四月三日 - Part2

●四月三日
 それは運命の日だった。
「天使さま! 天使さまだわ!
 ねぇアリス、あなたのいったとおりだわ。
 さばきのときが、きたのね」
「御覧なさいイブ。これが神による裁きです。
 人間たちは裁きを受けるのです。

 でも大丈夫。
 あなたも私も、神に愛されているのですから。
 だから大丈夫。きっとあなたの願いも叶う」
 イブマリー(r2p001853)とアリスメア(r2p001855)のように、この終末を心地よく思うものもいたかもしれない。
「……さようなら」
 アイリシア(r2p000981)のつぶやきとともに、下級天使=元家族が闇の中に飲まれていく。覚醒したものが、世界にあらがう力をくれた。
 だとしても。その心が、それに耐えられるとは限らない。
「私が一緒にいてあげるわ。
 いらっしゃい、可愛い子。
 子守歌を唄ってあげましょうね――」
 子供たちを連れて、ライラ(r2p001779)は笑う。それが、本当に人であるのかは、解らぬままに。子供たちは愛と安心に笑う。
 水代 さくら(r2p000777)は、海の見える公園から、世界を見下ろす。
 地獄のような光景だ。人が死に、世界が燃え、誰もが絶望の内にいる。
 でも、歩くことができる。世界を見ることができる。万華鏡のような世界を、自分の、自分だけの力で。
 それはさくらにとっては、なんと幸せなことであっただろうか。それは、絶望の中に生まれた幸福という矛盾だった。
 花巻 ゆづる(r2p001249)は、はなまき食堂に残っていた食材をかき集めて、炊き出しを行っていた。大規模なものではなかったけれど、それでも、できることを。
「大丈夫じゃなくてもいいのよ、泣き疲れたら暖かいものを食べて……。
 あなたの気持ちが、少しでも楽になりますように」
 不安げな子供たちの頭をなでながら、そう言って笑う。ただ、『あの子』の無事がわからないことだけが、心残りだった。
「あの子等にもう一度会いたいねぇ……無事でいとってぇねぇ……」
 廿楽 曙海(r2p001316)は、自らの人生を過ごした小さな駄菓子屋で、最期の時を迎えようとしていた。突如現れた天使は、慈悲もなく曙海の心の臓をえぐり取った。そのままもうろうとする意識の中、小さな駄菓子屋は無限に広がって、これまでここに訪れた子たちがすごしているさまが見えたから、そして、優しく笑う夫の姿があったから、寂しくはなかった。
 化け物がいたぞ、と声が上がる。必死で逃げる。ただただ必死で。
「お母さん……会いたいよ……どこ、お母さん……!」
 その言葉もどこにも届かず。フォルテ&モイスト・サシ(r2p000011)は、絶望と悲しみのまま、人界をひたすらに、ひたすらにさまよう。
「………………死にたくないなぁ」
 ビルの屋上。つぶやく。眼下を見る。広がる。大地。
 戸鞠 彩羽(r2p001102)は、バケモノになる前に死にたいと思った。誰かを傷つけるまえに。でも、怖くて、怖くて、ゆっくりとうずくまった。
 その体が、光に包まれる。
 運命の日は訪れた。
 この時、多くの人たちが、消えていった。
「どうか、神のご加護があらんことを……」
 最後まで、信じるモノへ祈りをささげた、ソフィア・マニフィカ(r2p000985)の体が、光に包まれる。
「え、これ……どうして……?」
 光の中に、孤児院が消えていく――ソフィアから見たのだとすれば。
 絶望の中にいた、島津 龍太(r2p001901)も。己の体を蝕む、天使の兆候に、怯え、苦しみ、畏れられ、迫害され、逃げ続けた龍太の行き先に、絶望の行き先に見えた、光。
「彩咲は、もう走れないよ。
だから、もう置いて行って。あさね、こんな足でもね、お兄ちゃんがだいじにしてくれたから、頑張って生きようと思ったんだよ」
そういって、泣きながら笑う、彩咲(r2p000212)もまた。
「あれ、なにこれ、身体が、わたし……お、お兄ちゃん?」
 光に包まれる。
 消えていく。
「あーあ。ほんに、最悪の日やわ。
 こんなんとっとと死ねたらええのに、こういうときに生き延びてまうんがうちなんよね」
 自嘲気味に笑う、ユナ(r2p000235)が。意地汚いと言われても、泥水をすすってでも、生き延びてやると、覚悟と決意をした瞬間に――。
 応えるように。光が、次の道を指し示す。
「私は死ねない……みんなの犠牲で生き残った私は、生きなきゃ。それが、それが――」
 陽野 紫(r2p001431)が決意する。使命があるのだとしたら、きっとこれがそうなのだろう。
 光に包まれる。ならば生きよ、と世界が言うかのように。
「お姉さんが急にいなくなった……?
 それだけじゃない、いろんな人が急に……?」
 神咲 焔(r2p002048)は、多くの人々の避難誘導を行いながら、突如として発生した『消失現象』に面食らっていた。
「何が起こってるの……? これも、あの天使って奴らの仕業なの……?」
 この現象が何だったのか。それがわかるのは、はるか未来の事となる。

 榊原 京(r2p000044)が、最後に視た光景は、恍惚の表情で京自身の腹に槍を突き出す、大切な人の……坂井 麗(r2p000599)の姿だった。
「麗、ちゃん」
「違うの」
 笑う。
「力が欲しかったの。京ちゃんを守る、力が。でも」
 笑う。
「あは……♪」
 狂ったように。笑う。
 それが、この時代に視た最後の光景。
「アタシの世界に雑音はいらない」
 鳴無 無縁(r2p001271)はつぶやく。あちこちに倒れる下級天使たち。その静寂の世界に、立つ。
 雑音が消えていく。人も。天使も。この世界に、時代に残される。無縁。
「次から次へときりがない……!」
 弾切れを起こした武器を放り投げつつ、アルティヴィォン・エグザフィア・フェルファレアー(r2p000449)は舌打ち一つ、次なる武器を取り出した。応射。
「やれやれ、敵の数は減らないのに、味方の数は減っていってるようだよ!」
 天吹 アオ(r2p000064)は、拠点の往復中に天使たちと戦う一団と遭遇し、救援を行っていた。
「このままいくと水鉄砲にもガタが来る奴だなこれ!」
「面白い。だが、この弁戒の命、この程度の試練で奪えるとは思わぬことだ──!」
 弁戒(r2p000015)にとってみれば、この程度の試練など試練の内には入るまい。いや、むしろちょうどいい。
「天使たちめ! ボク達の世界をめちゃくちゃにしたこと、絶対に許さないのです!」
 太白(r2p000891)もまた、己の力を存分に発揮し、天使たちを叩き落す。おびえたように人々が逃げ出すのがわかる。どちらにおびえているのか。だが、今は、少しでも救えるのならば。
「さぁ、こっちだよ! もうすぐ避難所だ!」
 ゼーレ=シュバルツシルト(r2p001366)が、助けた子供たちに声をかける。安全が確保できたわけではないとしても、避難所であれば幾ばくかは安全のはずだ。
「わわ、なにこの光……!?」
 だが、その到着目前で、ゼーレの体は光に包まれた。お互いが伸ばした手は交わらず、ゼーレの姿は消失する。
「……! また、消えた……!」
 氷彗(r2p002498)が、氷の刃を解き放ちながらつぶやく。消えていく。仲間が。人が。
「……! こ、この光……わたしも……!?」
 慌てるように叫ぶ氷彗の体が、光に包まれていく。
「くそ、そっちに攻撃が……!」
 玄羽 辰弥(r2p000528)は、戦力の抜けた穴を補うべく、文字通りに体を張って飛び込む。その先にいた避難民を庇うが、態勢が悪く、下級天使の振り下ろした槍は、強烈な一撃を辰弥に叩き込んでいた。
「ぐ……くっ……!」
 連戦による疲労と、当たり所の悪さが、辰弥からあっさりと意識を奪う。辰弥が次に意識を取り戻した時は、この時代とは違う場所であったはずだ。
「マネージャー! まずいよ、このままじゃ……!」
 そう叫ぶ楠本 まっく(r2p002226)の体もまた、光に包まれ始めていることに、気づいていた。
「マズい、せめて原稿作業中のタブレットだけでも持たせて……! 新刊が落ちる!!」
「そういう問題ですか、しかし、これは……転移の感覚……!?」
 シニストラ・ステュアート(r2p002283)が叫ぶ。
「も、持てる限りの原稿はもちます!」
「お願いマネージャー!!」
 叫ぶ二人が、同時に光の中に消えた。
「消えていく……くっ……!」
 カリン・エヴァンズ(r2p001079)の体もまた、光の中に消えていく。復讐を果たせないのか。殺された、友の、皆の。
「こんなこと……!」
 カリンが悔し気に呻いた瞬間、その体は光の中へと消えていった。
「みんな、無事でいてくれよ……!」
 輸送船の上にのり、篠宮 和真(r2p001110)は送り届けた人々の無事を祈っていた。そして、この時代での役割は終わったのだ、と告げるように、和真の体も光に包まれていく。
 中湊咲 氷慧(r2p001706)は瀕死の中にいた。戦いに傷つき、血を流し、活力すらもう残っていない。庇って助けた、あの親子は無事だろうか……どうか、自分の代わりに生き延びてほしい。そう思う。
「そう、あれかし……」
 祈りをつぶやくその体を、光が包んでいくことに、まだ気づかない。
 逆継 蓮(r2p000475)が、この時代で最後に視たものは、絶望だったのかもしれない。
 救った。確かに助け出したはずだ。女の子。幼い命を、この手で。引っ張るその手が、重さを増したように気づいたのは、いつの瞬間だったか。あるいは、軽くなった、のかもしれない。
 慌てて振り向いた蓮が見たものは、女の子の頭を斬り飛ばしたばかりの、醜悪な天使の姿であり。
「え……」とつぶやいた刹那、その体が光に包まれていた。
「くそ、なんだよこれ……!」
 ファレド・クォーツもまた、己の体に異常な熱とともに、光を帯びるのを自覚していた。家族を救うために、天使をひきつけ。袋小路の絶望にさらされた刹那の、それは最後の救い。
「駄目だ、意識が……、
 母さん……父さん……」
 つぶやきとともに、すべてが光の中に消えていく。
「大丈夫、いつかまた、出会えるから……!」
 サルタン・デルフィオーネ(r2p000776)のその言葉は、願いであったのかもしれない。希望であったのかもしれない。でも、それはいつか叶うのだろうか。また、会えるのだろうか。
 光の中に、サルタンが消えていく。消えていく。みな消えていく。
 そして、この時代に、幾人もの人たちが取り残されていた。
「下を向くな。前を向け。生きてるのなら……死んでも抗え!」
 ルクス ウェブスター(r2p001258)は、残された者たちにそう告げる。そう叫ぶ。
 抗えと。抗えと。そう叫ぶ。
 四月三日。
 残された人類の長い戦いは、まだ続いている。

 執筆:洗井落雲


 街の崩壊は、日常の綻びの如く。何もかもが知ったモノではなくなった。
 握り締めた掌の温もりだけが、真実であると。永廻 啓人(r2p002217)は弟である永廻 輪人(r2p002115)の手を握り締めていた。
「輪人!」
 走りにくい場所だった。瓦礫の山を越えるように脚に力を込めた。6つの年の差は、危機に直面した時に何れだけ逃げ果せるかを表しているかのようで――躓き転んだ弟を庇うように啓人は咄嗟に腕を伸ばした。
「兄ちゃん!」
 悲痛な声音が響き渡った。天使の弧を描いた唇は人の命を狩り取る事を楽しむような酷く倒錯的な感情を表している。
 ぎゅうと目を閉じた輪人は直感的に『終わり』だと感じた事だろう。
「輪人に……手を出すなっ―――――!!!!」
 叫んだ兄の声音、ぼたぼたと玉の上に降り注いだ血潮。兄の肉体を貫いた天使の――
「兄ちゃ、」
 眩い光と共に『消失』したその姿に死というラベルだけが張付いた気がして輪人は絶叫した。涙は、疾うに涸れ果てたのに。心は渇かぬままなのだ。
「アハハハ……キモチイイ……人を殺すのがこんなにキモチイイなんて……知らなかった……。
 もっと逃げて、悲鳴を聞かせて? ドキドキしちゃう……ワタシドウニカシチャッタ……もう戻れない……」
 頭を掛け呻いたのは緋桜 雛乃(r2p002673)。背を突き破った翼に、その全てが変わっていく。
 人では無くなってしまう恐怖と共に、少女は何もかもが『壊れて』仕舞った。
 戻れない。ただ、その言葉と共にはらはらと涙が流れ落ちていく。
『灰の世界』より巻込まれるようにしてやってきた天使達アッシュアンゲロイ・ロウソルジャー(r2p002284)は何かに駆り立てられるように空を駆る。
 光の鏃は大地に刺さり、世界を蹂躙するために駆けずり回るのだ。
「進みなさい!」
 声が響き渡る。焔生一家とClub『Cats&Barrel』は、総出での避難活動を行なっている。
 集団避難の活路を開くのは母である魔術師、ルイーザ キャロル(r2p003161)であった。美しい女は防御魔法で仲間を、そして娘たちを守るが為に。
「大丈夫……なのですよ。ママ達が居る限り……誰一人……傷付かないのですよ」
 ルイーザは唇を噛み締める。防衛の呪いも、僅かな緩みが出始めた。けれど、ここで支えなくては、ここで――
「ッ」
 背中に焼けるような痛みを感じながらガーネット(r2p000597)は行く。
「Cats&Barrelの従業員、タママですぅ! 人間ですぅ!」
 待ってーーと叫ぶ鴦野 タママ(r2p002961)の姿を一瞥してから嘆息したのは五季(r2p002888)だった。
 タママを助けたのは五季その人だった。ヒールをかつかつと鳴らして駆けてくるタママを見詰めてから「なんでこんなの助けちゃったかなー」と五季は呟いた。
「やーーーー!? クチビルオバケいやーーーーー!? センパーイ!!助けてセンパァーーーーイ!!!!」
「はいはい……とにかくタママが足を引っ張……あれ? 消えた?」
 あやかしとしては守ってやらねばならないか、と振向いた五季の視線の先には誰もいない。
「これならあたしもみんなを守れる!」
 そう笑って上機嫌であった霞ヶ城 圭(r2p001116)は自慢げに薙刀を振り回していた。頼りになると笑った焔生 愛珠(r2p000613)が傍に居てくれたのだ。
「やあ、こんなに天使が集まるなんて……やっぱりうちの子達が可愛すぎるせいかにゃあ?
 次、天使来てるのにゃ! 焦らず対応してにゃ!」
 リデル ダイナ(r2p003163)の慌てた様な声音が響く。後方から銃撃支援を行なうリデルに頷いてルイーザは「任せて」と防衛の魔術を展開した。
 不機嫌そうな顔をして居たエカチェリーナ・キーロヴナ・初芝(r2p002231)は眉を顰める。
「……私はアルシエルの仲間になったつもりはないのですが……まぁ乗りかかった船です。
 あんなものを天使と認めるわけにはいかないですし、彼女の家族にまで罪はありませんし。
 ですので、そこをお退きくださいますか、主を愚弄する化け物共」
 邪には邪を。悪意には悪意を。エカチェリーナはこの家族を『見守る』使命を持っていたのだ。
 だからこそ、睨め付ける。硬直の邪眼を駆使して。しかし、エカチェリーナの意識を乱したのは五季の呆然とした声音だった。
「え、え? そうだ、恋珠様たちは――圭様も消えた!? さ、探さないと…っ!!」
 その時になって圭の姿がその場にない事に彼女達は気がついたのだ。一気に戦線が瓦解する。
「逃げて愛珠」
 そう言葉にする事さえも間に合わない。手を伸ばす焔生 朱里(r2p001755)の姿が掻き消える。
 レーザー銃ががしゃん、と地に叩きつけられた。大切に妹達を守っていた朱里は何もかもが間に合わない。
 唐突に姿を消した朱里に火煉が「な、なに」と譫言めいて呟いた。
「愛珠ちゃ、」
 手を握っていた。鳴いてしまわないように。皆と歩くことが今の火煉に出来る戦いだと認識していた。
 だからこそ、此れだけの悍ましい出来事があっても彼女は明るく振舞ってみせるのだ。今だって、ほら。
「避難先で新しいお友達ができたら、暗記している童話を披露してあげるのです! ね、愛珠ちゃ――」
 それ以上の言葉を口にすることは出来ず。愛珠は繋いで居た手が離れしまったことに気付く。
「え」
 影が落ちてくる。愛珠は少しだけ予感はしていた。
(予感はありました。そろそろかなぁ、と。
 私の死が近づいてくることを、たぶん私と……恋珠おねえちゃんも薄っすら感じてそうですね、アレ。
 私の半分はおねえちゃんが持っています。ホントはあの人にあげるより、おねえちゃんにあげるのがスジってやつなのだろうなぁ、なんて)
 そんな事を考えた愛珠は阿久津 七桜(r2p001473)の姿を真っ直ぐに見ていた。
 襲撃の機はだったのだ。喰らわなくては――愛しいあの子を、血肉にしなければ。
 七桜の唇が吊り上がる。迚もじゃないが役に立たない相手が多い。だからこそ、今だ。今しかない。

 ――ごめんねぇ、愛珠ちゃん。おばちゃん弱いからさ。神様は殺せなかったよ……。

 神様に何て勝てない。七桜は己の本能に従うように愛珠の体を貫いて。
「楽しかったのです。ずっと。できれば、次も、おね……ちゃん、たちと――」
 ガーネットが最後に見たのは――鮮やかに染まった、妹の姿。ぱたた、と己の上に降る血潮の雨。
 誰かの呼ぶ声、眩い光。そして、少女は『2024年』からその姿を消失した。
 突如としてリンクしていたドローンの信号が途絶えた。斥候と迎撃をになっていたセナリア・ロイルディース(r2p003164)は嫌な予感を感じて振り返る。
 来た道を戻るように駆け出した。イヤだ。可笑しい。こんなことは――絶対に。
 残された血溜まりを前にしてセナリアは膝を付く。
「あ、あ―――――」
 名前を呼んだって。もう、何も戻らなかった。
「死んではいません。私の元に還ってきていないのなら、どこかに、必ず」
 それでも、桃色の毛玉(r2p002030)は静かに告げるのだ。
 座標消失何かが起こっていなければ全員を守りきれると、そう認識していた。震える妻達を励ますように桃色の毛玉は周囲を見回した。
 奈落の大君、赤の裁定者。そう呼ばれてきた緋濤珠々は空を睨め付けた。一先ずは生き残らねば――


 ――わたしは、みうだった。
 目に見える景色はきらきらしてる。ビー玉を覗き込んだような美しさ。きれい、きれいだね。
 みうも遊びたいなあ。学園祭のステージから見れば、こんな感じなんだよね? たのしいね、ほら、握手。
 ぱちん、と音を立てた。鵜崎 みう(r2p000269)は首を傾げる。あれ、何か弾けて、『汚い』なあ。
 喉が渇いて、水が欲しかった。手当たり次第に啜って。それから、癒える事ない渇きは、次を求め始めた。
 その背中には――
 逃げ回る者は多く居る。ふんわりそしたスカートを揺らがせて、天蓉・絹衣(r2p002246)は気付く。
 刻陽大学の体育館で避難を行って居た。しかし、光のように消え失せる人が出始めたその刹那に、絹衣の安息は瞬く間に崩れ落ちた。
 生きる為には脚を動かさねばならない。逃げなくてはと背を向けたその刹那に背中を貫いた天使の刃は『致命傷を運良く外した』程度に見えた筈だ。
 ……しかし、少女の肉体には大きな変化が起こっていた。その事を、その場の誰もがまだ知る由もなかったのだ。
 眩い光は、焔の気配。地に這い蹲ったまま、アリア・岩倉・フランクリン(r2p000115)はひゅうと息を呑んだ。
 家は疾うに無くした。何処吹く風に素知らぬ顔をして、避難所をも転々とやってきた。赫々たる焔は絶望のあらましを子守歌のように響かせる。
「ッ――」
 そんなの、ただの走馬灯だった。白い翼だ。あ、ほら、牙がぬらりと光ったではないか。
 少女が背を向けることよりも早くその槍は、彼女の腹を食い破る牙の如く突き刺さった。
「待っ、て」
 誰かが死ぬという『未来視』はただの偶然のように見えただけだった。望んだ環境で全てを知る事が出来たわけではない。断片的な未来が不安定に視界に焼き付くのだ。
 西垣 恵(r2p002441)は見えてしまった。人が死ぬ。それから、目の前に天使が――寸での所で槍を避けることに成功したのは偶然だった。
 そう、偶然だったのだ。だからこそ、その次の偶然は起こり得ず、脳裏に過った『電車で出会った少女』の事だけを考えながらその身は望まぬ姿へと変貌して行く。
「マーナ」
 ただ、不安を滲ませて新夜 太羊(r2p002858)は新夜 マーナガルム(r2p002859)を呼んだ。
 愛しい妻を見詰めた太羊は子ども達二人の気配がなくなったと告げた。
 太羊は力無き一般的市民だ。だからこそ、マーナガルムは彼の傍に居たのだけれど。
「マーナ……子ども達を探して欲しい。僕には力は無いけれど少し位なら大丈夫だよ」
 マーナガルムは頷いた。育て上げた高級食材子供が居なくなるのは彼女にとっても見過ごせなかった。
 マーナガルムの胸中を知る事は無く、愛おしい妻に「頼んだよ」と太羊は微笑む。
 そう、――僅かの間、離れただけだった。本当に僅かだ。
「タイヨウ」と振向けば、彼の頚が跳ねられた。呆気のない程の一瞬。赤い血潮は雨のように降り注ぐ。
「ッ、タイヨウ――!」
 マーナガルムは駆け寄ってから男の指先から毀れ落ちた揃いの指輪を拾い上げた。ただ、それだけしか彼であった証左が見つからなくて。
「……愛して、いたんでありんすなぁ……わっちは」
 ――守りたいなら、離れてはならなかった。愛しているなどと、たった今自覚するなど、なんて莫迦らしい話しだろうか。
 痛い。
 司馬 武蔵(r2p001204)は呻いた。
 痛い。
 顔の左半分は燃えるように熱い。包帯の下で瞼を動かせども伽藍堂の眼窩には何も嵌まってやいなかった。
 痛みだけが焔のように身を走った。
(……俺の左目はもう……ないんだな。この目を潰した天使は、見知った人だった。同じくらいの年代で、むしろ年下くらいだった)
 どうして、と呻いた。平和な街で過ごしていたのに。夢を持って生きていたのに。ああ、これが夢なら覚めてくれ――
 横浜に向かえば良いか。安全地帯へまで向かえば春田 一葉(r2p000878)も春田 七波(r2p000436)も双方とも生き残れるはずだった。
 横浜に存在する刻陽大学附属中学校や高等学校ならば講堂で避難が行なわれ物資の確保が為されている知美ミニしていた。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だよ。ナナミ」
 一葉は人ならざる力が少しだけあった。だからこそ、妹を守る為に尽力していたのだ。
 天使の姿を見て七波が引き攣った声を上げたことに気付いた。一葉はそれがクラスメイトであると知っていたのだ。けれど――「ナナミに手を出すな」
 妹を守る為にはやむを得なかった。妹がふらりと後方に下がった。
(ナナミもあんな風に、なってしまう? お兄ちゃんはどこに行ってしまったの?
 ……ちがう、勇敢に天使と戦ってくれている。
 でも今はいない、置いていっちゃった? ちがう、でも――ナナミ、は……)
 もしも『姿が変わったら』兄だった『不思議な力を持った人』に殺されてしまうの?
 恐怖の引き金が完全に引かれる前に、少女の姿はその場から消え失せた。
 ――目が覚めた時に、その世界を見て『壊す』のだとカイリュエル(r2p002065)は自認した。
 滅ぼすのだ。それが自らの使命であると識っている。カイリュエルは眼窩を行く獣の姿を見た。それはまだ産まれたばかり――存在さえも碌に確認されていない異形と呼ぶしかあるまい。サイエンティカル(r2p002596)は駆抜ける。何であろうとも、己の縄張に入る事は許さぬと。
 上空を旋回するヴァルキュリア オルト(r2p002898)が眼窩に見下ろすは幾人もの『魔女』達だった。
 対抗者達を観察するだけの知性があるのか、それともただ、見下ろしているだけなのかは天使という存在が何者であるか判明していない現状では無意味な事だろうか。
 卯槻 咲月(r2p000433)は天を睨め付ける。魔女隊最高戦力である『7人の弟子』はその戦力を出し切るようにして天使と交戦中でアル。
 地の魔女マーチ・ヘアーの魔女随一とも言われた頑強さと膂力、そして地属性の魔法を有する咲月の唇はつい、と吊り上がった。
揃い踏み!
 ――今より水は私の僕。有象無象、そこを去ね」
 ヴィータ=アウテーネ(r2p001247)の周囲を美しい水の魔力が包み込む。その傍らを駆け抜けるは血蝕の魔女、暁美 フェイトピア(r2p001229)。
 ふわりと黒い髪が揺らぎ、暁美の唇が吊り上がる。魔女隊随一の破壊力――しかし、相手も堅牢だ。
「硬ってぇなオイ! もう一発耐えてみろ!」
 地を蹴った。善戦を支える咲月の魔力で大地が盛り上がる。暁美の体が持ち上がり、天使の体を大地へと押しつぶした。
 有象無象はわらわらと姿を見せる。魔術式を強化した。アネット・ティーレマン(r2p000600)は敗北などはないと信じている。
「『7人の弟子』総動員──この最大戦力投入を以って、敗北したことは一度も無い。だが、何故だ。嫌な予感が拭えん……!」
 ――だと言うのに、旋律は敏感だ。鈍感であればどれ程に勝利を熱望していられただろうか。
 アネットの不安を拭うように、小さく笑ったのはイール・トレワヴァス(r2p001609
「大丈夫。僕が居る限り魔女隊に敗北はない。皆も知ってるだろう?」
 術士は膨大な消費魔力であろうとも怪我であろうとも補充する。限界を超えたならばイールの命が代償となるのはヒミツだ。
 眩く髪に蓄えた魔力を開放し、この戦線を支え続けなくてはならぬと言う焦りだけが滲んでいた。
「あはは……っ! こんなしんどい敵、魔女隊結成以来ですねえ……!」
「私たちでしんどいって本気……? でも勝てないわけじゃない!」
 ヴィータへと咲月はくすりと笑った。どんな敵だってならば勝てるはずなのだから。
「でも、”7人の弟子”が揃っているのです、どんな敵だって不思議の国送りですよ!!」
 オズ・レーヴェン(r2p002111)の鮮やかな魔力が炸裂する。この花火は最高傑作。思う存分飲み食らえ。
「敵は強大。だが、負ける気がしねェのはなんでだろうな」
「そりゃあ、揃っているからでしょう?」
「ああ、悪くは無い――!」
 だが、事態は急変する。世界は嘲笑うのだ。七人が、七人揃っているからこそ出来た勝利の確信に罅を入れるように。
「……! ヴィータッ!」
 手を伸ばす。雪村 蝶子(r2p000393)の魔力が花と鳴る。天使の放った氷の礫が鮮やかなかすみ草へと変化してはらりと散った。
 しかし、庇ったのは確かな事。ヴィータが「ターリア」と不安げな声音で呼んだか。
「狼狽えるな! 掠り傷――……な、なんだ!? 全員、私から離れろッ!?」
 蝶子は自らの体内の魔力の流れが変化したと気付いた。高名な魔術師であったからだろうか。何か、大いなる変化に身を置いた気がしたのだ。
『音』の変化にアネットは「何が」と譫言めいて呟いて――「ターリア! 僕の手を―!」
 咄嗟に、イールが手を伸ばした。しかし、蝶子ターリアの姿はその場から掻き消える。
「……は? おい、ちょっとまてターリア! ターリア!?
 くそっ、おい! お前らしっかりしろ! ここで崩れるなんて冗談じゃねェぞ! 全部、俺が守ってやるから…!」
 唇を噛んだ。慌てるオズの声音も虚しく、仲間は呆然と立ち竦む。
「ター、リア……?」
 咲月が振り返る。ひゅ、と息を呑んだヴィータは「タ、ターリア」とその名を呼んだ。
「ねぇ、待って、なんで!? ターリア、ターリアぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 唐突なる仲間の消失。呆然としたヴィータの前に立ったアネットは「……各員、態勢を立て直せ! まずは生き残るんだ!」と鋭い声を響かせた。
 しかし、天使の攻撃を受けて呆気なく右腕が飛んで行く。仲間の血肉が弾け飛ぶ。ひゅ、と息を呑んだヴィータと咲月へと暁美が叫んだ。
「ボヤッとしてんじゃねぇ! 目の前の事に集中しやがれ!」
 勢い良く目の前で火が爆ぜる。戦え、動かねば――オズの魔術の向こうでは未だに天使が笑みを浮かべていた。


 ただ、ただ、眺めて居た。世界の変化を。
 泡華咲夜 滅々海神(r2p002067)の丸い眼はそれらを眺める。
「わたしは神様、異世界の神様。この世界でまだと思うものに出会ってないから、初めは干渉しなかった。
 ――けれどね、わたしは思ったの。可哀想な淀の子天使を、わたしが救ってあげたい」
 さあ、おかえりなさい、もう大丈夫よ。
 くすりと笑った常夜の娘。美しく、こてりと首を傾げてはただ、ただ、全てを飲み込まんと手を伸ばす。
「こわぁーいこわぁーい雲上の人から、情報収集と対応を求められたので、生き残るためにがんばりましょうか」
 にんまりと微笑んだ八雲 千織(r2p001588)の柔らかな桃色の髪が揺らいだ。自称を現代の魔術師Ninja
 そんな千織の傍には朧丸(r2p001800)の姿があった。
「倫敦の殺人鬼も気がかりだが、まぁ、そっちはそっちで大丈夫だろ」
「ええ。さ、市民には悪いですが、天使に対抗できる戦力を優先して選別。確保が目的です」
 すらりと引き抜いたのは短刀だった。蜘蛛の巣を張り巡らせ、罠を張る。獲物を切り刻むことが目的だ。
「柄じゃないんですけどねぇ!」
「仕方あるまい。上の指示だとか情報収集だとか、面倒なことこの上ないが。
 人がのんびり過ごしてんのを邪魔する、って言うなら、相応の覚悟はあるんだろうなぁ?」
 セリア・デルコー(r2p001541)はぬけずのせいけんイミテーションソードによって何故か神々しく光り輝いた剣を振り回していた。
 無数の天使達を前にしてレイシー・デルコー(r2p001542)は弟や主 人公(r2p002506)を始めとしたお泊まり会のメンバー達を先導していた。
「退魔武法神宮寺流奥義!!」
 人公は全滅を避ける為に「先に行って欲しい」とレイシーに声を掛けた。アイリス・ゴールド(r2p002717)は「ゆっきー」と苦しげに呼び掛ける。
「ここは俺に任せて先に行け。アイリス、えにっちゃん、後は頼んだぞ」
「ゆっきー……わかった、死ぬなよ」
 アイリスが唇を噛んだのは、守られない約束になると知っていたからだ。人公が一人で立ち向かい、勝利を収められるとは思わない。
 多勢を相手に個であれば、それだけで不利なのだから。
「ゆっきー、わかった、また後でね」
 主 役(r2p002082)は目を伏せ首を振り、役に呼ばれて共に行く主 演(r2p002505)は「えにっちゃん」と呼び掛ける。
「ゆっきー大丈夫かな?」
「……きっと」
 お姉ちゃんえにっちゃんを見詰めていた演は夜想 未来(r2p002080)の不安にも気付いて居た。ここで、挫けてはならない。
 分かって居る。行こうと未来を促した演に未来は頷いた。何故か戦える、それから
 何の力を持たない未来は憧憬を抱いていた。その足が重苦しかったのはどうしたって戦えない自分が荷物に感じられたからだ。
「まってねぇさん、ゆっきーがま、」
 そう声を掛けたセリアに一同が振向いた刹那、その姿が掻き消えた。
「せりせりが消えた? どゆこ――」
「ま、待って、セリアちゃんもえにっちゃん消えちゃった……」
 どうして、と呟いた演の傍でふらりとレイシーが一歩踏み出した。
「あなた達セリアちゃんをどこにやったの?」
 引き攣った声を漏したレイシーは「セリアちゃん」と何度も呼び掛ける。ああ、もしかして、目の前の奴らが――?
「セリアちゃんを返せ―――――!!!!!」
「な、セリアが消えっておねぇさん!? ああもう援護するよ!」
 アイリスは頭を振った。その様子を見詰めていた未来はぎゅっとを握り締めていたが、勢い良く転びそれは開かれた。
 共感性羞恥の効果があるのか天使が思わず呻いた。なんという光景であるかは定かではないが天使が頭をぶんぶんと振り続ける。
 三日目ともなれば、戦闘も苛烈となった。鶴の翼のように揺らめく髪。市民からは後ろ指を指されながらも弥樹 所縁(r2p001966)は此処までやってきた。
(人にも、天使にも、腫物扱い、か)
 なんて遣る瀬ない。所縁は嘆息する。それでも、戦わずには居られなかった。少女を探しているというNAGI(r2p001959)は「紗菜、紗菜」と何度も妹の名を呼び続けていた。
「ッ……紗菜!! 何処だ!? 何処に居る!」
 歌声に力が乗せられる。NAGIと所縁は一時の共闘を行って居ることには違いなかった。
「すまない――」
 光と共に消え失せる所縁にNAGIは目を見開いた。これは死? それとも。ああ、分からない、けれど紗菜は無事なのか。それだけが心残りだった。
 出来れば無事で居て欲しい。何処かで泣いているなら手を引いてやりたい。恐慌に逃げ惑う者達の聲を聴き続ける。
「……」
 クウハ(r2p001279)は悪霊の本性を形にした鎌を手にしていた。漆黒の鎌は歪な光を帯びて居る。
 その足下では深い息を吐いたコヒナタ・セイ(r2p000813)が転がっている。一般市民の避難中に、殿を務めていた男は最早動けぬ状態だろう。
「クウハ、おまえはどうしたい?」
 アタシの猫――クウハに呼び掛ける武器商人(r2p000873)の嫋やかな笑みを受けてからクウハはやれやれと肩を竦める。
 安全無事にセイを救うというならば全てを擲って、一般人など見捨てればそれでいい。だが、そんなことが出来るものか。
 ならば取れる最善は――
「知ってるか、セイ。猫は命を複数持ってるもんなんだ。人間を逸脱する覚悟があるなら俺はオマエを助けてやれる。オマエ、まだ生きたいか?」
「……生きたいです。私は、まだねぇ……全ッ然! 生き足りないんですよ……!」
 眷属化。クウハとセイの間に結ばれるだった。
「……何が起こってんのか全然分かんねえ!」
 頭を抱えた朱鷺羽 夜行(r2p001083)は呻いた。横浜の避難所はまだ安全だったのかも知れない。
 それでも、此の儘化物によって殺されるなんて堪ったものではない。
(――俺はこのまま何も分からず、成す術なく終わっちまうのか? 力が欲しい! 理不尽に抗える力が!)
 唇を噛んだ夜行は長物を手に「此の儘死んで堪るかよ……!」
 そう叫んだ。本能的に化物に対して叩き付ける。呻く声。それを斥けんとして風に掛けられた暗示が一気に天使を舞い上げた。
 しかし、この状況下ではじり貧だ。諏訪 悠斗(r2p001964)は此の儘でじゃ長くも持つまい。
 他者の犠牲も厭わない肉弾戦で何とか立ち回り続け、窮地を凌ぐ。青年の身を包み込んだのは外見的変化である反魂因子-id-であったか。
 在日米軍の一員として反攻作戦に参加していたバーナード・ロックウェル(r2p001584)は「Shit!」と思わず呻いた。
 まるで映画や小説の様な信じがたい光景が広がっている。任務や守るべき市民が居る。分かって居る。分かって居るが、それ以上に保身がその身に纏わり付いていた。
 本国はどうなっているのだろうか――そう、アメリカとて同じ光景が広がっていたのだ。
「太陽は未だ落ちず。これはかの神が望む、再誕の滅びではないだろう? ならば私は、戦士でないものらすら殺すキミたちと戦わねば。
 ……ああ、でも。どうか楽しませる程度には抗ってくれないかい?」
 ティトラ・川野(r2p001708)は米国の避難所でそうして戦っていた。その場の戦力は余りにも乏しかったが、今は耐えきれるだろうか。
 ただし、ティトラが居なくなるまで、だ。彼の姿は突如として掻き消えて、この避難所は崩れ落ちる定めにあったのだから。


「もー! めちゃくちゃだよ! ヴァリューシャはどっか行っちゃったし!
 折角のデートだと思ったのに! 許せない!
 ……君達は全員私の八つ当たりに付き合って貰うよ。天使? こっちは虎だ! 覚悟しろ! 虹を見せてやる!」
 ぎらりと鋭い眼光を輝かせたマリア・レイシス(r2p001657)。その後方にぬらりと影が立ち上がる。
「とらぁ……」
「とらぁ……」
 それは実にとらぁ君(r2p001663)に似た姿をしたアバター達だった。本物のとらぁ君はマリアと逸れて転がりながら焼け焦げた大地の雑草を摘まみ食いしていたが――天使と出会って暴れ始めた所であったのだ。
「『雷帝、君臨す』!!! さぁ! 行くぞ! とらぁアバタ達!
 そちらが数で来るならば、こちらも数を用意するまでだ!
 334体のとらぁアバター!耐えられるものなら耐えてみたまえ! 蹂躙せよ!!! RT社GO! ――GO!」
 びしりと指差すマリア。何処か違う場所で「とらぁ……」と走り始めるとらぁ君――負ける気はしない!
「ひ、ひいい~! 死にたくないっす、まだ猫ちゃんもお迎えしてないのに……」
 ぼろぼろと涙を流しながら一宮 二子(r2p001810)は壊れかけた自転車に跨がって全力で疾走していた。危険を感じては物陰に隠れる事の繰り返しである。
 両親とは避難所に向かう途中で逸れてしまった。慌てて一度帰宅して自転車に跨がったのだ。戦闘力の無い二子が此れまで生きていたのは幸運だったのだ。
「ひ、ひいいいい~~~!!!?」
 更なる天使の襲来に、遂にここまでかと思った刹那、二子の体は投げ出されるようにしてしまった。
 NEON(r2p003169)は無数の人民の目に晒されて慄いた。己はまるで異物であるかのように扱われているのだ。
「違います。私は……私は、あのような、あのような人を脅かす天使ではありません!
 "マスター"を探しているのです! この世界にも、この世界にも……居るはずなのに。どうして、見つけられないのですか……マスター……?」
 じりじりと後退するNEONに懐疑的な視線が投げ掛けられる。違う、違うのだ。「私は、敵じゃありません!」悲痛な声音が響き渡る。
「どうなってんのさ」
 思わず呻いた諏訪部 紅葉(r2p000485)は俯いた。
 初日、自分でも対処できた。二日目は装備を調えればやっとだった。三日目は――
「なんなんだよ……大幹部みたいな強さじゃん……」
 紅葉は息を呑む。死にたくないと呟きかけた言葉を飲み込んだのは紅葉がヒーローだったからだ。
「いや、怖くないね」
 ヒーロー人間が遺言に弱音を残すわけにはいくまい。しかし、唐突にその体は薄れ始めたのだ。
 理不尽な展開に紅葉は「何!?」と声を荒げたが世界は濁流のように彼女を押し流していく。
 暗殺者として産まれた閻 暁廻(r2p001539)にとって得難いがあった。それが恋だ。
 射通し強い人が出来た。そのお姫様は突如として目の前から消え失せたのだ。ああ、そうだ。陰ながら守りたいと願ったその人は――
「ッ、ど、どうし――」
 これが片思いが叶わないという意味だというならば世界はなんて下らない者で構築されているのか。
 彼女はしまった。
 それが蟠り、己の心に沼を作る。
 暁廻は殺し続ける。彼女へのを引き摺りながら。天使と呼ばれた異形を殺し続ける事だけが、ただ、己の支えであった。
 ――和菓子店『菓子靈亀』の地下は北靈院の拠点であった。陰陽寮の一員として弱きを助く。それだけだった。
 北靈院 御魂(r2p003056)はやっと一息ついたと妹を見た。末妹である北靈院 命(r2p000308)は「落ち着いた?」と問う。
「でも、まだまだ」
 御魂はくるりと振り返った。避難者のケアや情報収集。陰陽寮だけではない、神祇院や神秘対策課と各地の状況確認が必要だ。
 外から得られる情報は数少なく食糧もいつまで持つか定かではない。だが、一縷の望みの光を掴むように「もう少し」と告げようと唇を動かしたときだ。
「…え、何かに、身体を――」
 ぞう、と命の体に悍ましい気配が走った。魔術の気配かと御魂が振り返り「あっ命ちゃん、ダメ……!」と、そう声を掛けたが妹はその場から掻き消えた。
(――夢なんだって思う。これは、私に与えられた罰なんだって。自分さえ良ければいいって思ってと、私への)
 幸(r2p001796)は俯いた。己を幸と呼んでくれる声が聞こえた気がした。――気がしたのだ。
 差し出された手に、手を伸ばした。掴むことができたような、気がした。……ただ、それだけ。それだけ、だったのだ。
 もうの事なんて、何も思い出せやしない。
「……ヒトが消えている……?」
 呆然と呟いた梵原 イオリ(r2p001446)は外に飛び出した。刻陽大学附属中学校の講堂では持ち寄られた食材を分け合いながら僅かな平穏を謳歌している者も居た。
 イオリとて此処に居れば大丈夫だと感じられたのに、天使が襲来し、人間が天使へと化して、そして、ヒトが消えた?
 愕然としたイオリは外へと飛び出して――そして、二度とは『講堂』へと戻ることはなかった。
「ううう――……」
 雲谷・彩子(r2p000620)は文武両道、容姿端麗、成績優秀のなお嬢様だった。
 と、言えどもそれは彼女への評価というもので実態は違う。生徒会長でもないし、成績はトップではない。けれど、努力家だ。
 その努力を蔑ろにするように、極度な緊張が体調不良に繋がった。本当に体調が悪かった。其の儘、2052年へと唐突に招かれてしまったものだから、大切なモノを忘れてしまったのだ。
「これは何が――」
 No.47714 『黒鷹』(r2p001493)は異世界からやってきたばかりであったか。戦が為に準備した大型クロスボウガンを構え、天使を打倒す。
 ここで戦わねば己が死ぬ。ひりつく気配を感じながらも生存圏の確保が為に戦い続けた。
 ああ、しかし、視界が霞んだ。白んだ景色に『しくじった』と本能的なエマージェンシーを響かせた刹那、迫り来る天使の凶刃は――
「どうかされましたか?」
 全く別の平穏の気配一般人の声となって『黒鷹』の元へと降りて来た。
 火が爆ぜる音がする
「ハハ――ハハハ――」
 には目的があった。魔術師然とした姿の美しい娘だ。
「魔術による世界征服を阻止され、魔術師協会の首輪付きとなって雌伏の時を経て。
 巫山戯た羽根付き共の襲来に滅入りもしたが……此奴らは明らかにこの世界の魔術的リソースに拠らぬ力を有しておる。
 この身体に堕ちてから、世界中のアーティファクトを集めても成せなくなった余の大願!
 今度こそ、今度こそだ。天使の力を利用し、真理の扉を開く!」
 ナンイド ナイトメア(r2p001001)はその野望を胸にしてくすりと笑う。ああ、何と幸運であったか――!
「マキこらてめぇやっと見つけたぞこらぁ!」
 怒りを露わにしたルナルーガ・ルーガルル(r2p003018)の声に咄嗟に振り返ったのは竜胆・マキ(r2p001962)であった。
 悪魔オルフェウスの身体能力でなんとか天使と戦い続けてきたが、あわや大天使にとってその命の終を知るところ――だったのだが。
「マキの敵、ルビィの敵」
 睨め付けたルビィ=クシロム(r2p003025)は不意を打つように大天使を殴りつけた。
「なんであんた達まで地球に来てんのよ……でも、負ける気しないわね!」
「ああ、俺達三人が揃えば敵はねえ!
 マキを探し続けたことでルナルーガとて疲弊が堪っていた。「やはり、生きていたな、友よ」とそう告げたルビィも疲弊していても勝てると確信していた。
 三人の連携ならば大丈夫。そう口にしたのは誰だったか。
「我ら、ヒロイックハーツ!」
 ルビィは大天使と睨み合いその動きを止めた。ならば、猛スピードでルナルーガは飛び込むのだ。今こそ、とマキが叩き込む。
「マキ!」
 此れまで何処に行っていたと叱るような声音にハイタッチを――と、手を伸ばした瞬間に、三人は唐突にその場から姿を消した。


 湿峰 秘糖(r2p001172)は陰陽師として、そして総合電機メーカーの社長としてを守り抜く為に東京から移動をしていた。
 符によって無機物を付喪神にし、生き延びる。モモトセ(r2p001777)が拠点には残ってくれている。
 炊飯器の付喪神であるモモトセは「秘糖……この場所はぼくが守るから……だから、絶対に帰ってきてくれよ……」としっかりと彼女の無事を期待したのだ。
「サシ……わしの、わしらの宝……頼む、無事であってくれ……!」
 34番試作機――サシの生存を祈る秘糖の無事を祈るモモトセ。しかし、その希望は虚しく、秘糖は姿のだった。
「……あちこち酷いものだ。どこもかしこも。生命が途絶える音に、物が壊れる音!」
 頭を抱えた藤原 御音(r2p001591)は息を吐く。行きつけのカフェの店員の姿は何処にもなかった。
(逃げるしか無い。僕の魔法は、これを覆せるだけの奇跡を有していない。まずは生きて、それからのんびりと考えてみようか。
 この世界にこんな音が響く理由を。……嗚呼、でも。この『苦痛の旋律』は、存外、長く重く残りそう)
 大学の入学式まであと少し――と、そう言う日から天使と呼ばれた存在がやってきて早くも二日が経過した。
 七織 由々識(r2p001215)は息を吐く。避難所はギスギスとしていて、子供が泣いていても誰も彼もが余裕もない。
「ッ、もう、見過ごせないわよ。えぇ、見過ごせないわ! 孤児院の子達を見ていた私は!
 ほら、いらっしゃい。少し遊んであげるわ――」
 子ども達と遊ぼうと手を伸ばした刹那に、由々識の指先は小さな子供に触れることはなく。
 掻き消えてしまった姿に子供の叫声が上がる。
 ぐすぐすと鳴いていた天乃衣 汐(r2p000783)はその声に顔を上げた。
「うぅ……こわい……わかんない……おうちはこわされて、パパもママもどこにいるかわかんないし……」
 俯いていた汐は破壊音が聞こえて息を呑んだ。外から雪崩れ込んでくる天使たち。その姿を双眸に映してから――
「あれ?」
 目の前が白んだ。それから、小さな少年は行方知らずとなる。
「荳也阜縺御ク?縺、縺ォ縺ェ繧九∪縺ァ――♪」
 阿鼻叫喚と、そう言うしかあるまい。避難所で歌っていたアルビレオ(r2p002128)は天使へと変貌し、隣に立っていた相方を鋭く切り裂いた。
 歌う。その声音は響き渡った。聞き取ることは出来ないけれど、ただ、歌っていた。心の底から嬉しそうにその歌声は聞く者の心をも狂わせて。
(寒い。暗い。怖い。お父さんと、お母さんと、知らない人と。
 ……逃げ込んだ建物は、窓の外に、扉の外に、壁の向こうに怖いおばけが沢山いて。
 頑丈な建物だけど、いつ壊れるのか分からない。頑丈な建物だから、出口を作りたくても作れない)
 ぐす、ぐすと鳴きながら「お腹、空いたよ」とシャルドネ(r2p002360)は呟いた。その夜、誰もが何かを食べて居た。
 その日のことをシャルドネは迚もじゃないが口にすることは出来やしなかった。
 父さんが死んだ。母さんが死んだ、妹も。朏魄 玄哉(r2p000069)は運が良かったのだ。あちらに向かえば危ないだろう。そんな『勘』がここまで少年を生かし続けた。
 瓦礫の中を歩き続けたことで服は擦り切れ、切り傷や擦り傷だらけになった。致命傷を受けていないことだけが幸いなことだっただろう。
「センセイ……センセイ!」
 玄哉の越えにゆっくりと振向いたのは日比野 朱音(r2p002334)は虚ろな瞳に漸くのことでその姿を映した。
 屍の上に立って居た。体は血の気が引いていて、腕はだらんと降ろされた儘だった。息なんてするのもやっとだった。
 何せ、死を見すぎたのだ。次は己の番だと感じて仕方が無かった。生死なんて遠い場所にあると思って居たのに。
「ッ――」
 あなたが、生きていた。朱音は堪らず少年の体を抱き締めた。
「センセイ、オレ、父さんも、母さんも、妹も……!」
 泣きじゃくるたった一人の生徒。愛おしい小さな子供を抱き締めた時に、指先が透けたことに気付いてしまった。
 次は私の番だ。そんな事を悟った時に、堪らずその額へと口付けた。
「……守って、あげられなくて、ごめんね……?」
「せんせ、センセ……イ?」
 ぬくもりが遠離る、ただ、一人きりになった玄哉の慟哭がその場には響き渡った。
「あれから数日。既に、本国とも交信は断絶している。ここは龍華会にでも恩を売っておくべきと判断した。それまでだ。
 ……なので、気まぐれに天使を殺した先にいたモノに礼なども言われる筋合いもない。後は、奴が生きているかだが……まぁ、死ねばあの世であえような。いざ」
 龍華会に恩を売っておけば此れからの事も安心できようか。夭 斬(r2p002135)は身を低くする。白虎の事は気がかりだが、そうは言っていられないか。
 この混乱の中でも龍華会はだ。李 浩宇(r2p000832)は思わず笑った。
「ハッ! 龍華会も嫌われたもんだねぇ! この状況で寝首を掻こうって連中がワラワラ湧いて出てくるんだからよぉ!」
 鼻先で笑った浩宇は如何した事かその背中に翼を有していた。天使か何か知らないが、外敵に殺された女が手にしていた襤褸も鈍器にはなろうもの。
 振り被って鬼神が如く戦い続ける。それがを守るという在り方だからだ。
 ずん、と崩壊する音がする。建築物は大地に叩き落とされて、ただの瓦礫の山となったか。第十の預言者・王国(r2p002453)はその様子をまじまじと見詰めている。無数の人影が見えた。
 逃げ果せる人々を眺めて居たApatēl(r2p002887)はじっと獲物が罠に掛かるのを待っている。獲物達は嘸や喉が渇いたことだろう。
 手に取ったならばそれが終了の合図だ。物事に何も構っては居られないと渇きを癒そうとした者へと噛み付くようにしてその命を奪い去る。
 叫声が響いたか。反応した警官の姿をその双眸に映し混んだフィグラ=フィニス(r2p002684)は漆黒の肉体を撓らせた。爛々と光を帯びた金色だけが吹き上がる血潮を眺め続けて居た。
「ああ──死んでいく、滅んでいく。有数の街も、あの国も、人の善も──白い、白い津波が押し流していく」
 うっとりと、彼岸宮 由仁(r2p002951)は囁いた。
「なんて、美しいんでしょうか」
 抗う民は力を手にし、翼をはためかす天使達は今や自由に空を舞い続ける。と異界の賓客は今宵の恐怖を払い除けるが為に駆け続けるのだろうか。
「――フフ、楽しみに、楽しみに待ちましょう?」
 観測者としてあなた達の再起を見届ける事こそが──いつか、わたしの親友との享楽に繋がるのですから!

 執筆:夏あかね


NEXT Part3……