2025年 - Part2


 ――刻陽学園事務棟。
 その最上階に位置する学長室に、杖をついた老人が佇んでいる。
 一面のガラスの向こう側は、淡く曖昧な春の空だった。

 この日、この老人――学園長である棟耶 匠(r2n000068)の仕事は、教師陣への指示だしから始まった。生徒や学生達へ、K.Y.R.I.E.を通して、特別実習させるというものだ。深夜から続いた諸々の手続きを経て、午後になってようやく人心地ついたと言える。
 夜間実習にあたった生徒は休ませ、今頃は新たに登校してきた生徒達に、本日四月一日の課題が言い渡されている頃だろう。
 菜っ葉の一枚すら貴重な、苦難の失われた時代ロストエイジにあって、学園長の信念は貫き通されている。
 生徒等には、せめて子供らしく、
 たとえ避け得ぬ現実としてであったとしても。
「……本来ならば春休みのところを、実に申し訳のないことだがね」

 とはいえ当の刻陽生は
「はぁ? 過去から」
「大量の人が、現れた?」
 薄曇りの空の下で、一文字・柾目(r2p000479)と月城 ソラ(r2p001474)が、思わず顔を合わせて眉をひそめる。
 それは二十八年前に消えた人々だという。
(……俺には関係ないな)
 正直なところソラの感想は無味無臭なものだった。
 もしも父母が生きていれば、知り合いも混じっていたかもしれないが。
 ともあれ騒ぎに巻き込まれるのも面倒極まる。学園か、部屋へでも行こうか。
 そんな風に考えていたソラの元にも、K.Y.R.I.E.から仕事の依頼が舞込んだ。
 受けるか否かは、自身の判断に委ねられているが、はてさて。
 それにしても災難だな――と、柾目は思う。
「おい、お前」
「あ、あの、はい」
「今いつでどこかわかるか」
「え、いえ、え、どうして。四月一日に戻ってる?」
 これは駄目だ。いったん落ち着かせなければ。
「着いてこい、混乱してるだろうが説明は後だ」
「問題は山積み、しかし生き残っていた人がいたことは喜ぶべきだろうさ!」
 腰に手をあてたドミニク・ルロワ(r2p003170)が胸を張る。
「なぁに、多くの歴戦の猛者たち――」
 は、まるでお芝居のように両手を広げ、瞳を閉じた。
「――そしてボクらがいるのだからなんとかなるとも!」
 そう想い、そう振る舞うことで、なんでも平気になってくる。
「ボクも微力ながら尽くそうとも。王子様としての義務を果たさなければね!」
 だがそのある種の子供じみた中学生らしい振る舞いは善性であり、この日もまた人々の困難を解決するのに役立つのだろう。

「大丈夫ですか? うぇい! さあさあお手をわんわんわん!!」
「きぬちーなんそれ、笑うって」
「何時ものコトっしょ」
 学園にほど近い街角では、数名の生徒が言葉をじゃれ合わせていた。
 だがその目は、その視線は、真剣そのものだ。
「よっと! もうだいじょうぶですよ」
 中等部一年の男子生徒――宮飼 きぬ(r2p003094)は、木に引っかかったまま降りられないでいた、数名の男女を地面へおろしてやっている。
 これがこの日の『課題』だった。人々は何も、幼い子猫が初めての木登りに失敗したように、そこへ居た訳ではない。
 突如この場所へ出現したのだという。
 便宜上、と呼ばれ始めた人々は、2024年4月3日に発生した座標消失と呼ばれるから28年ものタイムスリップを経て、続々と出現を始めているらしい。
「大丈夫です! お姉ちゃんがついてます!」
 白銀 楓(r2p000102)は「変身!」し、さながら旧時代アーリーデイズの特撮ヒーローのように。
 そんな姿に数名の子供達は笑顔を取り戻す。
 怪我人は病院へ、混乱には安心を、空腹には配給――必要なものを、必要な所へと届けること。それも今はきっと戦いであるのだと。
「三人救助です、一名が擦り傷。念のため付属病院に送迎します」
「てか、こんなに多いなんて聞いてないしっ!」
「すごいことになったよねえ」
「ほんと、わらうけど。先輩達いてくれてよかった」
「とりあえず、落ち着いてね」
 堂浦 小夏(r2p000048)と金合歓 ネム(r2p000195)、それから花祀 あまね(r2n000012)は、通りの向かいで数名のフレッシュへ状況の説明を試みていた。
「まず、ここは安全です」
 一人は翼と天冠――天使症候群だろう。
 つまり堕天使ヴァニタスということになる。
から、安心してもらわないと……)
「私は堂浦小夏! 貴方は何処から来たの? 合成おやつ食べる?」
「ああ、はい、ええとありがとうござい、ます」
 その人は顔面蒼白で、震えていて――ストレスは天使症候群を亢進させるから、とにかく落ち着いて欲しかったのだ。どうも状況が飲み込めていないらしくひどく混乱しているようだが、幸いにも落ち着きは取り戻してくれている。まずは一安心。

「……いっけない。また『寝てた』、私?」
 足立 舞(r2p000773)がふと顔を上げ、見渡した。
 神奈川県横浜市中区――では、ない。
 街は確かに混乱している様子だ。
 けれど戦禍の傷痕は見当たらない。

 ――嗚呼、痛いわ。“こころ”が痛い。

「大丈夫ですか?」
 刻陽学園の制服を着た少女達に、声をかけられる。
 どうやら自身は未来に飛んできてしまったらしい。
 けれど、これからが楽しみで仕方がない。
 密かに心にとどめた希望的観測――それは未来を変えうるかもしれない力。
 そしてきっとに在れる時間の始まりと。
(初めまして、新しい世界)

 それにしても――
「……大混乱だ」
 ファルマ(r2p000798)もまた、出現した人々フレッシュの保護に勤しんでいた。
 三十年近く前に消失した人々が大量に現われたのだから無理もない。
 人々の顔は一様に暗く、焦燥に満ちている。
 誰かは涙を流し、別の誰かは「天使はどこだ」とわめき立てる。
 だが高等部のアヤメ・ネルソン(r2p001283)達は、新しく現われた人々とはまるで違っていた。
 産まれた時には、世界なんて壊れていたのだ。
 これが当たり前であり、悲しいと感じたこともない。
 刻陽生の能力者は救済機関K.Y.R.I.E.へ所属し、勉学の傍らに戦闘訓練を受け、十歳にもなれば戦場へ赴く。
 それが単に当然のことなのだ。
 だからこうして笑顔で居られる。
 応援が出来る。
「フレー☆ フレー☆」
 そんなアヤメを見た誰かが、僅かに笑顔を取り戻す。
 だからもっともっと頑張れる。
「アヤメさんだっけ! 何それ何それ、私もやるやるー!」
 同じ高等部のラフィ・A=F・マリスノア(r2n000017)が参戦した。
「がんばれがんばれ!」

 しかしこの時間跳躍者達は、どんな法則で現われているのだろうか。詳細は半日以上が経過した今も、掴むことが出来ていないらしい。
「包帯や薬は足りるでしょうか?」
「大丈夫だよー、ちょっとスポドリ配ってくるね」
 あの頃と変わらないメーカーの、変わらない飲料と。それらは、きっと人々の気持ちを落ち着かせることが出来るだろう。
 そんなルピナス(r2p000420)をいったん見送った聖宮 トリア(r2p000174)は、あまり感情が表情に出ないタイプ――というかそういった表現が得意ではない。
 けれど今日ばかりは、多少は驚いた顔をしていたように思う。
「けど、だからこそ冷静にならなきゃ、だよね」
 異界からやってきたファルマは、彼等フレッシュとの関係性が薄いからこそ、そう出来るのだと。否、そうすべきなのだと拳を握る。
「ね、ね。がっこから、なんか連絡来たみたい」
 携帯端末――未だにスマホと呼ばれている――を見せるあまねが続ける。
 病院は長蛇の列が出来つつあるため、手の空いた生徒は、救助した中から健康に問題がなさそうな人々を、落ち着いた場所へ案内して欲しいのだと。
「え、なになにー?」
 戻ってきたルピナスが、可愛らしく小首を傾げる。
「このあたりの人達を、落ち着く場所に……だそうです」
「じゃあ、植物園にいかない!?」
 トリアの言葉に、ネムが提案を返す。
 十分も歩かないだろうから、たしかにうってつけだろう。
 花や草木を見るのは好きだ。
 母もネムの木が好きだから、そう名付けたらしい。
(一度、見てみたいなあ……)
 だからたまに作業の手伝いなどもしているが、それはさておき。
「いいかも! そういえばあまねさん、だっけ、は初等部? 中等部?」
「今年度から中等部だよ。もうすぐ、入学式」
「そっかー、じゃあ私の後輩だね」
 こうして新一年生を含む中等部女子達は、植物園へと向かったのだった。
「レッツゴー!」

 働くべき時に働き、休むべき時に休む。
 混乱はあろうと、そんな泡沫は誰にも必要なものだ。
 また別の一行が、喫茶店『Antique』へ人々を招き、一時の休息が始まった。
 コーヒー豆の香りが、胸の奥底を温めてくれる。
 それはヴェテランである多智花 雅楽(r2p000432)にとって、あの日ドゥームスデイからの、地続きの今日。
 今だからこそ語ろうか。
 昔々あるところに、なんて言葉では始まらず。
 めでたしめでたし、で終わることのなかった。
 確かに現実だった物語を。
「あの時、未完のまま亡くなった人の言葉を、少しでも今に残したい」
 多智花 雅楽(r2p000432)はそう続けた。
「そう思って、私は作家になったんです」
 看板娘――蜜梅 梓(r2p000262)は、食器を片付けながら耳を傾けていた。
 子日 あすく(r2p000185)もまた、背の高い椅子から足を揺らしてお気に入りのジュースを一口。糖類(砂糖、果糖)、香料、酸味料、酸化防止剤(ビタミンC)。
「梓お姉さん、おかわりください」
「はぁい、あすくちゃん。今日も頭のお羽がいい感じよ」
 これはマスカットという果物の味を模しているらしいが。
 本物は――おそらく能力者としてK.Y.R.I.E.にでも所属せねば味わえまい。
 雅楽が語るのは、何度聞いても信じられない時代の話で。
 昔のことは分からないけれど、うらやましくもあり、憧れもあり――

 ――ねえ雅楽、
   もっとたくさん本を書いてよ、
   ボクや梓お姉さんも、その時代を確かに生きた人たちの記憶と、
   繋がれるように。

「でも、時々思うんですよ――」
 コーヒーカップを置き、続ける。
「何故天使は『締切』を滅ぼしてくれなかったのかと……」
「……そうね、先生の一番の敵は締切という名の天使ね。んふふっ」

 ここはフレッシュにとって、未来の世界となる訳だが――動画を撮る学友へ向けて踊りながら、きぬはふと思案した。
 かつて地獄を見たであろう彼等は、何を思い、感じるのだろうかと。

 せめて状況を好転させる切っ掛けとなればよいが――
 薄らぼやけた日本の春は旧時代アーリーデイズと変わる事なく。
 いやこの平穏はマシロ市民達の尽力によって、のだが。

 だからは、なんの変哲もなかったと想う。
 詩丘 イヴ(r2p001304)は閑散とした春休みの教室で、たしか――窓の外を眺めていたと思う。桜の花びらが舞っていて、ただそれだけの日で。
 この先に、何が起こるのかなんて、何も分からないでいたけれど。
 そんな翌日――四月一日は、全ての終わりと始まりの日でもある。
 八木 絵空(r2p000144)は天を仰いだ。
 歴史の勉強は嫌いではないが、この日が来るたびに聞かされたなら、飽きもするというものだ。いわく二十八年前の今日、未明に天使イレイサーの存在がはじめて観測されたという。人類は幾度かの抵抗を試みるも、防戦一方であり、それだけ敵は強大だった。そして2035年に、かつて横浜と呼ばれたこの場所はマシロ市へと生れ変わった。
 そして2052年――現在へと到る。
(この街は、決して大きくはない)
 こんなに沢山の人々が姿を見せたのだとしたら、いったい何が起こるのか。
 孤児院の小さな庭で那花 亜梨愛(r2p003052)もまた、ふと顔をあげる。
 落ち着かない気持ちを抱えたまま――今度は植えられた野菜を撫でた。
 食料は人の生存に欠かすことが出来ないものなのだが。
 天使との一進一退の攻防は、長い休戦期間を経て、人類にこのささやかな平穏を勝ち取らせたのだという。
 この均衡が崩れるのは、果たしていつなのか。

 ――花瓶わたしにとって、使は日常に過ぎない。
 混乱していたフレッシュが置いていった雑誌――旧時代アーリーデイズのものだった――をぱらぱらとめくってみた。今時めずらしい、紙媒体の本だ。
 知らない世界の、知らないことが書かれた、雑誌。
 知らない時代をどう取り戻そうと思えるというのか。
 もしかしたら――樟楠 葛藥(r2p001971)は聞いてしまうかもしれないと思う。
 たとえば「ねえ、そんなに良かったので?」だなんて。
 この世界は産まれた時からとっくの昔に終わっている。
 戦いが日常であるロストエイジにとって、フレッシュの体験は二十八年前の三日間にすぎないのかもしれない。だがこの勝ち得たある種の平穏に、フレッシュの心はざわめくのかもしれない。それでも現状を誇りに思うのは、あれからの三十年近くを戦い続けたヴェテランであり、マシロ市は彼等の手で築き上げられたものなのだ。
 分かたれた三つの世代が手を取り合わねば、いずれきっと破局する。

 結局――天﨑 花鈴(r2p000918)は肩を落とした。
 母は、結局見つかっていない。
 沢山の人が来たのだから、もしかしたらとは思ったのだけれど。
 もっと天使を倒せば、見つかるのだろうか。
(早く迎えにきてね……)

 それはソメイヨシノが、ちょうど満開になったばかりの日の出来事で。はらはらと舞い散る数枚の花びらは、鳥か堕天使ヴァニタスの羽か、あるいは誰かの涙のようにも見えていた。

 執筆:pipi


●day after 28 years
「俺の酒屋がDDで潰れてからもう28年か」
 そう呟くバッカス バッカ(r2p001384)へ「またですか」と返すのはポピー ピュア(r2p001405)だ。
 28年前、世界は大きく変わった。食事はほぼ配給となり、ストレス値を下げる嗜好品とて配給。それなのに昔は何でも自由だっただなんて、新世代の者からすれば眉唾ものだ。
「あの日から転移してくる奴等の中に、日本酒を作る知識を持ってる奴はいねぇかな」
 居たら良いなと笑うバッカスに、ポピーはそうですねと笑みを返した。
(次のデザインはどうしようかな)
 今日も今日とて一生懸命、ラヴィ=ドゥ・ラパン(r2p002575)はくるくると賢い頭を働かせる。あの日助けてくれたあの人に恩を返すためにも、蹲ってなんていれられない。
 フリルを描き、色を足す。思い浮かべるのはお客様(アリス)の笑顔。

「……ここ、どこ?
 戦いの景色が唐突に変わり、ホシゾラ・エアツェール・ヴァッペン(r2p002311)は小さく呟いた。
「どこかな……」
「祝音君はいる……他の皆は……?」
 見知った白い猫耳が傍らで揺れ、ホシゾラは少しだけ安堵の息を吐いた。祝音・猫乃見・来探(r2p002308)はいるけれど、戸惑いは隠せない。
「ヨノソラさん、祝音さん、お久しぶりです」
 そんなふたりに声をかける人物がいた。縫羽 くるみ(r2p002163)だ。
「あ、縫羽さん!」
「縫羽さん。見た目は一緒なのに……何か、変わった?」
 状況を理解していないふたりが首を傾げれば、くるみの瞳にはみるみる涙が溜まっていく。
「生きていて良かった……!」
 ふたりには一瞬であったが、くるみにとっては28年。
 ふたりが現状を聞けるようになるのは、彼女が落ち着いた後になりそうだ。
「お腹空いた」
「もう少し待つのだよ」
「そんなに遠いのか?」
「ぎ、ぎくっ」
 何を隠そう! ただいまミミィ=ユーフォニアム(r2p000892)は絶賛迷子中なのだ!
 そしてミミィは隠しているがそれは既にクロム=ユーフォニアム(r2p001024)にバレている!
「ま、待つのだよ、今検索を……あれっ」
「お前のナビはそこまでポンコツなのか!?」
 見知らぬ未開惑星についたと思ったら、妹までポンコツだった。
「あ、あの者に聞いてみるのだよ! そこな地球人~!」
「え、わたしですか?」
 どこだろうここ……と佇んでいたタイファス・シタベ(r2p000089)は突然声をかけられて驚いた。彼女は地球人でもないし、跳躍してきたばかりなのだ。
「あの、わたしもわからなくて」
「なんと!」
「お腹空いた」
「美味しいごはん、食べたいですね……」
 三人がK.Y.R.I.E.に辿り着くまで暫くかかりそうだ。

 深く踏み込み、腕が伸びる。だが、当たらない。
 榊巻 洸(r2p000027)の動きはいつもそうだ。花喰 依葩(r2p000077)が許嫁だからといって、女だからといって、何だかんだで絶対寸止め。だから嫌い。
「ちゃんと殺しに来てください」
「俺たちがやってるのは訓練であって決闘じゃねえんだぞ」
 不要な怪我をする必要はない。それはわかる。けれど依葩は眉を顰める。
 守られるだけの存在ではないのだと、いつ彼は分かってくれるのだろうか――今はただ、K.Y.R.I.E.の訓練室で拳を重ねた。

「ここ、は――」
 気付けば朽金・エメリヤノフ・ヴィクトーリヤ(r2p001514)は綺麗な公園にいた。整備された噴水のあるその場所は、朽金の段ボール製マイホームが燃えたような公園ではない。
「お困りですか?」
 これからどう生活していけばいいのかも解らず困惑する朽金に声をかけたのはシスター服の女性、天崎 つぐみ(r2p000657)であった。
 答えられる範囲でお答えしますと、彼女は案内を買ってでてくれた。柔らかな声で紡がれる説明を聞けば、朽金も不安も取れよう、と。
 Victor・Rekam(r2p000497)が出現したのは郊外だった。
「やれやれ、どこの世界も平和ではないな」
 自身の力は殆ど無くなっていたけれど動じず、現地民に話を聞こうと移動した。
「ここは……どこぞのワールドの中か?」
 Victorは困惑した様子の天乃原 サタン(r2p000915)を見つけた。
「不具合が起きているのか……、あーっ! 吾輩のアカウントがない! 誰か説明できるひとはいませんかー!」
 が、彼もどうやら『同じ境遇』のようだ。
「うわ……なんじゃ。人が突然現れ……いやいやいや、オカルトじゃ!」
 月ノ宮 秋葉(r2p002552)は怪現象を信じない。みーんなオカルト! そうじゃなければ今秋葉が平和にすごしていられる訳が無い。
「おや、現地の人か?」
「もしもしスタッフ?」
「ひい、寄ってきたのじゃ……!」
 秋葉がとっとこ逃げ出して、それを追ったサタン達は刻陽学園に辿り着くことが叶ったのだった。

 ――武器は命を預ける物だ。だから整備や扱いは慎重に。
 幾度も繰り返してきた実習授業。ひたすら作業を繰り返す白狼(r2p000759)の耳に級友たちの噂話が飛び込んでくる。
「人の心配してる場合かよ」
 誰へともなく呟いて、白狼はすぐに銃だけを視界にいれた。
 羽カフェでチルカ・ルリン(r2p002400)は友人たちと楽しく噂話に花を咲かせる。
「面倒なことは生徒会や偉い人達に任せればいいんだ。私達は深く考えず、新入生に先輩風を吹かすとしよう」
 振る舞いは偉そうだが、好意的。チルカは友人に笑んでストローへと唇を寄せた。
 過去の行方不明者が突然大量に出現した! 何それオカルト? 幻覚? なぁんて楽しく噂話に興じている暇はない。
「おいバカども、緊急招集だ。手分けして漂着した連中を探し回れだとよ」
 端末へ届いた連絡にチッと舌打ちしたアンヘル(r2p000049)が告げる。今日は非番だったというのに、いい迷惑だ。
「え、バカだって。ひどくね? 言われてますよ、うっしー。おうヘル吉ィ! かわいい後輩になんつーこと言うんだコラ!」
「バカどもって言ったろ」
「バカバカうるせぇよバカ!」
 ぎゃあぎゃあわめくだけわめきながらも、桂木 鐸(r2p000091)と有坂 潮(r2p000324)も準備を整える。非番が無くなったのは残念だが、市外に出現して――予期せぬ死なんて望まない。死は身近だけれど、出来る範囲で見たくはない。
 刻陽学園に通う新世代の三人は、フレッシュ救助に向かう。
 K.Y.R.I.E.も刻陽学園も、跳躍者たちの受け入れには積極的だ。
 跳躍してきた者たちへも、異世界からきた者たちへも、安定した衣食住を。
 ――勿論、彼らに天使へ抗う意思があるのなら。

 執筆:壱花


 青空から爽やかな風が吹いて、桜の花弁がひらりひらりと舞っていた。
 陽光は刻陽学園の校舎の窓ガラスに反射して優しく降り注ぐ。
 オト(r2p000740)は刻陽学園の敷地内をわくわくしながら歩いていた。
 記憶喪失で彷徨っていたオトを保護してくれた施設の人曰く、【羽カフェ】という場所に人が集まっているようなのだ。街に溢れる沢山の音と遊びながら、オトは羽カフェへと足を踏み入れる。
 柔らかな音楽と小さな話し声。案内されたテーブルに座って辺りを見渡す。
 同じ制服を着た小鳥遊 宇宙(r2p002350)へとオトは手を振った。
「はじめまして、オトです!」
「わあ! 初等部生の小鳥遊 宇宙です、そのままだけ宇宙大好き! よろしくお願いしまーす!」
 元気よく挨拶してくれた宇宙にオトはアクアマリンの瞳を輝かせる。
 宇宙が手にしていた冷たいアールグレイと同じものをオトもオーダーした。
「お茶もコーヒーもごはんも無料で、おこづかい生にやさしいし。何を頼んでも美味しいし……羽カフェさまさまだよねぇ……」
 はむりとドーナツを口に含む宇宙に結城 カレン(r2p001597)も頷く。
「そうよね、しかもすごく美味しい」
 カレンが選んだのは温かい紅茶だ。ダージリンが最近のお気に入りである。
 柔らかな茶葉の香りは本物の匂いがした。ドーナツにもよく合う。
「女の子には甘いものが不可欠っ! だよねぇ」
 白雪(r2p000848)はふにゃりとした笑顔でスフレパンケーキを頬張った。
 甘いミルクティとスフレパンケーキは本当に幸せの味がするのだ。
「ん、おいし」
 そういえば、過去から現れたという『フレッシュ』たちは、自分達の知らない食べ物を知っているのだろうかと白雪は首を傾げる。失われてしまった様々な事を教えてもらう機会はきっとこれから沢山あるだろう。
 今は目の前の幸せを噛みしめる事に決めた白雪の隣では、初霜 桜(r2p000228)がふわりと微笑む。
 少し硬めのパンを千切った桜の指先をオトが不思議そうに見つめた。
「こうして、パンをシチューに浸しながら食べるが好きです。
 ちょっと粉っぽい感じのシチューもパンと一緒に食べると意外と合って、冬はよく食べます」
 桜が美味しそうにパンを食べるものだからオトはカレンに振り向いた。
「オトもやりたいです、カレンちゃんもしますか?」
「ええ、いいわよ。オトちゃんはそこに座ってて取ってくるわ」

「あ、わたしはコーヒー増し増しのかき氷パフェにします!」
 霞流 みぞれ(r2p000222)のオーダーに雨野 風花(r2p001432)が「何それぇ!?」と身を乗り出す。
「あ、風花さんも一緒にたべます?」
「うんうん、いつもは紅茶飲んだりしてるけど、たまにはコーヒー系もいいかもね!」
 今日はいつものギャルメンではなく、学園の羽カフェでのんびり過ごそうと思っていた風花はみぞれの提案に目を輝かせた。
 風花は丁度羽カフェへと入って来た迦陵羅・ルラ(r2p000241)へと手を振る。
「おーい! そこのきみ~! こっちで一緒にお茶しよ~!」
 ルラは驚いて風花の元へと駆け寄った。
 今月からルラもピカピカの刻陽学園生である。
 新品の制服に身を包んでいるから新入生なのかと風花はテーブルに誘ったのだ。
「えーっと、ルラさんもコーヒー増し増しのかき氷パフェどうです? 皆と分けっこして色々食べるのもいいですよね」
 みぞれの横に座ったルラは彼女と同じものをオーダーする。
「ルラさん新学期になったらやりたいことってあります?」
 こてりと首を傾げたみぞれにルラはフライヤーを差し出した。
「うん?」
 新生活といえば不安は付き物。だからこその宗教だとルラは力説する。
 怪しい教えに嵌る前に太陽の翼卿の信者になって貰わなければならなかった。完璧な勧誘である。
「へえーそういうのがあるんだねぇ。私はおいしいごはんが食べられそうな部活に所属してみたいです!」
 パフェを頬張りながらみぞれは和やかに微笑んだ。

 過去に居なくなった人が現れたというニュースは瞬く間に広がり街中が騒がしくなっている。
 石中 空(r2p002321)は喧噪から逃れるように刻陽学園の羽カフェのドアを押した。
「ここは落ち着く」
 席に着いてカフェの中を見渡せば、歓談を楽しむ学生たちの姿が見える。
 その声は空にとっては楽しい音楽のようだった。手にした紅茶の香りも空に安らぎを与える。
 楽しく穏やかな時間が終わればまた戦いの日々が始まるのだとしても。
 この素敵なひとときが皆に訪れるように頑張らなければと空は心に火を灯す。
「今日も茶が美味いな! 良き日だ!」
 輝夜(r2p000190)は紅茶を嗜みながら窓から降り注ぐ陽光に目を細める。
 故郷が滅んでこの地に転移してきた時はどうしようかと困惑していたけれど、慣れてくれば中々に住みやすいと気付いたのだ。
「なによりも人類は素晴らしい。様々な軋轢を抱えているにせよ、それでも互いに手を取り前へ進もうとしている。余は異世界の姫であるが、この世界の民を愛そう」
 輝夜の言葉には様々な思いが込められているように思えた。
「しかし、行方不明者だった者たちが『帰って来た』とはな……
 生徒会長殿の妹御が見つかれば良いのだが……」

 街に人が増えた。誰かの大切な人が戻って来たというのだ。
 ファルナ・アシュベリー(r2p001981)にとってはそれは他のニュースと何も変わらない。
 けれど、美味しいご飯を皆が食べられるように頑張らなければならないと決意する。
 人が増えることは其れだけ食料の確保も必要になってくる。
 過去から来た人達ならば自分の知らないような料理も知っているだろうか。
 出会いの予感にファルナは期待を膨らませた。
 ティーカップに揺れるお茶を眺めミア・レイフィールド(r2p000284)は周りの声に耳を立てる。
「28年前とかミア、この世界にいないしにゃー……
 そりゃ、死んだと思ってた人が生きてたら嬉しいだろうけど」
 限られた物資への懸念がミアの脳裏に過る。
 されど、何かに思い至ったミアは「なるほど」と顔を上げた。
 この街の運送業に携わるミアにはこの所、市長が食料確保に力を上げていたことを思い出した。
 能力者一人と同じだけの戦力を一般の兵で確保しようとするとその十倍は食料や装備品が必要となる。
「つまりフレッシュの訓練が上手く行けば拡充にゃ? でも、ここのお茶が楽しめなくなるのは嫌にゃ」
 自身の運送業にとって吉と出るか凶とでるか思い馳せながらお茶に口をつけるミア。
「……熱にゃっ!?」
 白羽 黒子(r2p000977)は勉強の合間に羽カフェへと足を向けた。
 分厚いカップに注がれたココアの甘い香りを吸い込めば、ようやく人心地つく。
 ふぅと少し冷ましてから口に含んだ。舌を転がるココアの甘さは至福の時である。
「誰にも邪魔されずに優雅な時を過ごすのがわたくしのア・オ・ハ・ル……」
 目を細め窓の外を見つめる黒子。嫌でも聞こえてくるのは過去から来た人々の話だ。
「何かわたくしにとってタメになる出会いがあれば嬉しいですわね」
 未だ見ぬ誰かとの巡り合わせに黒子は胸を躍らせる。

「エイプリルフールの起源を知っていますか?」
 天ぷら・ザ・ウィザード(r2p002694)がそんな風に切り出す。
 向かいには忍山 ハバキ(r2p003020)の姿があった。
 天ぷらの隣にはカプルー・パン・カプリチオ(r2p002668)が本を読んでいる。チラリと天ぷらを見て直ぐに本へと視線を戻した。ここでカプルーが「な、なんだってー!」と続けようものなら、嘘だと揶揄われるだけなのだ。美人の皮を被った嘘つきこと天ぷらお姉さんなのだから。
「エイプリルフールの起源か!!! エイプリルさんがフールったのではないのか!!?」
 過去、授業中にクソデカボイスで相槌を打ちまくるので他生徒の勉強の邪魔になると別室に隔離され、学校に迷惑はかけられないと自主退学した事がある男ハバキが勢い良く相づちを打つ。
「不明です。世界中に起源の候補とされる説が存在していました。世界中に起源があった。そして28年前の彼の日に、世界中で『愚か者の嘘』が現実となった……これは果たして偶然?」
 大仰に手を広げ熱弁する天ぷらの声につられ日暮 累(r2p002798)が席に着いた。
「また始まったね……」
 カプルーが累に話しかける。天ぷらは気にも止めず話しを続けていた。
「四月の魚は『嘘のような現実』を人類が予期していたことの証明なのではないか?」
「四月の魚がエイプリルさんか!!!」
「だとしたら、2匹目の魚がいつ現れても不思議ではないでしょう」
「二匹目の魚…!!? 五月か!!? エイプリ子さんか!!?」
 相づちを入れるハバキを横目で見遣り、累は目の前の天ぷらがよく嘘を吐くことで有名なのを思い出す。
「28年前の大破局がエイプリルフールの起源かもしれないってか? くだらねぇこじつけだな。その二匹目の魚が現れるってのも、得意の嘘なんじゃねぇのか?」
 天ぷらの口上に累が乗った。カプルーは二人の会話を聞きながら古い本をめくる。
 タイトルは『原典訳 狼少年』だ。読み終えたページを一枚破って、カプルーはそれを口に含んだ。

 テラス席では夜帳 シゼ(r2p002054)が珈琲の香りを満喫していた。
 合成ではない本物の珈琲は浅煎りのローストと爽やかな酸味が華やかさを引き立てる。
「一部では戦士たちに対する供物などと呼ばれているようだが……さもありなん」
 全身全霊で戦い、腕を振った者達に報酬が与えられるのは当然のこと。
「度を越えた謙虚さや卑屈さは傲慢でしかない」とシゼは珈琲を口に含んだ。
 だからといって無謀に立ち向かうのはただの愚か者であると考えながら。
 シゼが視線を上げれば八雲 レイジ(r2n000015)が目の前を通り過ぎる。
 その後ろをトモ(r2p000066)が追いかけていた。
「レイちゃん先輩も何かに駆り出されてたり、しますかね?」
「いや……」
 トモと一定の距離を取りつつ、歩幅の関係でたまに振り向く様子が覗える。
 子供相手に泣かれやしないかと様子を覗ってるのだとシゼは推察した。身に覚えがある。
「トモの親は居ないと思いますけど……らしくないですかね? えへへ」
 それに返す言葉が見当たらなくて、レイジは押し黙ったまま校舎の奥へ消えていった。

 白雪 涼夜(r2p002071)は施設にある羽カフェの前を通り過ぎる。
 2024年から飛んで来たという『彼ら』の対応で技術開発部も忙しくなってきているのだ。
 この忙しさであれば数日は家に帰れないかもしれない。
 もし、帰り着いたなら地下のシェルターを見に行こうと涼夜は思い馳せる。
 急く気持ちが足音となって通路に響いた。
 焦るな、と自分に言い聞かせる。
 ――俺の消えた家族は必ず生きているはずなのだから。

 執筆:もみじ



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