4月3日 - Part1

●霧と血の幕間
 ドゥームス・デイに生じた惨劇は天使が引き起こしたものだけではない。
 この世界に潜んでいた『あまりよくないもの』もこれを機会にその姿を現す事もあった。
 その中でもこのシーンは余りに格別なものである。
 極上にして最悪のスリラー・ナイトはとある伝説によって引き起る――



「何だか霧が出てきたね、トド君、トカゲ君」
『怪人だから』こんな最悪にもある意味で慣れっこだったのか、レーザー墨出し器 モグラ(r2p001684)は幾分か状況に油断をしていたのかも知れない。
「何かイヤな感じの霧が出てきた気が……そろそろ撤退しましょう、トド君、モグラ君」
「いや、でも自分のレーザー墨出し器さえあれば霧の中でも正確に敵の居場所が……」
 爪切り トカゲ(r2p001683)の懸念にモグラがそう言ったのは確かに『緩み』の証明だったと言えるだろう。
「――――!?」
 カメコ トド(r2p001670)が正確に【三頭】の仲間のやり取りを把握出来ていたのはそこまでだった。
 つい一瞬前まで普通に喋っていた筈の仲間二頭の体が、頭が横にずれ――文字通りのバラバラになっていた。
 咽ぶような鮮血の匂いにトドが一切を迷わず逃走を選んだのは彼を運命を繋ぐに最も素晴らしい『判断』だったに違いない。
「真なるジャック・ザ・リッパー。
 ディーテリヒ様の言う通りの人物か。
『やはり現れてしまったのですね』」
 血濡れたアスファルトを踏んだ瀬那 悠月(r2p000299)の気配に色濃い霧が一人の男の像を結んだ。
 かなりの瘦身に色白の肌。夜間だというのに色のついたグラスをつけたまま。
 一目するだに普通ではない彼は黒いナイフを遊ばせて魔法のようにこの夜に現れている。
「あん? 何処の誰だか知らねェが、この俺様に随分と気安いじゃねぇか。
 殺(バラ)して欲しいなんて――面白ェ女は何時でも歓迎するがよ?」
 恐らくは姿を見せた理由等、興が乗ったから――そして悠月が女だったからという理由程度のものだろう。
「オカルトライターとしても、『この世界を滅ぼさせないためにも』重要なのは確かだけど……
 ……いやぁ、困ったねぇ。ホントに。実際にお化けに出会うなんて滅多に起きる事じゃない!」
 アマニア=レイヴンズ(r2p000376)の言葉は冗句じみていながらも、発する声は乾いている。
 本当か嘘か、夢か現か――『ジャック・ザ・リッパーという伝説の真贋を確認する術等此の世の何処にもありはしない』。
 だが、しかし少なくとも彼がこの場に現れたのは事実であり、
「世界が無くなるかも分からないだけの事が起きているのに!
 其れよりも自分の享楽を優先するって言うのか……!」
 同時にセリア・ミスルトゥ(r2p000180)の言う通り、彼がこのドゥームス・デイとは全く無関係に暴れている事だけは確実だった。
「関係あるかよ」
 魔術士協会の有力者としてジャックの脅威と対策を指揮せんとしたセリアの言葉を当の魔人は嘲り笑う。
「『こんな羽付の雑魚共、幾ら来ようと俺の敵じゃあねェよ。これでくたばる雑魚共なんざ此の世からとっとと退場しちまえ』」
 ジャックの来日理由はYour Valentine(r2p000991)という男が『伝説』のレプリカを盗み出し、模倣犯じみた活動を行った事だ。
 実に個人的かつ人間らしい理由でジャックに強い敵意を持つ彼は謂わば周りの迷惑を考えずにこの魔人を『誘き寄せた』格好であった。
「……やれやれ。実に酔狂な話になった。
 しかし、これは。やはり少し手伝ってあげましょうか――」
「私は、闘争が大好きだ。
 だが、君のような闘争と無関係な人間を無闇に傷付ける輩は一番嫌いなタイプだよ。
 ……それもこんな時によくもやってくれたね」
 Em(r2p002639)が溜息を吐き、その美貌に憮然とした表情を乗せた熾鳳寺 カルラ(r2p000194)が構えを取る。
「同胞――いいや、友人(セリア)が気張るってンならよ。助太刀するしかないってヤツだろ?」
『この危機的状況で動くというのなら遠慮は無用という物です。行きましょう、藍』
「相手は特A級の厄介ですが……そうも言っていられませんからね!」
 久慈宮 華月(r2p000151)や天目 壱狐(r2p000157)を備えた天目 藍(r2p000254)が参じた理由も、
「こんな時に……これ以上何も……奪わせなんてしない……!」
「倫敦の伝説……僕では微力だろうけど、それなりに全力を尽くすよ」
 水城・繰絵(r2p000276)や浪漫堂 晏慈(r2p001158)が戦わねばならない理由も同じようなものだろう。
 全ての手段を肯定するYourも絶大な問題であるのは確かだが。
 彼が虎視眈々とその時を狙っていようが、お仕置きを受けるべきであろうが関係ない。
 元は魔術協会に持ち込まれたトラブルの一端だったに過ぎまいが、最早その垣根は薄い。
「全員生きて返す。それが俺の役目だ」
「我が物顔させてたまるかよ……!」
 断固として言い、最前線に立つ曲直瀬 道三郎(r2p001476)もベースから情報支援に入る符草 築彦(r2p001505)もやり方こそ違えど為すべきは一つ。
(『今日も何も無い』。
 その為なら俺達は海外、不穏分子、果ては神秘とだって戦った。
 つまり、これは防諜組織00機関の敗戦――何も無いは超現実に敗れた。
 だが、敗戦すれば終わりではない。敗戦には処理が必要だ。更なる撤退を防ぐべくまだやれる事は山とある!)
 伊藤 健一(r2p001572)は悲壮に強烈に覚悟を抱く。
『ジャック・ザ・リッパ―は天使と関係なく見過ごせる相手ではない』。
【倫敦】は――『秩序』側に居る神秘勢力は災厄じみた男に好き勝手を許す訳にはいかないのだから!
「ダリィな。雁首揃えた雑魚の相手は」
「ああ、手が届かねぇ相手だ。
 ……で、それは挑まねぇ理由になんのか?
 せせら笑うジャックに構わず、大津 月翔(r2p000520)が果敢に仕掛けた。
 霧のように姿を変えるらしいジャックの能力にあたりを付けた月翔はそのコピーという細い確率を狙っていた。
 だが、体捌きだけで彼をいなしたジャックは長い足を強かに腹部に突き刺した。
「バァカがよ。『使って貰えるレベル』になってからそういう面しとけ」
「『風は刃なり』――しかるにそれは我が手の内に!」
 瞬時の動作で蹲る月翔の首筋にナイフを立てようとしたジャックをドミニク・エイゼンシッツ(r2p000643)の放った精霊魔術が牽制した。
 小さく舌を打ったジャックの体の一部が霧に解ける。魔術の弾道すら見事に透かしたその有様に驚きが広がれば彼は事もなく鼻を鳴らした。
「何だ? 魔術で炙れば倒せるって? そんな認識クソ笑えるぜ」
 嗤うジャックの周囲に霧が立ち込める。
 その真白い悪意は気付けば彼に対峙する能力者達の周りをも取り巻き、俄かな戦場を更なる魔境へと変えていた。
「ここは任せて!」
(ジャックが霧の性質を持つなら、霧を晴らす魔術で行動を阻害できるのでは)
(少なくともこの霧が良い影響をもたらすとは思えない)
 エリー・マークス(r2p001182)の護衛を受けたマルク・ザカウィリ(r2p002474)とリカルド・ヘスス・チリノス・ロペス(r2p002613)が『魔術的干渉』を試みる一方で、
「『時計が示すその時まで、キミは輝き続ける光である!』
 ……一回限りの短時間っすけど、全体強化(バフ)としてはオレの出せる目一杯です!」
 路無 音柄(r2p001639)の援護を受けた仲間達が各々の力を振り絞る攻めに出た。
 戦い慣れた彼等は彼我の実力差を痛烈に理解していた。
 相手は言うまでもない伝説であり、この数の差さえ必ずしも勝利に通じる保証はない。
(諦めて…たまるものでしょう……か……!)
 それを察してしまうが故に鵜筒深 陀時(r2p001130)は心で吠える。
 彼女等の戦いは強烈であり、同時に鮮烈であったのだ。

 ――果たして。

「二百に満たぬ若造でこの強さ……! 『Baroque』の魔人とはこれほどの者か!
 天使が飾り立てた地獄でFrom hell(地獄から)の魔人が相手とは……ジョークにしても笑えぬわ!」
 吐き捨てた蜂須賀・零(r2p001833)の言葉は平素余裕めいた彼女からすれば珍しい程に本音そのものだった。
(こんな事ならば武術の一つも嗜むべきだったか……?)
 ありのままの身勝手さでこれだけやれれば表の世界の武人も憤慨しようが、零は『最悪の素人』である。
 戦いは連携と士気で辛うじて持っているに過ぎなかった。気を抜けばモグラやトカゲの二の舞は必然で……
 実際問題、既にやられて息があるかも知れない者も居る。
「好き放題やってくれるが――星見の眼と悪い予感を信じ、屋敷を深月に任せ急行して正解だったのう
 羽付き共より、倫敦の小僧一人の方が問題じゃな。遅参も幸い、せめても間に合ったなら若者を無為に死なせる訳には行かぬな」
 更に畳みかけるジャックを瀬那 楓(r2p002010)の『火之迦具土』が焼いた。
『炙る』以上の火力に霧と弾けたジャックに彼女は皮肉に口角を持ち上げる。
「日ノ本の歴史たる神秘、毛唐風情があまり舐めてくれるなよ」
 猛然たる戦いは尚も続いた。
 時折機嫌の悪い顔を見せるジャックは恐らく日本の神秘の力を侮り過ぎ。
 挑む彼等はその軽侮を改めろとでも言うように、実力以上ものを発揮していた。
 故に戦いは秒殺を考えていたジャックの予定よりも随分と長引き、更なる『面倒』を彼に与えたのは確かな事実だ。
「熾鳳寺サンを手助けしようたぁ思ってたが――それ位じゃ済まねぇな」
 臆してる暇なんぞ何処にもない。
 正眼に構え、いよいよ覚悟を決めた一ノ瀬 正明(r2p001270)の背中を低い男の声が追う。
「逸りよる。戯けめが」
「……それでは『刺し違え』にもならぬぞ」
「!?」
「どれ、一つ手本を見せてやる――」
 この戦いを『嗅ぎつけた』一菱 梅泉(r2n000069)と刃桐雪之丞の二人は彼にとって知らない顔ではない。
 騒ぎは新手を呼び、舌を打ったジャックは最初より随分と遊びの色を弱めている。
 これはジャックの来日を一番望んでいた人間にとっては福音だ。
「随分……登場が遅くなったみたいじゃない?」
「『いいえ、それ程でも』」
 サファイア・テラスター(r2p000071)の言葉にYourは流麗に笑む。
「御機嫌よう、霧の都の殺人鬼――漸く、会えましたね」
 Yourにとってそれは最高に予定通りの展開だった。
 腹の底で煮え滾るような激情を薄ら笑いで覆い隠しながらそう呼びかけた彼は最初から待っていただけだ。
 ジャックの戦い方を観察し、多少なりとも彼が消耗する時間を待っていただけだ。
 勇気を以って挑んだ戦士達が生きようと死のうと、そんな事はどうでも良い。
 そんな事を気にするのなら――今更気にするというのなら、彼はこの災厄を進んで日本に引き込んだりはしなかったのだから。
「――変身!
『倫敦』を仕留めるのは俺達だ。復讐なんざソレ自体が理不尽なモンだ、方法なんざ問うもんじゃねぇだろ?」
 成る程、『同僚』のモグラやトカゲを捨て置いた油圧 ワニファラオ(r2p001004)が言うのなら間違いない。
「そういう事! 要は、最終的に勝ちゃあいい。
 我が神よ、お目通り叶って恐縮だが――早速だけど死んでくれ!」
 高笑いをする恐神 斗鬼(r2p002287)にジャックは「クソバカが」と吐き捨てた。
【三悪】は数奇な運命で寄り集まった。
 そうして産まれた気休め(チャンス)にYourは自身の全てを賭けるのだ。


 ――お前を殺せるなら、手段は問わない。
   何処まででも、堕ちてやる。
   俺はたった一人の女に、自分の総てを賭けた。
   だが、お前のせいで失った。
   最早、世界なんてどうでもいいんだ。
   お前さえ。お前さえ死んでくれたらそれでいい。
   それがこの世界のエンディングなら。
   まずいスコッチを引っかけて笑いながら見届けてやる!


 貴女はもう何処にも居ないから。
 嗚呼、それって――なんて、上等。

 執筆:YAMIDEITEI



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