4月2日 - Part2
「了解。必ず届けます。各地で頑張る方々に」
国臣・神村・ディスティン(r2p000897)は不安に表情を歪めた。絵空事のような出来事を前にしてどの様に対応すべきか。
初動が重要だと認識していたのだ。唐突な天災染みた襲撃に国臣はいち早く反応し、商会の伝手を便りに各地で戦う人々への支援物資を届ける役割を担った。自らの体など顧みず、進むことだけを優先した。
――ただ、人類の生存だけを目標として。
自宅を避難所として開放した色涸・恋昏(r2p002151)は紫の髪を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。
屋内でもカソックと帽子を欠かさないその人は捜し物一つも手伝えない事が心苦しいと胸を痛めていたのだ。
「物資があるわけではないけども、こういうときこそ他人を愛さねばならないからね。
この混乱のさなか、無くしたものが多い人もいらっしゃることだろう。
ぼくには話を聞くことしかできないが……それでも人のためになるのであれば。慰めになるのであれば」
それだけでも、今、心の慰めになるのならば、その手を差し伸べよう。
エレス(r2p000469)は息を切らして病院へとやってきた。長らくの間、自宅で家族が揃ったことがない。
それでも、心ばかりは傍に居た。その優しさが仇になるとはその時が来るまでは想いもしなかったのだ――そう、青年は心優しい兄だった。予後不明、治療方法も確立されていない不治の病によって長く入院している弟が心配だったからこそこの病院まで危険も顧みずやってきたのだ。
火野 速水(r2p000554)はにこりと笑う。見舞いに来ていた両親と、そしてやってきた兄を見て安堵したことだろう。
「速水……」
弟が、そして家族が無事であった事に息を吐き出したエレスはぞわりと気味の悪い感覚を覚えた。
弟は速水は笑う。そして、そっと手を伸ばせば――
「……家族は一緒の方が、いいよ?」
臓腑をも這いずり回るかのような奇怪な感覚。祝福を与えるという『呪い』は使い捨ての祝福だった。エレスが膝を付く。
ああ、何が起こったのか。
弟から感じられた妙な気配に頭が掻き回される感覚を覚える。
「……エレス!?」
息を呑んだルーベル・ピジョン(r2p000522)が身を乗り出さんとした時だ。「社長」と呼び掛けたグラナート・ユールミール(r2p001837)は彼女を制し、エレスの体を抱きかかえる。
「あ」
速水が手を伸ばすが気にはすまい。此の儘安全地にまで逃げねばならない。
「どうする?」
「社長と共なら負ける要素はございません。此の儘有象無象を斥けセーフハウスへ」
頷くルーベルと共に、グラナートはエレスを連れてその場を後にする。遺された速水は、以前のおもかげを保ってはいなかった。
まるで身が焼けるかのように感じられたのは陽射しの強さに応えるような鮮やかな射干玉の髪が純白へと変貌したからなのだろう。
立神 櫂音(r2p002922)は陽射しを逃れるように、市立病院へと搬送された。
突如として起きた外見的変貌に『魔法』など存在しない世界の人間は悍ましいものを見るかのように指差した。
一時は奇病であるかのように扱われ、病院へと向かうことを勧められた少年は同じように外見的変貌を行なった者が現れるまでは腫物に触るように扱われていたのだった。
「こっちへ――!」
声を上げた神代 風生(r2p001741)の人生はそこで終わったはずだった。
天使などと呼ばれた存在にどの様にして立ち向かえるか。風生はヒーローではない。囮になっただけ、生き延びる事が出来る保証もない。
孤軍奮闘。ただ、その状況を打開しようと現れたのは――「大丈夫か!」
漆原 凱(r2p002127)その人だった。凱は懸命に風生を守り抜いた。だが、無傷で入られまい。
「だ、だいじょ――」
「……あとは……」
もう命も長くないと理解していた。だからこそ、凱はその人ならば託せると彼を見た。
風生ならば、己の信念を継いでくれる。「だ、大丈夫ですか」、と。
何度も何度も繰返し声を掛ける彼の優しさに――「To Successor」と彼は自らの在り方を風生へと預けたのだ。
「大丈夫ですか? おかわりはありませんか」
人と変わりないように、人であるかのようにフィア・フィルバート(r2p001742)は振舞っていた。
ただ、彼女は人では無い。如何した事か、ちぐはぐな事に少女の心は優しく、穏やかなままだった。
穏やかに微笑んで人々を支える為に彼女は尽力し続ける。けれど、可笑しい。フィアは首を傾いだ。
(どうして、皆怯えているの――? 確かに酷い災害だけれど……どうしてなんだろう……。わからないや……)
彼女は悪意もなく純粋に振舞っている。それでも、天使であることには違いはない。だからこそ、彼女は人々とは分り合えないのだ。
小鳥居 董(r2p000512)は家族とで隠れていた地下シェルターが破壊されたことに気付いた。
天使だ――天使? 驚愕に身を縮めている間に全ての恐慌が過ぎ去っていく。眼前に立っていたのは昏沼 斑(r2p002531)だった。
だが、母を殺した相手が叔父である事には気付いていない。気が済んだとでも言う様に去って行く斑の姿を見送った董の目の前には気付いた頃には小鳥居 針之心(r2p001236)の姿があった。
Αιωρούμενος Ασπίδα――その力を駆使していた針之心は斑の侵入を許して仕舞ったが、それでも董を守り抜いたのだ。
「――ははははは! 凄いぞ! これだ! これこそまさに新人類の可能性だ!! 僕に見せてくれ! 人類の夜明けを!」
ラボにその声が響き渡った。アーク(r2p001746)は天使の死骸を一つ持ち帰ってきたのだ。
と、言えどそれが何処かの誰かである可能性さえもある。
「さて、愉快な実験の時間だよ!」
うきうきとした様子のノア(r2p001745)に息も絶え絶えになりながらラボに転がり込んだのは陸=アレハンドラ(r2p001942)。
「少しは運ぶ側の苦労も、考えてくれっ!」
大地に叩き付けられていた異形の死骸を手に入れて、ストックをしておくのが目的だった。
とは言えども、その死骸の運搬にも時間が掛かるのだ。そうまでしても研究材料を得たいのは錬金術師であるアーピオス=ホーエンハイム(r2p001878)達は天使という存在の解明のためのサンプルを取りそろえておきたかったからだ。
生成された銃器を手にラボを守るホムンクルス達。黎明院 シレネ(r2p001688)はと言えば、平和な日常が奪われた事への怒りを露わにしていた。
「あはははっ! 存外、簡単に撃ち落とせますのね。
ワタクシ、鷹狩は得意でしてよ?貴族の嗜みですもの♪ ――ああ、足りないわ、こんなものじゃ……」
平穏は取り戻せない。ならば、その為の手伝いをシレネはするだけだ。何がこの世界を壊したのか。それを今、知りたいと願った。
――「動けない、苦しい……アーク、どこに行ったの。無事でいてくれ……」
思わず呟いたゴーフェル・リード(r2p002358)は家主の帰らぬ研究室で蹲っていた。己の身の変化はそれ程に恐ろしいものであったからだ。
●
友軍との交信途絶。しかし、切羽詰まった未知の言語の交信を傍受した。
フレスヴェルク・グラキア(r2p000738)はこの世界にやってきたばかりであった賀、知性体らしき脅威と接触した。
そして、大地を逃げ回る人間を救援対象として認知した。メインシステム戦闘モードに移行。此れより戦闘を開始する――
愕然とした弍梓木 紫電(r2p000959)は息を呑んだ。平和に暮すために此処までやってきた――だと、言うのに羽根のついた化物が無数に湧き出してくる。
殺しても殺してもキリが無い。こんな事をしている場合じゃないというのに。
「秋奈……! どこだー! 秋奈ーっ!!」
愛しい人と逸れてしまった。紫電は焦りを滲ませながら声を張り上げた。
ひゅう――と息を吐いた。森野 熊蔵(r2p000602)はぐしりと己の頬に付いた天使の返り血を拭った。
「大丈夫。絶対、俺が守るから。心配するな」
熊蔵は鉄パイプを手にしていた。ただの一般人だ。戦う力は無い。ふらつく脚に力を込めて息を吐く。
その姿がみるみるうちにテディベアに変質して行く光景を幼い子供は驚愕に目を見開いて叫んだ。がらん、と鉄パイプが転がり落ちる。
構わない。鉄パイプを握れなくとも肉体に溢れた魔力が子ども達を救えるというならば――!
《奴ら、人間から化ける奴もいる。下手に拡散すればパニック加速》
タブレットPCの音声出力アプリを使用して彼岸 そしり(r2p002264)は情報共有を行なう。陰陽寮管理のセーフハウスへと向かわねばならないが――その道すがらはどこもかしこも危険だ。デマを潰した上で限りなく情報を共有して置かねばならない。
「羽付き共……何故ここに? この世界にも馴染んで来たところだと言うのに……また、アイツらに破壊されてしまう訳には行かない」
自らの故郷と同じ運命を辿るのか。一体一体の脅威度が低い内ならばまだしも、上位個体が現れれば悍ましい。
エル・ノナ(r2p000008)は救出活動を中心に行ない、殲滅は他の者に任せることにした。
その様子をにんまりと笑みを浮かべ、眺めるのは観測者(r2p001428)その人だ。
「さぁ、この試練を人間がどう乗り越えるのか。私を楽しませて!」
異世界からの来訪者であった彼女は人間が天使にどう抗うのかを観察していた。そうして人間達が大きな変化を迎えるのを楽しみにしているのだ。
「……僕は戦闘型じゃないんだけどなぁ。このままじゃジリ貧だよ困ったなぁ」
呻く隆史・P・シュレーゼン(r2p000989)は職場である研究所の地下シェルターにて同僚と仲良く籠城作戦中だった。敵の能力を出来る限り無力化はしてきたが、これも何時まで続くだろうか。
そんな漠然とした不安を抱えながら、眠れぬ夜を過ごす事となる。
欧州――魔女隊本部にてヴィルヘルム・グリム(r2p002325)はクーデターを起こすよりも先に異形の襲来に対して備えていた。
今回こそは、大切なものを守り抜けるだろうか。希望が強ければ強いほど、裏返ったときの絶望を知っていた。故に、言葉鳴くともヴィルヘルムは決意を胸に戦うのだ。
その傍らには副官のスノーホワイト(r2p002193)が居た。朗らかな彼女はヴィルヘルムの表情一つでその感情を読み解くのだ。
「私? まだ全然大丈夫よ。私はあの子達の師匠で貴方の副官よ? ただ、私が本気出しちゃったら貴方が凍えちゃうから、ね?
……あの子達は大丈夫かしら。ターリア、ヴィータ、マーチ、オズ、シュアン、ラプンツェル、ブレーメン。
私の可愛い弟子達は……きっと私達の夢を継いでくれるって信じてる。さ、こっちも頑張りましょうか、ヴィリー!」
――どこまで、走れば毀れ落ちないだろうか。
欧州で灯燭の継火(r2p003049)は焔の剣を手に天使達を斥けるが為に尽力していた。天使を焼き融かすように全力で戦わねばならない。
此の儘力を込め続ければ、何時しか己に反動が跳ね返ってくるだろうか。仕方あるまい。こうしなくては、生き残れぬのだから。
「あぁ、もう次から次へと羽虫のように!」
日本にいる子供達の事が心配だ。まだ魔術を継承してない子ども達は一般人同然だ。フィートヤ(r2p002774)はオイルライターの火を付け、焔を強大化させて周囲を焼き払う。
「早く帰りたいけど、こりゃあ帰りの飛行機は見つかりそうにないわね!」
本当に、世界は混迷を極めてしまっているのだ。
●
「聴こえますか。破滅の音が、生命の音が。月の変わり目より平穏が、絶望で満たされる。その日をずっと待ち望んでいた」
美しい声音が響き渡った。囁くは“星者”ウォルター(r2p002335)だった。
かわいいものが好きだった。けれど、もう――
「あたしは新庄きら。“星者”ウォルターでもどうぞ――あたしが望むのは人類滅亡そして、絶望。
ほら、天使の声が聴こえますよ。あなたを壊す為、ね」
くすくすと彼女は笑う。恐ろしいスピードで順応した少女は、ただ『壊してみたい』相手を探すようにうっとりと笑みを浮かべた。
――俺は戦場のペロリスト。
ペロ・ガチムチスキー(r2p001806)はにんまりと笑った。好みのタイプが山のように居る。
戦って世界ガチムチ遺産が喪われてしまうことをペロは厭い、戦場でノーライフ・ノーペロペロを掲げて走り回るのだ。
怪しげな存在ばかりが多く居る。世界の近郊が崩れ去ったことにより悪逆酷いに手を染める者も多く現れたのだ。
「フフフ、天使に似た化け物がたくさん襲ってきた時はビックリしちゃったけど、ボクは天才だから良いコトを思いついたんだ……」
パワカ カバ(r2p002414)はくすりと笑った。カードショップを混乱のどさくさに紛れて強盗すればいい。
「そうだ! この混乱でレアカードやパワーカードは全てボクの物!
横浜中のカードを根こそぎ奪ってしまえば、今後TCGの大会が起きた時でもボクが優勝間違いなしだもんね~~! これは50万円だ!」
――今後そうした大会があるのかは定かではないが、その時のパワカはそればかりしか目に入っていなかった。
「大丈夫です、必ず助けは来ます――から――」
その言葉が、綾月 星架(r2p000841)の運命を分けた。背中が何かに押されたと感じた瞬間に貫かれる苦しさに血潮が口腔内に満たされた。
膝から崩れ落ちていく星架の耳朶に綾月 鈴(r2p000791)の絶叫が響き渡った。眼前で、崩れ落ちた愛おしい妹が赤く染まっている。
「おねえ!!!!」
いやだ、と。彼女はそう叫んだ。
「駄目だよおねえ、警察官になるんでしょ、みんな沢山守るんでしょ!!!」
「鈴。だいじょうぶ……絶対に、貴女だけは、ずっと守るから」
「いや、いや!!! いやいや!!!!!!」
頭を振った。姉の指先が頬に触れ、ぱたり、と落ちていく。頭が痛い。何かが、何かが響く――逃げて。
「お、おね――」
分からない。けれど、走らなきゃ。此処に居ては、ダメなんだ。
何もかもを壊してしまいたい。声音なんて何処にもなくて、ただ、落涙の天使(r2p002906)は空を舞う。
表情の存在しない仮面のような顔。閉じられた瞳は、まるで祈りを捧げるかのようだった。
「何を祈ってるかはしらないが。この『キング』が相手だ」
それは全盛期の力を有するキング(r2p002807)ならではの戦い方だった。腰痛はまだない。
だからこそ、合法的に全力で拳を振り抜ける相手を前にして心を躍らせるのだ。拳を叩き付け、より強い相手を求めるように進み続ける。
「待ちに待った歓喜の時がきた!」
立ち上がった新郷 雄大(r2p002158)は世界の破滅を望美ながらも己がヒーローである事をよく理解していた。
ヒーロー連合ポラリスの長官であるからには人間に対して何らかのアプローチを行なうべきだ。
そう、天使とは人類があるべき姿である。故に、雄大は『堕天使』を守る為に尽力し続けるのだ。
「キミ達の力が必要なんだ、力ある者は弱き者を守る義務があるからな……いづれ『キミ』達も分かる時が来るだろう」
将来立派な天使に進化する選ばれた人間よ。思う存分に守られてくれ給え!
「お父さん、お母さん……帰ってこないわ。探しに行かなきゃ……でも外は翼の生えた天使? が」
虚ろな目をして桐枝 花梨(r2p001089)は天を仰いだ。何とか振り切ってここまで歩いてきた。シロトークだと『刻陽中』で避難を行なう友人の会話が流れてくる。
(さっきから何だか背中が痛い……痛いよ。夏帆ちゃん達は無事かしら……生きているかしら……両親に会わなきゃ……)
あの明るい友人は学校に避難をすると言ってから連絡が途絶えてしまった。スマートフォンを握り締めていた指先から力が抜ける。
「会って……殺さなきゃ。ふふ、殺さなきゃ。
みんなみんな大事に引き裂いて、赤い心臓だけに、してあげないと。みんな一緒よ……私が守るから」
蠱惑的に微笑んだ少女になど気付かぬままに忍海 夏帆(r2n000020)は振り返った。
「立てる?」
夏帆の視線の先には俯いている宗堂 シンジ(r2p000139)の姿があった。
「夏帆、今は」
「……うん、分かってる。気をつけてね」
シンジは唇を噛み締めた。みんな化物になった。友人だと思っていた者も変化をし、世界ぐるみでドッキリでも仕掛けられたかのようだった。
畜生と幾らでも呻いていたって意味がない。シンジはせめて――せめて、女の子なら王子様に守られたいと笑った――彼女を守りたかった。
鉄パイプを手にした彼女の背中を眺めて悔しさばかりが胸を締め付ける。少年は「後で」とそれっきりと言い残した。
今一緒に居れば彼女を危険に晒す。今は逃げ続けなくてはならない。畜生、畜生、ほらやっぱり、守られた。
執筆:夏あかね
●
突如地球全土を襲った未曾有の大災害は一夜の出来事では終わらない。
一晩経っても未だに各地で惨劇が繰り返されている。
早朝。中原 伊吹(r2p001595)は横須賀を目指して走っていた。そこには自衛隊や駐日米軍の基地がある。そこまで辿り着ければ助かるだろうと信じて。
――だが、無事に辿り着けるかは別問題だ。
町の中で立ち止まる一組の影。
近くの避難所に向かう途中のフェイ(r2p000885)とエッダ・ノイマン(r2p000302)だ。
やらなければならない”仕事”があったが、今のこの状況ではそうも言ってはいられず、まずは安全を確保しなければと移動していたのだがその途中で、エッダが体の異変を訴え動けなくなってしまったのだ。
「仕方ない、抱えるぞ」
「……すみません」
天使の気配をいち早く察知したフェイがエッダを抱えると、所属組織の用意していたセーフハウスへと駆けこんでいく。
多くの者が逃げ惑う一方で、天使を相手に奮戦を見せる者たちもいた。
引き絞られた弓から放たれる矢が天使の眉間を打ち抜き、蒼き剣が閃いて別の天使の体が斬り裂かれる。
星鳳 縁(r2p000343)と星鳳 葉月(r2p000186)の姉妹は、避難してきた多数の民間人を収容するビルを背後に戦い続ける。
「最後まで、諦めないよ!」
「絶対に護り抜いてみせる…! 縁ちゃんも、皆の事も!」
一般人には決して手出しはさせないという強い思いを胸に。
そこに協力する形で白雨 優羽(r2p000003)もまた魔術を行使する。使えるようになったばかりで術式も何もない、ただ魔力を弾丸として放出するだけの簡単な攻撃魔法だが、最下級の天使を相手にするにはこれで十分だ。
「ごめんね。君たちのことも、嫌いではないんだよ」
そう嘯く優羽はそれ以上に”人間”が好きだ。だからこそ、守ると決めて力を振るい続ける。
そしてそのビルの中では、遠野 まこ(r2p002467)が怪我人を診ていた。
「大丈夫です、助かりますからね」
優しく微笑みながら血を流す怪我人の腕に巻き付けたのは黒いバンド。救急医療において助かる見込みがないとされた者へつける印だ。
せめて安らかに。そう祈りながらも次々舞い込む患者たちの治療へと向かっていく。
考えることは尽きないが、今は一人でも多くを救うために。
執筆:東雲東
●
四月二日。
夜半に降りてきた化け物は、大きな羽根と頭上の輪から天使と誰かれなく呼び広まった。
目の前の脅威と伝聞とかろうじてつながるネット情報が錯綜し、すべてが正しく全てが嘘のような気がする。
そして、肩を寄せ合うよっていた誰かの様子が変わるのだ。自分を殺す天使に変わり、一つの変化が銃の疑心暗鬼を生み、地獄は更に拡大した。
「お……かあ、さん? おとう……さん……?」
龍造寺 若菜(r2p000301)は、運よく避難所まで逃げ込む事ができた。
天使が引いたので、こっそり着替を取りに家に戻る事にしたのだ。
玄関が押しつぶされた平屋。それが自宅と気がつくまで数秒。
さらに玄関ポーチが建物からにじんだ赤いものでぐちゃぐちゃになっているのを目にする。
「あぁ……あ、ああああ!!」
自分が無事だから両親も逃げている。根拠もなくそう思い込んでいた。自分だけ助かってしまった。
慟哭がやむことはなかった。
熊倉こむぎ(r2p001435)は、ぬいぐるみリュックのくまさんを抱きしめることしかできなかった。
「ねぇ、パパ、ママ」
呼びかけても返事はない。大丈夫だから少し寝なさい。何かあったら起こしてあげるから。
都心から郊外に逃げる途中。目覚めたら両親の姿はなかった。何があったのかこむぎにはわからない。
「どこにいるの? 怖いよ、ひとりにしないで。ここはどこ?」
小麦はふらふらと歩きだした。
「混乱に乗じて現れたなゴロツキ共め」
路地裏の王と自称する剱・十徳(r2p002878)は、正体詳らかではない来訪者である。
「むしろ狙ってたか? 悪者はいつだって卑怯なことが得意で尊敬するよ」
そう言うと執拗に追いかけてくるので、勝手知ったる路地裏に誘い込む。
前を見て横を見て、ようやく上を見た時にはもう手遅れで、視界の通らない物陰や上空から飛び掛かってくる十徳に悪人は成す術もない。
「へっ、気ばっかり大きくなっても潰されちゃ意味ないな。ドンマイって感じだ」
ホセ・ミゲル・モラレス・タキザワ(r2p000883)は逃げ惑っていた。
あそこから一瞬でも早くパンチョを遠ざけなくてはならなかった。それが自分に、ペペにできる最善だという確信があった。
フランシスコ・ホセ・ミゲル・モラレス・ゴンザレス(r2p000472)――パンチョの眼の前で父が異形となり、その父が母を殺した。
真っ白になったパンチョの耳には今わの際の母が何を言ったのか聞こえなかった。
「パンチョをお願いって言われたんだ」
そう言って手を引くペペの髪が赤く見える。
「ペペ、怪我した? 頭が赤い」
虚ろなパンチョの虚ろで舌足らずな声に息をのむ。さっきからガラスやコーナーミラーに映る自分の姿がおかしいことにペペも気づいている。
「街灯の明かりの反射だよ。ほら、今あちこち赤いから」
無茶な言い訳だと自分でも思った。
「そっか」
自分も化け物になるかもしれない。化け物になった親友に殺されるかもしれない。でも今つないでいる手のぬくもりだけは信じられるから。その瞬間までつないだ手は離さない。絡めた指にこもる力は強さを増した。
崩れ落ちていた。建物も父の命運も自分の膝も。
荊棘院 微睡(r2p000170)、これにて天涯孤独。
《淑女たるもの! 嘆くのは! 己の全てを尽くしてから!》
母の教えを思い出す。
まだ微睡は命を尽くしてはいない。現実に負けてたまるかと立ち上がった時。
その背に緑の茨の紋様が浮かぶ大きな黒い翼が出現。頭上に熱を感じ、自分を中心に明るくなった。
「な、なんですのコレ!?」
後に因子発現と称される現象だった。
高槻 桐子(r2p002627)の咽喉は枯れ果てていた。
風の音にも飛び上がり、小石が転がる音に動きを止める。
「あの~、誰かいます? いますよね?」
辺りを見回し、じりじりと近づき、そっと木材を支えて這いずりだす手伝いをする。
「えっと、大丈夫そう――です? いえ、いえいえいえ。それでは、わたしはこれで――」
自分を最優先にするのは罪悪感が強すぎて、恐怖に涙目になりながら桐子は救助をしながらさまよった。
「やめろよぉ、くんなよぉ」
メリメリ・メリル(r2p001157)は、風船を配っている。風船の妖精さんなので。
執拗に襲ってくるメモリール。泣きわめいている。
持っている風船も相まって、とても目立つ。
「わぁ、これまたすごい事になってますね?」
玲於奈(r2p002124)の声はいつもより幾分高揚している。素性を隠す必要がなくなった解放感。
「僕自身、式神操って正面から戦うの向かないんですよね。こう、搦め手っていいますか、癒すって言いますか。出来る事ってマッサージぐらいなんですよ~」
掌からひらりと形代符が飛ぶ。
「だからあまり期待しないで欲しいんですよね。捕まえた天使を触手で搦め取って抵抗できなくするぐらいですよ~」
発動した形代が質量を増し、ぞぶりとうごめいた。
羽と共に生えたよく分からん力も使いながら武器を取り、守りたい者を探していた花蘇芳 一臣(r2p002266)の耳に、妹・花蘇芳 一華(r2p000560)の叫びが飛び込んできた。
「――たすけて! 一華死にたくないよぉ!」
万難を排して妹の元に駆け付ける。生かすために。死なせないために。
「一華……」
「あっ、一臣お兄ちゃん!」
安堵の笑みを浮かべる妹を抱き寄せる。その腕の執拗さに気が付く者はいない。
「良かった生きてたんだな。父も母も無事だ」
腕の中で無力な妹は何度も頷く。
「お兄ちゃんが守ってくれるなら、やっと安心出来るね……良かった」
「――ああ。そうだ。何も心配はいらない」
世界は変わり、常識も死に果てた。
一臣がまだ天使のなりそこないだった頃。手にした力で黒い欲望をかなえることができると確信した瞬間の話だ。
霧林 悠馬(r2p000137)は、背後からの叫び声に振り返った。まただ。
住みついた田舎町で、刀を振るう。最早何を守れば良いのか分からない。
「やめて。こわい」
羽根が生えた奴は人を襲うのだ。それだけはわかった。すぐ襲い始めるのとそうでないのがいるけど時間の問題なのだろう。多分。
天使を殺し、人から天使になった者を殺し、人じゃなくなったら予防で殺し、その間に羽根のない奴が天使に殺される。――最後に残った彼自身も町から消失することになる。
だから、その田舎町も消失した。
須藤 源二郎(r2p000830)は、逃げ遅れた老人に子供を避難所へ連れて行く途中だ。
(あの背中に羽根の生えた天使? と言われている奴らが暴れだしてから、人間も力のない人に悪さをし始めた)
略奪集団を何とかしないと進めない。
(いや、こんな事はずっとあった。見て見ぬふりをしていただけだ。もう自分からは逃げられない)
隠れていて。と、小声で言う。
「悪い奴は、自分が殴り倒す。鍛えた体の使い時だ」
その呟きに介入するものがいた。
「こういうときに暴れ出すのが人間の本性、なんて言いがちだけど――」
一緒に行動していた逢咲 有栖(r2p001882)はいつだって知りたい。
「負荷テストで壊しておいて、このスクラップが本当の姿だ、なんて言っているようなものじゃあないかい? その是非を? 真理を? 知るために悪い人たちの姿を追い求めに行くのさ」
勢いよく立ち上がった背後に、社会性をかなぐり捨てた一団。
「まあ、踏み込みすぎて、危険にさらされる。それもまた人間だよね」
空虚な笑いだ。
「……たすけてくれないかな?」
源次郎は何かをかみしめるように頷いた。
執筆:田奈アガサ