エスタファの幸福論者


 天は轟き、地は嘶く。荒ぶ風は悉くを攫って行く事だろう。
 人智及ばぬ光景は神意によるものだと女は告げた。
 ほら、ご覧なさい。あの様に、意のままに無辜の人々へと裁きを下す。あれが人に成せようものか。
 女は、指導者シスターヒルダは目覚めるような声音でそう言った。

 ――聖なるかな、聖なるかな。
 あま使つかいは選別を下さるの。その両目に焼き付けておきなさい。
 あれが、熾天使。最も神々に寵愛されし御遣みつかいのお姿であるのだと。

 ヒルダは終鐘とおがね教会の指導者であり、第五熾天使アレクシス麾下の天使ヴァルトルーデと協力体制にあった女である。
 故に、御殿場に降り注ぐについても耳に挟んでいたのだろう。
 自らに付き従う人間の中でも有用な者には忠告をし、アリバイの如くヴァルトルーデの忠誠を見せるように雑兵だけを御殿場に送り込んでいた。
「あれが第五熾天使様。なんと、なんと神々しい!」
 上擦った声音を吐き出して、興奮した様子で告げたカゲオミは現在、小田原に居た。
 鎌倉と小田原、そして箱根と御殿場。その位置関係を鑑みるに、小田原はK.Y.R.I.E.から見て進軍経路の一つであった。あくまでもヴァルトルーデの協力者としての戦力を出し、能力者達の足止めを行った終末論者達は未だ小田原の占拠を続けて居る。
「それで、どうするの? カゲちゃん。
 御殿場に向かったからって箱根を占拠されてるなら目と鼻の先だよ。
 それにマシロで悪さしたんだから龍華会と言い、マシロ警察と言い、ヘイトは随分とグルガルタに向いてるみたい」
「その言い方は些か情緒がないとは思わないかな、月華」
「そうかな。そうかも。何れは風化するかもしれない悪事であったって、鉄は熱いうちに打たれるものだからね。
 特に私達は御殿場に向かったK.Y.R.I.E.から見れば何時後ろから刺しに来るかも分からない嫌なジョーカーか」
「そこまで期待して貰えているならば一層のこと互いに目を逸らして起きたいが?」
「あはは。一兵卒トランプ兵だと思われているなら、そこまででしょ。
 マシロは敵を見くびらないよ。それは翻ったら、きちんと芽を摘んでいくとも言える。
 特に――マシロ市に程近く、友好を築いたばかりの鎌倉の至近距離に居るなんてね」
 月見里 月華(r2p002525)、いや、ただのゲッカはそうやって笑った。
 マシロ市のことはよく知って居る。かたわれと共に長らく過ごした都市だ。平穏と安心を象った作品街並みは見た目は麗しく、人々にとって信用のおける虚像であっただろう。
 だが、そんなものが仮初であるのだと月華は認識していた。
 所詮は能力者。戦わねば、生きていけない。だが、戦えば一気にリスクが跳ね上がる。
 月華が街を去った頃、狭苦しい箱庭に押し込められるような生活を送っていたのだ。そんな毎日から妹を遠ざけたかったのに――
「……戦場ここに居たな」
「月華?」
「ううん。何でもない。かげちゃん、結界は張れたの?」
「能力者が踏込まないようにある程度は。けれど、あちらも無能ではないから我々の動きに気付いて居るだろうな。
 それに、今ならば奴らは御殿場に掛りきりだろう?
 第五熾天使様との素晴らしき舞台の演者となるならば、奴らは明確に此方を見ては居ない。
 仲間を増やすならば今のうち。特に、天使の支配を抜けたばかりの鎌倉は狙い目だろうから。
 それで良いかな? さん?」
 振り返った先に立っていた少女は「いいよ」と呟いた。
「――仲間を護れるなら、それでいいよ。
 第五熾天使さま? だったっけ。
 全部、全部、洗い流すようにして全て浚って行ってくれたらいいのに。そうしたら、わたしたちを苦しめる全てがいなくなるんだから」
 北条 ミユキ(r2p005714)はそう呟いてから「そうだよね、時之丞」と己と共にある伊勢 時之丞(r2p006932)を見た。
「ああ、如何にもだ。ミユキ殿」
「小田原は渡さない。あの人達なんて、みんな、みんな、死んじゃえばいいんだ――!」
 ぐるりと取り囲んだ聖釘核による防御障壁。その奥に彼女にとっての楽園がある。
 決して踏み入れないで欲しい。ミユキは小田原にさえ彼等が触れないのであれば手出しをする積もりはなかった。
 だって、そう。
 
 天使の力で、悉く。まるで子供が遊ぶように指先一つで弾かれて、魔法のように瞬き一つで喪われていく。
 ――それなら、誰に協力するべきかなんて、分かって居たのだから。
 聖釘核は怪しく、光を帯びた。