死中に活を求め


「O.R.A.C.L.E、どうだ? 鎌倉の方は――?
 そろそろなにがしかの連絡が来ててもおかしくねぇ筈だろ」
「――依然、鎌倉方面とは通信が途絶しています。
 復旧にリソースは注いでいますが……どうにも好転しません」
 
 それはおよそ鎌倉での決戦が終着をみせて暫くの頃……K.Y.R.I.E.にて来栖 正孝(r2n000072)にO.R.A.C.L.E(r2n000101)は言を交わせていた。彼らが語っているのは鎌倉に向かったレイヴンズからの戦況報告が、
 鎌倉では今、仙泰との戦いの果てに……疲弊を狙われる形で、の下に属する天使達の襲撃が行われている。しかもご丁寧に鎌倉の外に通信が行えない様に妨害の手を張り巡らせた上で、だ。
 端的に言って危機的状況であった。
 まさかほぼ間を置かぬ形で使が大規模に強襲してくるなどK.Y.R.I.E.にとっては想定外。更に先述の通り通信が行えぬとなれば正孝達は正確な状況を掴めていなかった。
 ――とはいえ時が経っても鎌倉方面から連絡が齎されないのであれば訝しみはする。
 まさか、と。正孝は顎に手を当て思案を巡らせれば。
「……こいつは『不測の事態』が起こってると見るべきだろうな」
「鎌倉に向かった戦力が壊滅した、と?」
「いや、そうじゃねぇ。仮にそうだった場合でも誰も、なんの連絡一本も出来ねぇのは不自然だ。
 こんな世界だからな……DD以前アーリーデイズみたいに、スマホでどこでもいつでも即電話が通じるのが当たり前――って訳にはいかねぇが、けどよこのタイミングで通信障害だなんてのは、ちと。それに――」
「これは、ここ最近目撃されていた使の仕業かもしれませんね」
 正孝の言に次いで、嘉神 ハク(r2n000008)も眉を顰めながらを告げようか。通信障害となれば単純な機械的不全トラブルが考えられる、が。しかしここ最近に、軍服姿や宗教服姿の天使達と共に目撃されている……謎の神秘物。
 の件が思い浮かぶのだ。
 アレもまた通信系機能の不全を齎す厄介な代物として報告に挙がって来ていた――
「似ていると思いませんか? この通信障害の事象は」
「しかし――現時点までに報告されているオベリスクのデータから計算するならば、アレの被害は局地的な障害に留まります。鎌倉方面事態が、など……」
「今までの報告にあるような
「……連中が一斉に動いた上でなら、あり得なくはねぇか」
「えぇ、勿論確たる証拠がある訳ではありません。ですがもしなら」
 今、鎌倉は危機的状況にあるのかもしれません――
 ハクの推察に正孝とO.R.A.C.L.Eは最悪の想定が、頭を過るものだ。
 今までレイヴンズは多くの戦いを乗り越えてきた。特に横須賀ではラファエラ・スパーダを筆頭とする強力な天使達と刃を交わせ――それでもなんとか勝利を掴み取って来たか。
 だがそのいずれも事前に、可能な限り態勢を万全に整えた上で、だ。
 少なくとも疲弊がある上で戦いに挑まねばならぬなど今までに一度もない。
 この状況でレイヴンズ達は危機を跳ねのける事が出来るのか?
(……どこのどいつがこんな事を考えたんだ?)
 正孝は思考する。
 誰だ? 多くの天使を従えるような指揮官級……ラファエラは死んでいる、仙泰でもないだろう。
 ――?
「いずれにせよ、それならば救援が必要になるかと思われます」
「――そうだな。しかし」
 O.R.A.C.L.Eの提言は尤もなモノである。
 鎌倉方面に何か危機が生じているというのならば救援を出せばいい――だが救援といっても、
 そもそも正孝やハク達がK.Y.R.I.E.に留まっているのは、全戦力を常に最前線に送り込む訳にはいかないからである。K.Y.R.I.E.……いやマシロ市から戦える戦力を空にしてしまえば、万一襲撃してくる天使がいた場合どんな事になってしまうか。
 
 もしかしたら。何か別の理由で通信が一時的に不安定になっているだけかもしれない。
 もしかしたら。あと数分後には通信が回復して皆の元気な声が聴けるかもしれない。
 もしかしたら。気を揉んでいるこの全てが――ただの杞憂であるかもしれない。
 二の足を踏む思考は幾つも巡りて……
「――行きましょう。かぐらさんには僕から話を通します」
 だがハクは告げる。
 
「今すぐに動ける人達を集めて頂けますか、マサさん」
「……分かった、やろう。いつでも出れるように準備を整える」
「お願いします。もし予測通りに敵の襲撃が生じているとしても、全力で鎌倉に向かえば間に合うはずです――いえ、レイヴンズの皆さんなら、必ずそれまで耐えてくれると信じます」
「鎌倉までの最短ルートを算出します。O.R.A.C.L.Eにお任せください」
 それは直感だ。しかし胸に渦巻くざわめきが……行くべきだと告げている。
 もしも予測通り鎌倉が囲まれているのだとしても……レイヴンズはきっと悪意に呑み込まれず、踏み止まってくれる。或いは危機を伝えんと一点突破で脱出しようとしている者達がいれば、合流する事も叶うかもしれぬ。
 往こう鎌倉へ。

 今ならきっと間に合う――誰一人取り零さぬ為に。