眩いばかりに輝き、その月光にて俺様【† shadow dawn †】は力を増す! †Jet Black Desire†と共にいざ……!?」
 ――正直なこと言えば薄氷 翳(r2p003079)はしあわせだったのかもしれない。何もかも、恐れる事は無い内に何かを手にしていた。
「な、なんだこの内から湧き上がる力は…遂に俺様は覚醒したという事かよ!?
 何だお前達は!  今の俺様の敵じゃない!! 失せろ!! ……本当にビーム打てた!?」
 フンッと掌を前にすれば唐突に何かビームが出た。その事だけに喜んで、浮き足だったのは仕方が無い事だったのだろうか。
 怖いことばかりだった。膝を抱えて、俯いて。虹橋 みらの(r2p003046)は息を呑む。
 虹橋 まりの(r2p000442)の姿を見た時点で、もはや全ての日常が崩壊したと気付いてしまったのだ。
 悍ましい存在が目の前に居た。まりのはみらのを救う為にその身を擲った。その刹那に瞬く光はを変えて仕舞ったのだ。
「ま、まり……ちゃん……?」
 両親は無事だった。危機一髪だったと笑い合えるはずだった。だと、言うのに――
「何……これ……?」
 眩い光の気配。光の翼に、虹色の光を纏った『姉』の瞳は、自身の者とは大きく違っていて。
「まりちゃん、どうしちゃったの!? なんで、まりちゃんだけこんなことに……」
「ど、どうして――」
 ばけものに、なってしまったの。まりのは愕然と呟いた。
「なんや、裏で起きとるような事件が表に出たんか?」
 天を見上げて大半津 薫(r2p001999)は首を捻った。くすんだ金髪を風に遊ばせて、薫は周囲を見回した。
 ああ、何か知らないが世界は大きな変化に直面したらしい。観察する分には愉快ではないか。そんなことを思って居た薫は自らの体に起きた変化にいち早く気付いた。
「嫌や、こんな木っ葉共の同類なんぞなりたくない。ふざけんなや」
 堕天使化。何が起こっているかも分からぬ儘に青年は苛立ちを言葉にした。
 人間は、同じ姿をした者に対し無警戒でいる。
 そう学んだのは生存本能であっただろうか。玩具修理者(r2p003157)はある親子が再会する様子を見ていたのだ。
 生きていてくれて有り難うと泣きながら子供を抱き締める親を見て生物的本能で真似た。殺した人間の姿を模倣するという能力を有していたからだ。
 避難所で待っていた母親は子供の姿を見付けてぎゅっと抱き締めた。しかし、その腹を食い破った子供はにんまりと笑っていたのだ。
「――――?」
 言葉なんて持ち合わせてやいない。ただ、『玩具修理者』は学んだままを披露しただけなのだから。
 最期は己の死を持って作品の完結とする。そんな身勝手な橋谷 星夜(r2p002457)を前にして泉 透夜(r2p002451)は全てを許容出来るわけもなかった。愛しい人は奪われた。嫉妬であればそれでいい。それよりも尚も下らない『作品という欲求』が目の前に横たわったのだ。
 自死のためのナイフを食い止めた透夜の右の掌にはぽっかりとした穴が空いていた。
「死んで美しいだと?馬鹿馬鹿しい、死ねば全部終わりだ。
 お前が死ねば俺は全部お前のことを忘れてやる。お前は思い出にすら残らない。
 いや――残してやらない。こんな有様であっさりと生きることを諦めるなんて馬鹿が! 生きて償え……! だから……!」
「――ありきたりな言葉ですね。美しくない。もっと苦しみ悶えているはずだ。本当はもっとあっさりと終わるはずだ」
 男は頭を掻き毟った。此処にあるのは悔恨なんかじゃない。懺悔の言葉もない。償いなど以ての外だった。
「――美しくない!」
 星夜の唇が吊り上がる。それからのことを青年は覚えてさえ居ないだろう。
 着の身着のままで逃げてきた。眼鏡を無くし、周りをしっかりと確認することが出来ない。雪宮 なずな(r2p002332)は手探りで辺りを探った。
「お父さん……お母さん……もうやだ……助けてよ……!」
 大切な人に貰ったピアスも何処かに行ってしまった。瓦礫の向こうで誰かが死んだ。怯えながら大地を掻き毟った。
 声を抑えなくては――どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 愛する人が居た。病で亡くなった日の事は未だに忘れる事は無い。娘は妻とそっくりに育った。
 彼女に妻の面影を見る度に、蘇芳 菊定(r2p002845)は苦しくなって仕舞うのだ。
(死にたかった。愛する妻のもとに早く逝きたかった――生きたかった。愛する娘を1人にしたくなかった)
 死にたくて、行きたくて。
 菊定は朧に、言葉を吐き出した。もう、最後に誰を呼んだのかさえ分からない。
「愛している、」
 ――カルト教団『星明の民』。その司教とも呼ばれるクラース(r2p002800)はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「我らが憩いの場は半壊し、瓦礫から伸びる手には、天使達による死が差し出される。
 夜空に出でたヘイローを浮かべるそれらは、人類を否定する存在か。
 嗚呼、嗚呼。ワタクシたちが、何を、神話における神の裁きがあろうというならば、このような光景でしょう。
 世界を浄化せんとばかりの破壊に、散歩に出ている彼を待ち、震えるしか出来ません。
 よもや、この世界における人類が、悪し陽光に染まったから――!」
 真実は何も解らない。どうして天使と呼ばれる存在がやってきたのかも。そして、この大破局がどの様にして引き起されたのかも。
 全ては謎。謎の儘――だけれど。
 棒・棒・棒(r2p000952)は自身が心血を注いで作成していた動画が真っ白に変化する様を見ていた。
「な、え?」
 驚愕にしがみ付いた。
「ちょ、ちょっと待てよ――!」
 一体何が起こっているのか。致命的な何かが起こっている。これは『バグ』か? それとも。
 理不尽な事に、全てが書き換えられている光景をしがみ付くように見ていた青年は己の動画と同じように蹂躙される現実世界の光景を目の当たりにしたのだ。


 肌がひりついた。ショッピングを楽しんで居ただけだというのに。伏見稲荷・玉藻後・杠葉(r2p000462)は嘆息する。
「……成程のう」
 空が終わりを告げた。不思議な格好コスプレと騒ぎ立てられても構わない。人では無いと指差されようとも仕方はあるまい。
 神秘を秘匿などと言っている場合ではないのだ。これは終焉の気配だからだ。
「あぁ、大社と連絡をつけねばならぬのう……まずはここを守り抜かねばなるまいて」
 それだけ危機がやってきたのだから。杠葉から漂う妖気はゆらりと漂い続ける。
「天使は全て俺の敵だ!」
 そう、空からやってきたのは隻鳴 コウヤ(r2p001689)にとってと良く似た存在だった。
 ライバルは天使を模したカードを使っていた。コウヤにとっては仇敵を打ち破るが為の戦いだ。
 11歳の少年はカードをドロー。そして召喚。雷を纏ったドラゴンが突如として姿を見せた。だが、混乱を極め上手く戦いきることは出来ないか。
 それでも挫けることはない。ただ、戦い続けるだけだ。 「――了解」
 鋭く、ジャック・ドーニング(r2p001686)はガンブレードを叩き降ろした。多少の無理は承知、無茶もしろとのお達しだ。
 傭兵集団【白雲の潜鯨】のとして、この場の天使の排除を請け負ったのだ。ぎらりと天使達を睨め付けた。
 この依頼は相当骨が折れるのは確かだ。
 当たり前の様に戦い、斥けるだけだ。己はあの潜鯨の一員なのだから。
 さて――無理難題と。そう呼ぶならばやる気を見せねばならないか。
「さて、今日は遂にヒメリ……いや、龍華会との懇親会じゃな。
 うむむ……しかし、会までまだ半日はある……もう会場の一度見回りを……!? な、なんじゃ今の爆発音は!?」
 慌てた様子で璃 善猫(r2p001669)が身を乗り出した。龍華会との懇親会を強引に計画し「仕方ないのう」などと応えられてセッティングしたが――其れ処ではないか。
「そ、空に異形が……魔術の類か? 龍華会の差し金か? それともわえの本家からの……いや、どれも違うじゃろ!
 ええい! 女帝猫の名にかけて、この中華街で好き勝手暴れられると思うでないぞ!! 此処は金猫会の縄張りじゃ!引き裂いてくれる!!」
 息巻いた娘がそれからどうなったのかは――定かではないのだ。
「どうしましょう」
 栞莉 エヴァンズ(r2p002546)は呻くようにそう言った。娘との連絡は途絶えており、連絡は取れやしない。
 共に行動していた夫――セオドア・エヴァンズ(r2p002545)は突如の襲撃に立ち上がることも難しい。
 軍人であった経歴から横須賀であれば安全に避難が出来ると考えて居たのに。
「……ッ、全く……何なんだこれは。日本に襲来するならせめて怪獣にしてくれよ……」
 思わず呻いたセオドアの右腕は使い物にならないだろう。栞莉は息を呑んだ。嘗ての姿に――魔法少女の姿へと変化する。
「いい年してまた変身するなんてねぇ……」
 今は娘の無事を祈りながらこの場から逃げ果せねばならないだろう。
「アルテミア」
 都内の病院で治療を受けていたエルメリア・フィルティス(r2p001751)は直ぐさまに双子の姉であるアルテミア・フィルティス(r2p001753)へ電話を掛けた。
 まだ通話は繋がっている。それだけでもエルメリアの心を落ち着けた事だろう。
「大丈夫? アルテミア」
『ええ、こちらは――エルメリアこそ気をつけて』
「武術の腕に自信があるからと言って先走って大怪我したりしないか逆に心配だよ?」
『ふふ、大丈夫よ』
 くすくすと笑うアルテミアの声を聴いてからエルメリアは電話を切った。愛する姉ともう一度会うために、今は避難をしなくては。
(……なんで、私、頭から血を……?)
 首を傾いだ。掌が視界の端に見えた。あ、転がっているんだ。そう認識してから荻野 翔子(r2p000583)は体を起こす。
(お店も、壊れちゃった。“Cafeteria Mirai”――未来を繋いでいけると信じたはずの、私のお店、壊れちゃった)
 けれど、生きていなくちゃ。まだ、何かが起こったわけじゃない。友人は如何しているだろう。明るく笑うあの友人は――
 明け方過ぎに、叫び声が聞こえた。母の声音に飛び起きて雪沢 鈴菜(r2p000381)は慌てた様子で弟の――雪沢 誠那(r2p000837)の部屋へと転がり込んだ。
「ッせーくん……!?」
 翼の生えたと、怯えた母親。母の前にゆっくりと立った鈴菜は誠那をまじまじと眺めて息を呑む。
(……ああ、とうとう俺はヒトでいられなくなったんだ)
 それでも、病弱であった肉体という枷から解放された事は心地良くて。頗る調子が良いこの心地に、理解も出来やしなかった。
「せーくん」
 きれい、と、最初に思った。鈴菜がごくりと息を呑んだ、が、彼女を見てから笑いながら誠那は窓から飛び出した。
「まっ、待って、せーくん! せーくん!」
 身から乗り出したけれど、彼には声は届かない。ああ、なんて爽快な気持ちだろう。誠那の笑い声だけが鈴菜の耳には残っていた。
(……こわい……)
 身を縮めて月之羽 阿(r2p002005)は息を呑んだ。居候先の酒屋の地下倉庫は、安全であるとは言い切れなかった。
 スマートフォンで確認したニュースでは各地の変化を如実に伝えている。情報を眺めて居るだけでもどれ程に大きな変化が起こったのか手に取るように分かった。
 のだ。阿はがたがたと震え恥舞える。
(せっかく一歩踏み出して、未来に向けて頑張ろうと思ったのに。その前にわたし、死んじゃうのかな……)
 ――どうか、どうか、何にも見つかりませんよう。
「佑河――?」
 ふと、顔を上げた春秋 綾穂(r2p002343)は一人息子の家出に気付いた途端に、世界が大きく変化した事に気付いたのだ。
 魔術師であった綾穂は息を呑む。息子は何処に行ったのか。普段、息子に向き合わずに過ごしたがこれか。
 直ぐに探しになど行けない。一先ずは天使を斥けなくてはならないか。
「天使が襲ってくるだなんて……想像もできませんでしたよ……」
 思わず呻いたのは弓月 志鳥(r2p001352)だった。天使族カードを使うカードブレイバー。
 ドロー。騎士のカードのヴィジョンを駆使して何とか天使を斥ける。
「今はまだ何とかなりますが……、まずは突破しましょう……」
 行く手を遮る白い翼はどれ程に恐ろしいものであったか。
 辛うじて放映が行なわれていたテレビでは北日本での領海において、戦闘が始まった旨が放映されていた。それが何処かの国による軍事的侵略であるのか、と話す専門家達の声がする。
 いや、戦場解かした領海に居た居る光安 寧(r2p003069)はそれを後に否定するだろう。何せ現れたのは翼を有した人方だったのだ。天使――そう呼ばれる存在が襲撃し始めたのだから。
「侵略者」
 その言葉はノイモント・シャルラッハ(r2p001738)の唇から毀れ落ちて、確かに斬天公=小夜瑠璃(r2p003036)まで届いたのだろう。
「行けるか」
 ノイモントとは問うた。小夜瑠璃を所有するのはノイモントであったが――それもの間の話である。
 出会って間もないノイモントは自身をよく使いこなしてくれていると小夜瑠璃は知っていた。そう、だからこそ、戦場で誉を上げる喜びと、長く得られなかった主を得たが続いてくれることを望んでならなかったのだ。
「人ならざる俺にできることは、これくらいなのだからな」


 遠い何処かで――
 プラーナ村は今日も平和だとアルフィオーネ(r2p000428)は嫋やかに微笑んだ。
 そう、ある場所では未だ平穏を保ち、ある場所では危機を察知する。
 少なくとも『いつかは帰る』為に羽休めをしていたシオン(r2p001926)は届くことない『母星』へのメッセージを送る窮地に立たされていた事だろう。
 ――恒星間人型宇宙都市艦シオンより母星への緊急メッセージを送信。
 エネルギー補給作業中の当機が滞在する都市に多数の敵性勢力が攻撃を開始。
 現状のエネルギー状況では大気圏脱出は不可能と判断。そこで現地文明の避難民と合流し、生存を目的とした避難を実行。
 当機のエネルギーを現地文明の電化製品に接続する事で避難所の環境維持を行う。
 ……現在はネット情報からデータを取得し周辺の避難所ネットワーク確保中。
 届くことのないメッセージ。
 変化の激しい世界で『不時着』してしまった白玉 ぜんざい(r2p002042)は驚愕の事実を知った。
 そう、ぬいぐるみは喋らない。魂だけでやってきた龍はぬいぐるみにその身を預けてしまったのだ。
 あろう事に、この世界で自分は会ってはならない存在へと変化したのだ。妹を探しに行きたい。如何すれば良いのか――
 悩ましく考えて居たぜんざいは突如として変化した世界において、拾い上げた小さな子供を守る事だけを考え始めた。
 引き攣った声を漏し、水鏡 幸雄(r2p002724)は呆然と避難場所に突如として襲来した天使の姿を眺めていた。
 此処に居れば安全なのではなかったか。天仰いだまま幸雄は息を呑んだ。隣に居た、笑い合って過ごした男の姿が変貌していく。
「ひ――」
 息を呑んだ幸雄が後方に下がる。人が肉に変わる光景に、地を掻き毟るようにして腕を動かし、難を逃れた。
「一体何が起こっているのか、どうすれば良いのか……分からない事が多過ぎます。
 それでも、やれる事がないって訳では無い筈です。何か、しないと……何もしていないと、頭がおかしくなりそうです」
 嘆息した宮本 玲奈(r2p000259)はかぶりを振った。覚めない方が良かったとさえ感じられた最悪な目覚めを経て、広域避難場所に指定された学校を目指した。
 まずは、自分が避難して、安全を確保して――そして捜索するのが最善の筈だから!
 セーフエリアに辿り着くことが出来たならば、そこから初めて此れからのことを考えられる筈なのだ。
 家族と共に避難所までやってきた。此処まで来たら、安心できるはずだったのに。
「お母さん」
 譫言めいて鈴仙・深凪(r2p001849)はそう呼んだ。早朝からずっと気を張って居た。幼い子供は眠りについて――
「お、お母さん!!!!!!」
 絶叫に似た響きは避難所内を駆け巡る。叫喚の地獄の様相に陥った避難所内。翼を生やした異形が幼い子供の肉体を持ち上げてけらりけらりと嗤っている。
 その『天使』に深凪は母の――鈴仙 美空(r2p003128)の面影を見た。引き攣った息子の顔を見て首を傾げる。
 どうしたの? ああ、お腹が空いたのね。なら、この子を食べる? 大丈夫よ。痩せ細ってしまうのは苦しいものね。『おかあさん』がごはんを――
「い、いやァッ!!!!」
 深凪は駆け出した。だらりと腕を降ろした『美空』らしき天使はただ、首を傾げているだけだった。
 その上空にセコーゾ(r2p002897)の姿が見える。無数の『異形』は人の気配を察知したように現れた。
「ふふふ……♪」
 うっとりと星見 彼方(r2p001858)は両手を宙空へと伸ばした。何かを知っている訳ではないけれど、何かを分かった気がしたのだ。
 それは『観測者』が如く過ごす少女の在り方であったのだろうか。
「そう、今日が黄昏の日、審判の日のはじまり♪
 このまま滅びるのか。それとも今こそが進化の時であると、ネクストへ、その先アセンションへと歩みを進めることが出来るのか。
 ふふふ、とても楽しみだわ♪ わたしは何もしないわ♪
 滅びるも生きながらえるも、あなた達次第♪ わたしはただ、全てを見届けるだけよ♪」
 朗々と歌う声を聴きながら火渡 香凜(r2p002609)はぎょろりとその目を動かした。美しい身形をしていようとも、その姿は異形そのものだ。
「闘争ってのは美しいよなぁ? テメェらも思う存分暴れようぜ!」
 避難所へと集まる武装集団は異形めいた存在の制圧にやってきたのだろう。姉を傷付けた後に、もはやなにも恐ろしい事などなかった。
 御霊 みたま(r2p002183)は有り得ざるものを目にしたように息を呑んだ。両親は盾となり、祖父母は走れないから置いていけと言った。
 11歳の双子の弟と妹を連れてみたまは走るしかなかった。まおもみおも、体力の限界が近い。
「ッ――」
「大丈夫!?」
 影が落ちた。目を見開いたみたまの前で朗らかに微笑んだのは紫の髪の――刻陽大付属中学の制服か――『カホ』と名乗った少女だった。
「ど、どこか……」
「病院だね。行こう。誰かの手を借りて、急ぐよ!」
 少女達を支援するのは横須賀基地より平和が為の相当を行って居るの源 薔薇上(r2p003162)であった。
「マサカ、コノ惑星ニモ天使ドモが襲来スルトハ……ギャラクシー源氏連邦ノ武者トシテ、友ヲヤラセハセンゾ!」
 天使を斥けるべく、魔力が放たれる。ひゅうと一陣の風が吹いたかと思えば灯護・アーヴェント(r2p000463)の呆れた様な声音が響いた。
「さて、困ったな。これじゃあ米軍も『動かざる』を得ないじゃないか」」
 このような自体になる前に、救うはずだった。が崩れ去ってしまえば人は神秘に触れてしまう。
「メンタルケアにしても気休めですか……参ったな。戦力とでしか動けないなんて、な」
 やれやれと肩を竦める灯護の傍では辛うじて息をしていた男が転がっていた。先程、みたまの弟や妹と夏帆、そしてを逃がす為に天使を迎え撃ち第一陣を斥けた男だ。
 エンリコ・トゥオーノ(r2p001969)の命はそう長くは持つまい。
「ちくしょう……やっちまった。何とか逃げるつもりやったのにな。娘の晴れ姿を見ずに死にとうなかったが、流石に眠くて動けん。ナタリア、ホンマに……すまん」
 男のように死すものも多く出る。ナタリアはふと振り返り父を呼んだだろうか。
 最期に彼女を救えたのは――僥倖、だったのだろうか?
「まるでコバエのよう、鬱陶しいにも程があるわ」
 呻くようにそう言ったのは天涯 華代(r2p001375)であった。此岸と彼岸の守り人、天涯家の一員として世界の理を乱すモノを許してはならない。
 ザコと呼ぶべきだろうか。有象無象を潰そうとも、司令官と思わしき者が居る限りはじり貧だ。意識も朦朧とする。
 華代の前には少女が立っていたか。夏帆を見詰めた華代は己の血を分け与え、行く道を開く。
「……司令塔格の天使を、駆逐して」
 悍ましい音がしている。何が起こったのかを兆海 鵆璃(r2p000321)は知らぬ儘だ。
 腕に抱えた子猫は小さな声で鳴いていたけれど、その肢体が震えていることが痛ましい。ああ、けれど鵆璃だって震えているのだから仕方が無い――
「……ごめんねエーくん、もうちょっとしたら出られるからね」
 婚約者と共に身を寄せ合って息を潜めた狭苦しいクローゼット。シェルターにはなりやしないけれどならば此れで難は過ぎ去るはずだった。
「……まだ、まだだよ……」
 今出たらきっと助からないと『星神様』が告げたから、時を待つ。ふわふわとした毛並みに心が救われた気がした。

 執筆:夏あかね

●1st day
 その日、世界は『最悪の日』になった。
 平和な日常はもろく崩れ去り、深夜だと言うのに、外が明るい。ガスが爆ぜて火事が発生した家なんて数えられないくらいあるし、カオル(r2p001658)の家だってそうなった。
(何なの、何なのこれ! 夢じゃないの!? 何で覚めないのー!? おかしいよ、こんなの!)
 両親とはぐれてしまったただの高校生。カオルは涙と傷で顔をぐちゃぐちゃにしながら瓦礫の影に縮こまっていた。
「おいおい、なんだァありゃ……」
「これは一大事ですねぇ。えぇ、ビジネスチャンスとも言えますが」
 深夜の時間ではあるが人狼の鋭い感覚で異変に気付いた綾木 繕弥(r2p001351)が住居を兼ねた店先へと顔を出せば、綾木 緋花(r2p002954)も顔を覗かせた。
 この世界で天使と呼ばれる存在が、殺戮を行っている。店の近隣の者たちはふたりにとっては隣人であったり客だろう。
「チッ。めんどくせェが、死ぬ気もねーんだわ」
「まぁ、そう言わず」
 繕弥にはテリトリーを守るためだが、緋花にはビジネスチャンス。戦える力を持つ者は己が得物を手に繰り出していく。
 黒猫姿で仲間と夜回りをしていた真鹿 魚六(r2p001339)も『それ』に遭遇した。
 何かはわからぬ。だが、人を襲う化け物だ。
(……意外と手ごたえがない? 威力偵察の類であろうか?)
 地脈から力を得た手裏剣であっさりと殺せた天使に、魚六は眉間に皺を寄せる。
 ああ、長い一日になりそうだ。

 色彩溢れる光が溢れた。色鮮やかな軌跡を描きながら、それらは天使へと打ち込まれていく。
「ッシャ! 一昨日来やがれ!」
 とある会社の入口を守るネイリトリック・ネヴェスレプス(r2p002614)の前では、最下級の天使なぞ雑兵に過ぎない。
「お前さぁ、いつもそうやったっけ?」
 同僚のジン・スファレリア(r2p002407)も普段よりはテンションが高かったはず。だが常よりもかなりテンションの高い者が側にいれば、どうしたって気になるものだ。
「……まあええか」
 彼は気にせず大暴れをしているから、ジンもそれ以上は告げずに天使を殴り飛ばしたのだった。
(習い事は色々とやっておくものだね……!)
 眼前には翼持つ化け物たち。正直なところ、橘 舞子(r2p000131)は化け物たちと渡り合えるほど強いわけではない。だが――
「ええい、少年! 私から離れないように!」
「わわわ……! い、言われなくても離れませんよぅ!」
 助手として何かと目をかけている少年、皇 陽斗(r2p000924)の前で格好悪い姿は見せられないじゃないか!
「舞子さんってそんな武闘派でしたっけ!?」
「少年、キミは」
「わー! 舞子さん、前! 前!」
 舞子は振り向きざま、くるんと回したトンファーで天使を殴りつけた。
「兄ちゃんっ!」
「馬鹿、何故お前がここに!?」
 やっと見つけた背中へ才羽 理人(r2p003077)が叫べば、霊力で天使と戦っていた才羽 光人(r2p003114)の意識が逸れた。
 命をかけたやり取りの最中の一瞬の隙は致命傷。天使の群れに光人の姿が飲まれる。
(あ……)
 兄ちゃんが殺される。
「駄目!」
 光が、爆ぜた。
 天使は消え、傷だらけの兄だけが横たわっている。理人は慌てて駆け寄り、兄を抱き起こした。どうしてだろう、視界が滲んで兄の顔がよく見えない。
「帰ろう、兄ちゃん」
(そうだな、帰ろうか……)
 光人の声が理人に届くことは無かった。

「……リュミエール」
 創造主たる博士――ミレーヌ オオウナバラ(r2p001254)が息も絶え絶えにリュミエール(r2p001021)を呼んだ。
「あなたの人格は今は亡き娘、ヒカリを元にしています」
「博士」
 血に塗れた震える手がリュミエールの頬に血の軌跡を描き、「わたしたちの生きた証」とミレーヌは吐息を零した。
「どうか、わたしたちの分まで、生きて……ね」
 力を無くした手が、落ちた。もう二度と温かな手でリュミエールに触れてくれることはないだろう。
「今、理解しました。これが悲しみ……これが怒り……そして、これが愛」
「リュミ姉!」
「リュミ姉様!」
 ラボへと飛び込んできたふたりの姉妹機、華子(r2p002235)とメイファ(r2p002681)はすぐさま惨状を理解した。
「わたくしにはやるべきことができました。華子、メイファ、そして、皆様、手を貸してくださいますか?」
「言うまでもないこと。お華はリュミ姉様にどこまでも、ついていく所存にございます」
「メイファも、リュミ姉についていくネ゙。なんでもいうヨロシ」
「警備業務を開始いたします。地球と全人類が対象です!」

「まだ終わらないんだ……」
 マンションの一室。カーテンの隙間から望遠鏡で覗いた外は混乱の最中で、ゲームの中みたいだった。けどこれは現実。地面の赤い跡は『人の跡』だ。
 幸いなことに災害備蓄用の電源や食料はあると小椋 雄介(r2p001990)は膝を抱える。――タワマンのような沢山の人間が住まう目立つ建築物などすぐに標的にされることに、雄介はまだ気付いていなかった。
(ねえ、早く来てよ)
 何もわからないままに納屋の隅の瓶へと入れられた椎葉 千種(r2p000176)はひとりぼっち。振動と恐ろしい音が響いてくるのに、両親も使用人も迎えに来てくれない。
(今なら文句も言わないから)
 だから早く、助けて。
 マリナード地下街へと下った海守 億斗(r2p001003)は、地上から避難してくる人々を追ってくる天使たちに鉄パイプで何とか立ち向かっていた。
(俺が頑張らないと)
 普通の人は一撃で死ぬだろう。けれど億斗ならば少しは盾になれる。仲間が欲しいところ、だが――孤立無援。
 一方、天使暴れる住宅街。レン・ヴァルディース(r2p000292)もまた、ひとりで戦っていた。だが、『普通じゃない仕事』をしていたお陰で武器があり、自宅に匿っている人々を守れていた。
「知り合いが来るまでは、ここを守らなければ」
 ナイフとハンドガンを使い、天使たちを自宅から可能な限り遠ざけていく。
 災害時、電話回線の混雑でスマホは容易にただのアクセサリとなる。
 通い慣れたぬいぐるみ専門店を覗き込むも、店主はいなかった。
(どこへ行ったらいいの?)
 両親と連絡が取れないまま、ミトラ・イアド(r2p001530)は町を彷徨った。
「全然繋がんない……晃兄、どこに居るの……!」
 従兄の晃一のスマホへ何度も電話をかけるも、繋がらない。非常事態で回線が混み合っているだろうと察する余裕は、壊れた建物の影に隠れて天使たちをやり過ごす雪永 千詠子(r2p001295)にはなかった。
「落ち着いて、押し合わず行動してください!」
 そんな彼女の状況を知らず、日ノ下 晃一(r2p001496)は近所の人々を助けんと避難誘導の手伝いをしていた。
「なんて状況だ……」
 まるで地獄だ。何故だか戦える人たちの背中を視線で追ったその時、晃一の意識は激しい衝撃とともにふつりと途絶えたのだった。

 こほこほと雨堂 逡(r2p002029)が苦しげに咳き込み、傍らの兄から案じる声がかかった。
「もう少しだ。頑張れ」
 兄の雨堂 巡(r2p002028)はギターが上手いだけの青年だ。戦える力も無く――それなのに天使の襲撃という危険を目の当たりにして、己の危険も顧みず逡が入院している郊外の病院まで駆けつけてくれた。
(いつものように甘えられない……)
 跳ねる胸に手を置いて、深呼吸。頑張ると小さく零しながら、逡は差し出された巡の手を取った。
 その時、何かの気配がした。ヒッと逡が息を飲み込む。
 だが――
「怪我はないか?」
 退役自衛官の根来 日向(r2p000005)が救助に駆けつけ、応戦。何とか天使を組み伏せると彼は汗を拭い、兄弟へ振り返った。
 聞けば兄弟は大学へ向かっているとのことだった。救いを求めてくる人は大勢いるだろう。となれば、それを狙う者も。救いを求める多くの者たちの助けとなるべく、日向も兄弟に同行した。
「これはきっと、世界の終わり」
 真田 礼(r2p000430)の胸にはかつて一度世界を救った者としての感覚が騒いでいた。母へ『今までありがとう』とメールを送ったけれど、通信が混雑していて届いているかも解らない。
「うわっ……あぶねー!」
 天使たちへと飛び込もうとしていた礼の直ぐ側で何かが爆ぜ、一條 貴之(r2p001382)が慌てている。兄姉に持たされた護符を天使へと投げつけたのだ。
「そちらの方、大丈夫かしら?」
 爆音に引き寄せられたのか天使たちが貴之へと向かうのを神葬世界 真逆悟得(r2p002538)の黒魔術が弱らせて。そこを礼が打ち砕く。
「あっ、ありがと……!」
「あなた様はどちらまで?」
 家に帰りたいと告げた貴之の道中をお守りしましょうと真逆悟得は微笑む。
 だってねぇ、天使様。わたくしはわたくしの楽しみを奪う奴らが一番嫌いなのよ。

「こんな雑魚ばっかじゃ味気ないなー」
 襲ってきた天使たちを元は腕だった子蜘蛛たちに食らわせて、ヴァル=ヘールフルン(r2p000717)はそんなことを口にした。
 空を見上げ、引き寄せ食べて。喰い残しを置き去りにぶらりと町を彷徨えば、意外にも『人外』と呼ばれる存在は多そうか。
「世界一下らない日が、一日で様変わりだな」
 誕生を祝われるより、この非日常を味わう方がよっぽど生への悦びに満ち溢れている。
 天使の死骸を見下ろして嘲笑った劉 赦鶯(r2p000289)は深くまで吸い込んだ紫煙を吐き出した。
 この悪夢のような一日が終わろうとしていた。

 執筆:壱花

 目が覚めたら、そこはもう地獄の中。最悪の窯の只中だ。

 柊 旭(r2p001730)はピアノの音で目が覚めた。ショパンの交響曲9番――「告別」の調に、その意味するものに気付いて、彼女は弾かれたように祖母の部屋へと走っていた。
(ばあちゃんのピアノの音――でもこれは)
 これは、の次の言葉が脳を駆けるより、背中を打って吐き出した酸素が思考を断ち切るのが早かった。白い羽根が舞っている。夜闇の中でやけに鮮やかなそれは、祖父の狂ったような笑い声と、破綻したピアノの調で歪んで見えた。
 ……帰りたい。ここが家だと思い出せないまま、彼女の想いは意識と共に埋没した。

「一体、何が……?」
 追風 悠太(r2p001108)は耳を劈く轟音で目が覚めた。その源が彼の命に関わらなかったのは不幸中の幸いだが、地獄なことに変わりはない。
 羽根の生えた『何か』があたり一面を地獄に変えている。即座に思い至ったのは自分ではなく他人の無事、恐怖ではなく使命感。
 親友の顔が頭にちらついた悠太は咄嗟にスマホを手に取るが、なんの反応もない。視界の端にちらつく血と死を振り切って歩き出した彼は、己の変調に気付かぬまま彷徨い始めた。

 ダイス・グレイス(r2p002219)は、一日の終りにとコーヒーを嚥下し、その残り香を片付け『三月三十一日』を終えようとしていた。だが、世界は無情にも四月一日を連れてきた。天使とともに。
「……一体何が……」
 外から聞こえるのは襲撃の音、混乱のそれ。明らかな異常を嗅ぎ取った彼は、避難所の存在に思い至った。
 拳で戦えないなら、料理がある。これから来る混乱を緩和するために、何かを成そう。そう決めて、身支度を始めた。

「……何あれ。悪趣味過ぎるでしょ」
「……何で。どうして、こんな事に」
 一桜(r2p000220)と白水 聖(r2p001536)はほぼ同時に驚愕の言葉を吐き出し、互いに顔を見合わせた。世界を今まさに崩壊に導こうとしているのは『天使』のそれに相違ない。怒号や悲鳴が耳に忍び込むたび、両者の心臓は早鐘を打つ。死の気配、崩壊の事実、それらに悲鳴をあげぬまま、一桜は唇を噛む。絶望や恐怖ではなく、歯痒さで。
「一桜、支度! すぐ出るよ!」
「う、うん……!」
 なまじ選択肢と制限が脳裏にちらついた一桜が動けず、対抗できずとも生き延びようと心に決めた聖の行動が早かったのは奇妙なものだ。「生きたい」より「生かさねば」が先に立つ。
 手元にあった鞄に最低限のものを纏め、何とか靴を履いた一桜の手を掴む聖。至らなさに顔を伏せた相手の姿、それを聖は恐怖から来るものと感じ、安心させるべく笑んでみせた。
 違うんだ、聖君。ここで君を助けられる力があるのに、僕は自分を恐れられるのが怖くて決断できないだけだ。
 今、世界が壊れているのに、彼との関係は壊したくないという矛盾。扉の向こうの地獄に、二人は一瞬だけ目を伏せ、駆け出した。

 神ヶ原 樹(r2p003118)は悲鳴を上げようとした。
 だが、不思議と声が響かない。何故かと彼が考えるよりも早く、腹から下の感覚がもうないことに気付く。
 呼吸が苦しい――横隔膜が潰れて声が響かないのだ。
 嫌だ。
 周囲の喧騒は死の希少性を薄めるばかり。
 死にたくない。
 天使は辺りの生を潰し死を量産している。このままだと自分も死ぬ。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!!
 出せぬ声を張り上げて希う彼の顔を天使が掴んだ時、脳裏に浮かんだのは大学の友人の無事を願う言葉だった。

 板垣 那由多(r2p001538)は夜明けよりも早く身を起こし、カーテンを開いた。
 外の喧騒が気になって開いたカーテンの向こうは、ただただ絶望の色。慌てて閉じてシロトークを開く。
 眺めの読み込みのあとに開かれた内容は、世界滅亡の足音だった。
「う、運がよかったなぁボク……!」
 絞り出すように吐き出した声。弾かれたように身支度を整えると、クローゼットの肥やしだった防災バッグを手に取り、避難所へ走り出す。指定避難所は開いているか、そもそも無事か。
 生き残る為には、考える暇もなく。

 執筆:ふみの


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