シーズンテーマノベル『Snow falls in my heart』
白く曇った吐息の先で、景色は白銀に彩られていた。
世界がどんな姿をしていても、変わらず降り続ける雪。28年ほど昔の記憶にそれを重ねて懐かしむ者もいるだろう。
あるいは、生まれ育ったマシロ市に訪れたほんの一時の変化にはしゃぐ子供たちもいるだろう。
誰にも等しく降り積もり、そしてやがては消えていく。
今だけの冷たい優しさに、人々は何を思うだろうか。
それは人々が寄り添い暖かな日常を過ごす季節。
それは人々が想いを込めて贈り物をする季節。
優しい冬が、今年もあなたのもとへやってきた。
商品概要:シーズンテーマノベル
商品 | 説明 |
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発注可能クリエイター
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基本価格 100RC~ |
景品
シーズンテーマノベル限定アイテム『雪だるまのストラップ』
サンプルSS:『みんなと一緒なら、心は暖かくなれる』
登場NPC:巳笠 烈斗(r2n000033)、九美上 こひな(r2n000071)
ねえ知ってるよ、こんなに冷たくても――。
公園に積もる雪が靴を隠すくらいになって、吐く息がしろく曇るころ。
巳笠 烈斗は雪かきの済んだ道路を意気揚々と歩いていた。
新しく買ったダウンジャケットはお気に入りのキャラクター柄だ。長靴の色も合わせて完璧な冬装備である。
道の端に残る雪をときたま踏んでみれば、ざくざくと楽しい感触がする。
これが一面に広がる景色はどれほどのものだろう。そんな風に考えるだけで、烈斗の胸の中がぽっと温かくなるようだった。
そしてそれは当然ながら。
「うおー、雪だー!」
公園に到着してすぐ、今更も今更な感想と共に吐き出されるのであった。
ブランコも滑り台も、公園を囲む葉の落ちた木々も、みんなみんな積もった雪で白く染まった公園の景色。
朝早くに来た甲斐あって、公園の地面には足跡ひとつついていない。
試しに足元の雪をひとすくいしてみれば、昼の陽光を美しく照らした白雪が手袋越しに冷たさを感じさせる。
「何するかなー。雪合戦って感じでもねーし、雪、雪……」
「雪だるまは?」
後ろから声がして、烈斗はハッと振り返る。
すると、赤いロングコートを着込んだ長身の女性が立っていた。
赤い帽子と赤いケープマント。先端のしろいもふっとした素材から、どこかサンタクロースを連想させる。
「こひなのねーちゃんじゃん。こんちは!」
「だよぉ。こんにちは」
九美上 こひなは両手を腰の後ろで組むと、体を僅かに傾けてみせた。編んだ髪が垂れ下がり、ぱっちりとした瞳が烈斗を覗き込む。その長身と、そして年齢からすればなんとも幼いにぱっとした笑顔を浮かべ、こひなは言う。
「で、雪だるまはどう?」
言われてみて、烈斗は再び公園を見回した。
未だ足跡のついていないまっさらな雪の原。ここに雪玉を転がして大きくしていくさまなど、考えただけで楽しそうだ。
「だな! やってみるか!」
「雪、かあ……」
こひなは未だはらはらと降り続ける雪に手をかざし、広い空を見上げた。
関内に立ち並ぶビル群とアーコロジーを繋ぐ高架連絡道は遠くからでもその異様を示し、遙か遠くに残された海上ブリッジ跡や川向こうの塩化した桜木町が滅びの歴史を物語る。
マシロ市。ここには平和があるけれど、壊れてしまった歴史がなくなったわけじゃない。
一方で、烈斗が早速とばかりに雪をかき集めてボール状にすると両手でせっせと転がし始めていた。
文字通り雪ダルマ式に大きくなっていくボールを眺めながら、こひなも足元の雪をかき集めてみる。
冷たい感触が、白く曇る息が、心の中を刺激する。
むかしむかし、公園に積もる雪を転がして作った雪だるまを、ママとお母さんに見せたことがあった。自慢げに積み上げた二段重ねの雪だるまを、ママははしゃいだ様子で写真にとっていた。
それで完成? そう語るお母さんに、自分はなんと応えたのだったっけ。
「よいしょ、っと」
丁度良い大きさに丸まった雪を積み重ねてから、こひなはそれをしげしげと見下ろした。
可愛らしい雪だるまだけれど、何かが足りない気がする。
腕組みをして考えて、そしてぱっと目を見開いた。
「そうだ! やっぱり可愛いお耳がないとだよね」
こひなは周りの雪を握って固めると、雪ダルマの頭に兎の耳を立て始める。
「おっ、雪うさぎじゃん! あれ? 雪だるま? 雪だるまうさぎ?」
その様子に気付いた烈斗が声をかけてきて、こひなはそちらに振り返る。
ただしくは、烈斗とその後ろに作り上げられた雪だるまに。
「わあっ、すごい大きい雪だるま!」
「だろー」
烈斗の後ろには、彼の身長にちょっと届くくらい大きな雪だるまが出来上がっていた。
頭には尖った耳がふたつだけついている。きっと、彼が好んできているシャツやダウンジャケットに描かれているマスコットキャラクターを摸したものだろう。
烈斗は自分が被っていた赤い帽子を脱ぐと、仕上げとばかりに雪だるまの頭に乗せた。
「これで完成!」
ニッと歯を見せて笑う烈斗に、こひなは思わず声をあげて笑った。
燃えて壊れて、崩れて消えて、大切なひとたちを失ってやってきたこの時代。
それでも変わらず雪は降って、自分達はせっせと雪だるまを作っていた。
子供の遊びだ。意味なんてない。けれどもしそこに意味があるのだとしたら。
「楽しいねぇ」
思わず呟いたこひなの言葉に、烈斗はだよなと笑う。
うさぎ型の雪だるまの頭を撫でて、こひなは目を細めた。
ママ、お母さん。
ねえ知ってるよ、こんなに冷たくても。
みんなと一緒なら、心は暖かくなれるって。
心のなかに降る雪が、こひなのなかをぽっと明るくした。