
西進函嶺 III
半夏生に吹く風が、箱根山の木々を揺らした。
夕暮れの近い空の下、束の間の静寂に、晒されているのは戦いの跡。砕け割れたアスファルト、天使の羽根、飛び散った血に散らばった薬莢、あちらこちらに折れてひしゃげたオベリスク――それらが、30年近く放置されたままの観光地に無常な寂寥を晒している。
「もしもーし? はろーはろー?」
人型機動兵器リアン――その大装甲の数多の傷が激戦を物語る――のコックピット内、大里 杏理(r2p002672)は通信機を介して仲間達へと呼びかける。任務開始前は砂嵐ばかりだった通信機が使えるのは、周辺のオベリスクが破壊されたことを示していた。
「はいな、おじーちゃんじゃよー」
かくして杏理の呼びかけに、答えたのは「おじーちゃん」という単語に反して少年の声。鴨脚 華護萌(r2p000461)は砕けた瓦礫の上に腰かけたまま、その身に負った深い傷を悟らせぬほど朗らかに。
「浅間山中の砦と、テミスとやらはしっかり破壊しておいたのじゃ。そちらはどうじゃ? 皆、無事かのぅ?」
「元気いっぱい……とはちょっと言い切れないっすが、悲しいニュースはないっすよ。テミスの破壊にも成功したっす!」
ぶい、と杏理はコックピットの中でブイサインを作って笑んだ。
――テミス。
兼ねてより観測されていたオベリスク(天使達はセレブレイターと呼称しているようだ)の、上位版と思しき不可思議の構造体だ。
どうやらオベリスクはテミスに繋がっているようで、そのテミスもまた、どこかに魔力的に繋がっているようだが……。
とはいえ、この西進函嶺任務で数多のオベリスクとテミスを破壊できたのは戦果と呼んで差し支えないだろう。
「こっちもテミスの破壊に成功した」
宗堂 シンジ(r2p000139)も復旧した通信機越しに報告を。視線の先にはテミスの一部だったものが砂の山となっていた。尤も、風に攫われて今はだいぶ少なくなってしまっているが。
これが白くそびえる塔だったなどと、今ここにいるメンバー以外は思いもしないだろう。
(お墓を作る、か……)
そう言って逃亡した天使――ウィラの事を思い出す。まさか、天使に墓を作るという概念が存在しているとは。
墓を作るという行為もまた、以前親しくしていたと思しき『人間』に教わったものなのだろうか?
それにしても。……この戦域には強力な天使が妙に多い。連中が組織立っていることを思うと、そのトップは更に強力な天使なのだろう。
――ジルデ。朝倉 蓮(r2p001946)は、先ほど交戦した強力な天使のことを思い返す。近くにいる仲間の通信機からの声を聞きながら、感じるのは再戦の気配で。
(何であれ……叩き潰すのみだ)
赤の瞳は、鈍く淀んだ光を湛えた。……とはいえ、今は束の間だけでも任務の達成感を噛み締めるべきか。蛇蝎化現に憑かれていた精霊も、共に戦った燈廻楼の仲間達も無事なのだから。
仲間よりかけられる労いの言葉に、蓮はひとつ微笑んだ。
通信機を介して続々と聞こえてくる仲間の声に、仙道・琴里(r2p000460)はその無事を知って安堵の息を吐く。
琴里達が任務にあたったのは箱根が芦ノ湖、そのほとりにある九頭龍大社なる廃神社。青く澄んだ芦ノ湖は、激戦などなかったかのように凪いでいる。
乙女はしろがねの髪を翻して振り返った――神さびた鳥居が、歩みと共に遠ざかっていく。
(――、一体……)
妙、なのだ。あすこで出会った白い蛇の、あの鋭い声が、妙に耳に残っている。それは琴里だけではないようで。
謎めく要素は、それだけではない。
「ミハイル……って、あのなんか有名な、なんだっけ、崩天のミハイルだったか?」
箱根山の麓で天使と交戦したガルディール・ラグンフォード(r2p002485)は、戦闘中に聞こえた思わぬ名前を思い返す。
かの崩天が、この地の天使共に共闘という形で関わっているようだが、その理由や背景事情までは現時点では分からず。厄介なことが起きるだろう確信だけがそこにあった。
「ま! 何が来ても! ドッカンバッコンぶっ飛ばすだけだけどな!」
少年は勇壮に笑って、小田原方面を見やった。あっちには終末論者共が跋扈しているという。が、ガルディールにとっては等しく同じ。邪魔をするなら、ぶっ飛ばす。
さて――では、その小田原方面での作戦結果はどうか。
「ふう……」
ゼクス=ラジエゴール・エーレルト(r2p000202)は保護した少女を背負って、廃墟の世界の道を行く。蛇蝎化現に憑かれていたかの少女は、ゼクスの背中でぐったりしているが、伝わってくるぬくもりが命の無事を示していた。
終末論者との戦いの中で、彼女を無事に救出できたのは幸いだった。だが……交戦した連中はどこかへと撤退してしまって。ゼクスは気懸りの目を仲間へ向けた。寂しげな背中に、どう声をかけたものか。かつての婚約者が終末論者だったなんて。……上手く言葉は思いつかない。それでも、隣を歩くことはできるから。
――その想いは、マーニャルエナ=D=ムーンライト(r2p000505)も同じく。「げっかちゃん」と呟かれた仲間の小さな声は、どこまでも悲しみに満ちていて。
マーニャルエナは姉だ。もし自分の妹があんな風に悲しんだらと思うと、ましてや姉妹同士で戦わねばならぬ状況に陥ったらと思うと、胸が引き裂かれる想いである。同時に烈しい悔しさが込み上げるのは、相対した終末論者共にしてやられたからだ。
――『聖釘』なる邪悪なアーティファクトの売人グループ『グルガルダ』、その頭目たるカゲオミ。マーニャルエナ達は彼らとの交戦の果てに、撤退に追い込まれたのだ。
一方の、アリシア・フルーネア(r2p004183)の部隊は勝利こそ収めたものの。俯くアリシアのかんばせは、苦い。聖釘を持つ天使との戦い、彼女の叫びに、心は渦巻いたままで。
「ねえ……わたしは、護りたいだけなんだよ」――天使の言葉は釘となって、アリシアの心に刺さったまま。見上げる空に、答えはない。
(私は…… 私は。どうすれば…… 何をすれば、)
正解を口にできるのだろうか。
小田原に響く不穏の音色。その名を終鐘教会。嘲笑うような残響が、そこかしこに染み込んでいる。
軍服の天使達――オベリスク、テミス、地ならしの謎。
崩天ミハイルの影――なぜ軍服の天使共と共闘しているのか。
蛇蝎化現――未だ解明されぬ奇異な寄生現象。
終末論者――小田原にて暗躍する、終き鐘の音。
増えゆく不穏の影の中、能力者達の進軍は西へと続く。
……渦中、まだ作戦結果が未報告の仲間達もいる。
果たして彼らは無事だろうか――。
