氷取沢橋頭堡設立作戦


 K.Y.R.I.E.本部――
 やや人の気配が薄い今日と言う日に、しかし先日の大岡川源流域遡上作戦にて回収された遺留品ボックスを整理している影があった。
 それは――来栖 正孝(r2n000072)か。
 マシロ市外はほぼ人の手の入っていない地。時折偵察隊などが出された事はあろうが……しかしフレッシュ流入による大規模な人員の増加が生じるまで、斯様な遠征計画など実施された事が無ければ未開拓と言って差し支えあるまい。
 故にこそあちこちにはまだ大量の遺留品が残っていた訳だ。
 それはロストエイジにとっては知らぬモノであり。
 フレッシュにとっては昨日の事のように思い出せるモノであり。
 ヴェテランにとっては――
「懐かしいものかね?」
「――こいつは学園長、どうしてこんな所に?」
「なに。遠征計画の第二弾が開始された以上……
 子供達の状況を知るには此処が一番早い、というだけの事」
 その時。黙々と荷を漁っていた正孝の背後から声を掛けたのは棟耶 匠(r2n000068)である。刻陽学園の学園長たる彼が気に掛けるのは――そう。

 遠征計画フェーズ2『氷取沢橋頭堡設立作戦』が発動した為である。

 前回の大岡川では、まずはマシロ市から近い領域の制圧を目的としたものだった。しかし『人類の生存圏拡大』を目的としていればそれだけで終わりではない。更なる拡大を目指す為にも大岡川源流域付近――氷取沢地区にて橋頭堡を設立することに決定したのである。
 大岡川での戦果と勢いに乗じて更に深く切り込んでいく……それはいい。
 だが。生徒の身を案じる匠にとっては、どうしても懸念が頭の隅をちらつくものだ。
 使のだから。
 そしてマシロ市から離れれば離れる程、救援の手も伸びにくくなる。
 予想外。不測の事態。それが生じねば良いがと彼は心より祈りて……
「『氷取沢橋頭堡設立作戦』だったか。君は行かないのかね?」
「いやぁここ最近らしくなく張り切ったら腰を痛めたもんで」
「……ふむ。微かな、僅かな可能性であっても探してみたいのかね」
「何をです?」
「君はだと思うが」
 同時。匠は――柔和な笑みを浮かべ続ける正孝をまっすぐに見据えようか。
 ……ヴェテランにとって遺留品とは、もしかすればがあるかもしれないのだ。無論、あるとは限らない。遺留品といっても雑多なものだ。どこの誰ぞとしれぬものばかりなのが基本だろう。
 だが、もしかしたら。
 探し続ければ一個ぐらいあるかもしれない。
 己らにとって大事な者に繋がる――縁の品が。

 転がっていたっていいじゃないか、神様。

「――おや、学園長? おいでになっていたんですか」
「あぁハク君。たしか君も出向くのだったか?」
「はい。港南中央付近へ赴く先遣隊の作戦陣頭指揮係……
 まぁ要は現地でのまとめ役となりまして」
「では本部でまた情報を纏める者が必要だろう。君の手が必要なのではないかな?」
「ええ、ああ、えーと俺ですか?」
 瞬間。その場に出でたのは天使特別対策室K.Y.R.I.E.の人事統合部所属、嘉神 ハク(r2n000008)であった。今回は実は彼も前線付近へと赴く事が決定している――大岡川の作戦では本部に残ったものの、今回は別と言う訳だ。
 が。それならそれで代わりの者が必要なのではないか、と。
 無論本部には王城かぐらもいようが、しかしそれはそれとして――
「そうですね、お願いします。貴方なら適任かと」
「……あぁ、君にそう言われたら――此処にいる場合じゃねぇよなぁ」
 後頭部を掻く正孝。隅から隅まで探っていた遺留品ボックスの蓋を一端閉め。
「――行ってこい。君達が帰る場所で、待っといてやるさ」
「――えぇ、ありがとうございます。マサさん」
 言ってきます、とハクは正孝と学園長に告げようか。
 厳しい戦いが待っているかもしれない。
 だけどそれでも。未来を信じて彼らは往くのだ。

 人類の為に。マシロ市の――皆の為に。

「ところで正孝君」
「んっ?」
「腰が痛かったのではないのかね? 随分と、軽快そうだが」
「――――あぁそうだった、イテテテ」
 ハクを見送った正孝は、大仰に腰を抑え――痛みを訴えようか。