夜半を越え


 ――その男は、仙泰といった。
 彼は闡提せんだいを名乗りし、天使である。
 さて、そんな男がどうして鎌倉を乗っ取るにまで至ったか。

 鎌倉には偈に恐ろしき魔術が根付いて居た。何時の時代からか口伝で残されてきた呪法は現代となっても尚、その在り方は変わらず。
 『産土神・天地躯うぶすなかみ・あめつちのむくろ
 かの呪法は外法禁術の類である。悍ましきはその手法。
 樹齢400年以上の霊樹を素材とし、鮮血の中に漬け込みながら三日三晩、漸く組木細工を作り上げる。
 さて、それより指定された躯を取り入れればこの呪法は完成だ。
 産土神の名の如く、地の守護者で合ったのは確かなことだ。それは一生を通じて命を見守ると約束されたまじないでもあっただろう。
 その内側には天地楽土を築き、周辺にて死した者を取り込み永遠の安らぎを約束すると伝えられた人工極楽浄土。
 詰まる所は永劫の楽園。呪術のシェルターは天使と呼ばれた外敵より逃れるために使用され――そうして、此処に居たる。
 かの呪法を駆使した者達は首を掻き切り死したという。
 ならば、誰が仙泰と呼ばれた男が鎌倉の英雄などと喧伝したのであろうか。
 そう、此処に立つのは仙泰と呼ばれ、嘗ての呪法を口伝した神祇院の神職ではない。
 闡提せんだいと、そう名乗った能天使は見事、無数の躯を踏み荒らし成り代わることとなったのだ。
 不完全であった真新しい天地躯は仙泰宮の底に鎮められ、比売神の結界と食い合うように作用し始めた。
 鎌倉の地では天使は人として認識され、闡提は見事に仙泰と相成ったのだ。

 ――あの日見た、あのまじないの力があればこのような狭苦しい地だけではなく、もっと広くその力を知らしめられよう。
   おのれはたかが能天使止まり。平たく言えば至高の方々が名を呼ぶ事もない有象無象に他ならぬ。
   ならば、おのれがあの力を手にしたらどうなるか。ああ、そうだ。この世界を統べるべき力となろうもの。

 比売神の結界は未だ作用しているだろうが、不完全であれどは有用だ。

 それは、鎌倉より遠い地。マシロの地にて――。
「か、鎌倉に超エネルギー反応!」
「信じられない! マシロ市からでも観測が可能……!?」
 K.Y.R.I.E.のオペレータールームに、耳障りなレッドアラートが鳴り響く。
 これほどの警報が鳴り響くのは、きっと、マシロ市が安定してから初めてのことかもしれない。
 しかもそれが、マシロ市近郊で発生した危機ではなく。
 遠い鎌倉の地で発生したそれによる結果となれば――。
「光学・魔術あらゆるレンジで観測開始!」
「イレイサーに傍受されるとかは気にするな! 観測を最優先!」
「最大望遠! モニターに映、せ……」
 唖然と。
 呆然と。
 オペレーターたちが、モニターを見据えた。
 その巨体、おそらく100mに迫る。
 悍ましい獣の頭。怖気走る怨骨の体。はた目から見れば一体の骨であろうそれは、最大に近寄ってみれば、ものだとわかる。
「な、んだ、ありゃあ」
「KPAの七井が連絡よこした、鎌倉の変なのってあれかよ!」
「で、データ照合……か、過去に出現した、メルカバー級激神災害に限りなく近い……!」
 人よ見よ。
 これなるは、ヒトの悪心より生まれた偽神。
 かつて、ヒトは、天使の襲来にその身を危険にさらし。
 一部のヒトは、おのれの責務を全うせずに、逃げ延びようとした。
 外法を用いて、楽土を築き。己たちだけを絶対安全のシェルターへと逃そうとしたのである。
 なればこれは、その報いである。この地獄こそが、彼らの報いである。
 闡提は笑うだろう。人は人の怠惰によって、滅ぼされる。
 つまりこれこそ、天地骸おおいなるものである――!

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