4月1日 - Part5


 沢山の人が死んだ。
 未明、今なお響き渡る悲鳴はまだ始まりに過ぎない。
「ひーっ、な、なんだなんだ?!」
 スマートフォンで動画を眺めていた大海 慈生(r2p000698)がそれに気づいたのは何かが吹き飛ぶような音と、閃光だった。
 飛び起きるままに、深夜であることを忘れさせる眩しさにカーテンを開けば、そこには飛び交う異形の群れ。
「ま、待ってまて……何、なに……なんなんだよこれ……」
「慈生! 起きなさい! 早く逃げるぞ!」
「う、うわぁ!!」
 荒々しく扉を叩いた両親に無理やり引っ張り上げられた。
(なんだよこれ! わけわかんねぇよ!)
 心臓の鼓動は痛いほど激しく鳴っていた。
 出来ることはただ『夢であってくれよ』と祈る事だけだった。

「なんだよ、何が起こってるんだよ……!」
 草木野 和也(r2p000788)は東京旅行を終わらせたばかりだった。
 春休み期間中の受験校見学後の観光は慣れてきた人里よりも遥かに人が多かった。
 帰路の夜行バスの中、空に見えた無数の羽根の付いた怪物たちを見た。
 ラジオからは緊急放送の番組が鳴り響く。
「当バスはこれより市街に道を変更します。お近くの避難所まで必ず送り届けます」
 そうアナウンスが流れた。
(なんだよこれ。俺ここで死ぬの?)
 バッグの中にしまい込んだ熊撃退用のスプレーはあの怪物たちに通用するだろうか。
 心細さばかりが思考を支配していく。

「なんやの、この面妖な生き物は。
 羽つけて輪っか頭に乗せて、まるで天使さんやなあ。
 俺らを天国に連れてってくれはるんか?」
 羽根つきの化け物を見やる天使突抜 善一郎(r2p003131)は随分と悠長なことを言っていた。
 それはいうならば現実逃避とか、そういう類のものであった。
「俺、ほんまに平和に暮らしてたんやで? なんでこんな目にあわないかんの?」
 家を出るとき、念のために護身用で持ち出した包丁で生き延びるためには勝つしかない。
 包丁は真っすぐに天使を貫いた。
 力が沸き上がってきて、羽が生えたみたいに身体が軽かった。

 ぬるま湯のような、温かい日常だったと神代 白綾(r2p001503)は思う。
(お父様、お母様、今までありがとうございました)
 今日この日まで育ててくれた人たちの無事を祈り、ギュっと拳を握りしめた。
 共に居れば或いは守ることもできるかもしれなかった。
 それでも天使ではなく私自身の手で命を摘み取ることになるかもしれないのなら、傍に入られなかった。
「燃えろ、私の中の竜の血よ!」
 心臓がドクンと熱を帯びて、白竜の如き印象を受ける乙女は天使へと殴りかかる。
 妙に頭が冴えていた。後ろの敵を尻尾で薙ぎ払い、前の敵は膂力で捻り潰す。
 ただ、一匹でも多く天使を壊すために。

「――お母さん!」
 鳴り響く着信音に、そこに表示された『お母さん』に、夜神 ステラ(r2p002295)は思わず立ち止まる。
 ほんのりと暗い画面に映る黒十字の天冠は周囲の化け物たちとも似ていた。
 ――死ぬ前に、言いたいことがあった。
(良かった、無事なんだ!)
 震える手、直接言葉にしたかった『愛してる、ありがとう』
「……お母さん!? 無事? ……お母さん?」
 画面に映る通話中の文字。返事はなく、無情な音が耳に残る。
「夥しい死、街中でこんな事が?」
 物言わぬ夫のすぐ傍、ニュースの画面に映る異常。
 非現実めいた光景に夜神 ソフィア(r2p002601)は声を震わす。
 ただ喧噪だけがこれが現実と知らせてくれた。
「――! あのこ、ステラは無事なの!?」
 我に返る、返せなかった手紙。充電中のスマホをスワイプして探り当てた番号に掛ける。
 ――あぁ。画面に映る、これは誰?
 鳴り響くコール音、呼吸が溢れ、朦朧とする意識の中、スマホに映る私には翼が生えていた。
「私にも……羽? ああ、私も化け物に……」
 ぐしゃりとへしゃげたスマホが床に落ちて砕け散る。
 ――ああ……資格がなくても一言、愛してるって言ってあげたかった。

「わぁ、地獄だあ」
 ラクト(r2p002979)の口から漏れたのはそんな現実逃避の言葉だった。
(あ~~~化物扱いされても全然いいや! こんな中で何しても大体ごまかせそーだしね!)
 ケモミミフード付きのパーカーを引っ手繰り、ラクトは外へと走り出す。
 適当に目についた異形を瞬く間に凍らせ、稀に人を助けながら驀進し続ける。
(なんか調子が悪いなぁ……脱いた熱が全然排出されない感じ……あっつい……なんでだろう……??
 うーん……って、もしかして、燃えてない?)
 それに半信半疑ながら気づいたのは随分と後だった。

 戦うことに忌避感はなかった。予言するように彼が著した本に記されていたから、今日という日に驚きもない。
 白雪 涼音(r2p000037)は我が儘を押し通して、壊れ行く世界へと飛び出した。
 女の子の可愛い我が儘で呼び出した高位妖精たち。青い蝶は、涼音の一存だけで天使たちを吹き飛ばす。
 もっと色々なことができるけれど、それは意味がないから、シンプルで充分だった。
(……願わくば、皆が無事でありますように)
 全てを救いになんて行けない。だから、遊ぶように、八つ当たりのように。
 天使を倒すことが彼らの無事に繋がることを祈って、涼音は笑いながら戦い続ける。

 燈森の家は退魔の家である。
「無理はするなよ、紫乃!」
「うん! お兄ちゃんは避難のお手伝いをお願い!」
 そう叫ぶ大好きなお兄ちゃんの声。
 高校進学のお祝いに、楽しかった日々、明日は思い出たっぷりで地元に戻ろうと思っていた。
(こわくなんかない! わたしは戦うの!)
 燈森 紫乃(r2p002291)は震える手に力を籠めて、自分を奮い立たせた。
 遭遇したことのない異形、羽根の生えた化け物たちはどんどん増えていく。
 退魔の力を振るうのだって、まだ新米の方だった。
 それでも、避難をする人たちの事を放ってなんておけなかった。
 ――俺は無力だ。
「さぁ、速く! 紫乃が戦ってくれてるうちに、速く逃げるんだ!」
 そう叫ぶ燈森 乃蒼(r2p001940)の胸の内にはそればかりが存在している。
 紫乃と違って、才能の無かった乃蒼には戦う力はない。妹を護ることも、助けることも出来やしないのだ。
 モデルを出来る程に整った顔立ちをした青年は、その風貌を珍しく悔恨に染めながら叫ぶことしかできないのだ。
 どうしようもない無力感に苛まれるままに、青年は叫び続ける。
 1人でも多く、1秒でも速く、避難を成功させるのが、きっと怖いだろうに戦っている妹の奮闘を無駄にしない唯一だった。

「およーーーっ!? いったい全体なんですよ!? なんでこんなことして行くですよ!?」
 横浜市街の一角でチョコ ミント(r2p000456)は叫ぶ。
「……舐めるんじゃねーですよ! 雑草の意地! ちがったチョコミントの意地! 見せるですよ!
 言葉にすれば夢は叶う! 世界を守るチョコミントですよ! くらえっ、雑草パーーーンチ!!!」
 意気揚々と叫ぶ! 20cmの跳躍から放れた雑草パンチがふわり、天使の身体を『撫でた』。
 ミントを敵どころか生き物として認識していないのか、天使はそのまま通り過ぎた。
「……? 雑草扱い! するんじゃねーですよーーーっ!!!」
 怒りのパンチは悲しいかな、やはり天使の身体を撫でるだけだ。

 ――死は遠く美しく偉大で稀なる儀式であるべきだった。
 夜明け前の空を、生首を抱え土師 幹宣(r2p001401)は逃げ惑う。
 美しい人の最後の刹那を切り取った顔は最愛なる姉のものだ。
(間違っている、こんなこと)
 幹宣は重たいはずの姉の頭を抱えて走り続けた。
 随分と軽くなってしまった、姉。
 交わす言葉もなく呆気なく美しい姿さえもそのまま残してやくれなかったのだ。
「間違っている。取り返さないと。医者でも、魔法でも、奇跡でも、探さないと!」
 絶望を知るまでのわずかな間、確かに最愛であり、標であった人を抱えて、あてもなく走り続ける。

 そうして、またどこからか爆発音が鳴り響く。
 燃え盛る街をしり目にただ走りながら、「滅んでしまえばいいのに」――なんて口癖のように呟いていた五月七日 星漣(r2p001651)は「ふざけるな」と声をあげるのだ。
「人間なんて滅びてしまえばいい! そうは言ったけどな! 吾まで巻き込まれるのは御免だが!?」
 随分と老成した言葉を吐きつける自分がいることをまだ星漣は気付かない。
「ふさげるな……吾はこんな形の滅びなど望んじゃいないぞ……クソ、昔のような力さえあれば!」
 歯痒さからそう舌を打ち、星漣は天使から逃れるべく物陰へと身を隠す。

「いやぁぁぁぁ! 誰か、誰か助けて……!」
 叫びながら走り続けているのは千堂・初(r2p001296)も同じだった。
 横浜市内某所に存在する団地は突如として姿を現した怪物たちによって混乱の坩堝と化している。
 追いかけてくる天使たち――そう呼称するのも嫌悪すべき異形から懸命に逃げていた。
 最初こそ夫と合流しようという気持ちが少しぐらいはあったのかもしれないが、もはや当てなどあろうはずもない。
 辺りには似たような光景ばかりが広がっている――ふと、そんな時だった。聞こえなくなってきた喧噪。
「た、助かった……の……?」
 そんな言葉を残す余裕があるのはどうしてだろう。

 Medeu=La=Rhapsodite(r2p002713)はその日、ある宗教系のイベントに招待されていた。
 なるべく動きたくない省エネな気持ちとノブレス・オブリージュの精神が同居する聖職者の少年が持つ直感は並々ならぬ代物だ。
 Medeuの普段から日常を世話するジーノ(r2p002714)はそれをよく知っていた。
 事実、2人が泊まっていたホテルにも天使たちの襲撃は伝わってきていた。
「こいつらが何なのかは分からないが……メデウ! 私の傍を離れるなよ!」
 黄金色の毛並みには異形たちの返り血や体液で汚れが目立ち始めている。
「もちろんだよジーノ! キミの側を離れたらおれが死ぬからね、戦闘の意味でも生活の意味でも!」
 ジーノは「いつもと変わらぬ」その様子に短く吐息を漏らすと、橙色の太陽を浮かべた金色の瞳を巡らせた。
「――ジーノ、次はあっちからくるよ!」
 視線の先にいた天使を文字通り噛みちぎれば、そのままMedeuの言葉に応じて次の天使を食らい潰す。
「……いつまで持つかな」
 そう小さく呟いたMedeuの言葉に答えを明示できる者はここにはいない。
 只管に、いつ終わるとも知らぬ襲撃を抜群の連携のまま抵抗を続けていく。

「キヒヒッ! 魔法少女になって、魔法少女同士でバトルでもするとか思ってたら……突然なんか降りてきたデス!
 天使だか何だか知らないでスガ、サーニャちゃんの初演には十分すぎるほど豪華って感ジ?」
 天使を見上げ、サーニャ・ヘルウッド(r2p000368)は笑っていた。
(でスガ……サーニャちゃんは天才なノデ、命尽きるまで戦うことはしないデス!
 ほどほど戦ってあんぜんそ~な所まで突っ切る事にするデス!)
 誇らしげに笑ったままに、サーニャは動き出した。
「……あれ? 意外とザァコデス まぁ、いいデス! ハデに道を切り開くでスヨ!」
 首を傾げながら、そのままド派手に突っ切っていった。

 避難者やそれを守っているらしい人々の集まる廃ビルの中、リコリス・ラジアータ(r2p002522)はほんの少しだけ自分の身体を抱きしめる。
(腕がビリビリする……身体が熱い)
 赤いフレアワンピがくしゃりと歪んだ。
「お姉様、きっとここは安全だから、ここに残っていて?」
 リコリスはLycoris・Radiata(r2p002503)の方を向き直り、そう声に漏らす。
 身体の火照りは疼きに変わり始めていた。頷いてくれたお姉様を残して、リコリスは廃ビルの奥へ。
 そのまま裏から外へと躍り出た。扉の閉まる鈍い音が、聞こえたのが最後だった。
 意識を取り戻した時には、既にその疼きは頂点に達していた。
「――あ」
 潰れた女と、翼の生えた男――それから泣き喚く赤子。
 緋色の髪の上に赤く煌く天冠を浮かせ、鞄から包丁を取り出し、男を両断する動きは美しくさえあっただろう。
 ――いや、心の底から、綺麗だった。
 Lycorisはたしかに、姿に目を奪われた。
(お姉ちゃん……守りたい)
 リコリスに気付いて動き出そうとした男を前に、Lycorisは手を伸ばす。
 蜘蛛の巣状の天冠と翼を生やした紅緋の髪がふわりと舞って、男の身体を絡めとる。

「ここには父ちゃんと母ちゃんが、他にも沢山の人がいるんだ! こっから先は通さないよ!」
 茶路 アシタ(r2p000831)は闘志を滾らせ、近づいてきた天使を愛用の大剣で薙ぎ払う。
 続けざま、近づいてきた個体をシンプルに拳を叩きつけた。
 ここまで来るまでに、「なんだこれ」とか、「化け物」とか言われたのも記憶に新しい。
(でも、こいつらがいなくなったらわかってくれるはず……)
 ぎゅっと剣を握る手に力を籠めて――けれど、天使の数は減る気配を見せやしない。
「……キリがないや…天使だかなんだか知らないけど何してくれてんだよ!」
 声をあげたアシタを嘲るように、不気味な羽根つきは笑っている。

「……病院か」
 目を覚ました火渡 麗羅(r2p000229)は開口一番に声をあげた。体を起こせば、ずきりと痛みが走る。
「……そうか、私は」
 それは羽根つきの異形へと姿を変えた妹の姿。同じ軍務についていたはずの彼女の手で刻まれた傷は痛々しい。
「妹はどこだ……奴の首は、この私が叩き落とす!」
 ぎらりと緋色の瞳を開いて、麗羅は声をあげる。その声に気付いたらしい医者たちの言葉など、知ったことではなかった。
 真紅の髪を揺らし、抑え込もうとする医者や看護師を蹴散らしながら外へ。
 いつの間にか、その姿は文字通りに鬼の如く変容していた。

 明日も明後日も、楽しい日が続くと東雲・雪乃(r2p000535)は本気で思ってた。
「でも、現実は怪物が襲ってきて、滅茶苦茶で。これからあたし達、どうなっちゃうのかなあ?」
 雪乃はぎゅっと身を縮こまらせる。怖い。すごく怖かった。それはもちろん、あの怪物たちのせいでもあるけれど。
「怖いよ、お兄ちゃん……あの怪物を見てから、なんだかおかしいの。呼ぶ声が聞こえるの。こっちだ、って」
「きっと大丈夫だ。家族も、みんなも、それに街だって」
 不安に駆られる雪乃が零した声に東雲・春斗(r2p000531)は気丈にもそう応じてみせる。
 不安も恐怖も、空の色に赤く燃やされる。あれが夕陽なのか、街の燃える色なのか、そんなことは分からない。
(……それでも、この中では俺が一番年長で、それに男なんだ。3人を守らないと)
 ただ赤く染め上げられる窓辺を見やれば、そこには2人の友人だという少女の姿がある。
 神代 くるみ(r2p000888)というらしい少女の洋服や愛用のバックに着いたうさぎのすっかり汚れてしまっていた。
 視線を雪乃に戻せば桃園 さくら(r2p000909)が寄り添ってくれている。
 不安そうな桜を見て、春斗は何とか笑いかけた。
 なんとかなるって、きっと平和が戻ってくるって、そう元気づけるために。
 そのためになら、自分の気持ちなんて隠してしまえ。
「……大丈夫だよね。こんな騒ぎ直ぐに収まるよね」
 そう呟きながら、その場をくるみが動けないでいるのは怖いからだ。
 次の瞬間に何かが飛んでくるかもしれなくて、でも目を離したら気づかないうちに襲われそうで不安だからだ。
「そうだよ、雪乃」
 さくらは震える雪乃の手を包み込んで笑いかける。
 最初に異変を感じたのは、1人でお留守番をしていた時だった。
 心細かったけれど、こうしてみんなと合流できたら、少し心強かった。
(春くんの大丈夫のおかげで、少しだけ怖くない)
 淡い恋心の向かう先の少年の言葉が、どれほど心強いか。
「さくら……春にぃ、ありがとう」
 どこからか聞こえてくる声はどんどん大きくなっている気がして。
 言い知れぬ恐怖が現実をこれ以上にならないように、雪乃は祈り続ける。
「きっと大丈夫だよ……大丈夫。くるみちゃんのお父さんも、きっと無事だよ!」
 さくらはもう1人の大切な友人にもそうやって声をかけ、その手をぎゅっと握り締めた。
 震える手を握られたくるみが、少しだけ驚いた様子で、ぎこちなく笑う。
「うん、心配ばかりじゃパパも困るよね。ありがとう」
 しっかりと頷いてから、また外に視線を戻す。ここにはいない父は何をしているのだろう。
(作りものじゃない、本当に殺された。あの化け物は何なの? こんなエイプリルフールないよ……夢なら早くさめて)
 4人で身を寄せ合って祈る時間はまだ終わらない。

「お願いじゃあ……。神様、みんなに酷いことをせんで欲しいんじゃあ」
「まったく、騒がしいやつだな」
 祈るばかりの高城 芽衣(r2p001797)の言葉に、Grey=Lily(r2p001662)の口からはそんな言葉が漏れる。
 ぶっきらぼうではあるものの、偶然にあったばかりの相手、祈ることしかできぬ少女である。
 そんな相手を見捨てるのを忍びなく感じるからこそ、Greyはここに残っていた。
(リリィの力がここでも役に立つとは……。戦うことは嫌いだが、守るためってのは悪くないな)
 近づく羽根つきの異形を両断し、ふと気づいたのはその向こうにいる人だったナニカ。
 正確にはその近くに転がるスマホである。
「芽衣、これを使え」
 壊れていたそれをさっと修復して芽衣へと手渡した。
「う、うん……」
 何度も頷きながら、肉塊から視線を外して声を殺す芽衣が番号を入力する。
「……神様、神様、お願いじゃあ……お願い聞いてくれたらなんでもするけえ。繋がっておくれよぉ」
 芽衣の震える声を聞きながら、再び近づいてきた天使級を両断せしめれば、一つ息を入れる。
(……とりあえず、避難所まで連れていくか)
 そんなことを思いながら、芽衣を連れて歩き続けた。

 喫茶店『Ours』では1日目の夜を迎えつつあった。
 突如として現れた天使たちとの防衛戦は今のところ上手く続いている。
「―――え」
 それは今日という日、最後の困難だった。
 飛来した天使級の背中から飛び降り、赤光帯びる太刀をだらりと下げる影にDummy=Lily(r2p000816)は目を瞠る。
 それは虚ろな赤瞳を向ける周防 陽子(r2p001412)だった。
「てんちょ! 無事だったんだね、良かった……。
 天使蹴飛ばして登場なんて、ちょっと格好いいじゃないのさ!」
 その姿を見たDecoy=Lily(r2p000817)は安堵と共に笑って近寄ろうとして――その手を掴んだ十叶 優(r2p000684)に食い止められる。
「ん……。ああ、喫茶の友達かい?」
 むくりと体を起こしたBuster=Lily(r2p002448)は状況を不鮮明に首を傾げた。
「……」
 赤く濁った陽子の瞳が揺れ、ゆっくりと剣を掲げた。
「……え?」
「おいでこち! あぶねえ!! 陽子はいま正気じゃない!」
 3人のLilyの動きは三者三葉に。DummyはDecoyの前へと躍り出た。
「Nota!Nota!Nota! ――キマイラフィニッシュ!!」
 振り下ろされた斬撃とキマイラの防御機構がぶつかる刹那。
「危ない! 味方……じゃない!?」
 Busterは優を押し倒すようにその場に伏せる。
 爆風が炸裂し、ガシャリとキマイラが膝をついて、ハッチから吐き出されたDummyが地面にぶつかる音がした。
「ダミィ姉さん? 大丈夫ですか? ダミィ姉さん!」
「きゅぅ……」
 ハッと我に返ったCiel=Lily(r2p001555)は思わずDummyの傍へ駆け寄った。
(衝撃で気絶してるだけみたいですね……良かった)
 ほっと胸を撫でおろすCielの横、Busterは既に立ち上がって構えを取っている。
 物陰からキマイラの方へとこっそり近づく影があるのは、そのタイミングだった。
「はは、キマイラって言うんか。悪の魔法少女が弄るのに相応しい名前や♪」
 戦いに参加したいわけでも、正義を名乗るつもりもない。それは奏(r2p000980)の純粋なる知的好奇心という物だった。
 全員が意識をキマイラから逸らしている今しかない。
「ええ感じやったで、キマイラくん♪
 とりあえず、駆動系の修理をして……あとは生体パーツ部への怪人化処置と、機械部品には術式も刻んどくか」
 さっくりと弄った後、奏は来た時のようにそそくさと退散する。
「姉さん達、敵として認識していいか!」
 叫ぶBusterの隣で優は混乱の最中にあった。
(今のは何っ!? 魔法とか魔術とかそういうのなの!? そんなのありっ!!??)
「待って、バスタちゃん、殺さないで! てんちょは敵じゃないよ!」
 Decoyがそう制止するのとほぼ同時、Decoyと優のスマフォから音が鳴る。
「分かった……でもどうする?
 まずは私が抑えるけど、早く決めてくれないと加減端切れないよ!」
 そう応じるまま、Busterは陽子へ飛び掛かった。
 互いにいくつかの傷をうみながら、炎剣を振るう陽子とBusterの応酬を始めた。
(……携帯から音が?)
 記された内容はキマイラの操縦アプリのようだ。
(…………僕に出来ることなんてたかが知れてる。
 でもっ! 誰かを助けることに理由なんていらないんだっ!!)
 ギュっとスマフォを握りしめて、優は顔を上げた。
「Decoyさん……僕もあれに乗れますか?」
「うん、優さん、一緒に乗ってくれるかい?」
「皆さん……」
 Cielには戦う力が無かった。
 激しく熱を増す陽子とBusterの『時間稼ぎ』に介入などできないし、キマイラに乗れる気もしなかった。
「陽子店長の事を救って下さい……お願いします……」
 キマイラに乗り込んだ2人を見つめ、そっと祈ろうとしたCielの目についたのは複数の影。
「――天使級……!」
 思わず、目を瞠る。
「2人とも、そっちは任せた!
 皆が周防さんを助けようって時に、そいつは野暮ってもんよ!」
 その刹那、跳び出したのはBusterだった。
「――爆百合炸裂閃襲闘技!!」
 距離が近い個体を蹴りつけ、それを足場に次々飛び移っては数体の天冠を叩き割れば、ヘイトを買うには充分だ。
 邪魔者を失った陽子の剣が熱を持つ。
「まずは隙を作らないと……」
 立ち上がったキマイラ、Decoyの言葉に「それなら……」とおずおずとCielは手をあげた。
「――――陽子店長の太ももぷよぷよです!」
 コホンと一つ咳払いして、一気に吐き出すように叫んだ。
「陽子てんちょのお腹ぷよぷよだぁぁぁぁぁぁ!」
 それに続くままにDecoyも叫び、空ではその声を聞いて「え、そうなの?」と気を取られたBusterもいるだろう。
「ぷよ……」
 剣を振り上げた陽子が虚無の顔を浮かべた刹那――「優さん、仕上げ任せた! 叫んで、『キマイラフィニッシュ』!」
 Decoyは最後の一押しをコックピットの中に座る優へ告げた。
「えぇいなんとかなれーっ!! キマイラフィニッシュ!!!」
 両手を突き出すように構えたキマイラの両手から、魔力が炸裂。
 隙だらけの陽子のお腹へと炸裂すれば、少女の身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「あ、あれ。あたし、なにを……」
 ゆっくりと起き上がろうとした陽子はそのまま崩れ落ち、意識を手放した。

 執筆:春野紅葉


 2024年4月1日。夜更かしをしていた子供は、空が燃えるのを見た。
 もうもうと膨らむ煙と、そこからつき上がる炎と、それを取り囲みぐるぐると飛んでいる白き異形の群れを見た。
 同じ光景はスマホを翳した夜勤中の会社員や夜道をうろついていた不老者の目にも映り、そして広がっていく。
 SNSに貼り付けられたいくつもの動画は、エイプリルフールのジョークに混じって拡散し、冷笑的に受け取っていた人々もやがて現実を直視し始める。
 いや、直視せざるを得ないのだ。
「おいおいおい、嘘だろお……!?」
 眠れずスマホを弄っていた一人暮らしの男性が、崩れるアパートからジャージ姿のまま駆け出してくる。
 空を飛ぶ、一対の翼を持った白き怪物。それはスマホを翳す人々の頭上を飛び越えると、炎を放ちアパートをたちまちのうちに炎上させた。
 そして人々は、スマホなど翳している場合ではないと知るのだ。ジャージ姿の男も例外ではない。スマホを握りしめ、必至に夜道を走り出す。
 この辺りの避難所と呼べるものはどこだっただろうと、こんなことならちゃんと覚えておけば良かったと、ぐわんぐわんと揺れる頭で考えながら。
 そう、それは突然に訪れた。
 誰も予期できなかったそれの名を、後の歴史ではこう呼ぶ。
 ドゥームスデイ、と。

 燃えさかる街の風景が、まるで悪い夢のようだった。
 実際、夢ならどれほど良かったろう。
 その日、白星 くろく(r2p000073)は誕生日だった。それも、最悪の誕生日だ。
 兄である白星 えんじ(r2p000674)が危篤であるという連絡をうけ病院へと向かうと、そこでは惨劇が広がっていたのだ。見る限り、兄以外は皆死んでいる。
 兄は、元気な姿で……天使としてそこに立っていた。
「ねえ、くろく。なんで泣いてるの、なんで叫んでるの?」
 天使化したえんじは呟き、小首をかしげる。
 危篤状態にあった彼が薄れゆく意識の中で想ったのは、死にたくない。行きたい。神様――そんな言葉だった。えんじには、神様が願いを叶えてくれた。そう思えた。
「電子の妖精、桜衣瑠依なのだわ! 皆…先ずは落ち着いて! 息を大きく…吸って…吐いて……。
 さあ…落ち着いて避難を開始しましょう。警察その他の指揮が得られる人は、冷静に従って!」
 自動車が電柱にぶつかりひしゃげたそのそばで、大型ディスプレイに桜衣 瑠依(r2p000754)の顔が表示される。
 その様子を確認しながら、岩城 愛(r2p001894)はPCに向かいプログラムを書き続けていた。
(私の生み出したAI……電子の妖精「桜衣瑠依」は良く動いてくれている、今も皆への非難を促す放送をしてくれている)
 だからこそ、アップデートをくり返す。最低でもこれくらいの覚悟がなくば完璧なAIを生み出すなんてできない。そう、思うのだ。
 一方、桑原 蜜樹(r2p000191)は避難所を出る準備を進めていた。
 避難所にいる間も、社用スマホがサーバーエラーの通知を届け続ける。
 弊社サーバーは確か官公庁のサイトも、シロトークや他SNSに使われているサーバーもあったはずだった。
 会社の人間とも連絡がつかない。誰かがサーバーを維持しなきゃ……。
 PCリュックを背負い直し、蜜樹は避難所を飛び出していく。

 早坂 まひろ(r2p000140)は気付いたら茶トラの子猫になっていた。
「俺?」
 何故かは分からない。鏡に映る自分はどう見ても猫。混乱で視界がぐるぐると回る。街はそれ以上の混乱に騒がしい。抗うことなどできずに、まひろはただ震えていた。
 外では青金 玄(r2p000384)が血を流し、よろよろと歩いている。
(寒い、誰か……)
 わかってる。誰の助けもありはしない。全部ダメな人生だった。全部裏目の人生だ。
 死ぬんだ。……嫌だ。死にたくない。生きたいたいわけじゃないけれど、死ぬのは怖い。怖い……。
 そんな玄を、肉体の暴君(r2p001910)は見つけた。
 ――人、文明、秩序、全ては建前ニ飾った塵芥であリ。
 ――そこニ羽虫ノ群れが加わっタに過ぎぬ。
 ――今、世は正しくアらんトしてイる。
 ――暴虐に支配されルを望んでイる。
 ――だが儘ならヌ哉。
 ――吾ガ暴虐ノ陰リ明白なり。
 ――世ハ暴虐ニ率いらレるを望むガ、それヲ拒むモノあり。
 ――吾、著大故その網から逃れるコと叶わず。
 ――まこト歯痒イ。
 そして、契約は迫られる。

 フランスはパリ。ルーがルー出版社の第二編集部フロア。逃げ惑い殺されていく社員達の中で、セルゲイ・ヴァルトロメウ・ルプ(r2p001371)は魔術師として戦っていた。
 己の拳で天使を激しく殴り飛ばす。
 その様子を見つめながら、アンジェリーヌ・ロラ・エルヴェシウス(r2p002077)は震えながら銀製のペーパーナイフを握っていた。
「編集長……」
 気付けば、ナイフが溶け腕を覆っている。意識が、ねじれるように変わっていく。
「アンジェリーヌ!?」
 慌てて振り返るセルゲイ。アンジェリーヌの姿は既に、異形の天使へと変わっていた。
 降霊術を解禁し人狼の姿へと代わり、立ち向かうセルゲイ。
 激しい戦闘が交わされ――そして、アンジェリーヌの銀の剣がセルゲイを貫き。その命を奪ったのだった。
 同じくパリではニナ・パイユ・エイゼンシッツ(r2p002853)の所属する魔術師協会パリ支部が存亡の危機に立たされていた。
 エイゼンシッツ一族の生き残りが集められる。魔術の火を絶やさぬため、そして世界の危機を救うため。当主マクシミリアンの指示により、一族は世界各地へと旅立つ。
 ニナもまた、横浜へ向けて飛び出した。目指すは魔術師協会セーフハウス……。

 四月一日未明。古賀野・シャーロット・蒼(r2p002936)は異様な飛行生物の観測報告を聞き、希望する大学のゼミ研究者たちを引き連れ天使達の記録を取り始めた。
 だがその折、ゼミ生のうちから天使化するものが発生。襲われた生徒が大怪我を負った。
 死を哀悼し怪我人を気遣うその一方で、蒼は天使化を間近で観測できたことに喜ぶ狂気性を垣間見せていた。
(Ah……嘆かわしい……。本当にこの日が来てしまうなんて)
 アメリア(r2p002657)はそんな人々の状況を目の当たりにし、動き出す。
(今のワタシにどれだけ対抗する力があるかはワカリマセンが……。
 殲滅するだけのチカラがないのなら、せめて傷ついた人々の手当てをいたしましょう。
 Ah……人々のカナシミの声が聞こえる……)
 避難所に向けて歩き出すアメリア。いや、厳密にはその内にあるAmeliaだ。
 その一方で真谷 陽詩(r2p002328)は避難所を目指し天使達から逃げ続けていた。
「にゃにゃっ? もーっ、せっかく奴らのいない世界だと思ったのにーっ」
 天使に滅ぼされる寸前だった世界から、なんやかんやあって逃げてきた元・猫。今では猫耳獣人となった陽詩は、「うにゃっ、うじゃうじゃいるー!」と叫びながらぴょんぴょんと街の中を逃げていく。
 一方。バイク便の仕事中にドゥームズデイ災害に見舞われた鵜飼 貴子(r2p000935)は、天使から逃げている天野 信幸(r2p002172)を発見していた。
 信幸の両親は既に天使化しており、訳も分からぬまま天使化した両親から逃げていたところであったらしい。
 バイクで天使達へ突っ込み、怯んだ隙に信幸を抱きかかえる貴子。
(日頃から運動くらいしておくんだったね)
 運動不足を悔やみつつ、大型商業施設へと逃げ込む。立て籠もり先は、多目的用トイレだった。
 偶然にも出会った二人は、こうして地獄の三日間の始まりを実感するのであった。

 椎名 杏一(r2p000849)と椎名 美柑(r2p000847)は、混乱のなかではぐれてしまっていた。
 明日は花を買って帰ろうなんて思いつつ起床した自宅が、天使の襲撃を受けたのだ。
 避難所を目指す杏一は、既に命の灯火がつきかけていた。
(手首から先がない。僕の右手と指輪……どこに行ったのだろう。
 指輪をなくしたなんて言ったら彼女は怒らないかもしれないけど、一日塞ぎ込むかもしれない)
 そんなことを考えつつ足を動かすと、ばたりと倒れた。気付けば、足もない。しまったこれじゃ帰れないな。
 そんなことを思いながら、失血のために意識は消えていった。
 彼と美柑の再会は、叶わなかった。夫の右手だけを見つけ、美柑はへたり込む。
 指輪の刻印は『K to M Nov.22,2019』。間違い無い。彼は死んでしまったのだと、頭の中で確信が固まる。指輪を握りしめ、わんわんと泣きながら、彼女は避難所へと戻っていった。
 一方で嶺渡=疾翔(r2p001970)は飲食店の深夜営業についていた。みなし残業という真っ黒な勤務を終え、「今日もクソみたいな仕事だったなぁ」とため息交じりに考えていた。
「あー、あんなブラックな職場、無くならないかな」
 呟いた、瞬間。さっきまでいた職場が爆発し空からは正体不明の怪物の姿。
 あまりの出来事に唖然とするも、その場から急いで逃げ出す疾翔。
 明日からはもう仕事しなくてよさそうだ。と、頭の片隅で考えながら。

「どうしてこんなことに……」
 小机 柊志(r2p001082)はプレゼントに貰ったお守りのネクタイピンに触れ、呟いた。
 天使の襲撃があってからの柊志の行動は早く、職場の客船ターミナルへと到着するや同僚達と協力し避難所としてターミナルを解放していた。
 避難民は増えているが、ここは港の袋小路。天使の攻撃に対して、きっと長くは持たないだろう。こんな事態への備えなんて、誰もしていないのだから。
 知り合いはもう人間ではなくなっていた。連絡はどこにも繋がらない。
 その一方で、信楽 信(r2p000136)は役所の人間と共にパトロールをしていた。
 道路は事故を起こした車両だらけ。とりあえずで連れてこられた信たちの車もまた、電柱にぶつかり停止してしまっていた。
「どうしてこんなことに……」
 偶然にも遠い誰かと同じ言葉を口にしつつ車から飛び出す。ほどなくし爆発炎上した車の光に照らされたそれを、信は見上げ呆然と呟いた。
「……天使?」

 避難中の花嵐 ゆたか(r2p003027)だったが、娘のかなえとはぐれてしまっていた。
 学校が気になっているようだったので学校に行ったのかもしれない。
 そう思いつつ、路地を曲がると……そこには、恐ろしき天使の姿。
 これは死んだな。そう思うと走馬灯が巡った。
 妻と結ばれたこと。
 かなえが生まれたこと。
 妻が死んだこと。
 アイドルごっこでかなえが励ましてくれたこと。
 かなえのライブが決まったこと。
(かなえ、どうか幸せに――)
 それが、最後の想いであった。

「ディザスター映画だとよく見る光景ね」
 夜雲 キリカ(r2p000908)は友人が入院している病院へと向かっていた。
 非日常的な災害と、それに抗う非日常的な人々。それに驚きつつも、やはり心配になるのは友人の安否だった。
「……ああ、もう邪魔! 早く行きたいのに!」
 物陰に身を隠し天使をやりすごしながら、口の中だけで悪態をつくキリカであった。
 一方で、姫川 聡(r2p001881)は街の異変に気付きカフェプレジールを避難所として解放すべく家から外へと飛び出していた。
 だが、わかっているのはそこまでだ。聡が甥であるあつきに再び会うことなく、そのまま失踪してしまう。
 そうとは知らぬ姫川 あつき(r2p001757)は聡を追いかけようと店へと向かった。
 聡の姿は、ない。だが必要なこととカフェを避難所として解放し、人々を受け入れていった。
 疲労も深く、店のソファで横になる。
 明るかった店内も、笑顔の店員も何処にもあの温かさは見当たらない。
 そう。すべてが、夜も明けぬうちに壊れてしまったのだ。

 四月一日の川崎市某所。水越 拓海(r2p000508)は祖父にたたき起こされた。
 目の前には翼の生えた見たこともない存在。
「パパとママは? お兄ちゃん達は?」
 祖父への問いかけに答えはなく、手を引かれ家を出た。
 祖父は襲いかかる存在を刀で斬りながら、朝日が昇るまで走り続けた。
 気付けばどちらも傷だらけになり、傷の深かった祖父は倒れ、目を閉じたまま開かなかった。
(どうしよう……?)
 二度と目を開かぬ祖父のそばで、拓海はたった一人になってしまった。
 そして、一日目の朝が明ける。


「これで理解る気がします。人の性が善か悪か――」
 来栖・静=レーヴェンツァーン(r2p002379)は横浜の街を見下ろし、目を細めた。
 飛んで行く無数のカラスの使い魔達。その目を通して、いくつもの惨劇が見えた。
 その一つへと、気まぐれに飛び込んでいく。
「私の悪いくせ、ですね……」
 現場へはすぐに到着できた。天使の一体を眷属を使い殺すと、残る天使達がレーヴェンツァーンを取り囲む。
 が、そこへ。
「できれば、あなたたちの姿は二度と見たくなかったのだけど、逃れられない宿命のようね」
 アルフィンレーヌ(r2p000590)は目からビームを放つと、避難所へと走る市民を守るように天使を迎撃した。
 更にはビームセイバーを抜き、剣で斬りかかってくる天使の攻撃を受け止める。
 素早くブラスターガンが形成すると、零距離で打ち込んで天使の腹を撃ち抜いた。

 神宮 楓(r2p001331)は研究していた人造クローンたちを地下に隠すと、天使を迎え撃つべく立ち上がった。
「マジありえない。もう少しで人の形まで成長させることが出来たのに。こんなところでこんな奴らに壊されちゃたまらないわ。
 安心してね私の研究成果! 絶対守ってあげるから」
 だが、それきりだった。それきり楓の姿を見た者は、ない。

 同居人のウィールと連絡がつかない。
 リザ・アレクサンデル・雨夜(r2p000363)は不安なまま、避難所の中でスマホを握っていた。
「ウィール……時々気配が薄いけど、こんな時まで……」
 呟き、避難所を出た。
 探し回る中で出会ったのは傷ついて力を失った水に纏わる神霊であった。そいを器に収めて保護してやる。ウィールと再会できるのはいつになるかと思いながら。
 その一方で、ベドウィール・ブランウェン・雨夜(r2p000403)はと言えばリザを探して街を彷徨っていた。
 幸い仕事の最中に被災したために手元には武器があり、それを扱う心得もある。身を隠す術もだ。
 だが、最も大切なものがない。リザだ。リザがいない。
 じりじりと正常な判断能力を削られていくベドウィールであった。


 2024年4月1日。
 突然始まった天使の襲撃は色々なものを壊していった。街並、人々の繋がり、そして常識。
 それまで世界の闇に隠れていたものたちは、壊れた常識の壁を乗り越えるかのようにして、表舞台へと姿を現し始めたのだ。
 彼らにとって社会秩序の崩壊した世界は、自分達を押さえつけるもののない楽園だ。
 天使による攻撃のなかを掻い潜るように、悪しきものたちはパレードを始める。

 破壊された避難所の入り口から、月に潜むもの(r2p002116)たちが飛び込んでいく。
 天使の襲撃に便乗し、人間の命と絶望を彼らのいう神へ捧げるため、襲いかかるのだ。
「莠コ髢鍋叫繧翫□」
「逾槭∈萓帷黄繧呈懇縺偵h」
「蜻ス縺ィ邨カ譛帙r闥宣寔縺帙h」
 げらげらと笑うようにおぞましい声を流しながら、逃げ惑う人々を押さえつける。
 そんな状況へ更に便乗する者がいた。宝石商(r2p001629)である。 「良い機会だ、実にいい機会だね。
 この地獄のような環境下なら、私がいくら『実験』をしてもごまかせそうだ。
 この世界は下手に人から外れると生きにくかったからね……とても、良い機会だ」
 不気味に微笑み、あえて避難所の裏手へと回る。
 混乱に乗じて集めた実験体は殆どが猫だ。
「僕に生かされる事を盛大に喜ぶといい!
 僕はなんて優しい魔女なのだろうねぇ!」
 『おや、失敗か』などと呟きながら、宝石商の実験は続く。

 テュール・チェインハート(r2p002908)は崩壊した街の中で、ふと立ち止まる。
 そこは街のカードショップだった。
(結局出不精で遊びに行く事はなかったけれど。
 今なら家も外もないし、俺も元の場所には帰れないだろうから……)
 足元に落ちていたカードを拾いあげる。
「貰っていこう。この運命の日を忘れない様に」

 楽園追放者20240401-008K通称・パラダイスカフェ(r2p002468)。
「愚かな人類に神の雷を」
 そう囁く存在が、虹の上に座して燃える街並を観察していた。
「同胞の皆様、布教活動は美しく、歓喜あるように、栄光あるように、御光が降り注ぐように、ですよ」
 何を観察していたのだろうか。滅び行く文明か。それともめぼしい獲物か。
 だがパラダイスカフェはそれ以上何もすることなく、東京湾へと戻っていくのだった。

 執筆:黒筆墨汁

●エンドゲーム
 物語が動き出した。その結末がどうあれ、終わりから始まる物語の登場人物となった。
「な、何が起きてるの!?お父さん、お母さん、早く逃げようよ!」
 小林 陽向(r2p000042)に今の状況を理解する事はできない。人々は自然災害の時ですらまともな判断を失う。眼下に広がるは正しく天災であり、舞い降りる天使という存在を正しく理解できる者がどれほどいるだろうか。
 心安らぐ自宅というものはこの日において何の信頼もおけない建築物と化し、超常的な存在に対する超常的な助力がなければ、ただの大きな棺桶でしかないだろう。
 小学校か、公民館か。助けを求めて走る事しかできない。
「なにあれ! UMA! 宇宙人の襲来!? それとも特撮!? ついに私のオカルト探究が本物だったということが証明される時代が来たの!? これで散々私をバカにしてきたオカ研を見返してやる!」
 星乃 ユヅキ(r2p002669)はスマートフォンを向け、飛来する天使を撮影しようとする。非日常を求める者はユヅキ以外にも多く、いざ自身にその災厄が降りかかりでもしなければ、このような考えに至る事は自然の範疇に収まってしまうのだろう。
「ねぇこれ何処に売り込めば良いの? ちゃんとあたし主役で組んでくれる所よ!」
 逃げ惑う者、非日常を受け入れる者、そして戦う者。
 キャリバー=劉・アルブム(r2p001961)は手にした刀でその襲来者を次々と斬り倒す。直感が告げる。ホームステイ先の家族のように、これらは斬らねばならぬモノだと。そして、絶望的な戦いだとも。
 それでも目の前の人々だけは守らなければならない。世界がどうなっていようと、それだけは正しい行動だと理解できる。気配を探れば、同様に立ち向かっている存在もいるようだ。何が起きているかもわからずに、幕を引かれてたまるものか。
「ああ、アイツらが・・・・・・天使共が! オレの故郷を滅ぼしたアイツらがこの星にも!」
 それを知る者も僅かに混じっていたが、この圧倒的な負け戦でそれが何になるというのか。ウード(r2p002698)の故郷は確かに、あれに滅ぼされた。逃げ延びた敗北者に何の勝機があるだろうか。
 だが、下水道で安穏と暮らす訳にはいかない。あれを知る者として、行動を起こす時だ。
「ハヤク、逃ゲロ!!」
 マンホールから飛び出したその粘体は、人々を追う天使の前に立ちはだかる。
「何よ、何なのよアレは! 突然空から無数の化け物が降ってきて、街を破壊するだなんて、まるでゲームの中の話じゃない! それにマンホールからスライムだなんて!」
 漣 瑠奈(r2p001734)は息を切らして走る。避難施設が全てを解決できるとは到底思えないが、今はそこに向かう事しか考えられない。
 公民館に向かえば、自分と同様に体に変化が起きた者がいるかもしれない。犬の耳を揺らしながら、か細い希望を抱いて走る。
 複合型アミューズメントテーマパーク『みなとみらいワンダーパーク』も混乱の最中にある。非常時の訓練、その成果は容易く裏切られる。我先にと逃げ出す従業員は人間の醜さを体現しているようであった。
 だが、ワッフル(r2p000016)だけは懸命に責務を果たしていた。
「遊園地の地下コンコースなら安全かもしれない! みんなで子供達が逃げる時間を稼ぐんだ!」
 呼びかけに応える者は少なかったが、マスコット従業員としての誇りがワッフルを突き動かす。
 ワッフルの他にも、職場でこの惨事に巻き込まれた者は多い。
 洋菓子店『ウィンベル』に様子を伺う為に向かった唐沢 すぐり(r2p001126)はチーフと合流する。
 チーフこと織辺 臨吾(r2p000348)もすぐり同様に家族を見捨てて逃げてきたようであった。2人の間に、何処か楽観的な雰囲気が漂っていたのは未だこの非現実を受け入れられていないからであろうか。
 織辺はウィンベルを支えているアルバイト店員の給与計算を行っていた所に天使の襲撃があったようで、他よりいち早く行動を起こす事ができたようだ。
 しかし、その行動というのが家族を起こす事もせずに職場へ逃げ込むという物だから救われない。
「チーフも大概ダメ人間ですよねー」
「そんな事いわないでくれよ、俺も悪いとは思ってるんだ」
 非常時においては自分の命が最優先だ。道徳で測れるものではなく、彼を面と向かって責める事はできないだろう。すぐりは今後の行動を考え、織辺と別れて置いてきた旦那の下へと戻る。
 自ら家族と離れる者もいれば望まずしてそうなる者も当然存在する。
アレン・ローゼンバーグ(r2p000148)は星を観るために外に出かけ、そのまま家族と離れ離れとなった。あの時に出かけていなかったら等という仮定は無意味なものだが、それでも何度も頭の中でぐるぐると思考にこびりつく。
 仲直りしたばかりの家族がこのような形で引き裂かれる等と誰が予想できただろうか。
 先に避難したという甘い考えすらアレンには思い浮かばない。何か、不味い事が起きている。
 そして父と母は自分が探し出さなければ、このままずっと再会を果たす事はできない。そんな気がしてならなかった。
「どうなるのかな……ひぐっ、うぅ……」
 御城生 ミヤ(r2p000607)もアレンのように家族とはぐれてしまった一人だ。
 家を出る時も不安はあったが、一人になるとそれは一層強まった。家族の存在の心強さは孤独になって初めて実感するものだ。運良く避難所にたどり着けたものの、このような状況では一人でいるのと変わらない。
 天使に避難所が襲われないという保証は何処にもない。それでも、ミヤは膝を抱え、この場に留まる以外に出来ることはないのだ。
 ミヤのように今を耐え抜くものばかりではない。星河 綺羅々(r2p000053)と蘇芳 火鳥(r2p001087)は避難先で問題に巻き込まれる。 それは綺羅々の何気ない善意から始まった。泣いている子供にお菓子を渡すまでは良かったが、余裕を失った別の子供の母親から催促を受けたのだ。
 蘇芳も仲裁に入ったが、一度火がついた不平、不満は鎮まる事もなく、今できる最善の策はこの場を離れる事だけだと2人は判断した。
「ごめんパイセン、此処もぉ居らんないね。でも、避難できるトコきっと他にもあるよねぇ。基地とか行けば助けて貰えるカモ……ねっ!」
「アイツらがいない所なら何処でも良い。とにかく急ごう、星河」
 非常時における避難所はアテにならないと身を持って知ったが、きっと2人であればこの困難も乗り越える事ができる。鍛え上げた体は星河を庇う為にもあるのだ。
 逃げ場を求める者もいれば守りたい場所がある者もいる。終わりの日は様々な思いが交錯していた。
「間に合って……!」
 塩津 乙女(r2p002628)はオルフェウスである。天使が観測された世界の、悪魔と分類される側の存在。邪魔をするなとばかりに、天より降る破滅を払いのける。目指すは植物園。緑溢れるあの場所を、こんな奴らに踏みにじられてたまるものか。
 悪魔はその力を惜しむことなく振るう。
 白衣は既にボロボロに汚れ、無惨なものとなっている。だが、あの2人が助かるのであればそんなものはどうでも良い。今は、愛すべきあの地へ急ぐのみだ。
「何なんだよこれ! なんで人を殺そうとする! オレの高校生活はどうなるんだよ!」
 緋志木 拓也(r2p002730)の悲痛な叫びが街に響く。これが夢であり、高校生活初日から寝坊していたというのならば心から安堵しただろう。だが悪夢は覚める事はない。
 天使に立ち向かう者もいた。だからといって突然自身に超能力が目覚める訳でもなく、無力感に苛まれる。
「畜生! それでも、オレ程度でも何かできるはずだ!」
 貧弱な力は震える足を叱咤し、人々を助けようと藻掻いた。それは勇気と呼ばれる感情だ。
「邪魔なのですよっ」
 無力な者を狙い、猛烈な勢いで迫る天使が突然に爆ぜる。月歌 恋(r2p001827)の体術はこの場に展開する天使の群れには未だ有効であり、月歌の存在は天使にとって厄介なものとなっていた。
 それでも月歌の手をすり抜け、助けきれなかった者もいる。悲しむのは後で良い。化け物呼ばわりされても良い。守れる者はそう多くはないだろう。だが、月歌が守れる側に分類されるというのであれば、この力を喜んで振るおう。
「向こうまで行けば安心ですよっ! ふにゃ? 三丁目の一家を誰も見ていないのですかっ」
 街の喧騒とは打って変わって、有繭道場は不気味な程の静寂に満ちていた。パニック状態にある一帯に、静かに佇む聖域のようでもある。
「太平の世は終わり、末法の世が訪れる、ということでしょうか」
 天使がこの場を制圧しようとしなかった訳ではない。数分前は確かに、絶望的な量の天使が群がっていた。庭を醜く彩る死骸の山は、其処に住まう鬼の方が数段上手だったという事だ。
 有繭 鬼一(r2p000018)はこの場において強力なプレイヤーだが、まだ人類の駒には成り得ていない。その刀が世界の為に振るわれるのは、何時の日か。
 そして、振るわれているのは刀だけではない。小回りの効くハンドリング性能、ホームセンターでの運搬業務経験者にして四輪駆動のパワフルな推進力。ダイゼット(r2p001156)は軽トラと言い切るには些か、知性がありすぎる物体だ。
「くそっ! この星にも天使共が侵略してくるとは!」
ダイゼットは無人となったホームセンターの駐車場で状況を整理する。有用な品をかき集め、避難所に届ける事はダイゼットは適任だろう。お行儀の悪い軽トラックはホームセンター内部を、物資を求めて爆走する。
 人目を忍ぶ軽トラックを尻目に、水縹 蛙衣(r2p000811)は無人のコンビニを探していた。 水縹も立ち向かう事のできる側の存在、オルフェウスだが生き延びる事を第一に優先した。ここで無闇に戦ったとしても、いつかは数に押しつぶされてしまうだろう。
「お代は申し訳ありませんが、出世払いということにしておいてください。縁があれば払いますので」
 荒れ果てたコンビニの中で、適当に見繕った品々を抱え、遠方を飛ぶ天使を見てため息を一つついた。長い一日になりそうだ。
「はぁっ、はぁっ……や、やってやろーじゃん」
 矢場 まじか(r2p001622)は無我夢中に化け物と戦い、恐らくは勝利した。
 動かなくなったそれをどうやって倒したのかも定かではない。
一つだけ分かること、ここは戦場だ。屈強な男性も、逃げようとした女性も、等しく死ぬ。手にしたバールが何か特別な武器という訳でもない。
 頼れるのは自分だけ。やりたい事や会いたい人もいっぱい。こんな所で死んでたまるものか。
 まじかは相棒と呼べる鈍器を握りしめ、この地獄からの脱出を図った。
「パパもママも、あーしが守ってみせるし!」
 矢風・初雪(r2p000958)は避難所で自分に出来る事は何かないかと補佐を行う事にした。趣味でボランティア活動を行っている矢風は、この避難所を支えるに適した人材だろう。
 父親は自衛官として最後まで人々の救助活動を行っていたらしい。その報告は、殉職を意味する。
 追い打ちとばかりに母親と別れてしまい、絶望的な状況下にある事から髪の一部が白くなってしまった。少年であろうと、少女であろうと、善人悪人を問わず死は訪れる。
「……あの教会での祈りは届きませんでしたか。やはり私がこの世界に来たことは偶然ではなかった、という事ですね」
 聖職者、と言うにはやや露出の多い女性が道を進む。
 アリステラ・スノードロップ(r2p001957)の世界は滅びた。滅びを知る者として、二度同じ事を繰り返させてなるものか。これではどちらが悪魔だというのだ。
 氷の精霊、その魔力が天使の一匹を凍てつかせ、砕いた。
「やらせませんよ、天使を名乗る悪魔達よ。この世界の人々の命を脅かす事を、我が神に代わって認めるわけにはいきません!」
 比良坂夫妻、比良坂 鉄雄(r2p001404)と比良坂 アリス(r2p001413)は娘を救助するべく街中を駆け回っていた。鉄雄の拳とアリスの魔法が障害を取り除く。無数の天使が集結する道路をものともせず、晶の為ならばどのような死地へも飛び込むだろう。
「どけ! 僕はお父さんだぞ!」
 鉄雄は自分の身を守れるが、晶はそうはいかない。神秘の術を手解きしなかった事をこれほど後悔した日はない。
 比良坂 晶(r2p000577)は必死に逃げ惑っていたが、間一髪の所でアリス達に助けられる。再会を喜んでいる暇はない。一刻も早く、絵画操術に目覚めさせなければ。
「晶、あなたには私と同じ力があります、お母さんの魔法をよくみて真似るのですよ」
 母の魔法は初めて見るものであったが、晶には慣れ親しんだ感覚が走った。
「ピクトマジック……」
 自然にその名を呟いた。ごく普通のパン屋、比良坂ベーカリーを営む夫婦にこのような力があると知る者はいない。今こそ、この魔法を活用する時だ。
「お勉強中に悪いんだけど、僕も混ぜてくれないかな!」
 黄泉鬼神流、殺人拳は人に向けられる凶器ではなくなった。封印していた拳は愛する家族を守る為、夜に再び放たれる。アリスと晶を包囲せんとする天使は数多の孔が穿たれ、一瞬の後に絶命した。
「さあ、往きましょう晶、あなた。比良坂家の秘めたる力を見せてあげましょう」

 執筆:星乃らいと


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