4月3日 - Part7
四月三日、奇妙な現象が起きている。行方不明者が著しく多くなった。
青嵐(r2p001346)は単独で天使と戦っていた。三日目にもなると対抗勢力も強者揃いで、そう簡単には天使にやられないものばかりとなっていた。油断さえしなければ、持ち堪える事ができるのではないかと僅かな希望が見え始めた時にそれは起こる。青嵐が親子を守る為に駆け寄った直後、座標消失と後の世に呼ばれる事象が起きた。
自分が何処かに消えていく。天使の仕業かどうかも理解できぬまま、青嵐がこの時代に最後に見た光景は真っ赤な色、それのみであった。
レイピアと呼ばれる細剣を振るう女性、ミツ・ローゼデン(r2p000277)もまた座標消失するその時まで戦い抜いた一人だ。力なきものを守る、流麗にして鋭き剣閃。
「アタクシは、ミツ・ローゼデン。弱きを助けるための女王蜂となる者!」
ミツを突破せんとする天使は音速の一刺しによって動きを止める。疲労でレイピアが重く感じようと、ローゼデン家の誇りはそれを振るい続ける。
名門の血が潰えようとした時、ミツの体を不気味な光が包み、跡形もなく消え去った。ミツが守り続けていた避難場所はそのまま、盾を失う形となってしまった。
美神 剣(r2p000500)には天使の羽が生えている。しかし、美神があれらと同類という決断は早計だろう。現に、美神は竹刀で天使と戦っているではないか。
武道の心得がないものよりは善戦したと言えるが、それでも竹刀という武器は頼りない。負けはしないが、勝つこともできない。長い、永い戦いがマンションの屋上で繰り広げられる。
「この戦い、いつまで続ければ……。っ!? 死角にもう一匹ッ……」
己の不覚を後悔する間もなく、美神は突き落とされ、地面に激突して死んだかに思われた。
だが、美神の死体は発見されなかった。
「こんあそー、みんな生きてる?」
普段通りの行動をしなければ、人は気が触れてしまうのだろうか。朝生 優弥(r2p000410)はスマホを片手にライバー配信業を続ける。こういう時だからこそ、配信を続けなければならないと、自分の中で妙な使命感が湧いたのかもしれない。
「うわ、この状況でもコメントくれる人いるんだ……嬉しいけど、みんなも避難出来てるよね?」
少しでも誰かとつながってなければ、孤独感と恐怖に潰されてしまいそうだ。
「配信してないとマジで恐くって……あっ」
優弥はオフラインになった。
キリカ スズカゼ(r2p000155)は持ち前の刀で生き抜いた者の一人だ。別の世界に転移したかと思えば天使に襲撃され、キリカの人生は極めて激しい起伏に満ちている。
「なによそれー! それに、天使も多すぎじゃない!?」
別世界と言えど、剣術の世界試合の経験者は天使に太刀打ちできる貴重な戦力だ。そして、何の見返りもなく助太刀を行ってくれる善人ともなると尚更の事である。
「まっかせといて! こう見えても剣術の世界試合出場してるから! いや、別世界の話なんだけどね!」
桜の木が燃えている。春を彩る桃色の花びらが、凛とした木々が、容赦のない災火に焦がされている。
帯刀・轟(r2p000437)はこの日まで休み無く戦い続けた。その仕打ちがこの光景だと言うのか。満開の桜、楽しかった日々、桜の木は帯刀の中では特別なものだ。
そして、特別なものであろうとなかろうと、破滅からは逃れられないというのか。
「やめてくれ!」
叫びは届く事もなく、焼け野原になっていく並木道を見つめる事しかできなかった。
三度目の正直という言葉がこれほど恐ろしい日はないだろう。茜谷兄妹、茜谷 煉哉(r2p000763)と茜谷 凜華(r2p000198)の運もこの日までは続かなかった。両親は殺され、妹は天使に似た姿になってしまった。
それでも、兄と2人ならば乗り越えて行けると身を寄せ合っていたが、突如として2人は引き裂かれる事となる。どのような基準で安全と名付けられたか、考えたくもないがセーフエリアと名付けられた場所にも座標消失が起きたのだ。
時空の渦が発生し、他の避難者が助ける間もなく、 煉哉と凛華は飲み込まれた。
「お兄ちゃん!」
「凛華!」
まだ間に合う、伸ばされた手を掴みさえすれば、もう少しだけ本気を出せばと様々な思考が脳を走り回り、時間が遅くなったように感じた。無数の解決策が煉哉の中に浮かんだように思えたが、そのどれもが儚い幻想である。セーフエリアは再び2名の枠が生まれた。
茜谷兄妹は怪奇現象に巻き込まれ、死亡した事になっている。
猫屋敷 猫舞(r2p001422)は2日経っても置かれた状況を理解できずにいる。仕方のない事ではあるが、猫屋敷の場合、正義の味方や魔法少女という空想的な存在の助けを願っていた。警察や自衛隊、軍隊などの劣勢に追い込まれた方々を頼りにする事の方が愚かと言うものだろう。
結局の所、猫屋敷が期待している方向とは別の形でそれは体現する事になる。猫屋敷本人が魔法少女になるのだが、この日は哀れな少女が消失するに留まった。
日常から非日常、流されるように避難所へ。明日見原 真奈未(r2p000455)の逃避行は続く。希望すら見えぬ暗闇の道を歩むのであれば、せめて父や母の眠る場所へと。
そこで明日見原が目にしたものは無惨な残骸、墓地とは言えぬ瓦礫の山であった。魂の安らぐ場所など何処にもない、そう理解すると涙が、笑い声が、止まらなくなった。
気が触れる寸前の所で座標消失が起こり、荒らされた墓所だけが恨めしく佇んでいた。
鍛代 紗羅(r2p000249)は天使に見つからず、隠れ続ける事ができた幸運な一人だ。例え天使に見つかったとしても、異形の頭部で返り討ちにできただろう。だが、この力で謎の存在に立ち向かおうとまでは到底思う事はできない。両親の無事すら確認できないまま、座標消失が発生する。
この事象が天使の引き起こしたものなのか、更なる別の存在によるものか、答えを得る事なく鍛代は受け入れる他になかった。
「まったく……これは一体何なのさ。何もわからず消える……私らしい最後だよ」
鍛代 紗羅 消失。
クラフレット姉弟、リーニャ・クラフレット(r2p001235)とカイト・クラフレット(r2p000332)は片方だけが消失したパターンである。様々な形で起きている消失は噂になれど、自分にも起こり得る事象と身構えれる者は少ない。
「カイト!」
リーニャが転んだカイトに手を伸ばす。双子の弟はその手を取る事もなく、何の前触れもなく消えてしまった。まるで、最初からそこにはいなかったかのように。
「なんで? カイトがいない世界なんて、意味がないのに!」
リーニャの背に翼が生える。翼を得て何かを失った。そして、その何かを思い出す事はできない。
薄れゆく意識の中でカイトは只、リーニャの身を案じていた。自身が何処へ逝くかもわからぬまま、最愛の姉リーニャの表情だけが、何度も浮かんでは消えていった。
執筆:星乃らいと
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赤夜 蓮(r2p003009)とピテル(r2p003026)を含む避難民達は、今まさに巨大な怪物から逃げ惑っていた。天使の類縁か、或いは混乱に乗じて現れた怪物かは分からない。だが、間違いなく自分達を滅ぼそうとしているのだけは分かる。雑に攻撃しているようで、建物を次々と破壊し、瓦礫で次第に行き場を奪う巧さは、手慣れたものであるかのよう。
一人、またひとりと潰され、貫かれ、蹂躙される中でピテルの姿が掻き消える。蓮がいよいよこれまでか――そう察した次の瞬間、彼はその場からかき消えていた。無惨にも、彼の消えた分を他の避難民が肩代わりすることとなったが。
蓬莱ルカ(r2p000660)は己の力の限りを尽くし、襲い来る天使を次々と撃破していた。その姿は既にヒトの形質を逸脱していて、一般人からすれば天使となんら変わりないようにも、見える。のちに大天使級と呼ばれる敵すら単独で退けた姿を見れば、畏怖の視線は当然か。坂上恵(r2p001031)はそんな彼に不安を覚えつつ、しかし大切な人を信じようと両手を握りしめる……刹那、何処からか飛来した小石がルカの額を掠めた。
前に天使、背後からは恐慌の人々。
「待って、彼は人間で――」
「危ないッ!」
恵の訴えは虚しくかき消され、彼女すらも凶刃に倒れかけた。が、ルカが身を挺して庇ったことで傷を負うことはなかった。
それが、最悪の引鉄だった。
恵は見る間にその姿を変えていき、一瞬にして天使へと変貌した。ルカが手を伸ばすより早く、恵は石をうつ人々を皆殺しにする。
お互いに好きな人を守りたかった。ルカは世界も守りたかった。……永遠に叶わぬ願いと化したのだ。
「お疲れ様、由里奈。今日もありがとうね」
「おかあさん、もう、だいじょうぶ、だよ」
任部 喜久(r2p001945)は、今まさに天使達を退けた娘、任部 由里奈(r2p001938)を優しく労った。既に人ならざる特徴を備えた母娘は、人々を怯えさせぬよう避難所の隅でふたり、肩を寄せ合っている。
喜久も人の特徴から逸脱している以上は人並み以上の力はあろうが、自覚なき彼女は娘に縋るしか無い。それがどれだけ哀れで申し訳無く感じるかは語るべくもない。それでも彼女は「母」である。娘を労り慰めるだけのことは出来る。……その瞬間までは。
「……え。これ、何……? ゆ、由里奈……!」
驚愕と怯え。訴えかけるような声を残し、喜久は一瞬にして姿を消した。
「……おかあさん……どこ……?」
由里奈は知らない。母が消えた理由。そしてその生死。幼い身には余りに大きい喪失が、避難所の隅で繰り広げられた。
「……ママ……?」
「まだこの子がそうなるとは決まっていないでしょう……? ここから出ていきますから……お願いします……!」
水城・たりす(r2p002290)は熱に浮かされた視線で、母、水城・絵玲奈(r2p002443)が必死に人々に呼びかける姿を見ていた。天使症候群が進行しつつある姿に怯えた人々が彼女を殺してしまおうと訴える。絵玲奈はこの場から去り、人々を殺さないと掠れた声で訴える。
あたしを巡って、ママに危険が迫ろうとしている。あたしもママも悪くないのに、なんで?
膨れ上がった疑問は彼女の心を締め上げ、締付け、潰していく。
「ママから……離れて!」
そのストレスは少女が背負うには重すぎた。次の瞬間、たりすは完全な天使へと変貌し、今まさに絵玲奈を押しのけようとした人々を殺し尽くした。帰り血が絵玲奈の頬に触れた瞬間、彼女は気絶する。
「もう大丈夫……こわいひとはやっつけたから……ママは私が守るから……」
そう言って、たりすは母を抱え飛び去るのだった。
加賀 春近(r2p001111)は頭痛と目眩に苛まれながら、生きるために走っていた。天使から逃げ、この地獄を生き延びる。生きることを教えてくれた相手の為に。
その決意はしかし、眼の前で今まさに襲われんとしていた子供の前には脆かった。飛びつくように庇い、肩代わりしようとした死。
それは彼が消えたことにより永遠に叶わない。運命の悪戯なるかな、彼は生きるという決意を全うした代償に、誰も守れぬまま、消えた。
追上 星司(r2p000779)には天使というものが分からない。
避難する人々と共に追い立てられたが、四月一日もサラリーマンとしての己を全うしようとした彼は、異常を異常として認識しきれていなかった。せいぜいが遅延証明と有給が適応されるか、ぐらいか。
足が身体を前に動かすだけの器官と化した星司が、足元に転がる死体に躓くのは当然。天使に狙われ、貫かれるのも当然だった。
ただ、その刹那に姿を消すということだけが、異常だった。
月長 撫子(r2p000804)はひとり、廃墟の柱に背を預けて迫る死に抗っていた。
避難民の一団から離れた彼女が辿る末路は、おそらく死の一文字。タブレットを抱えてその気配に怯えていた彼女は、しかし突如として立ち上がる。
撫子が好きな本の登場人物達は諦めなかった。悔いを残さなかった。諦められない。
「身体が、胸が熱い……けど、諦めません! 生き残るんだ!」
視界に入った天使目掛け、足元のコンクリートを掴んだ瞬間。
彼女は、そこから姿を消した。
午後二時。
誰もいないライブ会場で、星見 里歌(r2p000756)は歌い始めた。
メジャー初のミニアルバムの曲を歌い上げる。高らかに。マイクやアンプの力を借りずとも、声を張り上げる。誰かに届くように。
「――私はその希望(ほしのひかり)を見ていたい」
生き抜こうとする人々、手にした力で人を守る人々へ届けとばかりにラストフレンズを歌い上げた彼女を見送る観客はそこにはいない。
彼女が居た証明は、数瞬の残響だけだ。
種籾のじいさん(r2p002904)の命は、今まさに尽きようとしていた。自らが手にしていた希望の象徴たる種籾はすでに託した。そして今、未来ある子供を天使から庇い、保護されるのを見届けた。これでいい。これが最善。
「今日より未来(あす)なんじゃ」
満足げにそう告げて事切れた彼の指先、めくれあがったアスファルトの下では、つい数日前に芽吹いたであろう雑草が一房、伸びていた。
●
「これ以上、お前らの好きにはさせねぇぜ!」
佐藤・非正規雇用(r2p000534)は向かってくる天使に堂々たる立ち姿で武器を構えた。ピザカッターを。
だがビルと住人を守るという意思は本物。そして不思議なことに、実力もまた同じく。
……とはいえ、建物の崩落には敵わない。敢え無く下敷きになった彼を、アルマ(r2p000032)が掘り出し抱え上げた。そして彼女の助けで地上に降りた佐藤とハイゼンちゃん(r2p000184)は、どうにかこうにか天使を退け、進んでいく。
(人間の皆さんをお手伝いする為に作られたのにボクは何もできませんニャ)
エレベーターがなければ階段も昇れない、段差も越えられない、戦えない。
……そして眼の前から次々と消えていく人々を止めることもできない。
「佐藤さん……ボクを、ボクを造った博士のところに連れて行ってほしいニャ」
「あぁ? お前に博士なんていたのかよ?」
このままではだめだ。
ハイゼンちゃんは決意した。必ず、この邪智暴虐たる天使から人間の皆さんをお助けせねばと。
唐突な提案に目を白黒させる佐藤をよそに、アルマは「博士ってきっとすごい人なのね」と素直に提案を受け入れ、一人、一頭(?)、一体の奇妙なパーティーは一歩を踏み出した。
「アンタイエンジェルカノンシミュレーション……コンプリート。 最後の大技だが呉れてやるぜ! デウス・マキナム・インストゥエンス!」
キサナ・V・ドゥ(r2p001906)はそんな三者の行く先を遮ろうとする天使達を、超長距離砲撃によって蹴散らしていく。威力はお察しのレベルだが、天使級を蹴散らすには十分だ。「頑張れよ」、と己の末路を悟ったようにエールを送る彼女は、次の瞬間、人知れず姿を消した。
「あの様子ならなんとかなりそうやなー。男見せろよー? チンチラくん、いや佐藤……頼んだで……」
そして、天和 一(r2p001255)もまた、6階建てビルの奇妙な一行を見送り、身体を軽く解して天使に向き直った。
「精々足掻かせてもらうわ、人間様舐めんなよ?」
その言葉に嘘はない。事実、彼はつい最近まで真人間だったとは思えぬ勢いで天使を倒したのだから。
ただし、数が多すぎた。及第点程度には遠ざけたか……そう満足した彼は、天使の群れの中に姿を消した。
「終末? 滅びの日? 天使の襲来? そんなもの関係ない。連中にアタシの歌を、アタシの世界は奪わせない」
「そうさ ムカつく奴らをブン殴りに行こうぜ」
マリィ・E・テネブラエ(r2p000287)はアイドルとして、自分が立つステージを捨てなかった。逃げなかった。
そんな姿を、その意気込みを知っているからこそ、式森 千紘(r2p001424)は景気よく応じたのだ。運命とか結末とかを殴り倒すと。この世界のためにやり通すと。
「「キッカ(フィユ)たちの歌を、聞けーー!」」
キッカファルス(r2p000559)とフィユティーヌ(r2p000661)、『リング・ア・ベル』の二人はマリィの歌に誘われ現れた天使達が攻勢に出るより早く、声を揃え歌声を――文字通り『張り上げた』。
瞬時に展開された巨大な結界は天使達の猛攻をあっさりと跳ね除け、演奏と歌が続くにつれて強度が増していく。歌を止めればこの状況は悪い方に傾くだろうか。この場の人々を信じるべきか――そんな懸念は正直どうでもよかった。歌うと決めたなら、それ以外は不純物だからだ。
「天使を撃退しながらライブだなんて、とんでもない事を考える人です」
「……やっぱ、みんなすげえよ。ここにはあるんだ、みんながこの世界を護りたい、生きたいって熱いビート」
月之瀬・レナ(r2p000688)と海堂 恭介(r2p000584)はその様子を目にし息を呑んだ。
マリィを守ろうとする者、轡を並べ音楽を奏でる者。そして歌い続けるマリィ自身。すべての要素が一人の少女へと捧げられ収束する様は偶像に相応しいもの。
少女達だけに預けるのは勿体ない――恭介は拳を振り上げ、観客席から即席のラップ、そのビートを刻む。
「世界がなんだ、終末がなんだ! 俺たちは生きたいんだ、俺たちの今を、俺たちのリズムで!」
(ライブを支えてくれる人、一緒に歌ってくれる人がこれだけいる。これが、アイドルの煌めき――!)
そして、レナは覚醒する。結界の隙間を縫って突っ込んできた天使の一個体を、流星の如き魔弾で仕留めたのだ。何が起きたのか理解しきれぬ顔のままマリィに視線を動かすと、そこでは彼女があらん限りの力で天使の顔を蹴り潰すのが見えた。
「演者は中、観客は外、迷惑な天使は即座にGet out!!」
恭介は手近なところにあった崩れたコンクリート片を天使に向けて投げつけ、一撃で撃ち落とす。
止められない、止めさせない。
この場の一同が渾然一体となってマリィの歌を支える。疲労困憊しようとも、彼女が歌う限り。
そして、二つの出来事が同時に置きた。
「……体が消える? 冗談じゃない。抗って限界まで歌って戦い続ける! だから――抗え、世界!」
マリィが、そのシャウトを残して消える。一同に後を託して。レナもまた、忽然と姿を消していた。
そして千紘は、その身を天使の似姿へと変貌させていた。……が、シニカルな笑みを浮かべる彼女の姿はおそらく、理性ある人類の味方だ。
水無月 アイシャ(r2p002635)はこの混乱のなか、幸運にも最初の二日をほぼ無傷で生き抜くことに成功していた。……のだが、自身の友人たちとは相次いで連絡が取れぬようになり、天使ばかりか化け物や不逞の輩まで闊歩する始末。座すれば死を待つのみと悟った彼女は、地下室から爆弾を初めとした物騒な品を取り出し、駆け出した。
「見えましたわ、天藍書――っ!?」
斯くして、天使を何とか退けて辿り着こうとしたその地を目前にして彼女は消失する。
「あの日は逃げ帰ったが、このまま終わるつもりはねぇ」
黒舘 鮮乃(r2p001553)が対峙したのは、見るからに強力そうな天使個体だった。世界のおわり、その初日に後れを取った個体に似るそれを前に、彼は逃げるという選択肢を取らなかった。
仲の良かった者達の安否は確認した。悔いは残さず、天使を蹴散らしてきた。今なら勝てる。さもなくば道連れにする。
「喰らえや、最高火力……あ?」
決死の覚悟で炎を纏ったまま突っ込んだ鮮乃は、強烈な加速のままに消失した。
「ニケ! 何故私を庇った!」
「よかった、無事だね」
ニケ(r2p001367)は今まさに自身が庇った纓 神呪(r2p001775)の無事を確認し、安堵の言葉を吐き出した。
自身の腕と脚が傷つき、血が止まらないが『私のカミサマ』が無事なら安いものだ。傷の痛みもどうでもよく、彼だけは無事で、と願った。
だが天使は健在、彼女達を狙い、とどめを刺そうと画策する。運命は非情だ。こんな時でも、二人には選択肢がなかった。
「生きて」
――神呪がニケを庇うという選択肢しかなかった。
拾い、育て、見守ってきた少女。守れるならこの身は惜しくなく。
嫌だ、嫌だ、嫌だ! まだ――って伝えてない!
「神呪!」
彼の名を呼ぶ。
お互いの姿が消えるまでの刹那、二人は互いの瞳に映った自分をみていた。
アレク・f・ステイゴールド(r2p000007)は、自身のパワードスーツの出力と機能が制限されつつあることを歯痒く感じていた。今昔未来駄菓子店への道のりはあまりに遠い。万全なら天使などものの数でもないだろうに、数に圧されて捌ききれない。その遅れが祟ったとは言うまい。崩れ落ちる建物の姿は、或いは必定だったかもしれぬ。
「曙海さん! 今助けに!」
伸ばした手はしかし、最後の一歩で届かない。倒壊する建物を前に、アレクは己の腕を見た。破壊を企図した、右腕を。
桒沙 遊祇(r2p001951)は絶え間なく襲いかかる天使を次々と倒しつつ、空を仰いだ。力がある者が為すべきを為す。当たり前のことを、思い出の場所を守るために。しかしその決意も、三日間にも及ぶ激戦の繰り返しでは十分なポテンシャルを発揮できない。見上げた空から降りてくる天使に拳を向け……それが更に上から降ってきた影に叩き潰された時、彼女は息を呑んだ。
「もう大丈夫だ、なんて言い切ることはできないが。ひとまずは、ね」
悪魔の意匠を備えた女性、琉 逢煉(r2p000165)の姿は地獄に仏……否、天使の只中に悪魔が降り立った情景だ。天使が敵である以上、彼女は味方。遊祇は声もなく頷くと、新たに現れた個体の顔面に電撃を見舞うのだった。
自警団。そんなささやかな名乗りの下、奥州 一悟(r2p002630)は天使に対抗し続けていた。力がなくとも足がある。天使を振り切れるほどのそれが、彼に確かな自信を与えたのは当然の話。繰り返された成功体験が鈍らせた判断は、回り込むという単純な、そして羽根持つ者にとっての児戯によって遮られた。
「オレたちが戦っているうちに逃げろ」
彼は諦めない。子供だけでも助けるべく身構え、今まさに死の刃が迫るところで……彼は、消えた。
「どうした篝、何をしているんだい? 逃げろって言ったじゃあないか」
四方ヤシロ(r2p000334)は、咥えこんだ天使の喉笛を吐き捨て、おずおずとこちらを見る四方篝(r2p001105)に問いかけた。危険から遠ざけようとしたのに、彼ときたらありあわせの武器で天使を蹴散らし、ここまでやってきたというのか。
「……ヤシロを、助けに」
短くも決然とした言葉、そして視線は愛情よりも濃い感情が籠もったそれだ。憧れと言い換えてもいい。
「……私はね! 君を、護りたいんだよ」
だからここから逃げてほしい。そんな言葉を、そして眼の前の天使をも噛み殺す。
何かを悟った篝はヤシロに手を伸ばすが、既にその先には彼女は居ない。だが生きていることだけは、何故か感じ取れた。
「君に貰ったものを、まだ返せてやしないんだ。……俺は生きるよ」
篝のその決意は、『何があっても』という接頭辞を巧妙に隠したまま……。
「ねえ、次はどれを殺せばいい? ぼくもっとやれるよ、ママ」
「行きなさいサラサエル。あなたの望むままに」
サラサエル・望月(r2p000264)の期待混じりの声に、望月 沙月(r2p002020)は深く頷き『好きにさせた』。母娘の心に去来するのは、待ち侘びていたという感覚。力の限りに天使を蹂躙できるという喜び。復讐者として燻っていた沙月の心と、真人間であることに物足りなさを覚えていたサラサエルとの間にはまた隔絶した感情があろうが、今は両者ともに、心を埋められなかった年月を天使の蹂躙という行為で代替せんと立ち向かう。それは歪みであろうか? 否、彼女らにとってそれは何よりも、純粋な願いなのだ。
(彼女の警告していたことは、残念ながら真実だった。だが、主の御心は我らを裏切ってなどいない!)
サラサエルが猛然と戦う姿に、天使の名をしたまがい物の姿に、グレゴリー・ローゼンバーグ(r2p002194)は沙月の警告、そして備えが開花したことを知覚する。天使症候群罹患者で未だ理性を保つ者を自警団として指揮し、己もまた降りかかる火の粉を払う。今は主の御心を正しく人々に刻みつけるために。
「ドミネ・クォ・ヴァディス――君たちが信じる道を歩むと良い」
白縫 かがち(r2p000825)と加ヶ守 しらは(r2p001298)は、グレゴリーが自警団員として招き入れた者達だ。避難民達から離れた場所に陣取り、天使達を次々と倒していくかがちの手際のよさは、荒事慣れを感じさせる。他方でしらはは、手にしたばかりの力に振り回されつつも、天使達を倒しながら広い視野で避難民を誘導する。互いに欠けたところを補う、理想的な二人だった。
しらはを支えているのは、ストッパーとしてのかがちの存在。天使症候群が末期となっても、彼女が止めてくれるという確信。
「わーがそばにいる。きっと、護ってやるからの――」
だが、その箍が外れてしまったら、どうか。
「……かがちさま? どこに……?」
言葉を言い切るより早く姿を消したかがちに、しらはの声は届かない。
そしてその事実が生んだ恐慌を、かがち以外が止めるすべは――ない。
「これは何だ、いったい何が起こっている……!?」
東洋龍の姿へと変じた祥 晨星(r2p000417)は、眼下の光景に目を瞠った。中華街一体を守るべく、そして人の営みを守るべく、己の傷も顧みず戦ってきた彼は、仲間、そして一般人が次々と消えていく減少を目の当たりにした。誰彼構わず……というよりは完全にランダムなそれは、彼を混乱せしめた。未だ強力な天使が控えている状況で、これだ。
「あれらの攻撃で消し飛んだとは思えない、が……混乱が深まりそうだな」
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「坊、ここから出てはなりません。少なくとも、ここにいれば安全ですから」
「坊って呼ぶのはやめてよ、そろそろ」
鳥飼 茜(r2p001487)の噛んで含めるような物言いに、鳥飼 彼方(r2p001488)は思わず反抗的に返してしまった。口をついて出た反抗心。驚いて手を引いた茜は、しかし「しまった」という風な彼の表情までは窺えず、反抗期の到来を感じていた。既に、三日。茜の張った結界の中に二人が籠もってから、彼方は両親の姿を見ていない。彼等と再会したいと願いつつ、しかし茜と二人きりの状況……どこかで、不謹慎と想いつつも逸る胸は抑えられない。
風が吹いた。
外界から隔絶した場で吹くはずのないそれが茜の頬を撫でた時、彼方の姿はもうそこには無かった。
思わず漏れそうな悲鳴を堪え、駆け出した茜は暫くの捜索を経て、その徒労を打ち切った。諦めたのではない。彼方が生きていると確信したから、この地を守ろうと決意したのだ。
「お父様……お母様……!」
ルチル(r2p000057)は崩壊した街を必死に駆け、天使から逃げ隠れ、只管に父母を探し彷徨っていた。
自らの肉体に起きつつある変調には気付いている。周囲から聞こえる悲鳴の中には、天使に襲われた人々の末路のみならず、自分への恐怖の声も混じっていた。
聞こえないふりをする。外部の刺激に蓋をする。世界の終わりのこの瞬間なら、父母は自分を愛してくれる、そう信じるしかなかったのだ。
……2024年から姿を消すまで。
執筆:ふみの
●
4月3日。
奮戦する者もいはしたが、天使の強さは圧倒的すぎた。
雑兵と思しき相手ですら、人を何の抵抗もなく薙ぎ倒す。
【藤曲家】も天使と戦っていた。
交戦していたのは一家の両親、冥官としての能力を有する藤曲・悠二(r2p002944)と祓魔一族である藤曲・茉莉那(r2p002946)。
能力全開で戦い、息子の藤曲 七祇(r2p001038)と藤曲・眞悠(r2p002947)を護りつつ、ふ頭の避難所までたどり着く。
これでもう安全だと喜び合う親子。
「漸く皆に会える」
七祇もインスタントカメラでしかしばらく見ていなかった顔がそこにあった気がしたと、喜び勇んで避難所へと駆け込もうとした。
「お兄ちゃんまって!」
嬉しくなって兄を追いかける眞悠と、子供達を見守る悠二と茉莉那。
妹の声に七祇が振り返った直後、何かが頭上から降ってきて。
「え?」
刹那、天使の姿を見た眞悠だったが、驚愕した兄の姿が視界から消えて。
「父さんと母さんは? なっでっ……」
真っ二つに切り裂かれる眞悠。
愛しい家族が天使の手にかかったことで、絶望感が周囲を支配する。
混乱する状況の中で、奇怪に笑う天使。
同時に、悠二が叫び始める。
発症していた天使症候群が一気に悪化し、彼は意識が飲まれてしまう。
虚ろな意識のまま衝動に呑まれた悠二はあろうことか、妻、茉莉那へと襲い掛かり、その体を突き刺す。
確実に、致命傷であることを悟った茉莉那はせめて、夫が誰かを手に掛けぬ前にと夫の首を切り裂く。
「母さんが父さんの首を……」
血まみれの父さんを母さんが抱きしめる様を凝視していた七祇は、座標消失に巻き込まれて消えてしまう。
大切な娘、眞悠はもう戻らない。
それでも、七祇はまだ……。
茉莉那は最後の力を振り絞り、祓魔の力を秘めた己の血を夫へと浴びせ、抱きしめる。
「どうか、貴方は生きてほしい……七祇を……捜し、て……」
その願いが叶ったのか、悠二は意識を取り戻す。
堕天使となり果てた彼は大切な家族を全て失いながらも、失踪する。
妻の最後の言葉……七祇を捜す為に。
【宮木】の3人、宮鬼 刀祢(r2p002969)、宮鬼 あやめ(r2p000957)兄妹は事件直後から不眠不休で天使との戦いを繰り広げていた。
力ある者の責務を胸に秘める刀祢は人類の盾となり矛となるべく最激戦地へと率先して飛び込む。
二人の異能は既知だが自身は常人……そう考える柏木 清志郎(r2p000956)は宮鬼兄妹をひたすら支援する。
物資を運び、土地勘で経路を指示し、双眼鏡で索敵と報告して。
(恐怖は麻痺した、と思いこめ。戦闘続きだが、2人の傍にいる方が生存率が高い……!)
――できることを全てやれ、お荷物の自覚からは目を逸らせ。
その清志郎の支援を、あやめが兄へと繋げるサポート役となる。
兄の常在戦場のような立ち振る舞いができぬあやめは不甲斐なさを感じてしまって。
天使へと式符より強力な一撃を見舞うあやめだったが、気力体力に限界が訪れてしまう。
天使どもは傷こそ負っていたが、爛々と目を輝かせて彼女へと襲い掛かろうとする。
そこで、そんなあやめを刀祢が庇い、血飛沫をあげた。
あやめは兄に助けられたことを悟るが、体が思うように動かない。
「柏木君、あやめを頼む! ここは俺に任せて早く行け!」
決死の壁となることを決めた刀祢は妹を清志郎に託す。
(あやめさんももう動けない。盾になるべきは俺だったのに!)
歯痒さを感じる清志郎はせめてとあやめを担いで走り出す。
それは、あやめも同じ。
離脱を強いられる状況となった彼女は、離れていく兄が囮となって吶喊し、幾多の天使の波に呑まれる様にその運命を悟る。
「いやああああああああああああああ!!!!」
だが、絶望の叫びをあげるあやめもまた別の運命にとらわれ、座標消失によって姿をなくしてしまう。
天使の群れに消えた刀祢、手から消えたあやめの感触。
清志郎は呆然としてしまうのだった。
こんな状況だ。
精神が不安定になる者だって多い。
明星 夜明(r2p000274)は幾度も天使に襲われ、恐怖で押し潰されそうになっていた。
それでも、物陰などに隠れながらなんとか生き永らえていた夜明。
しかし、そんな彼の眼の前で、往来を必死に逃げていた男性が無残に押し潰される様を目の当たりにしてしまう。
硬直する夜明を見つけた天使は満面の笑みを浮かべ、今度は彼女に圧倒的な力を振りかざさんとする。
眼の前の出来事に恐怖が一周回り、反転して。
「こんなことはもうこりごりだ……」
無謀にも、夜明はその天使に殴り掛かった。
「!?!?!?」
その強襲の一撃に、天使は大きく吹き飛ばされて戸惑う。
天使に思った以上の一撃を与えた夜明。
その頭上には天使の輪が浮かび、腰からは翼が生えていたが、当人はこの時まだ気づいていなかった。
絶え間なく避難所へと襲撃してくる天使。
フェンリル(r2p001284)は舌打ちしながら、プロレス技で抵抗する。
その避難所において、残り僅かな戦力の1人であったフェンリルは戦い抜こうと天使に立ち向かう。
その最中、座標消失することを知らぬままに。
「天使だかなんだか知らないけど! しつこい!!」
銀・プロフィア(r2p000692)もオーラを使って天使を相手にし、蹴散らしていく。
天使とて、力量は様々。
中には格上の存在もおり、銀は次第に追い込まれる。
だが、辛抱強く攻撃をやり過ごし、強撃を叩き込んでなんとかそいつを退ける。
大きく息をついた銀はやっと知り合いのところへとたどり着き、あと一歩……のところでその体が光に包まれる。
「え……いやいやいやどこよここー!?」
気づいた先は、遥かな未来だが、今の銀が知る由もない。
戸惑いつつも、生きていることを確認した銀は辺りを探り、情報収集と知り合い探しの旅に出る。
犠牲者となる者の他にも、姿を消したものも多い。
1日からずっと廃墟に身を隠していた透は程なく、全身を輝かせた後、その姿を消してしまう。
いわゆる、座標消失と呼ばれる事態である。
これに巻き込まれた者も多く、全容は把握しきれていない。
荒れた海へと出ていた揺螺 はくり(r2p002773)。
海中にもこの混乱は伝わっており、魚達が騒ぎ、あちらこちらへと逃げ惑っていた。
予兆こそなかったが、はくりは予感していた。
大きな被害が起こっている地上からは、海にまで阿鼻叫喚の轟きがこだまする。
ハマユウの花は散った。
はくりは天然石のブレスレットを握り、独り海から世界の崩壊を眺める。
最後までそれを見届けるはくりは、街からの声が消え、煙が止まるまで見届けて。
「……我が次に往く先は何処か」
徐に、はくりは海の中へと還ろうと沈んでいく。
しかし、その姿は光に包まれ、海中からなくなってしまった。
エナ=メヴェフテメドゥワ(r2p001671)は友である猫、アヴメール(r2p001791)と一緒に天使から逃げていた。
天使という名の怪物の攻勢は激しく、道端には数え切れぬほどの死体が転がっている。
それらを人より近い視点で見ながら、アヴメールは天使の猛撃から免れようと脚を動かす。
殺されたくない、死にたくない。ただ走り、乗り越え、逃げる。
それはエナも同じ。
生きている者もいはしたが、彼らからは『痛い』、『怖い』、『どうして』……そんな負の感情がエナには流れ込んでくる。
この光景に、エナは覚えがあった。
故郷の名も知らぬ世界……自分の居場所を壊したやつら。
それが今間近に迫って。
「てんし」
エナはそう口にするや否や、アヴメールを蹴飛ばして茂みに放り込む。
強襲してきた天使と向き合ったエナは飛び掛かって応戦するが、突如光に包まれて消えてしまう。
彼女も座標消失に巻き込まれたのだ。
茂みから這い出たアヴメールは飛び去った天使を見上げつつ、エナの姿がないことに気づいて。
(探しに行かねば)
いなくなった友を探し、猫は走り出す。
絶望の時代を潜り抜けた者、その時代に生を受けた者、新たな世界の来訪者。
そして、座標消失して過去から直接やって来た者。
それらは徐々にマシロ市へと集っていくのである。
執筆:なちゅい