氷取沢広域作戦のすゝめ


 氷取沢橋頭堡設立作戦――それは大破局以後、2052年現在まで大きく変化してしまった地形の確認と、大岡川に沿っての周辺安全確保計画である。
 この橋頭堡設立作戦では中心地となる氷取沢にK.Y.R.I.E.は外部基地の設立を目指し、マシロ市として初の市外拠点の一つを設置する事が目的だ。
 同時に、この道中に当たる磯子付近は大規模に掃討を行ない整備計画を推進し人類の生存域を拡大することが可能であると判断が為された。
「というのがマシロ市の考えらしいんだ。磯子駅とかが出来たら凄くない?
 アタシ、電車に乗ってマシロ市外? っていうのもへんだけど、そっち側に行けるようになったらそこからもっとずっと先の駅まで行けるんじゃないかって希望の第一歩に思えるんだ!」
 明るく微笑んだ藤代 ガーネット(r2n000030)に「それは素晴らしいな」と龍宮寺 蛍(r2n000027)は頷いた。
 それから二人の背後にサンプルとして準備されている多脚輸送車を眺めてから蛍は「これの正式名称はなんだったか」と呟く。
「そういえば聞いてないね!」
「正式名称を決定したら妨害があったらしいよ。、変な名前が好きでしょ」
 むすりとした表情で告げる逢坂 絢(r2n000079)に蛍は「ああ……」と合点が言った様子で頷いた。
「なら、七井ver.の命名で構わないな。何て呼んで居たんだ?」
「あー……もしかしてあの名前? え? アレ正式じゃないよねっ!?」
 KPA製の多脚輸送車両だ。その制作から整備まで天才主任技師が携わっているのは確かだろう。
 蛍は大岡川源流域遡上作戦においてKPA-05AB・カロンをゆめかわ💙ろまん号と名付けようとしたという逸話を思い出した。
 ガーネットはこの車両の名称をKPAの技師に問うていた。まさか、とKPAへの所属を決めたという絢のかんばせを眺める。
「KPA-05ASV・ポルトゥヌス」
「よ、よかったあ……ふわもこ💙ストロベリー号じゃなくって」
「もしくはうごうご💙かわょかに号」
「よかったあ!!」
 ガーネットはアイドルらしからぬ声を発した。
 うごうごかわょかに――失礼、ポルトゥヌスを使用して磯子周辺の道路環境整備、区画整理とサルベージ活動を行なう事となる。
 そして、この車両は氷取沢周辺にまで足を伸ばし、橋頭堡設立時の露払いをにも同行することになるのだ。蛍始めとした能力者達は実働隊として活動する能力者達のサポートを行なう事となる。
「このうごうごかわょかにを駆使し、新たなネットワークを設立すれば磯子周辺では連絡が取りやすくなるのだろう」
「ポルトゥヌスだけど! そう、でも、光ファイバーを食べるロバがいるらしいんだって。今後はロバに対しても色々と対策をしないとダメなんだってね?」
 蛍は「光の速さで動くロバか、聞いた事はあるが味は知らないな」などと悩ましげに呟いている。
「食べる必要ないじゃん、ロバを。
 ……ぼくは、氷取沢から少し離れるよ。橋頭堡が設立されたら、次のポイントを目指せる。
 それが目的ターゲットになりやすい横須賀とか鎌倉ならまた別だけれど、違うルートも模索しておくべきでしょ」
 絢は大岡川から枝分かれするようにして湘南台側へと続いていくルートの確認や保土ケ谷周辺の確認をして置きたいと行った。
「ぼくは旧世代ヴェテランで純を探すために外を彷徨いてたから分かる。
 それでも、遠方には行けやしなかった。ぼくは2040年代に鎌倉方面から徐々にこっちに来た。その時も東京方面は行くなって言われてたしね。
 2040年代……まあ、平穏って言われてた頃と、今はまた変わってるよ。天使の活動が活発になってる」
 指先をじいと見詰めてから絢は嘆息した。ガーネットは「そうだよね、危険度が上がってるって事だよね」と俯く。
「でも、ここで広域作戦を成功させれば磯子や新杉田に電車が通って、その辺りに人間が住めるかも知れない!」
「ああ、それに、橋頭堡設立作戦が成功すれば新たな拠点の設立だ。うごうごかわょかにも実力を発揮してくれるだろう」
 ポルトゥヌス、と呟くガーネットに蛍は「蟹に似ているのは確かだ」と多脚輸送車両を撫でて居る。
「じゃあ、作戦成功を目指して頑張ろう! って、あれ、絢君? えいえいおーの時間だよ」
「しないよ。……アンタ、後ろに光ファイバーを食べるロバ来てるけど」
「ッ――えええ!?」
 勢い良く振り向いたガーネットに絢は「ウソだよ」と揶揄うように小さく笑ってからその場を後にした。