現実と過去の間


 からから からから。
 からから からから。

 まわっている。
 あたまのなかで。

 それが、メリー・ゴー・ラウンドであったのか、走馬灯の類であったのかは、
 今のメリィ・メル(キョウカ)ゥ・メイルゥ( クジョウ)には分からない。
 ぐちゃぐちゃとした視界は、頭がおかしくなってしまったのか、涙で溺れているのか、それすら分からない。

 茫洋とした視界の先に、キラキラと輝くメリー・ゴー・ラウンドがあった。自室の窓から、それを見ている自分が見える。隣には兄(シュウジ)の姿が見えた。全て嘘だ。自宅から、あれほど綺麗なメリー・ゴー・ラウンドが見えたことなどはない。そのような立地に、あの小さな家はなかった。でも、それはかつての自分の記憶を、小さな夢の中に凝縮した光景に違いなかった。ずっと、焦がれていたのだ。あの、キラキラと輝く何か。
「元気になったら、メリー・ゴー・ラウンドにいっぱい乗りたい」
 そういったことも、よく覚えている。
 そんなことあり得ないと思ったことも、よく覚えている。
 生まれつきに、弱い身体を持っていた。ことあるごとに病に伏して、年の大半を自室のベッドの上で過ごした。
 ベッドの上で色々な物を見た。タブレットや、スマートフォン等を使って。インターネットの中で世界と知識を学び、ろくにいけなかった学校の学業を補った。そんな生活の中で、ずっと憧れて見ていたのが、遊園地の紹介映像だった。
 自分の世界にはない、きらびやかなモノだった。ジェットコースターもそうだったし、着ぐるみ達のショーだってそうだ。鏡の迷路は童話の現出のようであったし、観覧車などは、きっと空に昇るような気持ちなのだろう。
 その中でも、いちばんに気を引いたのは、メリー・ゴー・ラウンドだった。子供っぽい、と馬鹿にされるだろうか。でも、あのきらびやかな円形の世界で、輝くような白馬と馬車に乗って、ひとときの夢の円舞を躍るのは、きっとそれこそ、夢の中で泳ぐような、そんな感覚になれると、ずっとそう思っていたのだ。
「いつか、心ゆくまで、乗りたいんだ」
 そう、いったことを覚えている。
「そうだね。
 もう少し元気になったら、必ず連れて行こう」
 思えば、あの頃から些か顔色の悪い兄であったが、自分よりはずっと元気で、学業に励んでいた。いつかは、人を導く仕事をしたいと、そんな風にいっていた兄だった。

 現実に引き戻される。降り注ぐ塩の雨は、バタバタと世界を埋め尽くして腐らせていく。
 姫君(メイ)は、いよいよコスモスを制御できなくなってきたのだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。もう、今の自分には。
 メリィであったならば。きっと、大騒ぎで彼女の下にはせ参じたのだろう。サーカスのピエロは、そのための存在だから。
 今の自分は。それすら出来ず、ここで全てを拒絶するのみであった。イレイサーでありながら、人としての精神性を僅かながらでものこしてしまったのは、不幸であろうか。ピエロの仮面をかぶっていられれば、よかった。ずっと、ずっと、忘れていられれば。
 でも、そうではなくなってしまった。封じ込めていた人の心を取り戻してしまったならば、キョウカはきっと、耐えられないのだろう。天使の所業など、人の心では耐えられまい。ならば後は、壊れるか、閉じこもるか――それしか、とれる手はないのかもしれない。
 どうすればいいのだろう。そう、呟く。その答えを返してくれるものはいない。もう、隣には兄はいない。むしろ、兄は渋面を浮かべながら、こちらを殺そうとしてくるのだろう。それが、先の再開で、よくよく分かった事実だ。
 そして同時に、もはや人としてあるのならば、そうするしかないのだと、自分は理解していた。しかし、ならば死のうか、と決断できるほどの強さも、やはり持ち合わせいていないのだ。

 願うしかない、と、そう、すがるように思う。
 もう一度、全てを忘れて、ただのピエロに戻してください、と。

 そのためには――あの、輝く卵の力を手にするしか、ないのかもしれない、とも。

「……もう、ぜんぶ、忘れさせて」

 弱々しく呟くその言葉は、まるで病床で呟いた願いと同じようにも聞こえた。


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