
崩落のセレニテ III
――思念が沈む。アレクシス・アハスヴェールのソレは、どこまでも。
深く、深く。まるで大海の水底へ至らんが如くに……
同時。その貌には微かだが陰鬱とした苦き感情の色が零れ出でていた。
「どれだけ永く過ごそうと……どれだけ悠久の果てに至ろうと。
いつの時も。不慮なる事態は生じえるものですね」
伏せる瞼。彼の思案の中央に座すは――最も旧き天使とも称されるミハイルの件だ。
先の会談を経て状況には些かの変動が生じていた。あえて断ずるのならばこれは――望ましくはない事態である。アレクシスにとって現在における全ての情勢は可能な限り隠密に進められるべきなのだから。
であればこそミハイルの来訪などもっての外。万一、マリアテレサなどに密告などされれば最悪どころではない。アレクシスにとっての最善は己が配下だけで人類を捻じ伏せ目的に辿り着く事であった……苦虫を噛み潰す表情を零したのも、さもありなん。
(……とは言え、最早起こりえてしまった事に頓着しても無益。唯一、幸と捉えられるべき点は……あの男には、天上へ告げ口をする気がない――それが真実らしき事、か)
……繰り返しとなるがミハイルの件は決して望ましい事態ではなかった。されどミハイルにその気が無いのは確かなようである。であればかつて生じえた極限の不測にして不幸に比べれば狼狽する程ではない。
故にこそアレクシスは吐息を零しつつも、事態の変動に伴って己が計画の修正に務めていた。
これより何を成すべきか。
これより何を成しておくべきか。
額を軽く抑えつつ、彼の計画は目まぐるしい勢いで再構築が図られていた。
ミハイル――加えてその配下共――
鎌倉なる地――想定よりも頑強なる抵抗――
人類――ラファエラを破り、今なお生き延びる愚者共――
そして――必ず成すべき己が目的――
「……やむを得ませんね。
まぁ、良いでしょう。舞台はまだ始まったばかり――飛び入りの演者など脚本の許容範囲に過ぎません。些かの転換など何も問題はなく、辿り着く結末に変わりがないのであれば全て些事。どうせ誰も彼も、私の掌の上からは逃れえないのですから……」
瞬間。アレクシス・アハスヴェールは口端を吊り上げる。
そう、何が起ころうと揺らぐ必要はない。
たった一点の目的を果たせれば良いだけなのだ。己が望む結末をこの手に手繰り寄せる事が出来るのならば、途上の歩みが変わろうと、不確定要素が至ろうと関係ない!
故に――彼は新たなる道筋を示す。
遠見の権能。遥か彼方まで瞳に捉える力をもってして、鎌倉の戦況を見据えていた第五の熾天は……かの地へ出撃させていた己が幕下の者達へと示すのだ。その意は、さて……
次は彼の配下たる面々にとって、不測となりうるものであったろう。