
次のステージ
――藤代ガーネット(r2n000030)の活動率が低下している、というのは、彼女をよく知るものや、特に愛するファンならわかっていたかもしれない。
テレビで映る彼女は、今日もいつものようにニコニコと笑いながら、希望と愛を歌っている。だから、大半のものは気づかないだろう。
彼女はいつも通りで。その心に一切の傷はついていない。
とはいえ、戦いの傷は深く、段階的に活動を低下させていく、とのことだった。
何せ彼女は。
マシロ市の外で、奇跡的に生存して、人知れずマシロ市を守るために大和市の天使と戦い続けたかつての友の。
その最期を仲間たち共に看取り、その意志を受け、人類のために戦う悲劇のレイヴンズ。
であるのだからだ。
我々は、彼女の心を守るために、あえて休養を与えてやらねばならない――。
……そんな言葉が、テレビや週刊誌では、踊っているように見えた。
「……これ、やったの、あんた?」
藤代柘榴は、うんざりした様子で目の前の男にそういった。シュウジ・クジョウと名乗った、薄墨の染みで愛を嘯くことを生業としているような雰囲気を持った男は、その雰囲気を崩すことなく、「ええ」とうなづいた。
「段階的に君の仕事を少なくしてやっているのだから、逆に感謝してもらいたいものだとは思わないかね」
「前段は感謝してる。後段はぶんなぐってやりたいと思ってる」
「おお怖い。それはファンの前では見せない方が良い顔だね」
シュウジは肩を竦めて見せた。
「とはいえ。君が大和市で何をやったのか、なんてのは、マシロの全住民の興味尽きぬことなのだよ。
となれば、ある程度の情報開示は必須であり――。
君のお友達が、終末論者に騙されてお外で我々に牙をむいた、なんてことは、とてもではないが言えないだろう。
マシロ市は善性の都市だが。それはそれとして、住民を守るための噓はつく。
君が2052年の、人類躍進の契機に至るまで、空虚な希望を謳い続けたようにね。
真実は、我々とK.Y.R.I.E.が知っていればそれでいいだろう」
「プロデューサー。
先輩困ってるよ」
と、スマホでスケジュールを確認しながら言う少女は、サナ・クラモチだ。
シュウジが言う所の、トップアイドルであるガーネットのバックアップ。今は、新規展開されたマシロスタジアムでのアリーナ・ガールの一人として鮮烈なデビューを果たしたことは記憶に新しいだろう。
「先輩だって、何でもやれるわけじゃないでしょ」
「そうだね、サナ。君は優しいものだ」
挑発的にも聞こえるその言葉に、柘榴は明確に表情を歪ませた。
「そもそも。
休養を申し出たのは君の方だ。
わがままを聞いてやっているという立場は理解してもらいたい」
「そこは。感謝はしてる」
柘榴は言った。
「まぁ、タイミングを見てぶんなぐってやるとは思ってる。
アンタのいう通りになっちゃったことも、まぁまぁ自分にも腹立ててる。
でも、アタシは」
呟き、手の熱を思い出す。己の手の内で消えていった、いばらの姫。最後に歌を聞いてくれたあなたは、どんな気持ちで消えた……?
「いばらちゃんの仇を討ちたい。
いまは、柘榴として。
聖釘をおう。
じゃないと、アタシは先に進めない」
「いいとも。私がかつて、君を人工偶像計画に推した理由は、その鋼の精神だ」
シュウジが言う。
「まかせて、先輩。後は上手くやっとくから。
無理しないで、がんばって」
興味なさそうにも見える風に、サナが言った。柘榴は頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
「私は、別に君に死んでほしいとか思っているわけではない。
君は究極のアイドルだ。そこは理解している。
だが……代わりがいないわけではないし、代わりがいないものを支柱にすべきではない。
それは私のスタンスだ」
「アタシわがままなんだ」
そういって、柘榴はフードを被った。
「全部手に入れる。
アタシは帰ってくる。
あとはよろしく、サナちゃん」
「オッケー、先輩」
サナは力強くうなづいた。
かくして、藤代柘榴は……そして人類は。
次のステージへと向かうべく、歩み始めるのだろう――。