墜ちよ、満ちよ、項垂れよ


「随分じゃないか」
 暗く、冷たく、無機質な硝子と鏡の御津那海町にてスクナ(r2n000286)が笑いながらに言った。
 その手には珍しく一振りの刀が握られてあった。可視化するほどに濃い呪力を帯びた刀は彼の荒神のお気に入りの一振りだ。
「報道官に厭離の男だったか。たしか、武智那と言ったな」
「神様ともあろうものが今宵は随分と荒れているようじゃな。気に入らぬことでもあったのかえ?」
 アマニタ(r2p006971)はスクナへ視線を戻してそう問いかける。
「ほう、そう見えるかな? 寧ろ今、私はとても気分が良いのだよ」
 笑みを深めてスクナはそう言うと傍らに安置する石を撫でた。
 禍々しく呪わしき石は彼の手で新たに作られた呪物である。それの力の程と、用途を今のところアマニタは知らない。
「スクナ様、協力してくれてるアーカディアⅧ派や頭領達ももうすぐ此処に合流するはずだ……けどさ」
 そう言いながら武智那(r2p009185)がちらりと石の方へと意識を向けたのを感じた。
「……それが何なのか、教えて欲しいんだけどよ」
「ふむ。この呪魂石の事がそれ程に気にかかるかね? ふむ。
 今宵、諸君らを集めたのはこれとも深く関わってくるものだ。私に同じことを何度も説明しろと?」
 武智那の問いに対して、妖しい笑みを湛えたままスクナがその手に握る刀を軽く撫でた。武智那が傍らに手放さない錫杖に力を入れたか、しゃなりと音が鳴る。ピリピリとする殺気がアマニタを、武智那を包み、呪力が頬を撫で、首を縊るような感覚さえあった。
「――良いとも、説明してあげよう。何、一度語るのも二度語るもそう変わらない」
 それにじっと耐えていたら、不意に気配は霧散し、変わって愉快気な声色でからからと笑ってそう言った。
 上司となったあの可愛らしくもへんてこな着ぐるみ姿の天使(ちゃちゃまる)は今はその姿を見せない。ちゃちゃまるとカランフィルは、御津那海に居た何人かの天使とと共に東京の方面へと移動している。その代わりにやってきたのがノアゼット達だ。
 アマニタは御津那海に残った。東京の出来事も重要だが、元々ちゃちゃまると共にスクナを利用し御津那海を滅ぼそうというのはアマニタの作戦だ。この町には草薙剣がある。あの剣は壊さなくてはならない。滅びを体現したかのようなこの神は利用できる存在だ。
 そう思い、これまでやってきた。この荒神の言葉を伝える者として報道官などを名乗ったのも全てはそのためである。
「報道官、君達は東京が動いたと言っていたね」
 東京で第九熾天使派のタラリアらが主導するカタルモイは決勝戦に至った。願望器(コスモス)獲得のために人々も天使も争い、その器を得んとしている。
「そうじゃ、草薙剣の形代も東京で見つかったようじゃが、それは他の者が対処しに行っておる」
「いや、なに。人類諸君の健気な奮闘を聞いてね、退屈で溜まらぬ故にそろそろ事を進めることにしようと思っただけだよ」
 薄らと笑うままスクナはその手に握る刀に視線を降ろしたか。
「事を進める……」
 アマニタが反応する前にそう武智那が呟く。薄らと笑うスクナはそれに「そうだとも」と愉しそうに応じた。
「都牟刈之太刀(じゃじゃ馬なお姫様)の健気な抵抗は実に可愛らしいものだった」
 都牟刈之太刀、別たれた草薙剣の片割れを彼の荒神はそう呼称する。
「御魂石の回収は殆どがK.Y.R.I.E.や廻月堂の連中に奪われて失敗しちまった。可愛らしいって言うには嬉しくないと思うけどな」
「ふ、ふふ。その通り。その分、私は彼の神剣の力を奪うことは出来なかった」
 そう言う武智那の声は何処となく力なく、けれど荒神は笑う。自らの失敗をまるで大したことではないと言わんばかりに。
 その様子に顔を上げてスクナを見たアマニタと同じように、武智那もまた驚きを隠せていないように見えた。
「人類の諸君……K.Y.R.I.E.と言ったかな? 彼らは草薙剣同士の繋がりを辿り、この深部へと辿り着いたようだ。
 私が開発した憑坐代わりの神籬(よりしろ)を幾つか破壊されたようだよ。実に残念でならないな」
 また、彼は笑う。まるで困っても残念とも思っていないような声色で。笑顔で。
「なんじゃ、全てはうぬの想定内ということなのかえ?」
「まさか。御魂石を回収されてしまったのは思わぬ誤算だよ。もちろん、深部へと侵入されたのもね。
 だが、おかげで仕込みは上々となり得る。草薙剣同士が繋がりを持ち、道を開けたのなら逆も然り」
 アマニタの問いかけに笑みを絶やさぬままスクナはそう続け、傍らの呪魂石を撫でる。彼の言い方を察するに、仕込みとやらに呪魂石とやらが関わるのだろう。
「呪魂石は言うならば楔を打つ為に手を伸ばすための起点だ。伸ばした先は何処に繋がると思う?」
「……八重、ってことか?」
 止めていた呼吸を取り戻すように深い息を吐いて武智那が言葉を紡いだのに、スクナが笑みを深める。
「呪創を受け止めた人類も含むがね。呪創は常世に満ちた神霊の呪いが刻んだ印、起点を設ければやがて彼らとも結びつく」
「……それで、どうするのさ」
 そう続ける武智那の言葉には緊張から来ると思しき硬さがある。
「――滅びの予言を遂行する時だよ、御津那海を滅ぼす日がやってくる。
 八重と呪創を得た人間達を楔にして、この深部へと御津那海町の表層を墜とす。そうなれば、見事、全てはおしまいとなろう」
「……なるほど、のう!」
 笑みを浮かべたスクナが事も無げに続け、アマニタが感嘆の声を漏らすのと同時に武智那がごくりと喉を鳴らす。
「御津那海の深部には表層部の御津那海町で発生した繰り返し(ループ)によって発生したエネルギーが貯め込まれて滞留しておる。そんなところにぶつかってしまえば霊的エネルギーが爆ぜ、町は跡形もなく消し飛ぶじゃろうな……」
 胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。もしもそれが成功すればこの町は間違いなく消し飛ぶ。それは名も無き娘(可哀想なわらわ)が待ち望んでいたことだった。
「……待ってくれよ、神様」
 硬い声色のまま、武智那が言う。
「ふむ? 不満かね、厭離衆の諸君は御津那海に滅びを与えたいのだろう? 宿願を叶える時だよ」
「そりゃあ、それが成功すれば御津那海は滅びるだろうさ。けど、この町は日本中の霊脈が集まる臍の真上にあんだぜ。
 そんなところに力が霊脈へと触れちまえば御津那海だけで済むのか?」
「――済まない可能性は大いにあるだろうね。けれど、だからどうしたのかね、些末な問題だろう」
 声を震わせながらそう言った武智那に対してスクナは何処までも涼しい顔で、何処か退屈そうにすら聞こえる声でそう告げた。
「まさか、今更怖気づくのか? ふふ、それでも構わないとも。
 だが私は御津那海に滅びを与えようと君達と約束したが、どう滅ぼすかまで決めた覚えはない。
 滅び仕方は私の一存にゆだねられるという事だ」
「……まぁ、そうだ。いや、オレはいいんだ。どうなろうがアンタに着いてくって決めてっから」
「……して、神様」
 深く溜息を吐いて武智那が言う。タイミングを見計らってアマニタは声を上げようか。
「なにかな」
「今宵は草薙剣の片割れ(じゃじゃ馬なお姫様)を連れてはおらぬのじゃな?」
「あぁ、その事か。彼女の力は殆ど手に入った。いつ暴発してもおかしくない程にあの剣は軋んでいる。
 御津那海を墜とすのに、彼女が粉々になってもらうのはそれはそれで都合が悪いだろう?」
「ふむ。じゃから休ませておるというのじゃな」
 或いは、最早この先どうなろうとこの荒神にとっては些事と考えているのだろうか。
(そう言う油断が想定外の出来事を呼んでおるのじゃろう……スクナが目を離した今、あの剣が何をしようというのかは気になるのじゃが)
 これまであの剣は自らの神格を簒奪する神様に対して耐え忍び続けてきた。それは対抗する機会が無かったからだ。
 アマニタとて絶えず自らを睨む相手が居れば動きは最小限とならざるをえない。もしも何かをあの剣が起こすなら、今しかあり得ぬのではないか。
(まぁ、こやつはそれさえもじゃじゃ馬なお姫様の可愛い抵抗などと評するやもしれぬのじゃが)
 酷く冷めた瞳で鬼神を見たならその美しきかんばせには高揚感さえも覗いているように見えた。


※東京編決戦『ラスト・ゲイム:アルケー』が開始されました――!







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