謫すトルメンタ III
静かだ。
さっきまでの戦いが嘘のように。
見開かれた天使の目に、秋の高く薄い雲が映っている。
仰向けに倒れている彼は、かつてはただの人間だった。夢を追う、ただの少年だった。
……今はただの物言わぬ骸。彼の瞳は、もう二度と入道雲を映さない。
嗚呼、どうしようもなく夏の終わりだ――矢風・初雪(r2p000958)は、乾いていく彼の目玉に鱗雲が流れていくのをただ黙って見おろしていた。
「はぁ……」
油圧 ワニファラオ(r2p001004)は天使が飛び去って行った空を、いつまでも見るでもなく見つめていた。
そうしていたって何も変わらないのは分かっている……だが今は、誰かと目を合わせることが憚られるような空気から顔を背けていたかった。黙々と撤収準備をしていく背中を、沈んでいく日が照らしている。
心に残るのは苦みだ――どうにか終末論者共の猛攻から撤退できた兎月 ゆめ(r2p002686)は、仲間達の回復が済むまで見張りに務めていた。『病院』となっている廃屋の屋根の上、夏の終わりの風を受けながら――取り出すのは通信機だ。
「こっちは異常なしでごぜぇますよ」
「ありがとうございます。……すみません、見張りをお任せしてしまって」
傷があるでしょうに、と通信機で答えたのはセレーネ・ローザ・フォレスティ(r2p000402)だ。ゆめとセレーネの部隊が合流したのは先ほどのこと。そしてセレーネは今、怪我人達の治療につきっきりで。
「こんなもん掠り傷でごぜぇます」
「……後で必ず来てくださいね、治療しますから」
言葉は治癒の優しい光を奇跡のように翳しながら。
なれどもセレーネの治癒の煌めきは、仲間達の心の傷まで治すことはできなくて……。
「アタシの牙はさ、アンタみたいなゲス野郎を噛み砕くためにあるのよ」
穎原 アギト(r2p005151)が構える試作兵装F.A.N.Gより、唸り声は奏でられる。群咬弾。無数の鮫型エネルギー弾が、終末論者共を喰い千切る、喰い漁る。そうして戦いの音が止んだ頃――
「……逃げられたわね」
新手が来る気配はない。得物を下ろす。敵将は、ここではない彼方に。
再戦の時はそう遠くないのだろう。
消え果ててゆく闇に、ヨワリ・イツオセロトル(r2p002834)は自らの骸より夜の九王の加護が薄れていく気配を感じていた。
「一先ずは、誰も欠けなかった。……俺はめちゃくちゃ欠けたがな」
前半は、第五熾天使での戦線で帰らぬ者を出したがゆえに、この戦いは『生きていることこそ成果』と皆を讃える為に。……後半は、盾として黒曜石の身体が何度も砕け散ったことを冗句に変えて。
――戦うことを、迷ってはいけないのだ。
撤退した終末論者、それを庇い続けていた天使の燃え残った羽根が、柏木 清志郎(r2p000956)の足元で燻っている。
天使化とは『人としての死』だと、清志郎は認識する。天使の言動は遺体を利用し尊厳を踏みにじる行為、であるがゆえに討伐を迷う時間が長いほど、他の誰かの命が脅かされる――。
流れ落ちる血を拭った。あたたかくて赤い血が、手に着いたのを見て。自分はちゃんと人間なのだと、生きているのだと、清志郎は赤い掌を握り込む。
――容赦を、してはならないのだ。
「イレイサーよ、天の御遣いを騙る者よ。汝は異端なり」
Lucia Afrania(r2p000218)は高らかに、『ヴァチカン』の名において、異端審問を執り行う。
赦すな。逃すな。天の名を騙る異端者を。それを崇拝する邪教徒を。悪を清める火のように、乙女の赤い髪が揺れる。――その苛烈は、きっと小田原が『浄化』されても止むことはないのであろう。
終鐘教会との戦いはまだ、終わらない。
「なぜ」――たくさんの「なぜ」を、ハンス シュミット(r2p004621)はその胸に抱える。引き結ばれた唇から歌は聞こえない。
願わくば、……まるで一番星に祈るように、男は。そう、願わくば。
(どうか少しでも――いい結末を)
悲しいことばかりなんて、もうたくさんだ。……霧崎 有宇(r2p000127)は大破局の時からそう思って、思い続けて、そして今に至っている。
(この戦いで勝利できたら、……少しは、マシになるのかな)
無表情。心の中の呟きに、答えるのは静寂だ。「助けてよ」、そんな声ばかりがずっとリフレインしてとめどない。
人と天使の境界線。
敵と味方の境界線。
幾重もの境界線が複雑に絡み合うこの小田原を、――撤退途中の晦 総嗣朗(r2p000168)は振り返ろう。
ありふれた終末風景が見える。壊れた灰色。繁茂する緑色。残酷なほど澄み渡った空の色。
「……ふ」
ひとつ、わらって。
歩いていく。
苦い結果に終わった作戦もあったが。
多くの戦域で、K.Y.R.I.E.は勝利を収めることに成功。
嵐のように吹き荒んだ戦いは――確かに、終き鐘を苛んだはずだ。
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