街は黄昏と変化に包まれて


「ハロウィーンの時期が近付いて来ましたね。学園の初等部生徒達が仮装する姿は微笑ましいものですが」
 穏やかな笑みを浮かべた春名 朔(r2n000031)はゆっくりと振り返ってから硬直した。
 その視線の先に堂々と装いに身を包んだ刻陽学園学園長の棟耶 匠(r2n000068)が立っていたからだ。
「……ん?」
 朔の眉がぴくりと動く。
 視線の先に居るべきは和装に身を包み、静寂に寄り添うように立つ男である。
 その正体こそ陰陽師祓い屋である棟耶の当主に調伏されたあやかしだと聞いているが――これが本性というわけではあるまい。
 学園長、棟耶 匠とは真面目な男なのだ。主となった陰陽師の娘と婚儀を結び、その一族に寄り添いながら生きてきた化生けしょう
 神祇院の官僚として長年勤め、陰陽寮や神秘対策課の監査も行なった重鎮。大破局当時は重要な神秘拠点である東京の官幣大社に結界を張り、周辺住民を護りながらも耐え凌ぎ――東京撤退の折にも何時かは戻ると心に決めていたのだ。
 男が学園長として刻陽学園を護り続けるのは現・棟耶の当主たる一人娘を思っての事だと朔は聞いている。聞いていた――が。
「……先生?」
「――YO!」
 びしりと指差されてから朔の肩が跳ねた。その背後から「よぉ!」と声を発してびしりと前を指差したのは七井 あむ(r2n000094)と彼(もしくは、彼女)のでもあるシステム・V.A.L.K.Y.R.I.E.(r2n000098)であった。
「よぉ! よぉ! はるなっちょですの!」
「誰ですか、ヴァルキリーにこんな変な言葉を教えたのは」
「うけ~。ぼく。春名、いま、ぼくはK.Y.R.I.E.の能力者を人質にとって春名に交渉するから。
 武装を捨てろ! ついでに服を脱げ!」
「何を言って居るのですか」
 目の前に立っているのはKPA技術主任の七井 あむ。そして何故かラッパーのような格好の学園長である。
 唐突に始まった奇妙な寸劇に学園長は何も言わず、V.A.L.K.Y.R.I.E.は「ですの!」とノリノリで追従している。
「言うことが聞けないのか~? ぼく、KPAの主任だぞ~?」
「逮捕するか?」
「はるなっちょちゃま怒ってますの!」
「わろ。でも人質はマジ。ここにぼくの試薬があるけど、これを能力者とか、学園長に飲ませていいわけ?」
 朔はじっとラッパーのような棟耶 匠その人を見た。試験管をゆらゆらと揺らしているあむはにたりと笑う。
「見捨てるのか~~ですの~~~!!!」
「うけ。ほら、どうする? 飲め飲め~」
 マシロ警察所属――実際は警察庁に籍を置く――春名 朔警部は苦々しい顔をしてそれを飲んだ。
 案外、味は悪くはないが何を飲まされているのか分からない状況では「あ、これ美味しいですね」などとは言えやしない。
「それ、ぼくが施策した1日幻影薬メタモルポーセース。マシロ市内のネットワーク通じてV.A.L.K.Y.R.I.E.にプリセットした仮装データを本人に投影するみたいな。
 今回はぼくが用意したやつ重ねといたけど、姿が変化するだけのお気軽ハロウィン仮装ってだけ~。びびった?」
「ぶん殴りますよ」
「うけ。がくえんちょがハロウィーンわくわくパーティーは幼稚舎と初等部だけじゃ勿体ないだろって。
 皆でやりゃハッピーじゃーん。てなわけで、マシロ市内でお気軽仮装出来るようにまだ仕様段階だけど準備した感じ」
「……それで?」
「度の過ぎた悪戯はが感知して直ぐに仮装は解除されるし、作戦時には使用不可。戦闘行動を阻害する可能性があるから。
 日常で遊ぶ分には十分っしょ。まだ仕様段階だから期間限定だけど?」
「成程、ならば学園長先生は先に試薬をお飲みになっていた、と――」
 そう、真面目な学園長がラッパーのような姿に興じているのだ。きっとこれも七井 あむのである筈だ。

「いいや、私のは自前の衣装だ」

 朔の時が止まった。V.A.L.K.Y.R.I.E.は「そうですの! 学園長先生は赤頭巾ちゃんも迷われていましたの!」と付け加える。
学園ハコ生徒クルーは、かなりイルでウェビーだがね。さて、諸君、この催しでバイブスはアガるかね?
 楽しいイベントになることを願っているよ。さて、試薬の効果を確認出来たことだ。生徒クルーにも報告しにいこうではないか」
 ――彼はハロウィーンを楽しみにしている。斯うしたイベントを心から楽しむのがであると信じているからだ。