現実と過去の間


 物語の中で私達は私達にとっての主役で、誰かにとっての脇役だ。
 物語(しょうがい)の中で、私達は皆いつだってたった一人、たった一つの物語の主役だと教えてくれたのは誰だっただろうか。
 自分の物語の終わりぐらいめでたしめでたしで終わりたいと願っていても、誰しもがその通りの結末を手にすることが出来ない。
 そんな当たり前を知ってしまったのは、いつだったろう。世界には無残な死が溢れている。
 めでたしめでたしとは程遠い、最悪の底を抜けたみたいな結末が有り触れている。
 きっと、それは幸福な結末なんかよりもずっとずっと多くて、誰も彼もが遣り残した事だけを遺して潰えて消えていく。
 もしもそうなら、ハッピーエンドなんていうのはどこにあるのだろう。
 思いを交わし合って、愛を誓いあって、未来を夢に見る人達がいた。
 赤子を身籠り大きくなったお腹を優しく撫でながら、その子の名前を話し合って笑っていた。
 彼らは結局、お互いを庇い合うようにして串刺しになって死んでいた。
 まだ誰からも保護されているべきな年頃の子がいた。大人になって何かを果たせるかもしれないし、何もできないかもしれない。
 それでもその未来を夢見る事の許された幼子だ。彼らは大人になる当たり前のことも許されず、いつの間にか冷たくなっていた。
 絵を描くのが好きな人がいた。幼い頃からそればかりに夢中になって、趣味を形にして、自己実現の場所を得て辛くても華やぐように笑っている人がいた。
 それを実現する場所を失って、それでも絵を描くことを忘れる事が出来なかった彼女は筆を握りしめて殺された。
 そんな光景が、見飽きるぐらいに、嫌になるぐらいに転がっている。
 どれだけお道化てみせたとして、どれだけ演じてみせたとして、誰もが幸福な結末(めでたしめでたし)なんていうものは絵空事に過ぎないのだろう。


 誰しもに自分の為の物語があるとしたら、ベルナデットの物語(それ)はもう終わってしまった物語だった。
 あれは、そう。今のようにひらひらと白が降る日だった。
 ひらひらと降る白、雪と見まごう美しい結晶が肌に触れては傷口に滲む。
 じくじくとした痛みにさえも未だに生きている事への実感が湧いてしまって仕方がない。
 あの時に舞っていた白も同じように触れることが出来た。
 この塩とよく似た、けれど決して同じではない純白。儚く一瞬で溶けて消えてしまう儚き氷の結晶。
 ホワイトクリスマスなんていうのはただの妄想に近くても、ひらひらと舞うその雪が私達にとってのその日を彩ってくれていた。

 いつだって、誰かのために命を懸ける人だった。
 だからこそ、私の知らない誰かのために、私の知る誰かのために、命を懸けて戦いそして散ったのだ。
 冷たくなった彼の身体を抱きしめる事さえもできず、ただ失われた命であることを教えられた。
 もう声は覚えていない。彼の顔も、触れ合った感触も、一緒に食べた食事の味も、覚えていない。
 最初に書いた物語は、そんな彼がもしも生きていたらなんて絵空事――薄ら寒くて消えてしまった夢。
 遺された思い出の一つ一つは思い出のままで小さな脚本に閉じ込めた。今はもう、辛うじて覚えている煙草の臭いだけが彼のいた証だった。
 愛する人は失われて、たった一人で取り残された女はお姫様などと呼ばれるにはあまりにも齢を重ねすぎた。
 最早叶わぬ夢と希望だ。とっくに物語としては終わってしまった。
 ――だから、せめて物語の中でなら幸せになったっていいのではありませんか?

 幸せな物語を書くのが好きだった――いいや。きっと、幸せな結末を書くのが好きだった。
 本当ならすべてが救われた先の、めでたしめでたしだけを書いていたかった。
 でも、それだけを書くことは出来なくて。せめて誰もが最後には救われてくれるそんな物語が書けたのなら。
 愛した人も、愛した思い出も雪のようにひらひらと舞い、いつの間にか消えてしまうこの世界で私が物語を記した意味が在る筈だ。
 そうだと信じていたかった。

「――さぁ。どうか物語を踊りましょう」
 この身体がまた雪解けを見られるなんて思ってはいません。
 誰かにとっての脇役として、私はこの身が果てるまで踊ることを決めたのでございますから。

 ちらちらと雪(塩)が降る。じくじくと、身体が痛む。
 それさえも癒えぬ傷を刻まれたこの身体がまだ生きていることの、その証。



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