4月2日 - Part1

●四月二日
 エイプリルフールは終わり。
 当たり前の日常がやってくる。
 そのはずだった。
 エイプリルフールは終わらない。
 終わらない嘘は、つまり現実に過ぎない。
 決して起こることのない悲劇は、今や嘘のような現実の中ではありふれたそれに変わっていた。
 起こりえない、目をそむけたくなるような悲劇が、世界にありふれている。
 アリサ・Ⅰ(r2p000833)が最期に感じたものは、愛し人の体温である。それが、自らの『体の内』より感じられたそれであるのは、彼の腕が、アリサの腹を突き破っているからに違いない。
「リュキ、姉」
 アリサが言った。笑顔だった。自分は、満足だから。そういうような、笑顔。
 リュキア・Ⅰ(r2p000111)は、アリサが作ってくれた、いびつな間に合わせの『槍』を手にして、悲鳴とも気合ともつかぬ、とにかくの声を上げて、それを突き刺した。アリサの体を貫いて、そのうえで彼の――天使の=信濃 春斗(r2p001029)の腹を貫いた。
 ぐう、と天使は=春斗はうめいて、アリサの体を振り払った。そのまま、槍を引き抜いて、窓から外へと飛び出していく。はぁ、とリュキアは息を吐いた。すぐ近くにしゃがみこんでいた、片腕の少女=アデル・Ⅰ(r2p000632)は、心底におびえた表情で、リュキアをにらみつけた。
「来ないで……人殺し……バケモノ……ッ!」
 錯乱したアデルの、拒絶の言葉。そのまま気絶したアデルを、堕天使は=リュキアは、絶望の表情で見つめることしかできない。
 そんな悲劇は、当たり前のように、ありふれたように、この世界でいくつも花開いていた。花開く、絶望の華。
「なんで……」
 堂浦 春樹(r2p000844)は、にじみ出る恐怖に浮かされるように、走り続けていた。
 飛び降りて死んでやろうと思っていた。ほんの数日前まで。クソな上司。クソな同僚。クソみたいなタスク。終わらない現実という地獄。解放されるなら、死んでしまえばいいと。
 でも。実際にクソ上司が殺されて。クソな同僚が悲鳴を上げながら助けてを求めてきて。現実が本当の地獄に塗りつぶされたとき。
「なんで……生きようとしてるんだ……」
 それは本能か、本心か。ただ、今は生きようと走り続ける。
 都市の路地裏で、高崎 凛華(r2p003059)が捨てられている。捨てられている、としか形容できない姿だった。それはきっと、悪意ある超常の者ではなく、悪意ある隣人によってもたられされた悲劇に違いない。
「あは、もっとぉ……♪」
 もう壊れてしまったのだろう。あるいはこれこそが、凛華の望んだ幸せであったのかもしれない。
 SNSには様々な情報が飛び交っている。それが、時に通信が断絶して見えなくなって、時に繋がってまた流れ出す。奇妙な情報の汚泥。
 そんなものを垂れ流す端末をお守りのように握りしめながら、兎耳山 縁(r2p002537)は情報を精査し、情報を得て、情報を流す。
「あの『天使』は弱ったふりをして油断させる。絶対に近づかないで」
 少しでも……有益なものを。それが、戦いなのかもしれない。
 そんな避難所に、また一人、誰かが逃げ込んできた。ぐすぐすとなくその姿は、赤佐 菜月(r2p002250)に間違いない。
「えと……はぐれた時は、一人でも避難所に向かえって……ぐすっ」
 そう泣き出す菜月は、逃げる途中に両親と逸れたのだろう……いくばくか余裕のある大人や子供たちが、それを慰めているのが見える。気休めであろうとも、その言葉は誰にでも必要だった。
「あの子も、家族と……」
 月永 紫鶴(r2p001525)は、竹刀を握り締めながら、悔し気に呻く。東京に住んでいるはずの姉と連絡が取れなかった。今にも飛び出したい思いは、しかし誰からも止められていた。
「姉さんのことは諦めなさいって……本気で言ってるの?」
 両親すらも、紫鶴に、諦めろという。家族を、見捨てろと、という。誰もが。それがたまらなく苦しい。
「誰も彼もいっぱいいっぱいなのよね……」
 赤羽 怜(r2p001931)は、避難所の手伝いをしながら、何度もそういった光景を見てきた。誰も彼も、自分のできることを精一杯にやるしかなく、そういう時にかぎって、手からいろいろなものが零れ落ちていく。
「アタシだって……」
 知っているものたちとは、連絡が取れない。無事かもわからない。それでも、無事を祈って、生きるために戦い続けるしかないのだ……。
 しかし、どれだけあがこうとも、悲劇はまだ溢れようとしていた。
 勝瀬 勘右衛門(r2p001949)は、どうしてか自分の店から出られずにいた。逃げればいい。こんな店、捨ててしまえば。でも、ここで多くの人たちに、料理をふるまった記憶が、ここに勘右衛門をしがみつかせていた。
「馬鹿だよなぁ……」
 自嘲気味に笑う勘右衛門。それをのぞき込むように、窓には無数の怪物たちが張り付いている。勘右衛門が無残な屍をさらすのに、それから長い時間は必要としなかった。
 路地には、春田 十里(r2p002839)だったものが転がっている。高熱の炎で焼かれたのだろう。真っ黒な炭のような何かに変わり果てている。
 勇敢にも優しくも、救助活動にいそしんでいたひとだった。『天使』とやらの情報を収集して、あっちこっちで人を助けようと頑張った人だった。
 その末路がこれであるのならば、神とは何をしているのだろうか。
「やめ、やめて、殺さないで……!」
 コッペリウス・ピグマリオン(r2p001610)は、自動人形を抱き上げて、必死に逃げ続けていた。化け物に変わる人。人を殺すバケモノ。そういったものに襲われながら、ただ、ただ。
「やめて……たすけて……!」
 か細く、声を上げ。しかし今はまだ、生きている。
 志鷹大河(r2p003105)はありきたりな青年であった。おそらく、今日までは。
 平凡だった人生は、文句を言いながらも通っていた大学が目の前で崩壊した瞬間に終わり、それから身の内を蝕むなにかと戦いながら、何とか生き延びていた。
「これなら、俺でもヒーローになれるんじゃないか」
 などと、現実逃避気味に思いながら。自身の体が変容していくのを、自覚している。
「くるしい……この感覚は……」
 変容は、影尾 つばめ(r2p000729)の体にも巻き起こっていた。まるで、心臓の中で風が渦巻くような。ざわざわとした感覚。
「拙者は……拙者は、一体……どうなって……」
 苦しくとも、歩みを止めるわけにはいかない。そうなれば、待っているのは絶対的な死であったのだから。
「ああ、めんどくさい」
 変化の兆候。そして実変。それを感じながらも、柊 彼方(r2p000084)はキャンピングカーの中で寝ころびながら独り言ちた。
 物資はある。他の誰がどうなろうとは興味がないが、どうせ死ぬなら自分のために死にたい。
「めんどくさい」
 鬱陶しそうに、そうつぶやいた。破滅からは逃れられないのかもしれないが、それでも今は生きている。

 昨日から、よく屋敷に客がやってくる。
 その人たちは、どうにも、命を軽んじているように思えた。
 ああ、今日も一人。お客様がやってくる。
 手にしたのは、幼き少年。
 こと切れたそれを、もののように。
「今日のお客様は天使様と……血に濡れた少年。
 ああ……私にはない魂が消えてしまうのはとても嘆かわしい。
 大丈夫。この中ならずっと一緒にいられるから」
 そう、アナテマ・トリスカイディカ(r2p002527)は、優しく微笑んだ。
 刹那、12体の殺戮人形が、天使に襲い掛かる。姉妹たちがそれを棺に押し込めるのを見ながら、アナテマは優しく、少年を棺に納めた。
 戦う者たちがいる。人の力を越えた力で。
 エルネスト=カンダーヴィレ(r2p002941)は、不機嫌そうに手をたたいた。足元には、無数の化け物の死体が転がっていて、そのすぐ近くに、黒煙を上げた愛車の姿がある――ああ、今まさに爆炎を上げて炎上を始めた。
「お気に入りだったんだけどな」
 不機嫌そうに息を吐き、天使の頭を蹴りつけた。もうそいつは動かない。
「徒歩かぁ……どうしよっかなぁ……人類、滅びてないといいなあ」
 肩をすくめ、街を目指す。
 廃教会では、激しい銃撃の音が響いていた。ずどん、と強烈な対物ライフルの音が響いて、天使の内一匹の頭を粉砕する。
「……はぁ」
 喉の渇き、強烈な飢餓感。そういうものに襲われながら、如月(r2p000630)は必死に耐え、戦い続ける。
「こないなとこで……死ねん」
 その言葉を、添え木に。生き続ける。
 久雲 陽子(r2p000019)は、ひたすらに走り続ける。目的地に向けて。横浜へ。人の地へ。
「邪魔を……!」
 放つ極炎が、小さき天使たちを打ち払う。おそらく下級のそれであろう。今のところ、そういった雑魚どもとしか遭遇したことがないが……まさか、これがすべてではあるまい。
「行かねば……!」
 そう、つぶやき、燃え盛る化け物どもをしり目に、再び走り出す。
「この世界でも、始まってしまったのですわね……!」
 ローゼリア・ガーデンハート(r2p001134)は、手にした剣を振り払い、下級天使を切り裂く。ローゼリアは、かつてこの化け物どもに滅ぼされた世界からの逃亡者だ。守るべき場所はもうない。それでも、この世界が、自分を受け入れてくれたこの世界が、危機に陥っているのならば。
「戦う理由には、充分ですわ……!」
「君も、異世界からの……!」
 Ignis・Fluere(r2p003138)はローゼリアにそう声をかける。
「ええ、貴方も」
 それだけで、お互いの状況は理解しあえた。
「この世界まで、奴らの好きにさせるわけにはいかない!
 僕はこの翼に誓って、逃げたりはしない」
 その姿は、悪しき化け物どもにも似て。人々には恐怖の目で見られたことも、このわずかな日々だけであったとしても。その心は高潔。よきものであるがゆえに。
「さぁ来なさい薄汚い白共」
「コッチが先に塗りつぶしてやル!!」
 また、同じく異世界からやってきたであろう真鐘・ヴェリーチェ・空音(r2p000081)もまた、この世界のために戦いっている。インク。そして言葉。描く芸術の武器が、悪しき白を次々と貫き、塗りつぶしていく。
「こっちの世界で知り合った人たちを助けるんだ!」
「異界のやつらか……なら、この姿でも多少は……!」
 ユウ(r2p001173)が叫ぶ。
「おい、こっちに逃げ遅れた奴らがいるんだ! 手伝ってくれ!
 ……俺は足には自信があるが、この姿じゃ、ちょっとな!」
「じゃあ、そっちは任せて!」
 霧島 萌(r2p003130)がかわいらしくポーズを決める。
「正義のヒーロー、仔猫天使(プシィエンジェル)!
 天使の姿を借りた悪者さん! この仔猫天使がお相手するわよ!
 ……ってことで! 勇気づけたり、助けたり! 任せて!」
「す、すごい、あんな人たちが……!」
 北瀨里 紫織(r2p001661)は、そんな戦う者たちの姿に勇気づけられたように、叫んだ。
「あ、あたしも手伝います! 生き残ってる人たちを連れて、避難所へ!」
「うん! お願い!」
 萌が紫織の手を取った。
「一緒に、みんなを助けよう!」
「は、はい!」
 うなづく。
「よし、俺が天使どもをかく乱する! 頼むぜ!」
 ユウが吠え、天使たちにとびかかる。一方、音喰 楔(r2p002232)は誰の目にもとまらぬほどの速度で、下級天使たちを次々と抹殺していった。
「――」
 刹那、足を止めて、息を吐く。助け出した子供は、なにが起こったのかわかっていないだろう。でも、それでいい。
「きっと、ぜんぶ、この日のために」
 そう思えば、なんだか活力が湧いてくるような気がした。
「世の中には、あんな奴らが……」
 狩谷 幸兵(r2p001057)は、戦いを繰り広げる超常の者たちに視線を送り、わずかに奥歯を噛んだ。
 自分が特殊な生まれだということは知っていた。大した力がないから、修行だとかそういうのからは目を背けていた。
「でも、今は……」
 それを後悔している時間もあるまい。幸兵は、きょとんとしてる子供の手を取って、
「逃げよう」
 そう、言った。それだけが、今できることだった。

 避難所にも悲劇は訪れていた。一条 綾香(r2p001142)は混乱と絶望の中、自分の死を理解していた。体が動かない。四肢から激痛が脳に迫ってくる。痛い。苦しい。寒い。怖い。死にたくない。
「ママと、パパが、わたしだけでも。生きて、って、それなのに、それ、なのに」
 意識が遠のいていく。それは唯一の救いだった。激痛と現実に耐えられぬ脳がショートを起こし、彼女を幾ばくか早く死の淵へといざなっていた。
 避難所を襲撃した天使を、怒りのままに『潰し』ながら、絶望の咆哮を姉小路 アンジェリーナ(r2p000627)はあげた。
「これが……天使……こんなものが……わしの名の由来……」
 絶望だった。嫌悪感だった。全てを吐き出したくなるようなそれは憎悪に変わって、暴力的な発露を見せる。
「よいっしょー」
 実にあっさりと、ギャルが天使を切り裂く。杞柳 沙月(r2p000999)は実家にあった剣を持ち出し、習った殺人剣術を存分に振るっていた。
「あちゃー、間に合わなかった系?
 ま、でも切り替えていこっか。まだ逃げられた人いるし」
 ペロリ、と唇を舐める。これも人助け。存分に切っても怒られない!
「そうです! せっかく羽が生えたのならば!」
 のちの世に『堕天使(ヴァニタス)』とカテゴライズされることになる力に目覚めかけた熾火 明香(r2p001489)は、そう声を上げる。
「助け出せる人がいるはずなのです!
 この力を使って!」
 大いなる力には何とやら、かもしれない。いずれにしても、力を得たのならば、奮う場があるのならば、そうしない理由はない。
「……」
 荒々しく、朝霞悠里(r2p000963)は手にした武器を天使にたたきつける。手のひらに残る、肉を破壊する感触と、『彼女』のぬくもり。繋がっていた手は、残酷にもほどけた。水瀬可憐(r2p002236)。天使の攻撃によって、がれきの向こうに消えた彼女。もう、どこにいるかもわからない彼女が残したのは、手のぬくもりと、帽子だけ。
 絶望が、悠里の心をかき乱す。絶望が、天使を殺す活力になっていた。皮肉にも、その行為が誰かを救うことになっていたとしても。
「あっちの方に、たくさん人が逃げてったはずだ!」
 浅月 万紅那(r2p002386)が、叫んだ。手にした力。それを振るうなら。
「行こう! 助け出すんだ!」
 その言葉に、その場にいた『戦う者たち』はうなづいた。
 力がある。それを振るう理由がある。
「デス公民館ね。利便性最悪だったけど、こういう時に役立つとはね」
 田中 デスジェネラル(r2p001443)は、要塞のような公民館に物資を運び込みながらそういった。
「もしかして、建設者って先見の明あったの?」
「いやあ、これ先見の明でフォローするの無理目ですよ」
 毒島 ダークロード(r2p002995)が声を上げた。
「無理かな」
「無理ですよ」
 無理だろう。
「いやぁ、みんな、新しい物資交換してきたよ」
 辺戸部 利三(r2p000356)が声を上げた。
「何が足りなかったんだっけ、主食?」
「うん。なんで、ちょっと水と交換」
「あー、助かります」
 ダークロードが頭を下げたので、利三がうなづいた。
「あとねー、西の方の避難所、全滅しちゃったんだってさ」
「それって、晶さんがいたところです?」
 尋ねるダークロードへ、氷鉋 晶(r2p000337)がかぶりを振った。
「いえ、ボクがいたところは南の方で……」
「そっか。よかった……というのも変だが。追い出されてきちゃったわけだから」
 デスジェネラルが言うのへ、晶はもう一度かぶりを振った。
「いえ、その。気持ちはわかるっていうか。殺されかけたけど」
「いい子だねぇ」
 うんうんと利三がうなづいた。
「あ、こっちの片づけ、終わりました」
 継守 優輝(r2p001866)が、皆に声をかけた。
「お、優輝君も悪いね」
「いえ、助けてもらいましたから……晶さんも手伝ってくれましたもの」
「二人とも助かるよ。そろそろ中に入ろう。もうすぐ日が暮れるから」
 その言葉に、皆はうなづいた。
 もうすぐ四月二日も終わろうとしている。
 それでも、夢はさめなかった。
 病院では、多くの患者が絶望の表情を浮かべていて、それを献身的に医療従事者たちが支えている姿が見える。
「あれを、天使と呼んでる人たちもいるんだってね」
 そう、松庭 キセ(r2p001289)が、苦笑しながらそういった。
「天使? あれが? 悪魔の間違いだろ?」
「……その悪魔になる人がいるらしいですが、どうしますか」
 小庭月 灰色(r2p000076)が小声で言うのへ、Richard・Hullutman(r2p002481)が息を吐いた。
「子供たちにも言われた。「僕もああなっちゃうの?」と。
 ……化野は?」
「急用だそうだ。昼から出ていった」
 キセが言う。
「……そうですか。生きてればいいんですけど」
「無事を願うしかないな。で、悪魔化、だが」
「……正直、俺ももうすぐそうなるだろうな」
 そういったのは、天堂 烈が、白衣の裾をまくり上げながら、言った。
「……出てった方が良いか?」
「いや、壊れるぎりぎりまでいてくれ」
 ルーカス・レヴィが笑って言った。
「君の手が失われるのは惜しいだろう? 君が変わったら私が介錯してやる。
 だから、私が変わったら、君が私を介錯してくれ。それでいい」
「やめなよ、縁起でもない」
 天堂 京子(r2p002685)が声を上げた。話題を打ち切るように、声のボリュームを上げる。
「それより、輸血用の血液が底をつきそうだ。補充は?」
「無理ですよ……。南西の大病院から火の手が上がってるのが見えました。
 あれじゃあ、貯蔵分はもう……。
 それに、血液ってただでさえ保存がきかないから……」
 灰色の言葉に、京子は頭に手をやった。
「ああ、わかってたよ……あたいにはもう、どうしようもできない……」
「だが、それでも何とかするしかないだろう」
 Richardが言うのへ、キセはうなづいた。
「最後まであきらめることはできない。
 それが、ボクたちの戦い方だから」
 その言葉に、その場にいた者たちは力強くうなづいた。
 戦いは、続いていく。どのような形であれ、生きている限り。

 執筆:洗井落雲


 タコヤキマン(r2p002821)は、即席の屋台の暖簾越しにその人影を見た。高校生程度の男性を肩に担いで、息を切らしながら歩いてくる女――トコヨ(r2p000124)の姿を。何かに急かされるように避難所を求め、向かってくるその目に宿る必死さは、彼ならずとも理解できる。辛うじて天使を退けられる程度の人々は彼女へ向けて駆け出すが、しかしそれよりも早く、二体の天使が舞い降りる……絶望とも諦めともつかない女の瞳をたしかに、彼は見た。
 いつ現れたのかもわからぬままに現れた存在は、大柄ではあれど白く弱々しい身体で、然し鮮やかに天使達を退けてみせた。謎の大柄の存在……後にほうぼうで立花 スガル(r2p001907)と名乗って回るそれは、大人達がトコヨらにたどり着くより早く、姿を消していた。
 感情の揺らぎが、疲労を押し止めた最後の一押しとなりトコヨは崩れ落ちる。タコヤキマンは思わず手を止め、たこ焼きを一パック引っ掴んで走り出す。
 うわ言のように「ごめんなさいね」を繰り返す彼女の言葉は誰にも届かない。……そう、肩を抱いた少年にさえも。


 世界の破滅は当然のように、欧州をも飲み込んでいた。クロエ・ブランシェット(r2p001905)は眼の前で次々と命を落とす人々の姿に、魂の摩耗を覚えていた。
 崩壊の一日目、続く絶望の二日目。じわりと西日が落日に切り替わる最中、両手からこぼれ落ちる命を何度も見た。
 獣医の夢を追っていれば、救える命はあっただろうか? 人を癒やす力があれば状況は好転したか? 貴族の誇りは誰も救ってはくれない。
(背中が痛い……身体が……!)
「来てはいけません!」
 身体を掻き抱き、叫ぶ彼女はしかし、もう誰に呼びかけたのかも思い出せない。

「……からだ、あつい……せなか、いたい……」
「ああ……主よ……これが、貴方の与え給うた試練だというのですか……?」
 伊ノ倉 御導(r2p001900)は伊ノ倉 理々耶(r2p000506)の変調を前に、自らの心が千々に乱れるのを感じた。辛うじてベッドと水が残された保健室で苦しむ理々耶、信仰心を揺さぶる天使の襲撃。地獄という単語は今この場にのみ相応しい。だが信仰に篤い御導は主の意思を疑わない。主の選択なれば地獄と呼べず、アレが天使であれば試練なのか、と。
「うぁ……ぁ、あぁぁ……っ!」
「理々耶……っ!」
 だが主は、否、やはり主は、彼等を見捨てたわけではないらしい。
 理々耶に現出した背中の羽根と光輪は、『正しい』天使そのものだった。戸惑う理々耶に、しかし御導は両手を組んで祈るように顔を伏せた。
「おお……これは、奇跡なのですか……? それとも……」
 余りに多すぎる混乱、試される信仰。男の喉からはか細い嗚咽が漏れ、その涙を光輪が照らした。

「……ダメ。アイちゃん電話に出ない……!」
「も……もう嫌ァ!」
 愛原 皐月(r2p003116)と文月 魅琴(r2p003117)は混乱の中、手を取り合って逃げていた。魅琴は皐月が救い出さなければ、座して死を迎えただろう。
 だが、動いたから助かるわけもなく。二人の眼の前には、上半身だけになった顔のない遺体が転がり込む。息を呑む皐月、恐慌を起こす魅琴。
「天使なんでしょ!? 何でこん──」
「ミコちゃん、ダメぇ!」
 天使なら助けてくれる。天使なら教えてくれる。魅琴はその純真な想いごと串刺しにされた。
 賢しく、状況を理解していた皐月も同じ運命を辿った。何もかもが混乱の途上にあって、果たして誰かが救ってくれるだろうか?
 救済があるとしたら――今の二人の脳裏で鳴り響く賛美歌ぐらいだろうか。
「あァ……私ガ……天使二書き変ワル……」
「アハハ……そっカ、こレガ天使なンだ……ン、ソウダね、アイも仲間二しなきャ♪」
 原理とか、事情とか。悲劇の主人公から世界の敵に変わった二人には最早縁遠いこと。今はより多くを導くことしか思考にはない。

(どうして………こんなことになったんだろう)
 刻陽大学附属中学校・生徒会室。音峯・紗菜(r2p001554)はその隅に座り、震えていた。
 ヘッドフォンから流れる音楽で外界の悲鳴を塞ぎ、シロトークというフィルターにかけられた悲劇を見る。天使になる人々、混乱する世界。SNSというメディア越しの非現実は、己を誤魔化すのにちょうどいい。現実じゃないから――と目を背けるその背中で、天使化症候群の萌芽が始まっていると知らぬまま。

 零次(r2p000204)は避難所を求め、彷徨う人々の只中で空を見上げた。
 意識せずに視線を向けた先にそれがいる。絶望がある。
 天使だ。ひときわ大きい体躯と複雑な意匠を持つそれは、他の天使を従える様に手を振り上げ合図ひとつ。
(俺にも戦う力のひとつくらいあれば……でも天使になるのは嫌だ……!)
 それを葛藤と呼ぶべきか。平和な日常や友人の顔と共に浮かんだ思想は、しかし周囲にばらまかれた死が否定する。
 生きている。生かされた……自分の身体に。吐き出した息はただ、嗄れた音ひとつ。

「クソッ、此処の奴ら置き去りにしたのかよ! どこだ?」
 中村 武雷飛(r2p000877)は逃げ回る最中、激しい犬の鳴き声に足を止めた。電源の落ちたペットショップ……置き去りのペットか。
 動物好きな彼が見捨てられる筈もなく、自動ドアを蹴り破った先。
 キャン、キャン。多数の犬種が混じった肉塊が転がりながら向かってくる。顔が押し潰されるたび折り重なる悲鳴と獲物に喜ぶ吠え声。
 世界の道理がひっくり返った地獄に背を向け、武雷飛は駆けた。助けぬため、生きるために。

「だ、大丈夫ですよね? お金とか……」
「こんな状況で数えられるワケないだろ。天使に見つかる前にとっとと帰るぞ」
 九重 縁(r2p001950)の怯えるような声に、朝倉 蓮(r2p001946)がぶっきらぼうに応じる。ホームセンターの広大な敷地内を走り回る二人は、絶望的な状況下をなんとか逃げ回り、逃げ切り、なんとかここまで辿り着いたのだ。
 天使が見えたら縁は全力で隠れ、蓮は天使の視界を盗むように縁の手を引いて駆け抜ける。縁は気付いていないが、常に前を行く彼の足は震えている。
 戦えなくても、心の底から怯えていても、蓮は彼女の前で弱音を吐くつもりはなかった。自分らしく飄々と振る舞う姿が力になれば――それが虚勢でも勇気になるはず。
 二人が日用品を物色するのと時を同じくして、カシャ(r2p000828)は避難民たちと当のホームセンターへと逃げ込んでいた。三名にとって幸運だったのは、未だ天使に荒らされていないこと。
 なんとか転がり込んだ避難民達の中から響いた啜り泣き。周囲の空気が張り詰める前に、カシャは声の主を素早く抱きしめた。
 天使に見つかるからどうにかしろ、という空気を、声を子供に与えないように、安心させるように強く。

 執筆:ふみの

●希望は見えず
 朝日を迎える事が出来なかった命は多い。目覚める事が出来た側も、自力で明日を掴み取ったものや運が良かったもの、潰えようとしているものと様々だ。未だ希望は見えずとも、何事もなく太陽は登る。
「ど、どうしよう……。あの天使みたいなのに見つかったら。携帯も繋がらないし……」
 竜胆 燈斗(r2p000060)は未だ安全な場所に避難できずにいる。竜胆重工の一人息子が、これほど惨めに震える姿を誰が想像できただろうか。
 無敵のヒーローからの連絡はない。挫けそうな心を必死に繋いでいるのは、憧れの父への想いのみだ。
「きっと、大丈夫……だよね? パパ……?」
 非常識に晒されただけで人々はこれほど憔悴するというのだろうか。鯨伏 鋼(r2p000295)と葉桜・コウジ(r2p000414)は一変してしまった街を彷徨う。
「畜生、一体何だってンだ!」
 コウジが瓦礫を一つ蹴り飛ばした。この邪魔な障害物もかつては人々の生活を支えていた建築物の一つだ。そして、このような瓦礫に思い入れのある品々は埋もれ、消えてしまった。
 鯨伏としても新生活が始まるものとばかり思っていた。施設も襲撃を受けた。
 もはや安全な場所など、自分たちにはないのだろうか。
 少しずつ今の状況が明かされてきたが、非常時に流れてくる情報は鵜呑みにできるものではない。
「直接行って確かめるしかねェってのか……クソが。絶対生き残ってやる……!」
 天使が全てを壊していく。大切なものを全部。何もしていないのに。何も求めていないのに。
 狂(r2p000748)の懇願は虚空に消える。天使とはこれほどまでに残酷なものだったのだろうか。
「やめて、やめて! これ以上もう何も奪わないで! お前たち、全部殺してやる……!」
 奪われる立場、その嘆き、悲しみ、怒りをぶつけてやる。この日、一人の復讐者が生まれる。
 大切なものを奪い、壊すのであれば、狂はその元凶を壊す。反撃の日だ。このまま泣き喚いて、屈服する訳にはいかない。
 抗うものは次々とその頭角を現す。夢兎(r2p002053)の鋭い蹴りが天使の喉元に突き刺さり、汚い嗚咽と共に崩れ落ちる。
「天使を相手に仕事……か。いいね、相手にとって不足なしだ。異形の者が相手だろうとな」
 夢兎のような自己を高め続ける者にとってこの場は絶好の機会とも言える。雇い主のいない傭兵はこの割に合わない仕事ですら鍛錬の場として受け止め、戦いへと赴く。
「アタシは、アタシが強くなるために挑み続けるっ!」
 複数の天使に囲まれて尚、その孤立無援の兎は笑っていた。
 人間と天使、そして悪魔の戦いは続く。人として生きてきた時代は終わりを告げ、己が使命を果たす時だ。亜門 明百花(r2p001561)は半魔の力を解放し、跳んだ。クラスメイトを、友人たちを逃がす為に。
 何も知らない者にとっては天使も、悪魔も隔たり無く脅威である。明日花にかけられた言葉は労いや感謝などではなく、罵倒と悲鳴。裏切られて尚、その優しき悪魔は微笑む。
「あはは、よかったぁ……」
 人ではいられない事への憂い、安堵、様々な想いがそれを彩っていた。
「どいつもこいつも噂やデマに踊らされてやがる……」
 紫桜 ユーナ(r2p000297)が耳にする情報は殆どが根拠のない、恐怖と混乱から生まれたデマだ。海外の新兵器や、宇宙からのエイリアンと聞けば聞くだけ正体は増えていく。それが分かった所で何だと言うのか。自分の考えをしっかりと持ち、目の前の状況に対処する事が先決だ。
 日常を取り戻すため、人々が抱く弱い心に立ち向かう事を決心した。
「面倒くせぇが敵は天使だけじゃねえ……」
 ソフィア=デカログス(r2p000912)が所属していた教会は瓦礫の山と化していた。神の存在に否定的な彼女であっても、神聖な場がこうも簡単に踏み荒らされる事は受け入れ難いものがあった。
 こんなものはただの建物だと頭で理解していても、虚しき怒りが湧き上がる。
 待ち伏せるかのように潜んでいた天使を数匹、力任せに叩きつける。偽りの聖職者は、変わってしまった世界をただ呆然と、眺めていた。
 怒りの形も多様であり、ヴァルドゥエル=ディル・カシュアス・ 那羅紗イシュタル(r2p000434)は猛火としか言いようのない感情に身を任せていた。漆黒の剣を片手に天使を次々と斬り伏せる。紅蓮の翼と黒曜の角、悪魔と天使の聖戦が現世で行われているかのような光景に、人々は戦慄した。
「実に、この時を待っていましたよ……! だからといって、むざむざと蹂躙されるこの様を見届ける程、外道? ではありませんので……滅せよ! 天使ども―」
 ジル・ハリソン(r2p001548)はこちら側の世界の事はまだ疎いものの、警察に助けを求めれば良いと友達に教えて貰い、其処を目指している。急ぐ必要があるとわかっていても、周囲の助けを求める声がジルの足を重くする。決定的であったのは子供だけでも逃がそうとしている親の姿であり、ジルは忘却の彼方から魔法を引きずり出した。
「影よ 檻となり敵を足止めせよ」
獣人の姿や影の魔法は子供を怖がらせたが、震え声でも感謝の言葉が何より嬉しかった。
 メル・F・ルウェリン(r2p001578)の光線が、ジルを背後から狙わんとする天使を撃ち抜いた。傍観を決め込むつもりが、その余裕は失われてしまっている。メルが動かなければ事態は悪化する一方だと、嫌と言うほど理解できる。
「綺麗な魔法や異能が飛び交って……見ているだけで済むなら素敵なのですが!」
 天使も黙ってやられてばかりではなく、メルに猛進する。飛んで逃げる選択肢もあったが、味方と敵の区別も曖昧に思える戦場では、誤射が恐ろしい。先程までの魔術は見る影もなく、走って逃げ出した。
「くそ! この国特有のエイプリルフール・ジョークか? センスのない国だ! 師匠を探すどころじゃないじゃないか」
 ユーデ=ドライン(r2p000210)も魔術を駆使する一人ではあるが、使えるものは身体強化や心術めいたもので、攻撃的なものは見られない。それでも立ち向かえる戦力の一つとして、搦手を駆使して天使と善戦している。
 この力を使えばユーデだけは安全な場所を探しきれるかもしれない。しかし、それが師匠の望む事だろうか。魔法使いは何でも出来る。即ち他人ですらも、難なく助けれてこそ魔法使いなのだ。
「ここはてっきり平和な場所だと思ってたのに何てこと……!」
 普羅・強羅(r2p000843)なるオルフェウスも助力する事を決め、癒やしの力と天使への一撃を器用に使い分ける。この世界でとある人物を探し切るまで、 普羅は諦めない。
「皆こっちへ……!」
 切り開いた活路へと避難民がなだれ込む。戦いは長引き、終わる気配はない。 普羅の肉屋が再開できる日は遠い。 避難民の中に普羅が経営する肉屋のシウマイを楽しみにしている者もいたが、決してシウマイ屋ではないと注意した。
 小比類巻 楓(r2p001803)も懸命に救助活動を行う一人だ。自動車を使い、可能な限りのけが人を運んだが損傷した道路も多く、思うように進まない。安全な道など何処にもなく、今走っている道路が帰り道にあるという保証一つない。決して見捨てないという心は次第に焦りと無力感に苛まれ、呼吸が浅くなる。
「おひいさまなら……ぜってえ見捨てねえだろ! どんな人でも、どんな状況でも……! なんでだよ……! どうして俺には誰も助けられねえんだよ……!」
助手席に乗せていた女性は既に事切れていた。
 世界が例え滅ぼうともジャーナリズムは不滅だ。天蓋 百合(r2p000177)は記者として、今を記事にしなくてはならないと決意した。真実は二の次三の次の褒められた物ではないゴシップ記者は、この時ばかりは真実を記録する。
 自分の名が売れる大ニュースだからかもしれないが、天蓋を突き動かすものは確かに崇高なものだ。天蓋の記事を読む人類は、生き残るに決まっている。読まれる為に記事はあるのだから。
「この状況を取材&記事にしなくちゃ大損です! 紙とペンはその為にある!」

 執筆:星乃らいと



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