灰色の風


「けったいな奴らだな。琥珀もイーリスも。だから子供ガキは好かないんだ」
 やれやれと肩を竦めた男は自身が手にしていた携帯灰皿に吸殻を押し込んだ。
 不健康そうな姿。ロマンスグレーの髪は雑に輪ゴムで束ねたようである。背を丸めて歩く男が向かうのはBarソムニウムだっただろうか。
 何時もならば朗らかに出迎えてくれる管理者ノエが留守をすると聞き、代わりに店番に向かうのだ。
「愛想が悪い師匠を受付係にって……ぼく、あんまり向いてないとは思うんだけどなあ」
 そう呟いたイライジャに「そんなこと言わないように」とエルモアが窘めた。
 桜痣を掌に有する幼いオルフェウスを振り返った男が「いいや、違わない。向いてない。向いてない」と何度も繰り返す。
「それはそうと、ロウ先生は傍観者としてどう? 何か、興味深い事とかはあった?」
「そうだな……私はノエが考えているフォーカポーカの毒解析を利用したウーアツァイトの本体のが気にかかるかもしれない」
「あっ、師匠。そんな、処分とか……」
 思わず声を潜めた弟子を見遣ってからロウは「どうして」と不可思議そうな表情を浮かべた。
「ウーアツァイトの本体は元々は寄生生物の一種でしかない。肉体は粘液状。スライム、ウーズ、そうやって呼ばれるナメクジのような存在だ。
 あれらは生物の死骸に巣食い、死肉を食い荒らしながらその肉体を自らの四肢のように動かす性質がある。
 脳みそと呼ぶべきはないが、核は存在している。つまりは知性があるかは要観察といった生き物だ。
 エーデレッセンの作る感情宝石に寄生さえさせて置けば問題なく手足をぐねぐねと動かして、その人間らしく振舞うだろう。
 それを害獣と呼ばずになんと呼ぶ? から生物扱いしろ、とでも。イーリスと琥珀の思うつぼだな」
「師匠」
 少し上擦ったように言ったイライジャにロウは肩を竦めた。
 幼く、柔軟な心を持ったこの弟子は他者の気持ちを慮る。きっと、ウーアツァイトに何らかの思い入れを持った人間が聞けば傷つくだろうと心配してのことだろう。
「……まあ、続報を待て。他にも気になる事はある。
 漸くが去ったと思えば、次は東京でお祭り騒ぎ。いや、実に難解な生き物でしかない」
 ロウが視線をやったのは日本の中枢府、東京23区方面であっただろうか。この多摩はコスモスによって自らの権能を暴発させられた主天使によって区切られた場所だ。
 死塩を孕んだ風が周囲をぐるりと取り囲み、行き止まりの土地と呼ぶにふさわしい現状となっている。
「ゲイムマスターとやらは、K.Y.R.I.E.の人間を如何しても参加させたかったんだろう。
 聞いた話によれば司令官は強制的に腕輪を与えられたんだろう。それに脅し文句が願望器、その暴発の可能性。
 不参加を決め込むなと言いたげなのだから、その誘いに乗るのは当たり前の事だが――どう動くか」
「勝つよ、きっと」
「そうだよ。そうじゃないと……」
 きっぱりと言ったエルモアの手をぎゅっとイライジャが握り締めた。不安げな表情を浮かべるイライジャとは対照的にエルモアは晴れた表情を浮かべてロウを見ている。
「まさか、多摩の稀代の錬金術師が人類敗北なんて馬鹿みたいな未来を描いたわけじゃないでしょう?
 僕もイライジャもあの人たちと過ごす時間を楽しみにしてるんだ。
 それに、ロウ先生だって、あんなに研究しがいのある、逃すのも惜しいでしょう?」
 悪戯めかしてそう問い掛けたエルモアにロウは「まあ」と肩を竦めただけだった。
 さて――チュートリアルとやらはどうなっているか。良い結果を持ってきてほしいものだが。
 そう呟いた男に「素直じゃないなあ」「それが先生だから」と双子アザーバイドはくすくすと笑い続けていた。




命空骸戯カタルモイ - 旧展示場要塞システム/ゲイム・ルール