狭間の夢に
これは、幸せな夢である。
あさ、目が覚める。
ふかふかの布団は、能力者のストレスケアのためもあって、本当に寝心地がいい。
この世界にやってくる前に、皆で身を寄せ合って眠った、壊れかけのマットレスの寝心地など、一瞬で吹っ飛んでしまうくらいに。
タイマーセットされていたポットがコトコトとお湯を沸かして、そのままオートでコーヒーを入れてくれた。
あちあちのそれを口に含むと、香ばしい苦さが口中を包んでくれる。オルソンさんなんかは、それがいいのだ、っていうけれど、私は苦手だったから、ミルクと砂糖をたくさん入れた。これもあんまりよくないよ、って、ミュールさんなんかは言うのですけれど。
小麦の香る(信じられないけど、人工的なものらしい!)ふかふかのパンを食べながら、今日やるべきことを考える。私たちのような、異世界からやってきた人間は悪魔と呼ぶらしい。天使と戦っている世界みたいだから、なるほど、それっぽい命名だな、とも思う。私たちは、ルーラーズと名乗って、人の自由のために戦っていた経験がある。なんで私が代表になったのかはよくわからないけど、ハルテさんなんかは、「キミだからなれたんだよ」なんて言っていたっけな。
とにかく、今日もお仕事があって、マシロ市の外の安全を確保するための哨戒をして――それからは、意外と自由に過ごせる。だから、私は、自由に――過ごすことができた。
「まぁ、エルシィさま! お外でのお仕事の御帰りですか?」
ルーラーズの皆と外の哨戒に出て、戻ってきたとき。シンディー・"ヒンキーパンク"・フォーサイス(r2p000146)さんが、にこにこと笑って声をかけてくれて。
「はい。えと、お仕事の御帰りです」
えひひ、と、変な風に笑ってしまう。どうにも、人と話すのが苦手だった。嫌いなのではなくて、なんだか、上手く話せないのだ。性分なのだろう。「コミュ障ってやつかも。エルシィは、考えすぎだからね」、って、カナエさんには言われた。
「あたしは、これからお仕事ですのよ。
そうそう、お外で、とっても素敵な湖を見つけましたの!
そろそろ安全が確保されて、人の入植も始まりそうなところなんですのよ!
そうしたら、一緒にピクニックに行きましょう?」
にっこりと笑うシンディーさんに、私はえひひ、とわらって頷いた。シンディーさんは、私が1人でいると、よく見つけて声をかけてくれる。なんだか、シンパシーがあるんだって。
シンディーさんと別れて、ルーラーズの皆とも別れて、マシロの商店街を歩いていた。服飾店を見やると、ガラス越しに、リーラ・ツヴァング(r2p000085)さんが、手を振っているのが見えた。
「あ、いいところに~」
そう、声をかけてくるリーラさんに、私は困ったような顔を向けてしまった。リーラさんとは、ちょっと、喧嘩をしてしまった間柄だった。私が、この世界に初めて来たときに――混乱から、彼女の友達に、酷い言葉を投げかけてしまったのだ。それを、とても怒ってくれたのが、リーラさんだった。だから、ちょっと申し訳ない気持ちがするのだけれど、リーラさんは今は、気にせず仲良くしてくれる。
「ほら、この間、約束した衣装! 丁度いいですぅ、着ていきませんかぁ?」
リーラさんは、私に、なんだか、かわいい服を着せたいらしい。……興味がないわけじゃないけど、私には似合わないと思うので、いつも辞退してるのだけど、そうすると、ぷんぷんと、リーラさんは怒るんだ。
「原石を磨かないのは、アタシのプライドが許しません!」
って。
「あ。でも、咲月さんたちが探してましたからぁ、先約があるんでしょうかぁ? むむ、そうしたら、今度、ですねぇ」
にっこりと笑うリーラさんに、こくこくとうなづいて、私は手を振って別れた。何時か、彼女が用意した可愛らしい服を着るのだろうか。それも、悪くないのかもしれない。
しばらく商店街を進むと公園があって、マシロ市の一部を眺めてみることができた。私は此処が好きで、ここが私の居場所なんだなって、そんな風に思えるから。
「みつけましたよ」
と、いつもの声が聞こえた。静かで、落ち着いて……でも、優しい声。
「ルナさん」
ルナ・エクリプス(r2p003936)さんが、きぃ、と、ブランコに乗りながら、そんな風に声をかけてくれる。
「いつも、ここに居ますから。
マシロ市には、慣れましたか」
「はい、おかげさまで。
……すこし、前にいた世界より賑やかで、びっくりはしますけど」
「うーん。やっぱり、エルシィさんには享楽というものが足りませんねぇ」
なんて、背後から、ぴょこ、と飛び出してきたのは、卯槻 咲月(r2p000433)さんだ。
「どうですか、そろそろ! マッドネス・ティーパーティに遊びに来てみるのは?」
咲月さんは、カジノでお仕事もしていて、よくそこで、きょうらく? を? 提供? しているらしい。彼女のいう享楽というのはよくわからないが、たぶん、楽しいことなのだろう、とは思う。
「え、えひひ。でも、ちょっと、賑やかなところは苦手で……」
「だよだよ、咲月っちぃ~。
エルっちはぁ、もっとこう……図書館? とか、そういうのが似合う! きがする!」
ぎゅ、と私を抱きしめて言うのは、明星 和心(r2p002057)さんだ。
「わ、わこさん、抱きしめるのは、ちょっと」
「え~、エルっち、あったかいんだもん~。
この時期には一家に一人欲しいしぃ。
あ、でも、きょうらくはさておき、今度カラオケ行こうよぉ! 皆で!
エルっち、意外と歌好きでしょぉ?」
「あ、それは、はい」
「いいですね」
と、ルナさんが笑って。
「それじゃあ、今度のお休みに、皆で行きましょうか!」
そう、咲月さんが笑って。
「うん! 予定決めて、シロトークで連絡入れるからぁ!」
和心さんが笑って。
手を差し伸べてくれて。
傍に行けたらなぁ、って、思うけれど。
知っている。これは、ただの夢で。
私の死の間際に見た、幸せな白昼夢。
これがきっと、私が最後に抱く罪。後悔の光景。
手に入らない、幸せな光景を見せられることが、きっと、私に課せられた最後の贖い。
でも。
それでも――。
ごめんなさい、これは、あなた達に呪いになってしまうかもしれないけれど。
一つだけ、我侭を言わせてください。
「どうか、私たちを。
わすれないでいてください」
体が、消えていく。
想いが、消えてく。
それでも、多分、最期の瞬間に浮かべた笑顔は――。
私の人生の中で、一番きれいな笑顔だったんだと、そう思った。
※エルシィの完全撃破を確認しました。
――これにより『力天使エルシィ撃破作戦』は作戦完遂となります!
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