幽寂の湖面に


 湖面が揺らぐ。眩く、解けて行く冬の気配を反射しながら。
 ここ甲府は超常指定甲級クラーケンとの決戦の地よりも離れた内陸に当たる。
 海なし県とはよく言ったもので、豊かな自然と独特な文化を有したこの場所はアガルタにとっても見過ごせぬ観測地の一つであっただろう。
 ここ、山梨県に流れていた河はそのまま緩やかに能力者達にとっても馴染みある地へと水を運んで行っていたことだろう。
 その上流がまさかの状況である。街並みは呼吸の仕方を忘れてしまったまま、全てを水底に閉ざし歴史の一頁さえ教えてくれない。
 沈黙の地となったその場所に急設されたアガルタ甲府観測所は始動を開始し、諏訪盆地に向かう能力者達の支援と彼らにとっての帰還経路の重要な中継地点の役割を果たすことになったのだ。
「K.Y.R.I.E.地下の実験区とはまた違った光景――と言うべきでしょうか。
 あの場所は人類が生存していく為に準備を整えられただけの事があって、危険を極力排除された空間でした。
 しかし、ここは違う。マシロ市と言う安寧の揺り籠などではなく外敵も多く存在している場所です。
 此処での活動は人類に大きな貢献を果たすと同時に、危険であることを改めて認識しなくてはならない」
 新たに作り上げられた拠点の前で、嘉神 ハク(r2n000008)はそう言った。
 KPAが急ぎ設立を続けている設備整備が終了すれば、富士橋頭保を中継地としてマシロ市とのリアルタイム通信も夢ではない。
 マシロ電鉄は鎌倉まで延伸しているが、そこから更に箱根、小田原。さらには富士橋頭保まで足を延ばせるのではないかとさえ噂されていた。
「ええ、勿論。よく分かっているわ。それでもね、危険だからって諦めるなんて柄じゃないのよね。
 ……ほら、身に覚えがあると思うけれど暴れん坊って言う夏帆だってそう事聞かないのよだったでしょう?」
 揶揄うようにそう言ったガーネット(r2p000597)にハクは肩を竦めた。
 ハクには幼馴染がいる。いや、と言うべきだろう。忍海――来栖 夏帆(r2n000020)は明るく朗らかで何事にも物怖じしない性格であった。
 共通の知り合いであるガーネットがそう言うのだ。ハクは彼女の事を思い出しては困ったように笑う事しかできない。
「夏帆なら、むしろ知らない場所だって走り回ったし……何なら、この湖を泳いで、潜って大騒ぎだったでしょうね」
「ええ、甲府湖だから幻の恐竜コッフーが居るとか言い出すわ。きっとね、あの子ってそうだから」

 ――ねえ、ハク! ! まささん! 見てみて! コッフー!

 そんなことを言いながら笑っている彼女を想像してしまった。ハクは「だったらいいのに」ばかりを何時だって想像してはぎこちなく笑う事しかできない。
「コッフー……すごい、なんだかへんてこな顔をして居そうだね」
 くすりと小さく笑った杜里 ひなた(r2p000103)はハクが口にしたの名をなぞるように唇を動かす。
 大破局の日に生まれ、そのまま行方知らずになった彼の妹。妹、というものはひなたにとっても守らねばならない存在だ。
 彼が妹と生き別れたままであることをに身につまされる思いだ。
「コッフー探ししてもいいかもしれませんね。ここにはまだまだ我々が取得していない何らかの種がある可能性だってあります。
 アガルタの使命は遺伝子保存ジーンバンク、変容してしまったものであれど数を増やしていくことは人類にとって必要不可欠ですから」
「お花とか、食べ物とか、たくさんあると思います! コッフーは……その、居たとしたら変異体でしょうか……?」
 しっかりと拠点を設営し、この地での調査も充実する様にと備えていたオト(r2p000740)の問いかけに「乙姫、アザーバイドの可能性も捨てきれないぞ」とレイン・ナイト(r2p005368)がそう言った。
「アザーバイド……! もしくは変異体……! 大変ですね。スーパー観測所としてしっかりと作業を完了して敵襲に備えなくっちゃ!」
「敵襲、か。ないかもしれないが……まあ、そうだな。ここは外だ。調査にも天使の横やりがあるかもしれない。どう思う?」
 レインに「野菜好きの天使とかがいるかもしれない」とドリアン・ファスティ(r2p006261)は悩ましげにそう言った。
 彼の視線の先には甲府が広がっている。美しく、穏やかな光を映す湖面。何処までだって穏やかに見えるというのに――この水を辿れば、今まさに、能力者達が進軍を行っている諏訪が待ち受けているというのだ。
「諏訪……長野県、か。あの場所には何があるのだろうね」
「そうですね。怖いものでなければいいんですけれど……」
 不安げなドリアンとオトにレインは「そういえば、何か聞こえなかったか」と問い掛けた。
「え?」
「いえ」
 レインは妙な顔をしてそっとの方面を見遣った。何かがこちらを見て笑っていた気配がした、けれど。
「……気のせい、か……」
 その妙な視線も神璽結界が存在しているであろう諏訪に辿り着いたならば――?






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