あの子の事


 小波 浅紗(r2p009093)という少女が居た。
 旧時代、彼女は魔法少女と呼ばれていたらしい。清く、正しく、美しく。誰かの心を護るため――なんて、そんな清廉潔白な娘ではない。
 今、彼女はこの世界にいない。生きていない。
 だからこれは――

「あー、まって、さぁちゃん? さーがーんさぁーん、それわたしのですけれどー」
「ん? ああ、ごめん。そうだっけ」
 鞄の中から適当なチョコレート菓子を取り出して齧った栞 咲願(r2p008061)は忘れていたなと困ったような顔をした。
 浅紗の食の恨みは深い。コンビニエンスストアは通り過ぎてしまったし、そろそろ駅に行かなくては待ち合わせに遅れてしまう。
「後で冬青に何か奢って貰って。昨日、なんかパフェ食べたがってたから。ついでに」
「あ、なんだっけ? そよ、案外苺とかかわいーの好きだもんね。春パフェ楽しみってやつ?」
 咲願と浅紗、それから軍場 冬青(r2n000257)。三人は只の幼馴染で、何処にでもいるような少しだけ秘密を抱えた一般的素行不良青少年。
 当たり前のように青春の傍らのように魔法少女を気取って、当たり前のように青春の傍らで日常を過ごして。
 そうして、当たり前のように大人になっていくだった。
「そういや、そよと昨日ゲームしたじゃん。何か選択式の心理ゲーム。あれ、さぁちゃんはどした?」
「ああ、なんか変なゲーム。大切な人の護り方みたいなやつか。僕は優等生だねって冬青に言われたけど」
「わたしはもっと自分を大事にしなってそよに言われた。んなの、そよが一番言うなってやつ」
 けらけらと笑う浅紗の横顔を咲願は眺めていた。駅前で大きなショッパーを手に立っている冬青が「おっそー」と少し拗ねた顔をしたのだって日常だ。
「ごめんって、そよ。ねえ、今日は何処に行く?」
 お決まりの言葉だった。
 小波 浅紗はいつだって、そうやって咲願と冬青の手を引いた。
 三人で揃っていれば大丈夫。
 浅紗は少し前のめりで何時だって咲願と浅紗を護ろうとする冬青の事が心配で、放置しておけば万人のためになんだってしてしまいそうな自己犠牲な咲願の手だって握り締めていた。

 ――さぁちゃんはブラックコーヒー、そよはホットミルク、そしたらわたしはミルクティーね。


「……んなの、見せられてもさ」
 小波 浅紗は死んだ。たった一人の無力なの少女を庇って死んだ。
 青少年不良グループ『プシュケー』に所属している子供ガキの中で、軍場 冬青の殺意を向けられたのはきっと自分だけだ。
 そう思う程の事だった。小波 浅紗は御徒待・小町(r2p008548)を庇って死んだ。
「今更教えられてもさあ、ああ……ばか」
 小町は頭を抱えてから嘗ては浅紗の魔法のステッキだったそれを握り締めていた。
 ただ、当たり前のように、第七戦区に向かう咲願に小町は言ったのだ。
「第七に行けば、必ずティティ……そよごんが出て来るよ」
「そうだね、冬青は必ず出てくる。それは僕が一番に分かっているよ」
 咲願はさして表情を変えなかったが、小町は唇を噛みしめてから「冬青の狙いはわかってるの」と問い掛けた。
「まあ、大体は。でも
 小町は冬青がコスモスを欲し、ゲイムを継続させることを望んでいるとすれば冬青を殺すと決めていた。
 咲願からそうした片鱗の一つでも聞けたならば、きっとすぐにそうしただろう。
 けれど、確信してしまう。冬青はコスモスを欲していない。冬青はだ。
「冬青は誤解されやすいんだ。それに、素直じゃない。僕らは互いに分かりにくい奴らだから浅紗が必要だったのかもしれない」
「でも、もう浅紗はいない」
「そうだね、その代わりに小町が生きていてくれてよかった」
 小町は唇を噛みしめて、俯いた。震えるようにを握りこむ。
「あとさ、案外、冬青は小町の事が好きだよ」
 うそだ、うそつき。うそであってほしい。だって、浅紗が死んだ理由は――
 咲願は嘘は言わなかっただろう。ただ、行ってきますとそう告げてから歩いて行ってしまう。
 咲願の背を見送ってから小町は深く、深く息を吐き出した。
「どーしたんですか? 小町センパーイ。もう咲願センパイも凪蛇ちゃんも出発しちゃいましたけど!」
「……ねねこ」
 振り返った小町に椿 ねねこ(r2p008545)は明るく朗らかな微笑みを返して見せた。
「いや、なんか知り合いの親友の事って分からないなって思って」
「ん~……そうですねー? もう話してみるしかないのかもしれないですけど! あ、誰の話か分からないので適当ですけど。
 でも、ほらー……案外話したらイイヤツとか、結構気遣い屋とか、もしくはすっごい悪い奴とかあるかもしれませんし」
「すっごい悪い奴だったらよかったんだけどな。まあ、きっと違うんだよ」
 俯いてから小町は「いいやつだなー」とねねこの頭を撫でた。自慢げに笑った彼女を見てから小町は肩を竦める。
 ――第七戦区、ミッション・ダイナソーハント。
 ティティフィティアは必ずポイントを求めてやってくる。けれど、何となくわかってしまうのだ。
(……冬青は、きっと、命に代えてでも咲願を大事にするんだよ。そんな事位、ヤになるほど分かってる)

 ――さぁちゃんはブラックコーヒー、そよはホットミルク、そしたらわたしはミルクティーね。

 未だに、聞こえてくるような浅紗の声に「うるせえ」と小町はぼやいてから一歩踏み出した。


※イラストオプションに『祇化』が実装されました。(用語説明:呪創/祇化

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