ふざけやがって


 何もかも嫌になる位に腹が立つ。
 旧東京――まさに運命を謀る座天使(ソロネ)が望んだ命空骸戯(デスゲーム)が最高潮(クライマックス)を迎えんとしたその時に。この地上で、遥かな楽園(エデン)で。こと闘争においては名にし負う崩天(ミハイル)はその端正な顔を強い怒りと不快感に歪めていた。
「ふざけやがって」
 思わず口を突いた悪態は禍々しい程の獰猛さを剥き出しにしていた。
 この男が万全であるならば――目の前の誰もが無事に帰れぬと確信してしまいそうになる位の殺気と毒を帯びていた。
 この男が万全であるならば。
「サワの野郎め……!」
 サワを筆頭にクソ野郎(タラリア)のゲイムに参加したミハイル派の天使は多かった。
 最初は良かった。それで良かったのだ。ミハイル自身とてゲイムを利用してコスモスを奪う事には積極的だった。
 あくまでそれは――アレが転機に成り得ると思ったからだ。
 だが、それは――

 ――聞いての通りね。
   卵が先か鶏が先か。どうしても嫌なら必要なのは力技、になるでしょう?

 ――ミハイルは絶対に安静にしててよね?

 ――わたしにまかせといて!
   おおぴざにのったつもりでいるといいんだよ!

 ――ミハイル君、私より先に燃え尽きるなんて許しませんから。

 ――生憎ですが申し上げておきます。聞き分けませんからね、今回は。

 ――旦那、日頃の行いって知ってます? モテる男は辛いッスねぇ!

 ベルガモート、ノヴィア、ノエルカ、ジーラ、サレリア、エルドリッジ……他多数。
 あれやこれやとモノを言う、理由を付けるが、結局、誰の話も要約すればミハイルの意に沿わない。
 意に沿わないを通り越して最高に気に入らない。
 彼等の求むるは運命の転機じゃない。
 ミハイルの望む次への鍵じゃあない。
 誰の動機も現状回復を願うお見舞いの林檎の調達に過ぎないのだ!
(誰の事を――心配してやがる。
 病院のベッドでウサギの林檎をあーんってか?
 そんな男だと思うかよ、この俺を!)
 幾多の世界を灼いた崩天を?
 誰よりも、何よりも自由に最前線を愉しんだ最古の天使を?
 最底辺(エンジェル級)からここ(ドミニオン)まで成り上がった馬鹿野郎を?
 熾天使(アレクシス)の首筋に匕首を突き付け、あと少し(一秒)まで迫ったこの俺を!?

 ――嫌なの。絶対。ミハイルがこのままなんて、やられたりしたら絶対。
  だって、それじゃあ私が、実際、私の、私達の所為で――

(違うだろ……? 違うだろ、ノヴィア。
 俺は……弱ぇ奴に、女に責任を被せるような雑魚じゃあねえよ)
 思い詰めた顔でノヴィアがそう言ったのを思い出した時、激情が噴き出した。
 ミハイルの裏拳を受けて崩れかけたコンクリートの壁が吹き飛ばされる。
 音ばかり派手な始末に舌を打った。
 騒がしかろうと怒り任せに力を振るわれた出力の低下は著しく、これでは馬鹿力の能天使(ノエルカ)にさえ及ぶまい。
 第五熾天使(アレクシス)の一撃を受けて以降はずっとこうだった。
 最初は大怪我の影響かと思われた不調も相当の長さに及べば別の原因を考慮せねばならないのは必然だ。
 アレクシス本人がマリアテレサに処刑されたと思われる現在、答えを持ち合わせる者はいなかったが、アレクシスの一撃が何らかの呪いが帯びていた可能性もある。何か決定的な原因があるとするならばその排除なくして状況の改善が望めない可能性もまた否めないのは確かであった。
 馬鹿共の動機が純粋に自分に向けられた願いであり、想いである事は猛獣(ミハイル)とて承知はしている。
 とは、言え――
(カタルモイに勝利して――卵(コスモス)を俺の為に取って来ようなんざ)

 ――あまりに、あんまりにプライドに障る。

 あまつさえそれが嫌なら力づくで止めてみせろなんて。

 ――止められるものなら止めてみなさいヨ。ホラ、遠慮無く、ネ?
  それって実際アタシ達にとっちゃ本懐なんだから、サ!

 そうして安心させてみやがれ、なんて。
「ふざけやがって」
 ミハイルはもう一度呪いの言葉を吐き出した。
 崩天のミハイルの闘争は何時如何なる時も彼だけのものだったのに。
 だから彼は此の世の誰よりも自由で、最高に身勝手なままでいられるのに。
 こんなくだらない事一つさえ、寝惚けた事を抜かす一派の天使共さえ――力無しには自由にならない。
(ああ――気分が悪ィ)
 思わず天を仰いだミハイルは大きく息を吐き出した。
 こんな有様(弱体化状態)じゃ敵の前にも顔は出せない。
 何よりも生き残り、強くならねばならないなら動けないのは必然で、動くのは最悪手なのは分かっている。
 だからミハイルは動かない。
 何百年も何千年もそれ以上も。そうしてきた通り。合理的でなければならない。
 だからミハイルは動けない。
 弱っちい馬鹿共(テメェの女だか仲間だか)がクソ野郎に踊らされるのを止める術が無い。
「……ムカつくぜ」
 ミハイルの怒りは猛烈なまでに煮えていた。
 的も選ばず、道理も選ばず。
 故にそれは酷く感情的で、理不尽なものに違いない。
「心底、ムカつくぜ」
 ミハイル様を心配するどいつもこいつも。
 当然、余計な置き土産を残したクソ坊主(アレクシス)も。
 何より――この肝心な時に暴れられない自分自身も。

 ――最高潮を迎えるこの夜に。全部、吹っ飛ばしてやりたい位の気分だった。


※東京編決戦『ラスト・ゲイム:アルケー』が開始されました――!







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