
再会
年末の横須賀決戦を越えてもより混沌さを増す情勢はレイヴンズに常に頭が痛くなる位の仕事を押し付けてくる。
全く無遠慮な世間というものに文句を言う事が出来た21世紀は幸福だった。
誰もが口さがなく政治に文句を言えた時代はそれそのものが幸福を内包していたと言わざるを得まい。
故に――熾鳳寺 カルラ(r2p000194)、瀬那 悠月(r2p000299)、久慈宮 華月(r2p000151)を含んだ一行が今日も市外活動に精を出さねばならないのは必然だった。
マシロ市の主力――K.Y.R.I.E.でも最前線に立つ面々に安穏とした休みは無いのだからそれは当然に過ぎなかった。
対天使特別対策室の面々である彼女等が天使に遭遇する事等、日常茶飯事の繰り返しに過ぎなかった筈だった。
「よう」
しかしながら、今日という日が彼女等にとって日常にならなかった理由は――実に簡単なものだった。
「……」
「……………」
「………………………」
「どうした。三人揃って黙りこくって――あんまりに冷たいじゃあねえか。
ざっと――おお、丁度29年振りの再会だって言うのによ?」
「天使にとっちゃ短いが、お前等の場合そうでもないんだろ」と気安く言葉を投げかけてくる金髪の男に水を向けられた三者が三様に黙り込んでいる。
金髪に碧眼。整った美しい顔だが、滲み出す本質的な獰猛を隠せていない。
以前に出会った時との違いはサングラスの有無位のものだが、それは時間帯によるものだろう。
何れにせよ、絵になり過ぎる位に余裕たっぷりに派手なコートを肩に引っ掛けて現れたその顔は忘れる筈も無く、面々の脳裏に焼き付いた特別なものだった。
――主天使、『崩天』のミハイル。
何時か再会する事があるかも知れないとは思っていたが、訪れは余りにも突然過ぎた。
市外任務にチームで当たった三人を帰り道で待っていたのは、忘れもしないあの破滅の日に日本でやり合った直接知る限り最強の天使であったのだからたまらない。
「すまないね。急な事だから驚いてしまってね」
「アポイントメントでも取っておいた方が良かったか?」
「君のアポ取りは宣戦布告か何かじゃあないのかい?」
驚愕の時間は極僅かに、切り返したカルラに男は――崩天のミハイルは「違いない」と快活な笑い声を上げていた。一見すれば冗談を交わし合う和やかなやり取りだが、実際は抜身の刃を戦わせる方が幾分かマシだ。
「まさか――偶然ではありませんよね?」
「会いに来たって言った方が、滾るだろ?」
「大層迷惑な情熱家です」
訝しむ華月の言葉にミハイルは呵々大笑した。
「日付の方はたまたまだけどな?
この広い世界、それも終わった世界を暇にあかせてぶらついて――
偶然に見知った連中に会うなんて事は無いだろうよ」
そう言って肩を竦めるミハイルは目前に人類を置いているものには思えない。
(それだけ余裕があるということ。いや、それも無理のない話かも知れない――)
あの忌まわしい日、天使の侵攻の始まりに華月は――正しくはこの場の三人を含む複数の能力者達は――このミハイルと出遭う事となった。
強欲な調整の働く前、全盛期とも言える当時、彼女等は持ち得る全てを叩きつけ、結果的に言えば当時の極東最大戦力であったこの男に挑んだ経緯がある。
今はもう此の世に居ない者も、行方の知れない者も居るがこの三人は謂わば生き残りである。
「思った以上に評価を頂いていたようですね」
「素直にそう言った心算だったが、アンタ信じてなかったのかい。
少なくとも俺様が会った人類圏じゃあ、アンタ達が一番面白かったよ。
まあ、一番の大当たりは欧羅巴に行った連中だったみてえだが。殆ど死んじまったから話も聞くに聞けねえや。
……あ、貴重な生き残りはアンタ達にやられちまったんだっけ?」
胡乱な長広舌で遠回しに「会いに来た」と言うミハイルに悠月が淡く苦笑を噛んだ。
戦いは当時ですら大人と子供のようなものであった。主天使は寡兵で及ぶものではなく、記憶は痛烈な苦味と衝撃に満ちていた。
しかしながら思い返せば確かに当時のミハイルは至極上機嫌であった。
(戦いに満足はした。つまり、その手の人種って事ね)
旧時代から神秘界隈に生きる悠月はその手の人物像に大いに心当たりがあった。
日本だけ見回しても一菱や紫乃宮等、心当たりに枚挙が無い。
存外に人間味のある中位以上の天使なら、そんな態度も合点は出来よう。
「君と出遭って生き残って。旧交を温められるのは光栄だが、生憎と私達も暇じゃなくてね。用件の方を聞かせて貰っていいかな」
笑顔で親しみを込めて話しかけてくるミハイルの一方でそう言ったカルラの首筋には嫌な汗が浮いていた。
四月とは言えまだ荒涼とした肌寒さが残っているのに関わらず、先程から悍ましい寒気のようなものが止まっていない。
カルラは或る種の同類として理解している。
ミハイルは笑顔のままで談笑相手の首を捩じ切る事が出来るタイプである。
「せっかちだな。アンタも何とか言ってやってくれよ」
「ごめんなさい、出来ない相談です。私も無駄口はこの位で十分かと」
硬質に言った華月は水を向けられてもにべもなく、ミハイルは「しゃあねえなあ」と大袈裟な溜息を吐き出した。
「美人に揃って袖にされて、そう冷たく見られちゃたまんねえな?
ま、いいや。唯の挨拶で……取って喰いやしねえからそうビビりなさんなよ」
軽侮するような言葉に空気がひりつく。
しかし、天使を打倒するK.Y.R.I.E.の主力であってもこの場はじっと堪えて動かない。
主天使ミハイルは確実にあのラファエラ・スパーダよりも格上なのだ。
この場で彼女等が意識せねばならないのは、達成しなければならないのは生き残る事。
あわよくば何かの目的を有しているらしいミハイルから情報を引き出す事が出来れば最上なのだ。
「そう、挨拶だよ挨拶。ちょっと色々事情があってね。
近々アンタ達の世話になるかも知れないんで――懐かしい顔を見に来ただけだよ」
レイヴンズの内心を知ってか知らずか、他方のミハイルは実に気安いままである。
「ただ、アンタ達にとっちゃきっと大変な事にはなる。
俺様も、実はアンタ達に結構期待しちゃいるが、何も俺達はオトモダチじゃあない。
……懐かしい、懐かしい。
俺の顔見てビビって逃げてたようなら、まあぶっ殺してたかもしんねーな?」
笑顔のままそう言ったミハイルにカルラは「ほら。やっぱり」と内心だけで呟いた。
生き残るのは叶いそうだが、このいい加減な気分屋から何の情報が引き出せるものか。
(……事情とやらが碌でもない話である事自体は確実でしょうが……)
悠月の怜悧な美貌は嵐の予感に大いに曇るばかりであった……
※熾鳳寺 カルラ(r2p000194)、瀬那 悠月(r2p000299)、久慈宮 華月(r2p000151)が市外任務で主天使『崩天』のミハイルに遭遇した報告書が上がっています……
ミハイルから得られた情報を要約すると『事情があって近々アンタ達の世話になるかもな。多分アンタ達にはかなり迷惑だろうけど』です。